布団にうつ伏せになり、安タバコの煙を吐く。充足感とかそんなものはなかった。隣で寝巻きをほとんど着れていない幻太郎が立ち上がる。
「十時から予定がありますので、それまでには、ね」
俺は無視をして幻太郎の脹脛を這う液体を眺めた。
「けっこう大変なんですからね、こっちは。あなたはいいんでしょうけど、小生、朝になっても十時になってもずっと腰が重いんですよ」
タバコの火を幻太郎の裸足の指に押し付けようとすると、裸足は逃げた。
「ろくでなし」
幻太郎が風呂場へ行ってしまってから、俺は立ち上がって私服を着、幻太郎の布団を蹴ると布団に染みた体液が靴下に移って気持ちが悪かったので靴下を脱いで布団に投げつけ、灰皿を蹴散らして幻太郎の家を出た。
野良猫が寄ってきたのでポケットを弄ったがハズレ馬券くらいしか出てこなかったので放っておいたらニャーニャー鳴かれた。
鳴き声が煩い、というだけで野良猫を蹴ったり踏んだりあるいは殺したりする程度にろくでなしだったら、幻太郎は他の男のところに行かないのではないかと思っている。
そんな最低な男に抱かれるのが幻太郎は大好きだ。今頃風呂場で俺の刺激の少ない情事にうんざりしながら精子を掻き出しているのだろう。
幻太郎の身体には様々の口吸いの痕や傷や痣があったが俺はそこに参加しなかった。そうしたら幻太郎の他の情夫と何も変わらないどころか満足するような刺激を与えられない俺の存在は幻太郎から消えると思った。
幻太郎が家に帰ってこなかったり、薄く明かりが点いているのに鍵を開けてもらえなかったりする夜が頻繁にある。そんな夜は野外で寝なければいけないうえに、幻太郎がひと周りもふた周りも年上のろくでなしに傷つけられてよがっていると思うと気分が悪く、全然眠れない。
「なんであんな淫乱、好きになっちまったんだろ」
セブンイレブンに入りレジでインスタントカメラを出す。店員は一度奥に行き、前回出したカメラのフィルムと現像写真の入った封筒を持ってきて、事務的にレジ操作をしていたが、その男の店員の顔は真っ赤だった。俺はニヤニヤ笑って、
「兄ちゃん、興味あんの?あんなら何枚か譲ってもいいぜ。シフト何時まで?」
「あ、あ、えっ、あっ」
「そこの公園で待ってっからよ」
「あ、あの、五時まで、です」
店員は俯いてしどろもどろになりながらも答えた。
「じゃあ五時にはいっから」
幻太郎の財布から拝借した金を置き、お釣りと写真を受け取って店を出る。
店を出てすぐ写真を確認した。七割ほどはしっかり幻太郎の痴態が撮れていたが、あとはブレていた。
五時を少し過ぎた頃、さっきの店員が小走りに公園へ入ってきた。
「あ、あの」
「おー、まず何枚か見せっから、一枚三千五百円な」
「は、はいっ!」
そこそこ綺麗に撮れている写真を数枚、店員に見せた。
「どれ欲しい?」
店員の男は目をギラギラさせながら写真を見て、六枚買った。
「景気がいいな!あんがと!」
男の背中を叩くと、男は一礼して走って去って行った。
いつもの路地裏には汚らしい格好の中年男が数人いた。その中に入っていく。
「おっちゃん、また撮れたんだけど、どうよ」
「今回は金がねえな」
「ブレてんのでよけりゃ一枚五百円だぜ」
「まあ、いいか、良い写真持ってくることもあるし、一枚買うよ」
「よっしゃあ!」
「ダイちゃん、また幻太郎センセーか?」
他の賭博仲間が寄ってきた。
「あ?ああ」
「女とはヤんねえの?」
「女はガードかてえもん、撮らせてくんねえ」
「幻太郎センセーも綺麗な顔してるしまあいいんだけどよ、もっと小柄で可愛らしくて女みてえなやつ引っ掛けてくれねえかなあ」
「まーそのうちな」
男は笑って、
「ダイちゃん幻太郎センセー一筋だもんな」
「そんなんじゃねえよ」
「そんなに具合が良いのか?女より?」
「別に、そうでもないけど……今は関係ねえだろ!一枚二千円、ブレてるやつは七百円、どうよ」
写真は殆ど売れた。売れ残りは酷くブレていたので千切ってその辺に捨てる。俺の優しさだった。それを拾って集めてる奴もいた。
コンビニで弁当を買うと、野良猫が擦り寄ってきた。
「やんねえよ馬鹿!」
野良猫はニャーニャー鳴いた。煩いと思った。
俺が歩き出すと野良猫は諦めてどこかへ行った。