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    玖堂らいか@SD再燃中

    ダイ大やスラダン絵を気の向くままに。顔ありの三井夢主がいます!

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    三井夢・長編連載 第6話 「ごめんね」と「ただいま」と桜の下の約束の話

    #SD夢
    #三井夢
    #夢小説
    dreamNovel
    #長編夢小説

    第6話女子バスケット部だけでなく剣道部にも所属している✿の朝は早い。剣道場での朝練に参加するためだ。
    県大会を最後に引退のつもりでいるが、今年はどこまで行けるのだろうか。
    人数が少ない剣道部とは言え、初戦を前に気合の入る部長や部員の士気を見ていると、自分も身が引き締まる。
    「けがもあったし無理しなくていいとは言われたけど、体動かしたいのも本音なんだよね…。」
    ひとり呟いて、ガラリと自分の教室のドアを開けると、まだ誰もいない教室の自分の席の前に、立っていた長身の男が振り返った。
    (なんというか…既視感だねこれ!?)
    一度教室に寄り、鞄だけ置こうと思ったが、計画変更はやむをえまい。
    「…間違えました。」
    迷わずガラガラとドアを閉めようとすると、男は猛ダッシュでドアに詰め寄った。
    「ちょっと待てよオイ!コラ!」
    「いやいやいやホントもーやだ勘弁してください!こわいこわい!間に合ってます!もう結構です!」
    (なんでまたこいつに待ち伏せされてるの私!今度は何!?)
    ✿が必死で扉を閉めようとするも、全力で阻止され拮抗する。
    「バカじゃないの三井!手挟むでしょ!離してよ!」
    「離さねぇよ!だったら俺の話を聞けよ!頼むから!✿!」
    三井の必死な形相に、仕方なく✿は引き戸から手を離す。
    「もーやだ何なのよ三井…こっちこないでよ」
    ノリではなく、✿の目には先日の一件で思い知った恐怖が滲んでいた。
    カラカラと引き戸を開ききると、すまなそうに三井がつぶやいた。
    「…もう何にもしねぇよ。頼むから、話だけは聞いてくれ、✿。」
    「…ほんとに?」
    「ほんとに」
    渋々教室に入り、自分の机に鞄をかけた✿は三井に向き直る。
    「それで、今度は何?」
    三井はクラスに誰もいないことをもう一度確認して、✿に向き合うと、深々と頭を下げた。
    「その、まず、殴って悪かった。」
    ほんの数日前とは別人のような、真摯な態度で謝罪を口にする三井に、✿は面食らった。
    「本当にごめん。酷いことしたと思ってる。申し訳ありませんでした。」
    顔は深くさげられて見えないが、身体の横につけられた指先が少し震えている。
    「……こめかみを2センチくらい切ってて、結構縫ったの。」
    言いながら、こめかみに貼られたガーゼに触れる。抜糸は来週ということになっている。
    「…っ」
    「それでも、髪で隠れるところで良かった。一応、私だって女だし、綺麗ではいたいって思ってるし。」
    「…ごめん、なさい。」
    顔を上げると、三井の顔には苦しげな後悔の色が滲んでいた。
    「あんな目に遭わせちまったんだ、もう俺、二度とお前には近付かねぇから。お前がバスケ部と関わってても全然いいし、俺のことはもう無視してくれ。」
    「えっ?」
    「だってお前言ってたろ、『もう嫌だ』って。俺と関わったからたくさん傷ついて、あんなに泣いてたんだろ。」
    「それは……。」
    半分正しいが半分間違っている。
    「少し、違うよ。悲しかったんだ。私は三井のことも、宮城君も本当はみんな大事だったの。でも、みんな傷ついて、大事な場所もボロボロで、私だって、三井に酷いこと言うし、なんかこう、色々なことがうまくいかなくて拗れてちゃって、何でこんなになっちゃったんだろって、こう、あふれてしまって。もうかかわりたくないっていう意味じゃないの。」
    「✿…。」
    「私の方こそ、ごめんなさい…あの時、三井に酷いこと言った。」
    さんざん悩んだその言葉は、自分が危惧していたほどにつかえずにゆっくりと口から出てきた。
    「いや、お前…それは酷いっつったって事実だろ。謝ることじゃねぇよ。」
    「そんなことない。三井の事を、あんなふうに追い詰めたいわけじゃ…なかったのに。」
    そういって今度は✿がうつむいて唇をかむと、頭の上でふっと笑う気配がした。
    「相変わらず甘ちゃんだなぁ、お前は。」
    「えっ?」
    「あんな目に遭わせた俺にまで、なんでそんなに優しいんだよ。」
    「そうかな…。」

