「お爺さんとお婆さんに、会ってくれませんか」
今思い出した、というように幻太郎が言ったので、俺はどう答えたらいいかわからず、右手に持ったガリガリ君を眺めながら、死ね、ということだろうか、などと思った。
「嫌なら別にいいですけど」
幻太郎はそう言って仕事に戻った。ガリガリ君を齧ると柔らかくて甘い。
「どういう意味」
「墓参りです。一緒に行きませんか」
「あー」
特に楽しいわけではないイベント、けれど幻太郎にとっては大切なことに誘われて嬉しかった。
「行くわ。どこだっけ」
普段あまり電車に乗らない幻太郎は、混み合った車内で不愉快そうにしていた。俺もあまり電車に縁がないので、ぶつかる他人の肩にイライラしたりしていた。
「次、降ります」
幻太郎の足取りには迷いがなくて、行き慣れてるんだな、と思う。俺は幻太郎の何も知らない。俺なんかが同行してよかったのだろうか。
新幹線では窓側の席を譲られたので、素直にそこに座った。幻太郎が急に黙ってしまったから、窓から見える知らない景色を眺める。気まずさすら感じる。
肩を揺すられ、
「着きましたよ」
との声に目を覚ます。外へ出るとじっとりとした暑さを感じた。北も夏は暑いのだな、と当たり前のことを思う。幻太郎はハンカチでこめかみの汗を拭いながら
「こっちです」
と俺の手をとった。その手は暖かく、汗ばんでいて、やっぱり好きだなあと思う。
その後俺の知らない電車とバスを乗り継ぎ、狭い墓地に着いた。
そこは整備されているとは言い難く、強い雑草が伸びていて、人はいなかった。
幻太郎は雑草の伸びが他より少しだけましなところへ真っ直ぐ進む。
「帝統、手伝ってくれますよね」
しゃがんで雑草を引き抜く幻太郎は初めて見た。
雑草を抜いたり刈ったりして、ようやく墓石がよく見えてきたところで、幻太郎はどこかへ行った。俺は墓石に書かれた幻太郎の育ての親の苗字を眺め、後ろにまわってお爺さんとお婆さんの名前らしきものを見た。二人分の名前しか刻まれていなかった。
「俺も手伝ったのに」
両手に水の入った桶を下げて少々ふらつきながら戻ってきた幻太郎に声をかけると、
「私がいたら、あなたは名前を見ないでしょう」
と笑った。
二人で墓石に水をかける。幻太郎の顔を盗み見ると、穏やかな表情をしていた。
きれいになったところで、幻太郎は手を合わせた。数珠のないまま拝んでいるので、俺も幻太郎に倣って手を合わせる。
「お爺さん、お婆さん、私の大切な人です」
急に声を出されたので驚いて幻太郎の方を見る。心臓がドキドキしている。幻太郎は目をつぶっていて、手を合わせる姿が妙に様になっていた。
「ごめんなさい、どうしてもご報告したくて」
俺に頭を下げる幻太郎に向かってしゃがみ、幻太郎の両手を握る。
「俺なんかでいいのかよ」
「帝統が嫌ならいいです。けれど、もう、言ってしまいましたから」
顔を覗き込むと、幻太郎は顔を逸らしてしまった。
「今、わかったんだよ、意味」
「……本当、鈍感ですね」
握った手の力を強くすると、幻太郎も握り返してきた。
「あー、ええと、なんだ、よろしく、おねがいしま、す」
こういうのは慣れてない。緊張しているのが自分でよくわかる。
「こんな私でよかったら」
幻太郎はこちらを向いて小さく呟いた。そして微笑んで、
「またバスに乗ることになりますけど、昔よく通っていた喫茶店に行きませんか」
と言ってくれた。
俺は頷いて立ち上がり、多分嬉しそうな顔をしてしまっているから、恥ずかしくて空を仰いだ。