壹岐が現代で軍事政権に独裁されてたらパロタクシーを降りると、空港に着いて以来の南半球特有の蒸し暑さが全身を包み込んだ。湿った土や路傍に立ち並ぶアブラヤシの葉、けたたましい音を鳴らすディーゼルエンジンが吐き出す煙の匂いが、否応なく苦い思い出を蘇らせる。
大使館職員だった父が不慮の事故で死んで以来、十数年間、決して踏む事は無かった地だ。
ジーンズのポケットからスマートフォンを出す。
数年ぶりに来た、伯父からのメール。
ーー中々連絡が出来ずにすまない。今、私はお前が幼い頃、お前の父が住んでいた国にいる。
ーー国防軍とささやかな誤解があった。だがそのせいで私は身動きが出来ずにいる。
ーー大丈夫だ。必ず帰る。だから決して来てはならない。わかったな。
それを見て、言い表せない不安が胸の中に広がった。
1934