キスの日。昼間、RADの廊下ですれ違った学生が、とある話をしていた。
そんなのあるわけないと思ったけど、聞いてしまったら、意識せずにはいられなかった。
放課後、今日はMCが泊まりに来たので、一緒にメゾン煉獄まで帰ってきて、みんなでご飯を食べて、お風呂に入って、寝るまでのまったりタイム。
定位置であるMCの間にすっぽり収まって、俺の入れた紅茶を飲む。
ポットが空になった頃、俺は、勇気を振り絞って言ってみた。
「…ね、ねぇ……ちゅー、しよ?」
MCが、キョトンとした顔をする。
そりゃ、そうだよね、急にこんなこと言って、ビックリするよね。
「…どうしたの、急に?」
「いいからっ…ちゅうっ」
MCの視線がいたたまれなくて、目を閉じてキスをせがむ。
「んっ…」
MCは、俺が尖らせた唇に、軽く、触れるだけのキスをした。
MCの出したリップ音が、部屋に響く。
いつもなら、MCの方からさらに深く触れてくるのに、今日は、あっさりと離れてしまった。
すっかり教えこまれている俺は、これだけでは物足りなく感じてしまい、つい、本音が出る。
「…も、もっとっ…」
「…もっと?じゃあ…」
MCは、仕方ないな、と言った風に、再び唇に触れる。
「んん…はっ…ん…」
今度は、唇の隙間から舌が入り込み、俺の口内で遊び始める。
俺は必死に、MCの唾液を貪るように舌を絡ませた。
自分でも、はしたないことをしている自覚はあるが、MCのキスは、いつも気持ち良くて、もっとと欲が出てしまう。
「…これで満足?」
糸を引きながら、MCの唇が離れていく。
日頃は、イタズラっぽく笑うヤンチャな少年みたいなのに、こういう時、急に色気を纏い男の顔になるMCが、堪らなく色っぽくて、好きだ。
本当は、もっとキスしていたかったけれど、そんなふしだらなお願いは出来ないので、満足したフリをした。
「…はっぁ…う、うん…」
「で、なんでチュー?」
ドキドキして呼吸の整わない俺に、MCがストレートに聞いてくる。
俺は、今日あった出来事を素直に伝えた。
「き、今日…キスの日、なんだって。廊下で学生が話してるの、聞いて…」
「それで、キスしたくなったの?」
恐らく赤くなっているであろう俺の顔を、MCが覗き込んでくる。
「…うん」
「もしかして…昼からずっと?」
「さ、最初は、気にしてなかったんだよ?そんな日あるわけないって思ってたから。でも…MCの姿見たら、意識…しちゃって…」
そう、「キスの日」の話を聞いてから、ふと視界にMCを捉えると、いつもより目で追っている自分がいた。
無意識に姿を探して、顔を見つめて、唇の感触を想像して…。
RADでそんなことを考えてるなんて、と思って何度も頭から消そうとしたけれど、一度意識してしまったものは、簡単に消せるはずもなかった。
「そっか…ふーん、そっかぁ…」
恥ずかしくて俯く俺を、MCがギュッと抱きしめる。
ふと、耳元で聴こえた声は妙に明るく、ニヤケているように感じたが、俺は顔を見れなかった。
「なっ…なに!?」
やっと落ち着いて顔を見られた頃には、すでにMCの術中だったらしい。
振り向くと、ニヤニヤした顔がすぐそこにあった。
「なぁんでもない。それより…ホントに、さっきので満足?」
MCの顔が、すぐ横にある。
体がピッタリ密着しているので、声が、俺の背中を伝って全身にも響いて聞こえる。
ついさっき落ち着けたはずの心臓が、再び大きな音を立て始める。
「…え?」
「シメオンは…あんなキスで満足なの?」
MCがさらにギュッと俺を抱きしめる。
脚でも挟まれてしまえば、俺はもう、身動きが取れない。
「…そ、それは…」
俺は、MCの腕の中でどんどん縮こまって俯いてしまう。
「俺は…もっといっぱい…ちゅーしたいなぁ」
ダメ押しとばかりに、MCが俺の耳元で甘えるように囁く。
とどめに、耳の縁にキスをされれば、俺にはもう、選択肢はひとつしかなかった。
「…はぅぅ…」
「…ベッド、行かない?」
「……うん」
MCの誘いに、俺は黙って頷いた。
「じゃ、いっぱいちゅーしてあげるっ」
MCは、いつもの少年のような笑顔を見せたあと、俺のほっぺにキスをした。
今夜はあと何回、MCとキス出来るんだろう。
そんなことを考えながら、俺はMCに手を引かれ、ベッドの海へと沈んでいった。
――――――――――
今日は、キスの日らしい。
いらない情報ばかりD.D.D.で調べるので、ついに学習したKARASUの方から「今日は、キスの日です」と教えてくれた。
さすが、優秀な魔界のスマホだ。
なにかハプニングが起きないかと思い、RADにいる間、周りにいた学生に吹聴して回った。
が、まぁ、そんな上手くいくわけもなく放課後を迎え、泊まる約束をしていたので、シメオンと一緒にメゾン煉獄へ向かった。
煉獄のみんなとご飯を食べ、お風呂に入り、おやすみまでのまったりタイム。
シメオンが入れてくれた紅茶を飲みながら、二人で他愛ない話をして過ごす、至福の時間。
ポットが空になった頃、俺の間に収まっているシメオンがソワソワし始めた。
何事かと思い観察していると、唐突に、こう切り出してきた。
「…ね、ねぇ……ちゅー、しよ?」
突然のことに、俺は目を丸くした。
シメオンからそんな誘いをしてくることなんて、天地がひっくり返ってもないと思っていたからだ。
「…どうしたの、急に?」
「いいからっ…ちゅうっ」
目を閉じて唇を突き出してくるシメオンに、据え膳食わぬはの気持ちで軽く唇に触れる。
「んっ…」
わざとリップ音を立てて離れると、頬を赤らめたシメオンが、物欲しげに俺を見つめてくる。
「…も、もっとっ…」
誘ってくるばかりか、物足りないと素直に言ってくるシメオンなんて、そうそうお目にかかれるものじゃない。
シメオンを、こうも積極的にさせるものは何なんだろう?
