タイトル未定新刊① 五条悟の元に『スパイを捕獲した』という情報が入ったのは、ちょうど自分に与えられていた仕事を終えて手持ち無沙汰になったときのことだった。
「え、めっちゃ面白そうじゃん。尋問は僕一人でいいから、地下に閉じ込めといてよ」
「は? いや、しかし……」
「いいからいいから! 責任は僕が取るって」
「はぁ……わかりました」
部下からスパイについての仔細を聞いた五条は口端を引き上げてにんまりと笑う。
容姿端麗でガタイのいい男。つまり視界の暴力にもならず、虐めても壊れにくいということ。お遊びのように甚振る相手の条件としては最高だ。
困惑している部下に速やかに地下室に閉じ込めるよう指示を出すと、五条は自ら尋問用の器具が保管してある倉庫へ足を向ける。
「さぁて、お楽しみの始まりといこうか」
あれもこれもそれも。倉庫の中にあるお気に入り達を移動用のカートに乗せて地下室に向かう足取りは軽い。
部下は言いつけた通り鍵のかかる地下室へ対象を閉じ込めたらしく、五条はポケットからキーケースを出すと施設内のマスターキーを取り出して扉を開けた。
「やっほー、お前がウチ忍び込んでたスパイくん?」
「……、……」
扉を開けた先。パイプ椅子に座らされて後ろ手に腕を拘束され、両足は椅子の脚に括り付けられている金髪の男。
報告通り鍛え上げられた身体はTシャツにジーパンというラフな服の上からでもよくわかる。
欧米の海の色をした瞳は鋭く細められ、五条を威嚇するように睨みつけているが、薄い唇が開かれることは無い。
五条も最初から返事に期待してはいなかったので、さっさと扉を閉めて施錠し直すと、スパイである男の前に移動した。
「わざわざウチに潜り込んだんだから知ってるとは思うけど、僕は五条悟。ここのツートップの片割れだよ」
五条の自己紹介にも無言を貫く男は、注意深く五条の動きを見つめている。運ばれてきた箱の中身を弄っているらしいが、座っている男の位置からでは中身まではわからない。
熱視線を受けながらも何も気づかないふりをしてマイペースを貫く五条はペラペラと忙しなく口を動かした。
「相棒はねぇ、表の仕事が忙しい〜とか言って最近出かけっぱなしなんだよ。まぁ傑は僕と違って表に出ることも多いし、動向は掴みやすいだろ? それなのにこっちに来たってことは、オマエの狙いは僕のほうだった……違う?」
「喋るつもりはありません。さっさと殺したらいいでしょう」
「あはっ、いい声してるね。泣かせ甲斐がありそうだ」
初めて聞いた男の声は、深みがあるのに少し鼻にかかったような響きが甘さを添えている。
淡々と冷静に己の役目の終わりを悟っている男に向けて、笑みを深めた五条は薄いTシャツの上から割れた腹筋を撫でた。
「っ、なにを……」
「スパイなんだからこのあとどうなるかくらい想像はしてただろ? 拷問ってさぁ、楽しいけど血とか汚いのは好きじゃないんだ。だから僕は専らこっちなんだよね」
意味深に腹を撫でた指はあっさりと離れていき、五条が弄っていた箱から取り出したのはグロテスクな形をした張り型。
それだけでこのあと自分の身に降かかる悪夢を正確に理解した男は、一瞬詰めた息を深々と吐き出した。
「はぁ〜……随分ステキな趣味をお持ちのようですね」
「ぶはっ、捕まえた相手にそんなこと言われたのは初めてだよ。いいね、楽しめそうだ」
「何をされてもアナタに言うことはありませんよ」
「うんうん、わかってるって」
男の宣言を聞き流しながら、五条は張り型の他にローションや拘束器具を次々と取り出していく。中には男が使い方も想像できない器具もあって、つぅと冷や汗が背中を滑り落ちていった。
そんな男の心情を全く斟酌しない五条は、最後に大きな鋏を手に取ると、閉じられた刃先で男の首筋を撫でた。
「じゃあお喋りしたくなるまでは、イイ声で鳴いてね」
語尾にハートでもついてそうな軽薄な物言いは拷問というシチュエーションと全く噛み合っていないが、だからこそ空恐ろしさを覚えた男はぐっと歯を噛み締めると、毅然と五条を睨みあげた。
「アナタこそ、飽きたらさっさと殺してくださいね」