いつかきっと王子様が… ここは美しい海辺の街、シンヨコハーマ。都ほど栄えてはいないけれど、豊かな海と貿易で人々が幸せに暮らす小国でした。王の名前はヒヨシ、先代から王位を継いだばかりの若い王様でしたが人々の人望も厚く慕われていました。ヒヨシの二人のきょうだい、ロナルドとヒマリも兄をよく助け国民のために働くよき王族でした。兄のロナルド王子は美しい銀の髪にトパーズのような青い瞳と見目も麗しく、国民特に女性からは大人気でした。
その王子には秘密がありました。
王子はカナヅチだったのです。
海の恵みで生きているようなこの国で泳げないとは言語道断。けれどそれには理由がありました。
「子供の時に溺れてから泳げないんだったな」
今日も泳ぎの特訓のために訪れている静かな入江で、指南役を仰せつかった人魚のヒナイチは憐れむようにそう言いました。ヒナイチはお城のお菓子と引き換えにロナルドに泳ぎを教えているのです。
「そうなんだ…。兄妹一緒に船に乗っていて俺だけ海に落ちた。それまで足のつく浅瀬では泳げていたんだけど、突然底も見えない深い海に落ちて…」
恐怖のあまりロナルドの手足は強張ってしまい、浅瀬で泳いでいた時と同じようには動けませんでした。ヒヨシ王子や船に乗っていた兵士たちが次々に海に飛び込み、小さな王子を助けようとしましたが、高い波に阻まれて近づくことも出来ません。
波間に聞こえていた小さな悲鳴も徐々に聞こえなくなり、王たちが顔面蒼白になったその時、沈みゆくロナルドの目に海の底からゆっくりと浮上する大きな影が見えました。その影は水の中で不安定なロナルドの体を支え、水面へと押し上げてくれました。ぶくぶくと泡が立つ水の中、ロナルド王子が薄く開いた瞳には、透き通るような白い肌とゆらゆらとたなびく長い髪が見えました。ロナルドは溺れかけていたことも忘れ、その美しさに目を奪われていました。それはロナルドが見たこともないほど美しい人でした。
「おまえは海の民に助けられたのだな?」
「そうなんだ」
王子を助けたのは海の底から上がってきた、一人の海の民でした。この国には二本の足で歩く陸の民と、尾びれで泳ぐ海の民がいます。二つの種族は時には協力し合いながらこの海辺の街で仲良く暮らしていました。
「それでお前はその恩人を探すために泳げるようになりたいと……」
「そうだ。俺は絶対泳げるようになってみせるぜ!だいたい泳ぎだけは出来ないと、ずっとハンダに馬鹿にされっぱなしだからな!」
ハンダというのはロナルド王子の学友にして従者で、人間と人魚のハーフです。尾びれこそありませんでしたが、泳ぎはこの国の誰よりも得意でした。
「けれど、おかしいなぁ…。海の民にそんな女はいないと思うんだが…」
そんな絶世の美女がいれば海の底でも噂になりそうなものなのに、ヒナイチはまるで聞いたことがありません。
「もしかしたら、この近海が住処じゃないのかもしれない。だから俺は泳げるようになって、あの人を探しに行きたいんだ!」
「そうか。そうだな。私も協力するぞ!クッキーもたんまり貰ったしな!じゃあ、今日はこないだの続きから……」
二人は早速泳ぎの練習を始めました。が、ロナルド王子の体は筋肉量が多過ぎてすぐに水に沈んでしまいます。
「違う!そうじゃない!無理に浮こうとするな!もっと体の力を抜いて!」
「分かってるんだけど…出来ないぃぃぃ〜……!」
ブクブクとロナルド王子の体は海中に沈み、泡だけが海面に上がってきます。
ロナルド王子の体は同じ場所でジタバタしているだけで、ちっとも前には進まないのでした。
翌日ロナルドは港にいました。貿易で成り立つこの国の港はいつでも活気があります。大きな船から次々と降ろされる荷物は金貨に変えられ、また他の荷物が積み込まれるのでした。
「王子!そんなことは我々が!」
「いいって、いいって!大勢でやった方が早く終わるだろ」
船乗りのサテツが慌てて止めようとしましたが、ロナルドは大きな木箱をひょいと片手で担ぎ上げると構わず運び始めました。こんな光景はいつものことで、王族ながらに気取らずこうして庶民とも親しく接してくれる王子を港の人たちもみんな慕っていました。
「ロナルド、甘いな!このくらい一度に二つくらい運べねば!」
「なにをぉ⁉俺だって、そのくらい!」
従者であるはずのハンダも一緒になって荷物を運び始めました。二人の力自慢はどんどんエスカレートし、競い合う物だからあっという間に荷下ろしは終わりました。
「ありがとうございます、ロナルド様!助かりました!」
「ハンダの坊ちゃんも細い体に似合わず力持ちだ!」
船員たちも朗らかに二人を褒め称えます。その時、ロナルドは船のタラップから降りてくる人物を認め、大きく手を振りました。
