𝖧𝖺𝗉𝗉𝗒 𝖭𝖾𝗐 𝖸𝖾𝖺𝗋「夏油さんたちとの忘年会、顔出さなくて良かったんですか?」
「いーのいーの、アイツら口実作って酒飲みたいだけだし」
私が仕事を納めたのが一昨日。自分も終わったと五条さんが家にやってきたのが昨日の夜。
あちこちの番組に引っ張りだこのお笑い芸人のわりに、今年は随分早く仕事納めとなったらしい。
相方の夏油さんは芸人仲間達と忘年会を開いているというが五条さんは出掛ける気配も見せないスウェットのまま、ソファに座った私の隣で年末恒例の歌番組を見ていた。
「アナタが年末年始に休めるなんて、何年ぶりですか?」
「エムワンで優勝して以来初めてかな〜。今年だってこの休み確保するために十二月入ってから死ぬほど詰め込みスケジュールこなしたんだぜ? もう少し甘やかせよ」
「はいはい」
くたぁともたれかかってきた五条さんをそのままに、ローテーブルの上のカゴに盛ったミカンに手を伸ばす。皮を剥いて筋を取ってからひと房取って五条さんの口元に差し出せばパクリと食べた。
「あ、恵と悠仁だ」
「今年の衣装も派手ですね」
「ね〜。俺、生で見るの初めてかも」
ちょうど歌番組では懇意にしているデュオアイドルの虎杖くんと伏黒くんの出番になっていた。
私にもたれていた五条さんも座り直して、テレビに向き合う。きっと二人も年末進行に忙殺されていただろうに軽やかに歌って踊り会場をわかせていた。
「こうして見るとキラッキラのアイドルだよね〜、オフの恵とか仏頂面しかしないのに」
「それはアナタが伏黒くんに余計なちょっかいをかけるからでしょう」
「いや、なんかこう……つつくとイイ反応返ってくるからつい……」
「そのうち本気で避けられますよ」
「え〜……じゃあ今年のお年玉多めにしとこ」
「お年玉を賄賂にしない」
「おっ、今の悠仁のウィンク見た? カッコよすぎじゃん。アイドルすげぇ〜」
「彼はアイドルが天職でしょうね」
二人が歌い終えるまでにいつの間にかみかんはほとんど五条さんに食べられていて、残された皮をゴミ箱に放り込む。
また私にしなだれかかってきた五条さんが私の膝の上に頭を乗せると、下からまじまじと見あげてきた。
「なんです? そんなに見られると穴が開きます」
「少しは照れるとかないわけ?」
「照れてますよ」
「分かりづらいヤツ。……まぁ、なんつーか、今年もお疲れ」
「……アナタも、今年もお疲れ様でした」
お笑いの仕事は年越し跨いだ生放送番組も多い。役者の私はそんな時間まで働く機会は滅多にないが、五条さんとこうして改まった挨拶をリアルタイムで交わすのも随分と久し振りだ。
少し居心地悪そうに身じろぐ癖に起きる気はないらしい頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細められた。
「……年、越しましたね。おめでとうございます」
「ん〜……、おめでと」
「眠いならベッド行ってください。アナタみたいなデカブツ、運べませんよ」
「そこはお姫様抱っこで運べよ、ダーリン」
「正月早々ギックリ腰は御免です、ハニー」
歌番組はいつの間にか終わり、どこかの神社の中継映像に切り替わっている。年越しを告げる鐘の音が響き、五条さんの頭を撫でたまま挨拶すれば眠たげな声を返された。ここで寝るなと頬をつつくと、その指を絡め取られて手を繋がれて軽口を叩かれる。形ばかり乗ってみたが、あまりにアホくさいやり取りに噴き出したのはほぼ同時で、ようやく身体を起こした五条さんに抱き寄せられた。
「仕方ないから俺がオマエのこと運んでやる」
「ギックリ腰になったら、夏油さんに死ぬまで笑われますよ」
「いいよ。オマエが看病してくれんなら」
「いや、私は二日から仕事なので」
「ンもうっ! 仕事とアタシ、どっちが大事なわけ」
「そんなの、決まってるでしょう」
くっついたまま続くくだらないやり取り。急に裏声になって『面倒くさい彼女』ぶる五条さんの顎を掬いあげると、ツンと尖らされていた唇を食むようにしてキスをした。ついでに顎に添えていた手で喉仏の辺りを撫でると、ふるりと身震いしたのが伝わってきた。
「……オマエの天職もアイドルだっけ?」
「私にはアイドルは無理です。アナタ限定です、喜んでいいですよ?」
「あー、もー……」
「ン……」
頬から耳まで僅かに赤くなった五条さんが可愛くて笑ってしまうと、拗ねたような唸り声を上げた口に逆襲される。
ちゅ、ちゅ、と軽い音を立ててくっついたり離れたりする唇を目で追っていると、不意にコツンと額同士を重ねられた。
「なぁ。もう少し、一緒に夜更かししよ」
「……いいですよ。今日だけ、特別です」
あと少し五条さんが口を開くのが遅かったら、きっと私が言っていた。
いつもと変わらない日曜日で、明後日からは仕事が始まると分かっているのに。今はもう少し、五条さんと一年を重ねられた喜びを分け合っていたかった。
「そんじゃ、今年もよろしく。七海」
「えぇ。今年もよろしくお願いします、五条さん」
たとえこうして隣で迎えられなくてもいい。これからも、この人と過ごす時間を重ねていけたら十分だ。
妙に浮かれて私の手を引いて寝室に向かおうとする五条さんの背中を見てそっと微笑んだ。
𝖧𝖺𝗉𝗉𝗒 𝖭𝖾𝗐 𝖸𝖾𝖺𝗋