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    おかき

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    おかき

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    1014R///マス♂グラ
    夜中に映画を見る話。

    ふたりきりのレイトショー「マスター♡僕と映画を見に行かない?」
    「断る。」

    机に向かっているマスターの肩に撓垂れ掛かるように寄り添い、とびきり甘い声で誘惑してやった……のに。
    こちらを見ずに一刀両断され、ゆっくりと後ろに回った僕は思い切りマスターの首を締めた。

    「ぐぇ……!!」
    「僕のお願いとその報告書とどっちが大事なんだマスター??まさか……その紙切れとは言わないよなぁ??」

    バンバンと机を叩いて抗議の意を示してくるマスターに免じて、僕は少し腕の力を緩めた。

    「げほ、げほっ、……あのな、この報告書の元になった奴は誰だ?」
    「さぁ?シャスポーじゃないか??」
    「シャスポーは誰彼構わず声をかけて誘惑して挙句の果て怪我人まで出す乱闘騒ぎは起こさない!!」

    やっとこっちを振り返って僕の方を見たそいつは心底うんざりした様子で僕を睨みつけた。
    その乱闘騒ぎというのも、僕が声を掛けて関係を持っていた男女がひょんな事から鉢合わせになり……僕を掛けて腕っ節を比べる勝負をしたらしい。
    候補生といえど、まだまだ若く常日頃訓練をしている奴らだ。本気で殴り合ったりしたら怪我人が出るに決まっている。

    「はぁ、元凶が僕だってだけで、実際に僕は何もしてないじゃないか。誘惑に負けた奴らが悪いに決まってるだろ?」
    「……当の本人はこれだもんな。そいつらは取り敢えず謹慎処分。お前は教官と俺からの厳重注意で済んだだけ有難く思いなさい。」

    転がったペンを取ってマスターはまた机に向かう。椅子に手をついて、つまらない内容の癖に僕より優先されている紙切れを後ろから覗き込んだ。
    そのままペンを走らせながらマスターは僕に問いかけた。

    「ちなみに、映画って何を見る気なんだ。」
    「あ?えーと、適当に……ラブロマンスとか?」
    「は?俺とグラースで??」
    「……おかしいかよ。」

    ペンが止まる、顔を少し動かして僕を見つめる眼とかち合った。男2人でラブロマンスなんて、と馬鹿にしてる風な意志は感じられない、単純に不思議に思ったようだった。

    「おかしくない、けど。お前が他人の恋路に興味あると思わなかった。」
    「……別に好きで選んだわけじゃねぇっつーの。」
    「???」

    気がある奴と見る映画ならそれしか無いだろうが普通は!!……と面と向かって言ってやりたかったがなんとか堪える。
    まったく、デリカシーが無いというかムードが分かってないというか、クソが付くほど真面目なのは分かっていたがここまで鈍いとは思わなかった。

    「はぁ、ほんとしょうがないマスターだな。」
    「なんでお前がため息ついているのか微塵も分からん。」

    マスターが持っていたペンが蓋に収まる。
    纏められた報告書で柔らかく額を叩かれた。パサ、と紙のこすれる音がする。

    「とにかく、お前も暫くは問題起こさずに大人しくしてなさい。いいな?」
    「...Oui。」

    軽く窘められてうんざりだという風にしぶしぶ返事をした、僕が何したっていうんだ。つまらない。
    そのまま部屋のドアの付近まで歩いて、マスターがこちらを振り返った。

    「映画なら、何時でも付き合ってやるから。」
    「!」
    「それじゃ、これ提出してくる。」

    パタン、ドアが閉まって、1人取り残された部屋で思わず口角が上がる。いつもマスターが寝ているベッドに飛び込んで、僕は鼻歌を歌いながら目を閉じた。





    「マスター♡今夜空いてるかな?」

    それからしばらく経った日の昼休み、授業が終わって食堂に行くとマスターの後ろ姿を見つけた。可愛子ぶって声をかけると、隣から射抜くような視線を感じて、横目で確認した後……心の中で思わず舌打ちをした。

    「……グラース、その気味の悪い猫撫で声をやめろ。」
    「お前には聞いてねぇよ、お兄様。」
    「こらこら、食事中にまで喧嘩しなくても良いだろお前達。」

    マスターの隣におっかない顔してるシャスポー、その前には苦笑いしているタバティエールが座っていた。まったく間の悪い……違う授業を受けていたからまったく気が付かなかった。マスターが僕を見上げて、向かいの空いてる席を指さした。