「ヘルシングさん!」
客室の方から降りてきたのは冒険家のヴァン・ヘルシングです。世界中を旅して回る彼の土産話をロナルドは何よりも楽しみにしていたのでした。
「王子、お元気そうで何より。また一回り大きくなりましたね」
「やめてくれよ、俺もうとっくに大人だぜ?」
「いえ、背丈のことではなく。こう胸回りが一回り大きくなっておられる」
港での力仕事に加え、剣術も得意なロナルドはそれは逞しい体つきをしていました。
「外の世界はどうだった?」
「今回もまた、実りの多い旅でしたぞ!火を吹く山に炎が流れる川、人喰いワニの住むジャングル!」
「すげぇ、面白そうだな!話を聞かせてくれよ」
ハンダを先に城に帰し、ロナルドはヘルシングと共に街の酒場に入りました。酒場とは言ってもロナルドは一滴もお酒が飲めませんでしたが。
ロナルドはヘルシングの冒険譚を聞くのが大好きでした。幼い頃よりどんな絵本よりもヘルシングの冒険書を好み、時たま王宮に訪れるヘルシングの話とこの国では見ることも叶わぬような珍しい土産物を楽しみにしていました。
「ときに王子」
「なんだ?」
「王子ももう良いお年頃。結婚の話はないのですかな?」
「け、け、結婚⁉」
どうやらヘルシングはいい塩梅に酒が回っているようです。一滴も酒を飲んでいないロナルドは飲み物を吹き出し、まるで酔っ払ったかのように頬を真っ赤に染めました。
「い、いや、俺にはまだ早いっつーか……」
「外の国の美姫たちにも王子の麗しさが絵物語として伝わっている様子。この国に嫁いでもいいという姫に何人も会いましたぞ!」
そう、ロナルド王子の美しさはこの国のみならず、様々な憶測と美化によって絵物語へと姿を変え近隣の国々に伝わっているのでした。いわく、たった一人でドラゴンを倒したとか一万の軍勢を率いたとか。
「あれは大袈裟なんだよ…。ドラゴンを倒した時はハンダやショットや城の兵士たちが他にもいたし、一万の軍勢を率いたと言っても俺たちが野営している間に兄貴が軍事交渉をして戦争は回避されたし…」
本当の王子は浅瀬も泳げぬカナヅチで今もまだ毎日練習をしている有り様。けれど世の人々はそんな王子の姿を知りません。
「それに結婚だなんて…俺には……」
「確かに王子はまだお若い。まだまだ城に集まる美女たちと自由に遊びたい年頃でしょう」
「いや、そうじゃなくて……」
「それよりもヒヨシ王の方が先ですな!いつまでも舞踏会に美女を侍らせて一人に絞れぬようでは…!この国が軽んじて見られます!」
話は女好きで王子時代から遊び人だったヒヨシ王のことに移っていきました。確かにヒヨシ王もロナルド王子と同じ青い瞳で数多の女性を惑わせ浮名を流すことで有名でした。
「兄貴は俺から見てもかっこいいし確かにモテるのは分かるよ…。けど、俺は……」
ロナルドは城の舞踏会もあまり好きではありませんでした。美しく着飾ったレディたちと踊るより、ハンダと剣の手合わせをしている方がずっと楽しかったのです。そして、ロナルドの心には幼い日に自分を助けてくれたあの海の民の美しい面影がずっと残っているのでした。
ロナルドがヘルシングと別れて王宮に戻る頃には、日はすっかりと傾き城下をオレンジ色に染めていました。ロナルドは真っ直ぐ城には帰らず、いつもの浅瀬に向かいました。
湾は夕陽に染められ、深い海の色と桃色の陽の光で混じり合い、波頭がキラキラと光っていました。陽が落ちる一瞬のマジックアワー、白い砂浜にはまだ昼間の熱が残っています。王子はそこに着ていた物を脱ぎ捨てると、海に駆け込みました。
ひんやりとした水が王子の火照った体を冷やしてくれました。今日は約束をしていないからヒナイチはいません。けれど少しだけ泳ぎを練習していこう、とロナルドは思いました。
「次に会った時には泳げるようになって、ビックリさせてやるぞ!」
この浅瀬ならロナルドの腰くらいの水位がずっと続いているので、溺れる心配もありません。教えられたことを思い出しながらロナルドは何度も水に顔をつけ、チャレンジしました。けれど相変わらず前には進まず派手な水飛沫が上がるばかりです。
「くっそ、剣ならあんなに簡単に操れるのに…水ってやつはどうしたこんなに掴みどころがないんだ!」
ロナルドが悪戦苦闘している間に夕陽はバラ色の雲の中に少しずつ沈み、辺りは陽の光のオレンジより宵闇の紫の方がだんだんと濃くなっていきました。
「よし!もう一回!」
ロナルドはもう一度水中の砂を蹴ってみましたがやっぱりブクブクと沈むばかりです。ジタバタと手足を動かし、何とか浮かび上がろうとすればするほど上手くはいかず、鼻の中に海水が入ってきてツーンと痛くなり始める始末。ロナルドは絶望に顔を暗くしながらずぶ濡れになって浅瀬に立ち上がりました。その時。