    三井は3階の教室から、体育館の方向を見ると、胸の内を語りはじめた。
    「俺な、バスケ部戻ることにした。」
    「…そうなんだ。」
    「もうポジションも何もねぇかもしれねぇ。あんなことやらかしたんだ、背番号ももらえなくてもいいから、もう一度バスケやりてぇんだよ。」
    ✿は何となく察していて、いわばあの襲撃事件の幕引きの答え合わせではあったが、遠くを見る三井の横顔にもう迷いは感じられなかった。
    (…私もわかるよ、その気持ち。)
    「ねぇ三井、聞いてもいい?なんであの時私に会いに来たの?なんでバスケ部に近づくなっていったの?」
    そもそも✿はマネージャーではないし、数年ぶりに復活した女子バスケット部は、公式大会申請どころか、人数が足りなくて同好会扱いだった。
    「私のこと見てたら中学時代を思い出すの、辛かった? ごめん、そこまで考えてなくて私…」
    三井がわざわざ自分に会いに来て難癖をつける理由など、それくらいしか思い浮かばなかった。
    「いや違う違う、そうじゃねぇ。そうじゃねぇんだよ。」
    首を振って三井は否定する。
    「うまくいえねぇけど、お前は何も悪くねぇよ。それだけは誓っていえる。」
    全国に連れて行くと意気込んでいた自分がいなくても、バスケ部を応援していた✿。それだけでなく、自分でも廃部状態だった女子バスケット部を再興しようと、ひとつひとつ出来ることを見つけて必死に頑張っていたという。
    三井があんな風につっかかったのは、もう二度と彼女の目に映らない自分、そして彼女を努力を妬むような自分の器の小ささに絶望してしまったからかもしれない。
    もう、目の前に現れないでほしい、自分をかき乱さないでほしいだなんて、何という傲慢。三井は✿への心からの謝罪の代わりに、どうかこんな無様な本心は墓まで持って行かせてほしいと願った。
    「多分…少なくともお前には、みっともねぇ自分を見られたくなかったんだ。お前の前くらい中学んときみたいな自分でいたかったんだと思う。見栄っ張りどころか、結局全部晒しちまったけどよ。」
    そういって苦笑いをする三井に、✿はふるふると頭を振った。
    「三井、あのね。この2年間は私は見てはいないけど、三井をみっともないなんて思ったことないよ?」
    「でも、お前に全国行くなんて大見栄切っといてよ…MVPが結局グレて不良やってんのかって思ってんじゃねぇのか。」
    「見くびらないでよ。私、そんなこと思ったりしてない。怪我して、復帰も遅れて、周りに置いて行かれた気がして、再発も不安だし、戻るのが怖くなって、そんなのカッコ悪くなんかないよ。すごく勇気がいると思うよ。私はそれを外に八つ当たりしてたことを怒ったんだもの。それは…やっぱりダメだよ。」
    「そりゃそうだよな…。」
    「三井に起きたことは、ほんと辛かっただろうなって思う。それなのに酷いこと言って、ごめん。」
    「俺だって、カッとなって殴ってごめん。痛かったし、怖かったよな…ごめんな。」
    しおらしく何度も謝る三井を見ていると、✿は中学時代を思い出した。
    「でもなんかちょっと懐かしかったかも。私たち、ケンカばっかりしてたよね。」
    中学の頃は、何かにつけてカチンときては、折り合いもつけられず、売り言葉に買い言葉なんてざらで、お互い思いつく限りに主張したり、罵ったりしていた二人。そうして、数日後にどちらかがばつの悪そうな顔で謝ってきて、そのたびにあれを直して、これは我慢しろという話をぽつぽつとしておしまい。そういうことが何度もあった。ある部員はそんな二人を犬猿の仲と言い、別の部員は友達以上ケンカップル未満などと揶揄していた。
    (何をあんなに怒ってたんだろうってくらい、酷い時もあったなぁ。)
    男バスの主将だった三井も、女バスの主将だった✿も、中身がどうにも幼いまま身長ばかりすくすく伸びて、主将という肩書きの責任に必死な「外面は優等生」組であった。その歪みの発散だったのかもしれない。