キスをせがむってことは、まさか…ね。
「…もっと?じゃあ…」
とにかく、こんなチャンスは滅多とないので、お言葉に甘えることにした。
今度は、遠慮なく唇の隙間から舌を差し込む。
口内をくすぐると、シメオンの舌が俺を追いかけて絡みついてくる。
「んん…はっ…ん…」
舌を絡めとられるのではないかと思うぐらい、シメオンは必死に俺の舌を味わい尽くす。
気付けば、俺はパジャマの襟元をグッと掴まれ、離れられないようになっていた。
目の前のことに夢中になるととことんのめり込む真っ直ぐさは、シメオンの美徳である。
「…これで満足?」
ゆっくりと唇を離すと、シメオンとの間にキラキラと糸が引く。
たずねてはみたものの、シメオンの悩ましげな表情から、満足していないことは明らかだ。
「…はっぁ…う、うん…」
シメオン自身も、そう思っていることが恥ずかしくて素直に言えないらしく、すっと視線を逸らしてしまった。
自分からキスをせがんでおいて、今更だとも思うのだが。
「で、なんでチュー?」
シメオンをここまで積極的にさせた原因はなんなのか。
今後の参考のためにも聞いておきたいと思い、ストレートにたずねた。
「き、今日…キスの日、なんだって。廊下で学生が話してるの、聞いて…」
まさか、が現実のものとなった。
俺が適当に吹聴して回ったのが、回り回ってシメオンの耳にも届いていたのだ。
「それで、キスしたくなったの?」
俺は、作戦が成功したことが嬉しくて、口角が上がるのを止められなかった。
「…うん」
幸運なことに、シメオンは耳まで赤くしてずっと俯いているので、この顔は見られていない。
もしバレたら、また、いつものようにポカポカ叩かれて文句を言われてしまう。
まぁ、それも可愛いからアリなのだが。
「もしかして…昼からずっと?」
「さ、最初は、気にしてなかったんだよ?そんな日あるわけないって思ってたから。でも…MCの姿見たら、意識…しちゃって…」
どうりで、昼から視線を感じるなー、と思ってはいたのだが、シメオンが俺を目で追いかけていたのか。
「そっか…ふーん、そっかぁ…」
ふふ、ふふふふ…。
俺は、昼間のシメオンを想像してますますニヤケが止まらず、その顔を隠そうと、シメオンをギュッと抱きしめた。
「なっ…なに!?」
ようやく落ち着いたのか、シメオンが、バッと俺の方を振り返る。
が、時すでに遅し。
君はもう、俺の毒牙にかかってしまったのだよ。
「なぁんでもない。それより…ホントに、さっきので満足?」
シメオンの肩に顎を乗せて、ぽつりと呟く。
ピッタリくっついた腕の中の身体が、全身が心臓になったようにドキドキして、一気に熱を持ったのがわかった。
「…え?」
「シメオンは…あんなキスで満足なの?」
俺はさらにギュッとシメオンを強く抱き締め、加えて、脚でも挟み込む。
これでもう、シメオンは身動きが取れないはずだ。
俺の身体の牢屋の中でどんどん縮こまっていくのが、手に取るようにわかる。
「…そ、それは…」
「俺は…もっといっぱい…ちゅーしたいなぁ」
最後に、耳元に唇を寄せて、色気たっぷりに吐息混じりで囁く。
息がかかるたびにふるふると震えるシメオンの耳にとどめのキスをすると、シメオンは完全に思考停止し、頭から湯気が出るほど真っ赤になってうずくまる。
「…はぅぅ…」
「…ベッド、行かない?」
「……うん」
耳の中に息を吹き込むように誘うと、シメオンは黙って頷いた。
「じゃ、いっぱいちゅーしてあげるっ」
そんなシメオンが堪らなく可愛いので、俺はほっぺにキスをした。
キスの日が終わるまで、あと何回、シメオンにキス出来るだろう。
今日は、シメオンに嫌と言われても、キスをやめられそうにない。
だって、誘ってきたのは君なんだからね?
シメオンの手を引いて、俺たちはベッドの海へと沈んでいった。