心臓ひとつ止まるほど 彼女の舌はとても長く、クルケオ種の胴の色によく似た暗いみどり色をしていて、食事のときにはその舌が、黒いくちびるを割ってしゅるると突き出してくるものだから、彼女のぜんぶに惚れているカリュオーはついついジッと見惚れてしまう。いっぽう彼女、名前をレパティパ、ひとにはレプと呼ばれているが、レプ本人はそれをすこしばかり恥ずかしく思っていた。あるとき勇気を出したレプは、それをカリュオーに伝えた。そうしていちど口をつぐんだのち、レプは4つの切れ長のつり目を一瞬だけ伏せてから、苦みを含んだ微笑をくちびるに湛えてこう続けた。「恥ずかしい、なんて、私に似合わないって思ったでしょ」
「そ、そんな――そんなことないよ」
カリュオーは、彼女の種族的な特徴で、少しどもりながらそう答えた。「ご、ごめんね。どうしてもレプ、――あ、あ、あなたの舌が、か、かわいくて」
「かわいい? これが?」
と、レパティパはみどりの舌をにゅっと突き出し、先っぽをわざとらしく左右に細かく動かしてみせた。カルはいつもの気弱な顔に控えめな笑みを浮かべて、それに見入った。内心は、『レプの舌、こうするとまるでユニコーンの爪の垢(ロミィドープ)の羽ばたきみたい』と思っていたが、それをいうと彼女がやめてしまいそうなので、いわなかった。かわりにこういった。「うん、すごく――すごくかわいい」
「そう? カルの感じ方って不思議」とレパティパの4つの目がカリュオーをひたりと見た。
「そ、そ、そうかな、不思議かな」
不思議なのはあなたのほうだよ。とカルはいいたくなったが、あんまりレプの目がきれいなので、なんにも言えなかった。
メインディッシュはルェ・オのキッシュ。ルェ・オというのはゼム星系の一帯に一時期大量繁殖したレベル1の一肢系生命体で、強い毒を持つやっかいな生き物としてしばらくのあいだ煙たがられていたのだが、最近になってある高名なサミオム人の料理家がこの種のすばらしく簡単な調理法を発明したことで、一躍食卓のスターに転身した食材である。ルェ・オはもともと灰色のまずそうな見た目をしているが、火を通すと地中にうずまくマグマのような真っ赤な色へと変貌する。このキッシュはそれを生地に使っているので、まるで皿の上に炎が載っているような印象を見る者に与えた。
カリュオーは思わず、故郷で古くから愛されてきた郷土料理、シャームの炎を連想した。それは痛いほどの高温で喉を焼く、カリュオーにとってはとても恐ろしい料理だったが、なぜだか同郷の人々はシャームの炎を愛してやまなかった。シャームの炎はほかにも、二皿をいちどに食すると二つある心臓の片方が止まり、三皿をひといきに食べると舌が燃え上がるといった物騒な特徴のある食べ物で、カリュオーはいちど二皿をいちどに食べてしまったことがあるので、かの料理は彼女のトラウマに他ならなかった。
そんなシャームの炎を思わせるルェ・オのキッシュを、カリュオーは食べる気にならなかった。そもそも今晩、空には三つの月が昇り、すべての月がカリュオーのような四肢系人に向け、栄養を運ぶテレパスをこれでもかと振りまいているので、カリュオーの胃は食事を必要としないのである。それを知っていて食事に誘ったレパティパは、食の進まないカリュオーの様子を見ても特に驚かなかった。
「まあ、やっぱりこんな日に食事に誘うんじゃだめよね」と彼女はいった。「別に無理して食べなくってもいいわよ。私が代わりに食べたげるから」
「う、うん――じゃあ、か、代わりに食べてくれる?」
「食べるわ。ルェ・オ、大好きなのよ私」
「ど、ど――どうぞ」と皿を差しだすと彼女が受け取った。
ぬっと伸ばされた舌が、炎じみた塊を見事なバランスで持ち上げて、唇の中へと導いたのを見て、カリュオーは昔シャームの炎を二皿食べたときのように、片方の心臓がピタリと止まったような気がした。じっさい止まってはいなかったようだが、止まってもおかしくないとカリュオーは思った。彼女たちの種族は美しいものにすこぶる弱いのである。(おわり)