    「課外授業の赤木君を呼びに行ったのは私。私の怪我のことは直感的に何か思ったみたいで、怒ってた。剣道部の黒河部長とは仲良いから。自分の部員がよその部員怪我させたんじゃないかって思ったんじゃないかな。」
    「でも、机から転んで落ちたって言ったんだろ?」
    「え?誰から聞いたの?まあそうなんです、そうなんですよ。だって、三井がまだ正式にバスケ部辞めてないのわかってたから。私のことでバスケ部の皆を困らせるの、嫌だったから。」
    (三井さんが✿先輩殴った線だったら、部員の暴力事件ってことで、ホントにバスケ部廃部になってたかもしれないのにね。)
    と、ある人間に言われたが、まさにその通りだった。末恐ろしいやつだ。
    「…ありがとな、バスケ部守ってくれて。」
    「別にそんなの、私がしたいようにしただけだし…それに、本当に守ったのは水戸くんと堀田くんでしょ?私は、何もしてない。」
    「そんなことねぇだろ…。」
    「次の日三井が体育館に乗り込んできた時、その場にいてすごく焦ったの。やばい、前の日私が怒らせちゃったからだって。宮城くんに絡んでたのは知ってたけど、私があの時、三井を焚きつけるような真似しなければ、あんなことにはならなかったんじゃないかって、すごく後悔したの。」
    「考えすぎだよ…元々宮城と桜木を潰しに行ったんだし。おめぇのせいじゃねぇよ。そのまえにあの二人ともやりあってたし。」
    たとえ✿との一件がなくたって、自分は同じようにバスケ部を潰しに行っただろう。
    「木暮にも、お前と同じこと言われたよ。根性なし、って。」
    「根性なし……かぁ。」
    「ほんと、その通り過ぎて笑っちまうよな。」
    「殴られた日の夜ね、ずっと三井の気持ちを考えていたの。生きがいみたいな、自分のほとんどだったものを急に取り上げられて、自分がいるはずだった場所が、いなくてもうまく回ってくのを見るのは辛かったよね。バスケを好きでいるほど苦しいなんて、そんな辛いことないよね。だから、三井に待っていてくれる仲間がいてくれてほんとに良かった。」
     