「大丈夫かい?」
誰かの声がしました。誰もいなかったはずの海で誰かの声が。しかもそれは沖の方から聞こえたのです。
「誰だ…?」
そこには半分闇に紛れて一人の人が立っていました。いえ、人ではありません。その腰から下は吸盤のついた足が何本も海中に伸び、ウネウネと上半身を支えているのです。薄暮と同じ紫色の肌をした痩せぎすのその男は海の中から上半身だけを覗かせてゆらゆらと波間に揺れていました。
「私の名前はドラルク。深海の王の孫、ドラルクだよ」
それは幼き日にロナルドを助けてくれたあの海の民でした。ロナルドは突然の再会に驚いてしまい、声も出ません。
「大丈夫?溺れてるのかと思っちゃった。でもここ、人の子でも足届くよね?」
「え、えと…俺は…泳げなくて、練習を……」
「そうなんだ?それは邪魔したね」
初めて聞くその声はのびやかなテノールで、ロナルドは思わず聞き惚れてしまいました。子供の頃とその姿はまるで変わりません。まるでロナルドの夢の中から出てきたようでした。
「でももう日が暮れるから気をつけて。人の子は夜目が利かないからね」
「あ……待って!」
ロナルドが引き留めるよりも早く、ドラルクはとぷん、と海に潜るとその姿を消してしまいました。泳げないロナルドには追う術がありません。
「ドラルク…ドラルクというのか……」
聞いたばかりのその名前を確かめるようにロナルドは何度もその名を呟きました。
翌日、いつもの水練の時間に湾に行くと、その日はロナルドより早くヒナイチが来ていました。波打ち際で尾びれを振りながら波と戯れています。ロナルドはヒナイチに駆け寄りながら、思わず叫んでいました。
「聞いてくれ!昨日俺はずっと探していた恩人に会ったんだ!」
「そうなのか⁉それは良かったな、ロナルド!」
ヒナイチは我が事のように喜んでくれました。そして、耳にタコが出来るほど聞いたロナルドにとって恩人であり、絶世の美女というのがどんな同族なのか少しだけ興味を持ちました。
「それで誰だったんだ?恩人というのは」
「名前を聞いたんだ。ドラルクというらしい」
「え?」
「え?」
「ドラルク……?」
その名前はよく知っています。海の底の王国でヒナイチによくお菓子をくれる海の民です。けれどヒナイチが知っているドラルクはロナルドの話とちょっと違いました。
「その……私が知っているドラルクは……蛸の半身を持つ男なんだが……」
「そうだ!そのドラルクだ!」
「え?」
ヒナイチはひどく混乱していました。
「お前が探していたのは長い髪の絶世の美女なのでは…?」
「うん、長い髪だと思ってたのはベールだったんだと思う」
「確かにドラルクは陽の光を避けるためにいつも長いベールを被っているな。けど、オッサンだぞ⁉ガリガリのオッサン!」
「失礼だな!確かに俺より年上だと思うし、俺ほどの筋肉はなかったけど、そのスレンダーさがまたいい!」
なんだか会話にすれ違いはありましたが、二人が脳裏に浮かべているのはどうやら同一人物のようです。
「それにしても!お前、知り合いならなんで教えてくれなかったんだよ!」
「だってあの情報でドラルクのことだとは思わないだろう!お前が探してると言ったのは透けるような肌で髪の長い絶世の美女」
ヒナイチにとってのドラルクは夜行性で顔色が悪く、白を通り越して紫のオッサンです。海の民は陸の民より少しだけ寿命が長いので、ヒナイチが知っている限りドラルクは生まれた時からオッサン。絶世の美女とはあまりにもかけ離れています。
「お前は一度目の検査をした方がいいな」
「俺は目はいいぞ!一里先でも見通せると兄貴に褒められた!」
「そうか……」
ヒナイチの皮肉も今のロナルドには通じないようでした。
「ドラルクは今日は来ないのかな……」
「あいつは夜行性だからな。昼間は海上に上がって来ない」
「そうか、だから今まで会えなかったのか……」
ロナルドはずっとあの日助けてくれたドラルクを探していましたが、夜の海までは捜索していませんでした。けれど昨日は気まぐれに夕方の浜に上がってきたのでしょう。奇跡の再会を果たしたのです。
「ドラルクには決まった相手がいるのか?」
「いないと思うぞ。一番仲が良いのはシャコ貝のジョンだけど」
「そうか…独身なんだな!」
ドラルクは海の王の一族だと言っていました。けれどロナルドだって王子です。釣り合いは取れるはずです。
「昨日久しぶりに会ったんだろう⁉それなのにもう結婚の話か…?私が言うのも何だが、もうちょっと順番を考えて……」
