ジューンブライド「雨……よね」
「雨だな」
控室の窓際に立ち、小雨ぎ降る外を眺め言う香の隣で獠も同じく言葉を落とす。
「時期的に仕方ないとは思うけど! でも、昨日は晴れていたのに」
「まぁ、こればかりはなぁ」
六月は雨の時期。それを承知で選んた日に空から雫が降り落ちる。
「……外に出たかった」
晴れた空の下で獠に誓いの言葉を言いたかった。と香は肩を落とす。
「外じゃなくても誓えるだろ?」
「そうだけど! でもっ‼」
獠の言うとおり、教会の中ででも言葉は紡げる。でも、六月の、ジューンブライドと呼ばれるこの時に、陽の元で愛する人と人生を共に歩む誓い合いたいと思うのが乙女心と言うもので。
「ふむ……。しゃあねぇな」
「えっ? あっ、ちょっと! 獠、何するの⁉」
獠は軽々と香を抱え上げ、控室の外へと歩みを進めた。
「ちょっと獠っ!」
「暴れるなよ。落っこちてドレスが汚れても知らねぇからな」
「その前に二人共ずぶ濡れになるわよ!」
落ちないように、獠の首に腕を回して叫ぶ香とは違い、獠はどこか楽しそうに笑う。
「せっかくのドレスがぁ~」
「ドレスなんてまた着ればいいだろ?」
獠は、ピタッと止まり香を下ろして向き合い瞳を見つめる。
「……ドレス汚れちゃったわよ」
「言ったろ? また着ればいい」
「ウェディングドレスってそう何度も着る物だったかしら?」
「何度ドレスを着ても、香の隣に立つ男が俺なら問題ないだろ? それにデザイン違いのドレスなら絵梨子くんは喜んで作ってくれそうだけどな」
「確かに、絵梨子なら作ってくれるかも」
濡れた前髪をかき分け、香の額に獠の唇が触れる。
「獠はいいの? 何度もタキシード着る事になるのよ?」
今日、この日を迎えるまでに何ヶ月かかっただろう。
「最初は嫌だと思ってたんだけどな。でも、香のドレス姿を見て気が変わった」
モデルとしてウェディングドレスを着た香の姿を獠は何度か見た事がある。けど、その時は『いつとの変わらない』と思うだけだった。
「でもなぁ、俺の為にって思ったら考え方が変わった訳よ」
「どう変わったの?」
「香ちゃんが可愛いなって」
「獠……。気づくの遅すぎ」
香の手が獠の頬を包む。互いに微笑み唇を重ねる。
「それに、雨の日も悪くねぇな」
唇が離れ言う獠に香は首を傾げた。
「この雨、槇ちゃんが泣いて喜んでると思うぜ?」
「アニキが? 心配の涙じゃなくて?」
妹に過保護な兄は何かあれば、すぐに泣いて香の心配をしていた。
「たまには嬉し泣きも良いだろ? それに俺が香に誓うんだし」
──これから先
健やかなるときも病めるときも
喜びのときも悲しみのときも
富めるときも貧しいときも
香を愛し、敬い、命ある限り共に歩むことを誓います。
雨と言葉が香に降り注ぐ。
冷たい雨より獠の言葉が嬉しくて、香は優しい温もりに包まれる。
「これから先も、俺と一緒に居る事で危険な目にあうかもしれない。けど、俺は香を護るから」
「獠……。ありがとう、あたしを愛してくれて」
香もまた、獠を愛し、護り、共に歩む事を誓う。
雨が降る。
獠と香、二人だけの結婚式。
ふと、懐かしい風を感じた──
了