誤算誤算
「俺の恋人になってくれよ」
本部長にそう言われて、僕は一呼吸だけ置いてから、
「承知いたしました」
と応えた。
要は、虫除け、牽制、厄介払い、そういったところだろうと理解したから。
つまり、この人の本部長という立場を利用しようとあれやこれやと策を講じて近付かんとする善とは言い難い者たち、それらをほんの一歩であっても引かせる算段なのだろうと。
僕が先の求めに応じ頷いて以降、本部長はことあるごとに
『自分たちは恋仲である』
という主張を各所で繰り広げた。
それが所以であろうかどうかは僕には分かりかねるがひとつ確かなのは、僕が本部長付きであるのを狙って近づいてきているのであろうな、という声掛けが明らかに減っている、という点だ。
それはこちらとしても有り難いことだった。
ひとつひとつ、自分にはそんな権限はないからと告げる度に向けられる、あからさまな落胆顔を見ずに済んだから。
丁度特定の相手もいないのだ、暫くはこれでいいだろうと久方ぶりの静かな非番の夕方。
鳴った電話の相手の言葉に、僕は、言葉を失った。
『これから部屋、行っていい?』
相手は本部長、僕は当初急な呼び出しだと思っていた。
「出動でしたらこちらから向かいますが?」
だからそう返した。
だけど、
『違うよ? 一緒に非番だからお家デートってやつをしたくて』
「は?」
『は? って、ひどーい、付き合ってんだからデートしようぜ』
ぼんやりとその言葉を聞いていた僕の、耳に、インターホンの音が飛び込んだ。
『じっつはもう来てまーす!いえーい!』
いえーい、とは?
呆然としたまま玄関扉を開けた、僕に、
「会いたかった」
と、言った、本部長──いや、カズサ、に──
「俺は本気だ」
と、告げられて、そこでようやく──
僕は、自分の勘違いを、思い知ら、され、た。