「だって…俺はずっとあの人のことだけを想ってきたんだ!俺にはあの人しかいない!」
「子供の頃からの憧れの人が蛸のオッサンだったと知ったらもう少し引くもんじゃないのか?」
「なんで?」
「そのキョトン顔、やめろ!」
ロナルドの熱い想いはもう誰にも止められません。ヒナイチも最後には協力すると言わざるを得ませんでした。
「夜しか海岸には上がってこないんだな。そしたらヒナイチ、ドラルクに伝えてくれないか?明日この湾で昨日と同じ時間に待っていると」
「それは良いが……」
ヒナイチはロナルドの頼みを引き受けてくれましたが、何度も首を捻りながら沖に戻っていきました。
光の届かぬ海の底にドラルクの住処はありました。ヒナイチが訪ねるとドラルクは
ちょうどクッキーを焼いているところでした。
「へぇ?あの王子様がそんなことを…面白そうだね」
海の底でヒナイチからの伝言を聞いたドラルクはそう言うとニヤリ、と笑いました。絶世の美女というよりは悪い魔女です。
「ロナルドが探してるのは本当にお前なのか?」
「確かにそうだろう。あの青い瞳は忘れない。あの時の子供があんなに大きくなっているとは思いもしなかったがね」
「恋は人を盲目にさせるというが、しかし…」
「まぁ、いいじゃない。現実を知って恋心が冷めるとしてもそれはそれで一興。これはしばらく退屈しないで済みそうだね、ジョン?」
「ヌー!」
腕の中ではシャコ貝のジョンが嬉しそうに両手を掲げます。ジョンにとってはドラルクが楽しそうにしていることが何よりも大切なのでした。
「そうと決まれば明日の夕方!ヒナイチくんも一緒においでよ」
「それは構わないが」
恋に目がくらんだロナルドのことが心配で、ヒナイチもついていくことを約束しました。
その頃王宮では豪華な舞踏会が催されていました。ごちそうが用意され、身分を問わず国中の者が王宮の庭に集まっています。中には海の民もいます。その真ん中で国中の美姫に囲まれヒヨシ王は鼻の下を伸ばしていました。
「ロナルド!そんな端にいないでお前もこちらに来て踊らんか⁉」
「いや、俺は……」
兄はロナルドと違って華やかな舞踏会が大好きでした。いわゆるパリピです。ロナルドは兄をとても尊敬していたけれど、こういう趣味だけは合わないのだと、時々ハンダに零していました。それでも今日この場に来たのは職務とは離れたところで兄ヒヨシと話す必要があったからです。
「兄貴、話がある!」
「なんじゃ?」
ヒヨシは侍らせた美姫たちを下がらせると、ようやく玉座から降りて来ました。
「お前が俺に話があるとは珍しい。カワイ子ちゃんを一人連れ帰りたいというのならいいぞ!あ、でもフランチェスカちゃんは置いていってくれ」
「違う。俺は明日、ある人に結婚を申し込もうと思う!それをどうか、認めて欲しい…!」
「なんと…!あの奥手な弟が……!」
ヒヨシは驚き、そして大層喜びました。仕事も出来、民に好かれる弟にまるで女っ気がないことをひそかに心配していたのです。今日の舞踏会も本当は弟が誰か良い人を見染めないかと画策したものでした。
お城の大広間から拍手が巻き起こりました。誰もがみな、ロナルドの結婚を祝福していました。
「いや、今日は兄貴にだけ報告するつもりで…!まだ返事も貰ってないし……!」
「隠し事ならもう少し小さな声で喋らんとのぅ?」
「王子様の申し出を断る姫などこの国にはおりますまい!」
ヒヨシの片腕であるカズサがそう言うものだから、聞いていた人々もロナルド自身もだんだんそんな気持ちになっていました。
「よし!明日は家族総出で見守るぞ!」
「ええええーー⁉」
ヒヨシの声に一同が拳を上げて答えます。気の早い者が祝いの酒を開け、舞踏会はそのままロナルドの結婚を祝う宴になりました。
そんな狂乱の一夜が明け翌日。砂浜には緋毛氈が敷かれ、ヒヨシのみならず妹姫のヒマリやお付きの者たちが並んでいました。その中で正装したロナルドが緊張の面持ちで佇んでいます。今日も湾は美しい夕暮れに包まれ、穏やかな波が寄せては返っていきました。
やがて太陽が西に沈み、ドラルクが深海から浮上して来ました。
「おや?熱烈な歓迎だね?」
浜辺に揃った大勢の人たちにドラルクは驚きましたが、臆することなく浅瀬に姿を現しました。海面に姿を現すのを見るのはロナルドも初めてでした。薄紫のベールで包まれた下は骨張って痩けた頬の青白い男、臍から下には蛸の足が生え、それがうぞうぞと器用に形を変えながらまるで歩くように浅瀬を進んできます。隣にはシャコ貝のジョンを抱えたヒナイチが心配そうに付き添っていました。
「ロ、ロナルド…?お前が惚れた姫というのはあの人魚のことかな……?」
「違うぜ兄貴、隣の方!紹介するぜ!俺の初恋の人、ドラルクだ!」