    「グラース、向かい座れば?」
    「別にいい、で?今夜空いてんのか。」
    「空いてるけど。」
    「それは良かった、……部屋に行くから待っててね、マスター♡」

    ちゅっ、と頬を寄せてキスをする、隣でがちゃん!と食器とナイフがぶつかる音が鳴った。

    「じゃあな、ついでに旧式のお兄様とお世話係。」
    「……貴様ぁ!!」
    「お、落ち着けシャスポー。」

    ヒラヒラと手を振ってその場を後にする。
    僕がマスターにビズした時の、隣のシャスポーのアホ面を思い出して思わず吹き出してしまった。





    「グラース、どこ行くんだ?」
    「まぁまぁ、ついて来いって。」

    マスターの腕を引いて映像資料室と書かれた場所まで連れて行く。そして制服の上着から小さな鍵を取り出して、施錠されていた扉を開けた。

    「……おい、ここ、」
    「さ、お先にどうぞ。マスター♡」
    「えっ、うわっ!?」

    何か言いたげにこちらを見たマスターの背中を思い切り押して部屋の中に押し込む。僕も素早く中に入ってさっさとまた鍵を掛けた。マスターは転けた先にあったソファに手を付きながらこちらを睨んできた。

    「その鍵どうしたんだ!教員しか持ってないんじゃ!!」
    「ちょっと借りただけだっての、」
    「か、借りた??」
    「そ、僕が先生にお願い♡したら借してくれたんだ。奪ったんじゃねぇよ?」
    「本当か、それ……。」

    マスターが眉間に皺を寄せる。僕はそんなのお構い無しで、さっさとモニターを用意して、デッキをセットする。そこで、念の為、マスターの方を振り返った。不思議そうに僕を見つめている瞳とかち合った。

    「映画、付き合ってくれるんだろ。」

    少しぶっきらぼうに聞けば、あぁ、と短い返事が返ってきた。
    内心ほっとして、そのまま準備を続ける。スクリーンを下ろして、ディスクを入れて、部屋の電気を落とした。

    「この映画のDVD、どこから持ってきたんだ?」
    「図書館にあったから適当に選んで借りてきた。」
    「へぇ、あそこ何でも置いてるんだな。」

    2人でソファに腰掛ける。すぐ傍にマスターが居る、手を伸ばさなくても届く距離だ。それだけで、なんだか特別な空間のように思える。
    映画なんて正直どうでもよかった。とにかく、2人になる時間が欲しかっただけだ、ラブロマンスものだったらいい雰囲気になるかもしれないし。

    ……このクソ真面目野郎相手だから意味は無いかもしれないが。

    「……。」
    「……。」

    暗い部屋を画面の明かりだけが照らしている。
    僕はと言えば映画の内容なんてちっとも入ってこなかった、ありがちな貴族の駆け落ちの話だからか、死ぬ程つまらない。どこかで見た話だなとか、女優の顔がキレイな事とか、関係ない事が気になって集中できない。

    「なぁ、マスター。」
    「……。」
    「……なあってば、」

    端的に言えば飽きてしまったのだ、もっと派手なアクション映画とかスリルがあるギャンブルものとかそういうのを選べばよかった。そうしたら少しは夢中になれたかもしれないのに。
    僕には、他人の恋路なんて心底どうでもよくて、隣の、案外真剣に画面を見つめている男の方が気になった。膝の上に寝転んでシャツを引っ張る。

    「こーら、良いとこなんだから邪魔するな。」

    さっきまで乗り気じゃなかった癖にマスターはもう映画の中に入り込んでいるのか、ちょっかいを出した僕の手を握ってまた画面の方に目を向けた。
    仕方ないから、起き上がって僕も大人しくマスターの肩に頭を預ける。甘えるようにぴったりくっつけば、僕の手を掴んでいたマスターの手がゆっくり解かれて、優しく握り直される。

    まるで、恋人みたいで、心地良い。

    隣の暖かい体温に微睡みながら、しばらく黙って画面を見ていた。



    物語の山場が過ぎて、画面の中の男女がいい雰囲気になる。身分の格差があった2人は、お互いが何もかも捨てる事によって結ばれるのだろう。……たぶん。
    チラリとマスターの顔を伺えば、相変わらず真剣な顔で画面を見つめている。画面の灯りのせいで、暗がりに浮かび上がったその顔が、とても……なんというかそそられた。