    迷ったり、悩んだりしながら三井への言葉をひとつひとつ丁寧に紡ぐ✿に、三井は目の奥がジンとするのを感じた。そんな自分に気づかれないよう、話題を変えた。
    「それで、✿、お前はなんで湘北にいるんだよ。高校、愛知に行ったんだったろ?」
    三井は直接✿の口からその理由を聞きたかった。
    「あー、はは、今更それを聞いちゃいます?」
    「…ちゃかすなよ。なんかあったんじゃねぇの。」
    ✿は少し沈黙し、ふう、とため息をついて切り出した。
    「…あんな意気揚々と愛知に行ってさ、結局うまくやれなかったの、私。バスケ部でも、クラスでも浮いちゃって、なじめなくて、クラスもぎすぎすしてて、ものがなくなったり、壊されたり、1年のくせにスタメンになったのが気に食わないって、もらったばっかりのユニフォーム、切られちゃったり…。」
    その時を思い出したのか、✿の声はすこし震えていた。
    「お前、それって……!」
    「バスケットも辞めちゃって、学校にも行けなくなってたときに、ちょうど愛知本社にいた父が、今度は海外転勤が決まってね。海外に一緒に行くより、母と2人でおばあちゃんのいる神奈川に戻って暮らそうかって言う話になって。それで、去年の2学期から転校してきたの。」
    (あの✿が、いじめられていた?)
    これ以上✿の傷を広げることもできず、何も問わずそのまま飲み込むことにしたが、自分のしたことを一瞬忘れるほど、その話を聞いて、三井の奥にあるマグマのような煮えたぎる衝動ががぶりと沸騰するような感覚に陥った。
    「……いや、転勤ってのはほんとに渡りに船だっただけで、向こうにいて、もう何もかもが嫌になったっていうのが本音かな…。」
    「そんなに…だったのか。」
    「…ごめんごめん、気分悪いよね。面白い話でもないし、もうやめよう。少なくとも三井の復帰っていうめでたい日にお聞かせするような話じゃあないよ」
    ✿はぴょん、と机から降りて、明るく笑う。
    「…ごめん、辛いこと聞いちまったな。」
    自分で抱え込んで肝心なところを語らない✿になんだかんだとと問い詰めて、ふざけてたり明るい回答が返ってくる時は「これ以上ふみこんでくれるな」と言うサインだったはずだ。
    ✿は気にしないで、というように手をひらひらと振った。
    「バスケ部は、入学した日に見学行った時に、宮城君とワンオンして遊んでもらったの。それからずっと応援してるけど、今年は良いチームだよ、湘北。個性は強いけど、赤木君と木暮君がよく纏めてる。バスケ初めてなのに、どんどん成長していく桜木君と、ものすごいポテンシャルのある流川くん。宮城くんもほんとアシストうまいよ。ベンチメンバーだってちゃんと試合を見て声出してる。育て甲斐ありそうだなって感じ。ワクワクして、ずっと見てたくなる。そこに三井が戻ったんなら、ホント心強いなって思うよ」
     三井は去年の今頃、1人見に行った県大会初戦の様子を思い出していた。
    「……っかな。」
    「ん?」
    「……やってけっかな、俺、あそこで。」
    床に視線を落とした三井がぽつりと、つぶやいた。
    こんな風に弱音を吐く三井なんて、✿にとってはいつぶりだろうか。
    赤木に、お前はくるなと言われながら、もう一度体育館に向かった時に見た惨劇。血塗れの部員たちと、動かない何人かの襲撃者、泣き崩れる三井。
    部員たちにとっては、先輩というより、未だに主犯なのだ。これから先、どれほどの禊が必要なのだろうか。
    「…不安なの?三井」
    「んなわけねーだろ!けど、よ…。」
    あそこまでのことをして、後輩達に受け入れてもらえるだろうか、とか、怪我の再発とか、スタミナとかフィジカル面の不安とか、期待に応えられるか、とかそんなところだろうか。強がりながらも本当にもう試合には出られないかもしれない。そもそもパスがもらえるかとかいうのもあるかもしれない。
    やるしかねぇという顔をしながら、自分のしたことの重さを理解するぶん、不安でないはずはないのだ。
    打ち解けるには時間はかかるとは思う。簡単には許されないと思う。コートにすら入れてもらえないかもしれない。
    だとしても、だ。
    それだけではないのだ。そんな絶望が全てではないはずだ。

    (もっと大事なことがあるじゃない、三井)
    そう、希望がまだあるのだ。

    「もうさ、やっていけるかどうかじゃなくて、やるしかないんだよ三井。どんなにカッコ悪くても、みっともなくても。それが償いになるんなら。君が、そう決めたんなら。」

    いつだったか、三井に貸しを作った✿に、高らかに宣言していた。
    『この貸しはバスケで、結果で絶対返してやる!見てろよ、✿!』

    「私はほら、誰よりも諦めが悪くて、誰よりもバスケが好きな男、三井寿しか知らないんだよ。それにね、」
    ✿はぴょん、と腰かけていた机から降りた。
    「怪我が治って、三井はもうバスケが出来るんだ。ボールに触れる。君はもういくらでもドリブルして、パスをもらって、シュートができるんだよ。まずはそれだけでもう、サイコーに嬉しくない??」
    「!」
    「私ね、湘北にきた日に、彩子ちゃんに半ば強引にバスケしようって言われてね。今までずっと怖かったはずなのに、久しぶりにボール触ったとき、ぞくぞくしちゃった。本気でプレイしても、生意気だとか調子乗ってるとか、誰にも何も言われなくて、ただ、うまいね、すごいねって言われて、嬉しくてぽかぽかした。ボールの重さと、手触りと、ぱつんってネットを通る音に涙が出そうだった。単純でしょ?」
    話しながら✿が振りで放ったシュートは、白く乾いた音を立ててネットを通る。
    「きっと、三井もそうだと思うよ。」
    「✿…」
    「大丈夫だよ、きっと三井は何も無くしてない。手放してなんかない。シュートする手をずっとかばってるくらい諦められなかったんだもん、ほんとはバスケとずっと繋がっていたんだよ。あとはもう、必要なのは覚悟だけだ。ここからは手繰り寄せて、取り戻せばいいだけだよ。感覚とか、スキルとか、…信頼とか。」
    「覚悟……か。」
    ✿には一瞬、三井の瞳が揺れたように見えた。
    「俺、もっかいお前に会えて、良かった。」
    「…私もだよ、三井。ねぇ、もう嫌だって言うの、取り消す。仲直りしてくれないかな。昔みたいに、普通に話せない?」
    「お前がいいなら、俺は全然、つーかむしろ、俺の方こそ、お前が赦してくれれば嬉しいし。」
    「赦すの…分割払いでいいなら。」
    「何だよそれ」
    三井はくすっと笑うと右手で、✿の左頬をガーゼごと包み込むように触れた。
    「…痛いってば。こっちはあざになってるのよ。」
    「わりぃ。……お前、しばらく見ねぇ間に、綺麗になったよな。」
    そうだろうか?でも、昔の自分をを知っている友人に綺麗になった、と言われてあまり悪い気はしない。なんだか顔がぽかぽかするのは、頬に当てられた三井の右手のせいだろうか。
    「そういう三井も、ずいぶん男前になったね…ひどい顔だけど。」
    「お前もな。」
    「…誰のせいでしたっけね?」
    「そうだった。」
     そういうと、三井は頬にあてた手を滑らせ、昔の記憶よりずいぶん短くなってしまった✿の髪をさらりと手櫛で梳くように撫でた。
    「良かった…お前まで…無くしちまわなくて。」
    ✿が視線を上げると、三井はきつい眼差しをゆるめた、穏やかな顔をしていた。
    (三井も、こんな顔するんだ…。)