迷いのないロナルドの声にドラルクは失笑しました。ご覧よ、君の家族も臣下もみんな驚いている。この国では海の民との結婚も珍しいことではありません。ハンダの母も人魚ですが人間の男と結婚してハンダが生まれました。けれど相手が深海の蛸で男で年上というのはやはり稀だったのです。
「初恋の人?これは初耳だ」
すっかり海面に姿を現したドラルクは白々しくそう言って微笑みました。ロナルドは面白いように慌てて口を塞ぎました。
「ご、ごめん、つい……!」
ずっとずっと好きだった相手と巡り会えたのでロナルドは舞い上がっていました。
「俺は子供の頃あなたに命を助けられました。覚えていますか?」
「もちろん覚えているとも」
ドラルクが海中を散歩していたら上からきらりと光る銀色が見えました。何かと思えば小さな子供が落ちているのでした。ドラルクは慌てて泳ぎ寄り、その子供を手と脚で捉えました。海の中でもそうと分かる薔薇色の頬に銀色の髪。薄く開いた瞳は海の色、それはそれは綺麗な子供だったからです。
「俺は…あの日からあなたを忘れたことはありません。どうか俺と結婚して下さい!」
ロナルドは背中にまるで隠し切れていなかった大きなバラの花束をドラルクに差し出しました。軍楽隊が祝福のラッパを吹き鳴らそうと楽器を構えた次の瞬間。
「断ると言ったら?」
「え……?」
ラッパを構えた兵士もヒヨシ王もロナルド自身ですらポカンと口を開けてドラルクを見ています。ドラルクは心底面白そうに唇の端を持ち上げて笑いました。
「そもそも昨日再会したばかりで話も何もしていないのにいきなり結婚?君っておもしろいね」
「そうなのか、ロナルド⁉わしはてっきりお前さんはいつの間にか付き合っていたのかと…」
「ヴェロッパ※⁉」
そう言われてロナルドの顔は茹で蛸のように真っ赤に染まりました。そうです、初恋の人と出会えた幸せにすっかり舞い上がってしまい、ロナルドは全ての順番を飛ばしてしまったのです。
「君、自分が王族だから断られはしないだろうと思ったのかね?」
「違う、そんなことは決して!」
「ヒナイチくんに聞いたんだが、君は泳げないんだろう?泳げもしないのに海の民と結婚しようだなんて土台無理じゃないか?」
「それは…!頑張る!頑張って泳げるようになる…!」
ロナルドは必死でした。もはや涙目でした。ヒヨシたちはロナルドの相手が予想を覆す人物だったことに驚き、ロナルドの迂闊さに驚き、ただ見守るばかりです。
「ふむ、けれどその好意を無碍にするのも申し訳ない。じゃあ、こうしようじゃないか。まずは君が泳げるようになること。それと私の願いを三つ叶えたまえ。そうしたら私は君と結婚してやろう」
そう言ってニヤリと笑うドラルクの顔はまさに魔女でした。
「わ、分かった!俺、頑張る!」
こうしてロナルドはドラルクの願いを叶えることになったのでした。
ドラルクの一つ目の願いは『人を喰らう植物』でした。本当にそんなものがあるのでしょうか?ハンダは相手が体よくロナルドを振るために無理難題をふっ掛けてきたのだと言いましたが、それでもロナルドはドラルクを諦め切れないのでした。
ロナルドは世界中の珍しいことを知っているヘルシングを訪ねました。
「人を喰らう植物、ねぇ…」
ヘルシングはたくさんの書物が積み上がる書斎で色々な本を調べてみましたがそんな珍しいものは聞いたことがありませんでした。
「南の方のジャングルに虫を捕まえて溶かして栄養にする植物はあるが…あれの大きなものならあるいは……」
ロナルドは大きな帆船を仕立てヘルシングと共に乗り込みました。その時船の縁をコンコンと叩く物がいました。それはハンダのは母、人魚のアケミでした。
「母さん、なんでこんなところに⁉」
「深海の王から伝言を言付かったのよ。ロナルド王子、これをお持ち下さい。どんな物も大きくする魔法の薬です」
「深海の王って……?」
「我々海の民を統べる王です。海のことは何でも知っているのです」
「ありがとう、アケミさん!」
「モモちゃんも気をつけて。しっかり王子をお守りするのよ!」
ロナルドはハンダを従えて意気揚々と船に乗り込みました。
それから幾日もかけて大海原を渡りましたが、不思議と天気が荒れることはありませんでした。深海の王のご加護があったのかもしれません。やがて船は未開のジャングルへと辿り着きました。
「これか…!」
そこで初めてロナルドは食虫植物を見ました。甘い匂いで虫を誘き寄せ、上手く筒状の袋に落としては溶かして食べてしまうのです。
「ふむ…これにあの薬を…!」