    「...グラース?」

    僕の視線に気づいたのか、不思議そうにこちらを見ている。思わずそっと腕を伸ばして、明かりが照らす頬に触れた。

    「キス、させろ。」

    ぐっと顔を近づける、こちらを向かせたせいで陰が差した顔は一瞬、驚いた顔をしていたがやがてゆるく微笑んだ。
    まったく、しょうがないなと言わんばかりの微笑に、すこしムカついたから……手元にあった画面のリモコンを手に取って、そのまま電源を落とした。

    「あっ、おい……!」
    「ふん、おらこっち向けよ、」

    真っ暗になった部屋でお互いの顔は見えなかったけれど、まるでスローモーションのように唇が重なった。そのまま体重をかけてソファに押し倒されたマスターの腕が僕の背中に回る、抱き寄せられる感覚が気持ちが良くて……重ねるだけだった口付けが深くなった。

    満足して唇を離すと、マスターが部屋の電気を付ける。
    眩しくて慣れるために何度か瞬きをしていると、マスターがジトっとこちらを睨みつけた。

    「画面消す事はないだろ。」
    「良いじゃねぇか別に、どうせキスしてハッピーエンドだろ。つまらねぇ。……さっさと戻ろうぜ、眠い。」
    「分かったよ、」

    デッキからディスクを取り出して映像資料室を後にする。
    もうとっくに消灯時間は過ぎていて辺りはシン、と静まり返っていた。

    「あーあ、優等生くんが消灯時間破っちまったな?」
    「今更だな、見越して誘ったくせに。……というか、途中眠そうにしてたけどちゃんと見てたのか?」
    「見てたけど女優の顔が良かった事しか覚えてない。」
    「……ああ、そう。」

    他愛もない話をしながら、月明かりだけが照らしている暗い廊下を歩く。2人分の足音しかしなくて、なんだかこの世界に2人きりのような気がしてくる。

    先にマスターの部屋の前にたどり着く、自分もさっさと部屋に戻ろうと方向転換すると、飲み込むような暗闇が見えた。マスターが不思議そうに僕を呼び止めた。

    「グラース、今日は寝ていかないのか?」
    「……。」
    「なんだよ、その顔……。」

    思わず口角が上がる。
    別に呼び止められて嬉しいからじゃない、こいつの方から誘ってくるなんて珍しいから、からかってやろうと思っただけだ。断じて舞い上がってなんか居ない。

    「マスターから求められるなんて嬉しいな♡……僕、我慢出来ないかも。」
    「お前が我慢した時なんてあったっけ?」
    「細かいこと気にすんな。」

    静かな部屋にドアが閉まる音が大袈裟に響く。
    マスターの首に腕をまわして、睫毛が触れ合いそうな距離まで顔が近づいた。こいつの紫の瞳に映った僕と目が合う、いつもは他の奴らに引っ張りだこなマスターを独り占めできるなんて気分がいいんだろう。

    「今度はお前からしろよ。」
    「何を?」
    「……チッ、キスだよ!キス!!」

    そう言って目を閉じる。頬にマスターの手が触れる感触がある、少しだけ鼓動が早くなった気がする……気のせいだと思うけど。
    しかしそこから待てども唇に柔らかい感触はやってこない、薄ら目を開けるとマスターはじっと僕の顔を見たままで止まっていた。ドキドキを超えてイライラしてきた。

    「おい、早くしろよ。」
    「……あ、悪い。」
    「んだよ、この僕の美しい顔に見惚れてたのか?まったくしょうがねぇやつ……」
    「あぁ、見惚れてた。」

    ……は?こいつ、今なんて?
    被せられた言葉が理解出来なくてぽかんとしていると、マスターが可笑しそうに笑った。

    「黙ったままのお前があまりにも綺麗だったから見惚れてたんだよ、」
    「な、は?……えっ?」
    「おやすみ、グラース。」

    ちゅっ、と可愛らしい音がしてキスされたことは分かったけれど、顔に熱が集まり過ぎて何も考えられない僕は、しばらく部屋の真ん中で立ち尽くした。

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