はじめての、でぃーえむ。シメオンが、D.D.D.を凝視しながら、右手の人差し指を宙に浮かせて固まっている。
「何…してるの?」
隣でしばらく見ていたが、かれこれ5分ほどその状態なので、心配になって聞いてみた。
「メッセージが来ててね?『余命わずかな私にご支援を』って、これ、どうやってお金送ればいいの?」
透き通った南国の海のような、純粋なターコイズの瞳が、こちらを見つめる。
…あーー!!もぉっ!!こんなこともわからないのか、このド天然は!
「シメオン、D.D.D.貸してみ?」
シメオンからD.D.D.を受け取り、一緒に画面を覗き込む。
案の定、怪しいDMの類で、文章は少しおかしく、間にリンクがいっぱい貼ってあった。
「シメオン、これは詐欺だから無視していいんだよ?絶対、お金送っちゃダメだからね!」
シメオンの目を見ながら、諭すように言う。
「でも、病気の人が、待ってるんだよ?」
シメオンが、目に涙を溜めて訴えてくる。
「待ってないの。そういう文章で、シメオンみたいな純粋な人を騙して、お金と個人情報を盗むのが、この人たちの仕事なの」
シメオンの肩を掴んで、少し大きな声で言う。
「でも、でもっ…もし、本当だったら!?」
今にも泣きそうな顔で俺を見つめる。
どうしてそこまで純粋なんだ…。
…そうか…こいつ、天使だった…。
「ねぇシメオン。この人は、シメオンの知ってる人?知ってる人なら助けてあげればいいと思う。でも、知らない人が急にお金の無心をしてくるなんて、おかしいと思わない?」
感情に訴えかけても埒が明かないと思い、俺は、丁寧におかしいと思う点を指摘した。
これなら、シメオンもわかってくれるはず。
逆に、これでダメなら、もう、諦めるしかない。
シメオンは、画面を見ながらしばらく沈黙し、必死に頭の中で色々と考えを巡らせているようだった。
ようやく顔を上げると、溜まっていた涙を拭いて俺の顔を見る。
「…そうだね。確かに、MCの言うことは正しいと思う。俺も、もし、本当にお金がなくて困ってたら、MCに相談すると思うし」
「その前に、病気になんてなったら付きっきりで看病するけど」
シメオンの前髪を避けておでこに手を当てる。
「つ…付きっきりで?ずっと、一緒にいてくれるって…こと?」
シメオンが、頬を染めながら俺の目を見つめてくる。
「うん、当たり前じゃん。だって、心配だもん」
頭を撫でると、シメオンはくすぐったそうに目を細める。
「…嬉しい。めったに病気になんてならないけど、MCが傍にいてくれるなら…病気になりたい…」
確かに、天使が病気になるとは聞いたことがない。
風邪とか引くのかな?
でも、いつもこんな格好してて風邪引かないんだから、やっぱり引かないのか?
まぁ、今はどーでもいいや。
「馬鹿なこと言わないの。健康が一番」
シメオンのおでこを人差し指でツンとつつくと、つついた所を自分で撫でている。
「うん。…あ、でも、MCが病気になっても、俺が付きっきりでお世話するからね!」
シメオンが俺の両手をぎゅっと握って真剣な眼差しで言う。
それは嬉しい。
すぐにでも風邪を引きたい気分だ。
「そう?あー、俺、熱あるかもー。お熱計ってー!」
そう言って、俺はシメオンとおでことおでこをくっつける。
「またそーやって…もうっ」
顔を真っ赤にしながら、必死に俺の肩を押して離れようとする。
「やーん、シメオン、病人に冷たーい!」
「病人じゃないでしょ!熱もないからっ!」
くっつけたおでこをぐりぐりすると、それを遮るように、俺のおでこを両手を使って全力で押し返してくる。
「ちぇー」
俺は渋々、シメオンから離れて、借りていたD.D.D.を返す。
シメオンが、戻ってきたD.D.D.を見て、またメッセージの続きを繰っていると、突然、俺の肩を叩いた。
「あ、MC、大変!『あなたに1000万グリムが当たりました!』って来てる!」
「だから、それも詐欺だから!」
キラキラした目で俺を見るので、また必死に否定する。
「すごいね!いつの間にそんなの当たってたんだろ?」
しかし、シメオンは聞く耳を持たず、DMの内容を熟読している。
「……はぁー…ダメだこりゃ」
俺は遂に頭を抱えてしまった。
このままいったら、怪しいDM全部にシメオンはご丁寧に反応を示すんだろう。
それをひとつひとつ説明して納得させて…となると気が遠くなりそうだ。
今度、シメオンが眠っているうちに強力なフィルターをかけて、DMも履歴から全部削除しておこう。
純粋なのはいいことだし可愛いことこの上ないけど、たまにちょっと困りものなんだよなぁ。
ホントに、こんな恋人、初めてだよ、シメオン。