薬を溶かした水を根に吸わせると、その植物はどんどん大きくなりました。そしてようやく人が入れるほどの袋に育った種を根っこごと鉢に移し、また来た時の荒波を越えて王国へと戻りました。
「ドラルク!お前の望みのもの、持ってきたぞ!」
「え?本当にあったの?」
いつもの夕方の湾で、ロナルドは持って帰った巨大な食虫植物を見せました。けれど日が沈むので花は閉じていました。
「本物だぞ!本当に人を喰らうんだ!ほら、こういう風に……」
ロナルドは蓋をした花弁を無理やり開くと自らそこに潜り込みました。強力な樹液がじわじわとロナルドを溶かしてゆきます。
「わぁぁ!自分で入るやつがあるか!」
ドラルクが慌てて止めるのでロナルドはそこから這い出てきましたが、その頃には純白のズボンはすっかり溶かされてハイレグのようになっていました。
「ほら見ろ!本当だったろう⁉」
「ああ、本物だ。君が本物のバカだということはよく分かった」
「なんて?」
「何でもない。では二つ目の望みを言おう!」
「おう、なんでも叶えてやるぜ!」
王子はいさましくガッツポーズをしてみせました。
その日陸の民たちが寝静まった後もドラルクは湾の中に留まり続けました。海からは遠くに王宮が見え、その部屋に灯った明かりが一つまた一つと消えていきます。あの中で王子もきっと疲れ切って眠りについているのでしょう。
「ヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌヌー」
「なんだい、ジョン。私が楽しそうだって?」
いつもは深い海の底から出てこないドラルクがこうして頻繁に浜に近づくのは珍しいことでした。
「そうだね。あの王子は見ていて飽きないよ。再会した翌日にプロポーズしてきたり、自ら食虫植物に飛び込んで行ったり」
ロナルドは見た目の麗しさとは裏腹に割合おポンチな性格でした。ドラルクはその
ギャップがおかしくて仕方なかったのです。
「さて、次のお願いはどうしてくれるかな?」
ドラルクは次が楽しみでなりませんでした。
二つ目の願い事はユニコーンの角。ユニコーンはまず人里に出て来ませんし、滅多に人には触らせません。ユニコーンに触れることが出来るのは清い人間だけと言われていました。
「ユニコーンなんて見たこともないよ…。この大陸で一番深い森にいるとは聞いてるけど……」
この森はあちこちに底なし沼が隠れており、方位磁石も狂う魔の森です。ロナルドはまたハンダやヘルシングの助けを借りながら用心深く森を進んで行きました。
「もしユニコーンを見つけてもお前らは手を出すな。周りを取り囲んで俺に任せろ」
「そうだな、ユニコーンを捕まえるのにお誂えなのはロナルドしかいないからな」
「え、どうして?」
森を歩きながら、ロナルド、ハンダ、ヘルシングは作戦を話し合っています。
「そ、それは…」
「この中で清い体を持つのはロナルドだけだからな」
「言うなよ、ハンダ!」
そうです、ロナルドは国中の女性たちの憧れでありながら童貞だったのです。
「あんなにモテてたのに童貞?マジで?」
「だ、だって…俺はいつか絶対にあの命の恩人と結婚するんだって決めていたから…!」
「その一途さ、兄王に爪の垢を煎じて飲ませたいな」
ロナルドが舞踏会に出たがらなかったのは、自分に言い寄る女性たちにどう対処してよいか分からなかったせいでもありました。結婚もせず毎晩美姫を侍らせている兄王とは真反対の性格です。
「そんなわけだから、ユニコーンに触れることが出来るのはこのロナルドだけだ。とにかく見つけさえすれば楽勝だろう」
その時前方を進んでいた従者が鋭い声を上げました。
「いたぞ!」
従者たちが泉のほとりにいた動物を取り囲みます。真っ白な体に一本突き出た角、ユニコーンに違いありません。
「やめろ!怖がらせるな……!」
王子は弓矢を構えた従者たちを下がらせました。ロナルドが一歩近付く度にユニコーンが一歩下がります。いつ身を翻して深い森に消えてもおかしくありません。
「聞いてくれ…俺はお前にお願いがあって来たんだ…どうか怖がらないで聞いてくれないか……?」
ロナルドは礼儀正しく片手を差し出して辛抱強く待ちました。やがてユニコーンはゆっくりとロナルドの方に近付くと、その鼻づらをそっとロナルドの手の甲に押し当てました。
「王子!今だ、押さえていて下さい!」
剣を振りかぶるハンダをロナルドは止めました。
「ダメだ!角を折るなんて可哀そうだろ!」
ドラルクの望みはユニコーンの角でしたが、優しいロナルドにはこの動物の角を折ることなど出来ません。そっとその鋭い角を撫でながらロナルドは途方に暮れました。その時。
「あっ……そんな風に触ったら…ああっ…♡」
