とくべつなひみつ 爪で柔肌を傷つけないよう、そっと道丹ちゃんの頬に触れてみる。警戒心がないのかなんなのか、俺の爪が近いのに彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
「どうしたんですか、創一朗さん」
「いや…………なんもあらへんよ。今日はいつもよりおしゃれしとんねやなぁ、思ったくらいやで」
普段の道丹ちゃんは、私服すらも制服で、化粧っ気のない子だったと記憶している。でも今の彼女は花柄のワンピースで、ほんの少しの紅をさして、一体誰と出かけるのかという容貌だった。
「(同世代の子とかかなぁ。浮ついた話聞いたことあらへんけど……若い子の成長は早いし)」
よしよしと頭を撫でると、少し嬉しそうな顔をしたのに気づく。
「よかった。創一朗さん、女の子の化粧に気づかないような鈍感さんじゃないんですね」
「俺のことなんやと思ってんねん……他の子ぉはようわからんけど、道丹ちゃんのことは見とるから……」
そこまで言って、ハッと気がつく。いやこれは……セクハラでは……!? ただでさえ年上の男からこんなことを言われるのは嫌なんじゃ……。
慌てて訂正しようとすると、道丹ちゃんの惚けた顔が目に入る。少しして、ふにゃりと微笑むのが見えた。
「……え、と。嬉しい、です。あたしのこと、ちゃんと見てくれてるんですね」
「そらそやろ。大事な知り合いやさかいな」
とはいえ、最近は少し違う理由もあるような気がする。それが何かをはっきりさせては、今の関係が変わってしまうような気がして……
「(道丹ちゃんにとって今が気楽なんなら、俺はそれがいっちゃんええんよ)」
それが逃げだとわかってはいるけど、悪いことではないと思った。でも、道丹ちゃんはそうではないらしい。
「あたしは……いつも、創一朗さんのこと見てます。どんな時も、忘れたことなんてありません」
「へ……それ、どういう」
小さな手で腕を掴まれ、引かれる。すると顔が近づいて、少ししたらキスできそうな距離に彼女がいた。
「あたし、あなたの特別になりたい」
「……は、」
混乱で頭が回らない。潤んだ瞳に見つめられて、何も言えなくなってしまう。
「ね、創一朗さんは、特別な人っていますか……?」
「それ、は」
いる、と言ってよいものか。今目の前にいる、小さくてか弱い少女以外に大切な人なんていないというのに。
「創一朗さん……?」
「っ、あかんよ」
身を引いて、距離を取る。途端に道丹ちゃんは悲しそうな顔をするけれど、どうしても譲れないものがあった。
「あの、その……ホラ、あんたが大人になったら、教えたげる。それまでは内緒や」
「大人になったらって、いつですか」
「いつって……」
どうなのだろう。一般的な定義としては"成人してから"だろうけれど、そんなことを言ったら彼女は拗ねてしまうに違いない。少し考えて、待たせるのも可哀想だと感じた。
「そやね、高校卒業したらええよ。そしたら、大人っちゅうことにしよ」
「…………! 約束ですよ!」
「はは、約束な」
そう言って頭を撫でると、道丹ちゃんは嬉しそうに笑ってくれたのだった。