    「バスケ、きっと楽しいよ。頑張ってね。」
    「おう、お前もな。」
    ✿はこほん、ともったいぶった咳払いをすると、
    「みっちゃん!バスケ部をインターハイに連れてって!」きゅるっ、とヒロインのような声真似をしながら、なんちゃって、とおどけた。
    三井はぽかんと呆気に取られていたが、
    「…ガラにもねぇこと言ってんじゃねーよ、ばぁか」
    そういうと2人は顔を見合わせて、くっ、と吹き出し、一緒に笑い出した。
    「…三井の笑った顔、久しぶりに見た」
    そう言った目の前の旧友も、ようやく、見覚えのある笑顔を見せた。
    「よかったね。おかえり、三井。」
    (そうだ、こいつは自分よりも、自分じゃない誰かのために怒り、泣き、喜ぶことができる人間だった)
    多くのつらい出来事を乗り越えてきたのであろう旧友に、三井も同じ言葉を返す。
    「お前も、おかえり。」

    ガラッと扉が開く音がして、3人目のクラスメートが教室に入ってきて、見慣れない怪我だらけの男を見てギョッとし、目を合わせないようにそそくさと席に着いた。
    もう一度顔を見合わせて2人で苦笑いをする。

    「わりぃ、俺もう行くわ」
    「そう、私も朝練サボっちゃったから謝りに行こ。」
    「俺も、謝りにいかねぇと。」
    「え、剣道部(うち)に?だからダメだって言ってんじゃん。」
    「ちげぇよ、職員室。今まで色々やらかしてて少なくとも無罪じゃぁねんだから、一旦人間としてのけじめつけねぇとだろ。」
    「この度はご迷惑を、ってやつか。そりゃあ、そうか。」
    根は真面目で、律儀な奴なのだ。三井寿という男は。
    「ってか、部活でもきちんと謝るんだよ?あと、宮城くん!彩子ちゃんと一応私の数少ない友達なんだからね。必ず謝ってよ!心から!サシで!」
    「お、おう…」
    「…やり返されてたとしたって、あんな絡み方、マジで最低なんだから。」
    いろんなことを思い出したのか、拳でトン、と心臓の真上をたたくと苦々しい顔で呟いた。
    「わかってる。けどよお前、自分の事もそれぐらい怒っていいと思うぞ…」
    (無抵抗の女を殴って、放置して逃げだしたんだぞ、俺は…。)