なんとユニコーンが喋ったではありませんか。その上、固く鋭かった角はやわやわと形を変え、柔らかい長いものに姿を変えました。ユニコーンの長い角は鼻だったのです。
「私はヘンナ・ドゥーブツ。お気軽にへんなとお呼び下さい。私は変身能力でユニコーンに変身してこの森に棲んでいました。見破ったのはあなたが初めてです、パォーー」
「変身能力で化けて?清い者しか触れられないという伝説は?」
「それは処女のおねーちゃんを釣るための…ごほんっ!いえ、何か私に願い事があったのでは?」
「そうだった!私の愛する人がユニコーンを一目見たいと仰せなのだ。王国まで一緒に来て貰えないだろうか?」
「お安いご用ですとも」
こうしてユニコーンに変身したへんなを連れて、ロナルドは王国に帰りました。
「ドラルク!帰ったぞ!」
幾日も王国を留守にしていたロナルドに呼び出されてドラルクが湾に行くと、そこには真っ白なユニコーンを従えたロナルドが待っていました。手綱を付けたわけでもないユニコーンが大人しくロナルドに付き従っています。
「あなたはユニコーンの角をと言ったが、角を折るのは可哀そうだからこうして連れてきた。これで許して貰えないか?」
「え?ユニコーンを手懐けて連れてきちゃったの?君ってほんとにおもしろーい!」
ドラルクは八本の脚で器用に立ち上がると、ユニコーンの角に触りました。途端にへんなの変身が解け、その姿は元の柔らかい象さんに戻ってしまいました。
「いやぁーーー!オッサンの手にナデナデされると萎えてしまいますぅーーー!」
「こ、これはへんなと言って、もともとユニコーンの正体はこいつだったんだ!」
「あははは、知ってるよ。へんなの一族とうちの一族は昔から親しいからね。けれど、人間とは距離を置いているドゥーブツ一家とよく仲良くなれたねぇ。君が童貞なことと関係してるのかな?」
「…ッ…⁉」
ドラルクには全てがバレているのでした。
「ところでロナルドさんの愛する人というのはどこに?」
「え、今お前の目の前にいるけど?」
へんなはロナルドとドラルクを何度も見比べるとやがて満足げに一つため息をつきました。
「なるほど……特殊性癖というわけですね!」
「違うわ!」
へんなはロナルドと友達になり、しばらくこの国に滞在することになりました。今は波打ち際でヒナイチと遊んでいます。ドラルクは浅い岩礁で落ち着けるところを探し、ロナルドも岩場に腰掛けました。こうすると陸の民と海の民がゆっくり話をすることが出来ますし、実のところここは異種間恋愛するカップルのデートスポットなのでした。
「ロナルドくん、お疲れ様。北の森はどうだった?」
「なんだ、知ってたのか…。そりゃ、そうかへんなの一族と知り合いなんだもんな」
二人は再会した頃に比べると随分とくだけて話ができる様になっていました。ドラルクはロナルドがどうやってユニコーンを見つけたのか、泉の側での顛末などを楽しそうに聞いてくれました。
実のところロナルドはドラルクの願いを叶えるためと言いながら、未知の場所で冒険をするのが少しだけ楽しくなっていました。ヘルシングの書いた冒険譚のように自分も世界中の不思議な場所を旅する、そんな願いが少しだけ叶ったような気がして。
楽しい話が一段落すると、ドラルクは岩場の間に点在する水溜りに吸盤を這わせ、
ちゃぷちゃぷと脚先をつけて遊びながら、夕日を見つめてぽつりと呟きました。
「君はどうして私と結婚したいの?」
「え⁉そ、それは……」
「子供の頃に出会った初恋の人だから?でもそんな理由じゃ大人になったら続くわけがない。君ももう立派な大人なんだからちゃんと考えてみたら?」
「う……そんなに俺と結婚するのは嫌なのかよ?」
「そういう意味じゃない」
確かに勢いだけでプロポーズしてしまったロナルドでしたが、こうしてドラルクといる時間は楽しいのです。憧れの人を娶ってずっと一緒にいられたら、こんな時間がずっと続いたら、と今は心の底から願っていました。
「私も君に興味が沸いてきたよ。おもしろい王子さま」
「じゃあ…!」
「待って。まだ願い事は二つしか叶ってない。初志貫徹出来ないような男のところにはゆけないね」
ドラルクの言うことももっともです。三つ目の願いを教えてくれ、とロナルドは言いました。
「ロナルドくん、サーカスって知ってる?昔、おじいさまの魔法で陸を歩ける脚に変えて貰って行ったことがあるんだ。あれを海の中で見たい」
サーカスといえば空中ブランコに火の輪潜り、猛獣使いが芸を見せ、客席を回るピエロ。王宮の舞踏会で芸を見せる芸人たちを雇えば簡単でしたが、それを水中でというのが問題です。いや、きっと海の民にも一芸に秀でた者がいるでしょう。そういう者たちにも声を掛ければあるいは…!
「分かった。その願い、必ず叶えてやる!」
ロナルドはドラルクの手を取って誓いました。岩場には手を結ぶ二人の長い影が伸びていました。
ロナルドはヘルシングと共に水中でも呼吸が出来る装置の開発を始め、それとは別にハンダやアケミ、ヒナイチのツテで一芸を披露してくれそうな海の民を探しました。
「オーディション会場はここかい⁉三番、野球拳大好き、野球拳をします!」
「却下」
しかしなかなか良い人材は集まりません。
「ところでニイちゃん」
「兄ちゃんではない、王子だ!」
「いいって、ハンダ。なんだ?」
「オーディションもいいけど、大丈夫かい?沖には嵐が来ているぜ?」
「なんだって⁉」
慌てて外に出てみると、強い風が吹き、海は時化始めていました。
「明日の夜辺り、ここいらの側を通るコースだぜ」
「教えてくれてありがとう!」
しばらくサーカスのことはお預けです。ロナルドとハンダは城の者たちに備えを頼み、自分たちは港へ向かいました。
「おおい、みんな!嵐が来るぞ!」
「王子!そうなんです、朝からおかしな風が吹いてきやがって…!」
港ではサテツが駆け回っていました。港に繋いだ船が壊れないよう、船を全て陸揚げしなくてはなりません。ロナルドとハンダも手伝って全部の船を陸に上げました。
「ふぅ…良かった…間に合いそうだな」
空になった港の岸壁でロナルドは額の汗を拭いました。その時ひと際強い風が吹いて、疲れ切っていたロナルドはふらりとよろめきました。足を踏み外した下にあるのは海。
バシャーンと大きな音を立ててロナルドは海に落ちてしまいました。港の中とはいえそこは浅瀬よりもずっと深く、また岸壁は垂直で登ることは出来ません。少し泳げば船着き場の階段があるのですがロナルドはそこまで泳げません。荒波に揉まれたロナルドの体は徐々に沈んでいきました。
助けを呼ぶことも適わぬまま銀色の髪がトプン、と波のはざまに消えました。水の中でもがけばもがくほど上も下も分からなくなり、恐怖のあまりロナルドはぎゅっと目を瞑りました。海で溺れかけた子供の頃の恐怖が蘇ります。
その時体に何かが柔らかく絡みつく感触がして、ロナルドの体はふわり、と持ち上がりました。
「ロナルドくん、大丈夫?」
ロナルドの体に脚を絡ませて助けてくれたのはドラルクでした。透明な水の向こうから心配そうに覗き込んでいます。
「浮こうと思うから泳げないんだよ。ゆっくり周りを見渡してごらん」
おそるおそるロナルドが水中で目を開くと、海の中は荒れた海面よりずっと穏やかでした。光る鱗を翻しながら魚が泳ぎ、海底では海藻が揺れています。それはそれは美しい世界でした。
「海の中は怖くないんだよ?」
水の揺らぎの中で笑うドラルクは確かにあの幼き日に見たドラルクそのものでした。ロナルドの中からいつの間にか恐怖心が消えていました。
「そのまま私に掴まって。脚で水を蹴ってみて」
上半身をドラルクに預けたまま水を蹴るとロナルドの体は少しだけ前に進みました。
「そう、上手!浮かなくてもいいんだよ。前に進みさえすれば」
ドラルクに手を引かれるようにしてロナルドは海の中を泳ぎ回りました。けれど、人間のロナルドは海の中で呼吸が出来ません。次第に息が苦しくなってきました。本能的な恐怖で体はジタバタと海面を目指そうとしてさっきまで泳げていたこともすっかり忘れています。
「ロナルドくん。こっち向いて」
そんなロナルドの顔を掴むと、ドラルクは無理やり自分の方に向けました。水の中ではドラルクの方が自由に動けるのです。そして、ドラルクはロナルドにキスをしてふぅーっと空気の泡を送ってやりました。
途端にロナルドの肺には新鮮な空気が充ち、体が軽くなりました。二人の唇の間から漏れた吐息が泡になって水面へと昇っていきます。
それがロナルドのファーストキスでした。
【新刊へと続く】