    「あとは、安西先生と、顧問の鈴木先生にもちゃんと謝ったほうがいい。特に安西先生は三井の素行をかばって、その代わりに任期を削っているっていう話もあるから。」
    「えっ」
    突然の話に三井の顔色が変わった。
    (任期を削る?湘北(うち)を辞めるってことか!?)
    「んだよ、それ…どういうことだよ✿!」
    「落ち着いてよ三井…あくまで聞いた話だから、尾ひれはついているだろうけど」
     そう前置きして✿は話し始めた。
    「三井がグレて、他校ともめたり、問題起こした時に、何度か二人の責任が問われたらしいの。宮城君の件だってバスケ部員の非行っていう扱いだったから監督と顧問が教頭に呼ばれたんだって。」
    無名の公立高校に強豪校の推薦を蹴って入学した三井、また同じように全中に出場するほどの折り紙付きの実力でも湘北に来たバスケ部の同級生、結果的には彼らは皆バスケ部を去り、三井は非行にまで走った。学校側としても誰の責任かと問う以前に、どこかで食い止められなかったのか、精神的なケアが足りていなかったのではと頭の痛い話だっただろう。
    「そのたびに謝罪して、説明していたのは、あの二人だよ。責任は三井じゃなく自分にある、指導者として至らなかったとして、三井の卒業までで任期を終えるって…」
    「そんなの…俺を停学なり退学なりすればよかったじゃねぇか。」
    「それは、三井が悪いのはそうだよ。でも、トカゲのしっぽを切りたいわけじゃなくて、そこまで至った責任、なんていうのかな、管理監督責任、みたいのは大人がとるんだ。私たちはそういう庇護の下にまだいるような、ただの子供なんだよ。」
    三井はもう一度、頭を殴られたような感覚だった。
    「きっと、安西先生は三井の事、停学にも退学にもさせたくなかったから、そうしたんだよ。その意味はわかるよね?」
    「……。」
    (安西先生は、最後まで俺を信じてくれていたのか…。それなのに、俺は、あの人に…!)
     三井はまとまらない頭の中で、こんがらがった思考を、必死で解いていく。
    「でも、あくまで教員同士の話し合いだから、今更三井がどうこう言える話じゃあないと思うよ。」
    (こんな俺でも、先生に謝って、謝って、それ以上のことができるってんなら…。)
    自分ができることなんて、いくつもない。そう結論付けた三井の答えは、シンプルだった。
    「結果か。」
    「えっ」
    「バスケ部が結果を出せば、いいってことかよ。」
    自分が更生したこと、安西先生が監督としての実力があること、それを同時に証明するなら、三井が公式戦で結果を出すのが最短で、最善で、最良だ。自分にはそれができるという自負があった。
    「……端的だけど、効果はあるかもしれない。正直な話、部活でも学業でも良い成績を出した人間ってのを学校側は無下にしにくいと思うよ。だから私だってお行儀よくしてるわけだし。」
    「お前、ちょいちょい発想が腹黒くねぇか?その割にこの前は体育のセンコーに喧嘩売るし。」
    「合理的と言って欲しいんですが。あと喧嘩は売ってません。」
    「…結果…結果ね。上等じゃねぇか。やってやる。」
    「え?ちょっと待って、何する気?」
    「俺もさっきのセリフ取り消す。出れなくていいなんて謙遜してる場合じゃねぇ。ユニフォームもらって県大会出るぞ。書類間違えたとか、療養してた選手の復帰だって言って書類差し替えてもらってよ。何ならスタメン取ってやる。」
     さっきまでの落ち込んだ表情はどこかへ行ってしまい、三井の中には新たな野望の火が灯っていた。
    「ホントにやってやろうじゃねぇか、お前のいう『インターハイに連れてって』ってやつ。俺が万年初戦敗退のバスケ部から、歴代最高成績出してやる。」
    「ま、マジですか。」 
    「マジだろ大マジ。何だよおめぇ、俺を誰だと思ってやがる。」
    わかってんだろ、と言いたげに口の端を吊り上げ、三井は不敵に笑った。
    その目に燃えるは不屈の闘志。三井はいつだって、胸の内に逆境を喰って走る獣を飼っていた。
    「本気なんだね。」
    「おうよ」
    「もう、あきらめたりしない?」
    「…バスケは、な。」
    「あ、もう弱気だ。」
    「うっせぇ。だから、今度こそ、絶対見に来いよ。…約束だかんな。」
    三井が差し出したのは、拳。
    桜吹雪の中で誓った、あの卒業式の続きがここにある。
    「…約束、だったもんね。」
    ✿がこつんと拳をぶつけると、三井はフッと満足げに笑い、廊下を歩きだした。
    “まかせとけ”  そう語る彼の背中は、とても頼もしかった。
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