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    夜中に拾う

    サークル「夜中に拾う」のアカウント。作品はすべて一次創作です。サークル主=古田 良(ふるた よし)
    (サークル用ツイッターは電話番号認証ができず凍結されてしまいました…)
    ※もそき/mosokiあるいはm名義で作品を投稿することもあります。一次二次混同の支部id=764453

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    夜中に拾う

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    蝶の異形頭の異母姉との百合、異世界FT。

    テウテウ 私と彼女とは、主に筆談で会話をしました。というのも、デダ地方南の町では、竹でできた長方形の、ちょうどものを書くのに具合のよろしい竹簡と呼ばれるものがたくさん売られているのです。デダ地方のひとびとは、紙はよろしくないという思い込みによって、ものを書き記すのにだいたい竹簡を用います。私も、月の初めには市場で籠いっぱいの竹簡を買って、彼女のもとに戻りました。彼女は、私の持ち家の離れである、壁を真っ赤な漆喰で塗った、小さな小屋に住んでいました。
     いえ、住んでいたというのは正しくありませんね。正確には、彼女はそこに閉じ込められていました。というのも、彼女は、外見がその、ひどく人の動揺を誘うたぐいのものだったものですから、あんまり外にいられると、私の体面に悪影響が出る、と私の母が考えたんですね。
     私が竹簡をめいっぱい詰め込んだ籠を抱えて彼女の居住空間に入りますと、彼女は、翅をはたはたと羽ばたかせて喜びました。羽というのは、ええ、その、すこし説明が難しいのですけれども、彼女は首から下はふつうの人間に近いかたちをしていたんですね。腕も二本、脚も二本。体長も1メートル60センチくらい。ただ首から上にですね、頭じゃなくって……蝶々がいるんです。分かりますか? おおきな、一頭の蝶々のからだが、首から直接生えておりまして、その左右に、みごとな赤しろ紫の模様が描かれた、一対の翅が生えている、この説明で伝わりますでしょうか。
     私が彼女に最初に出会ったのは、物心つくより前でした。彼女は私の異父姉なのです。その昔、私の母に忌まわしい事件が起こりまして、彼女は身ごもりました。そうして生まれたのが、他でもない我が姉「テウテウ」なのです。母は、テウテウが生まれてすぐ、首を絞めて殺そうとしたといいます。しかし、何度首を絞めても、テウテウは死にませんでした。姉はそのほかにも、いくつかの暴力をそのふしぎな体の強さによって切り抜け、そのうち母は実子殺しをあきらめ、ついにテウテウは今年で21になりました。テウテウは生まれてから一度も、家から出たことがありません。母は知っていたのです。このようなふしぎな見た目の生き物は、デダ地方南の、こういった保守的な集落にとって、たいへんな憎悪の対象になることを。
     姉の4つ下になる私は、7つのころからテウテウの世話を任されました。世話といっても、せいぜいが食事を運び、竹簡で会話をし、排泄物の入った桶を処理する。その程度です。
    「さすがにこの季節は暑くなるね」
     と、ある夜私は、使用量を一日ふたりあわせて10本までと決めている竹簡に、どうにもなおらないくせ字で記して、彼女にすっと差し出しました。それは、私が彼女に、砂糖を入れた池の水がいっぱい入った清潔な桶を渡した後、小さな楡の椅子に座った彼女のまんまえの床に、どかんと腰を下ろしたときのことでした。それは雑談の時間でした。そばには、木製の大きな織機がありました。縦糸はすべてかかっていて、あとは残りの横糸を、すこしかければ完成するようで、作っているのはおおきな月が描かれた敷物でした。(テウテウは、ふだん織物をして過ごしていました。それをたびたび私が町に売りに降り、少しばかり稼いでいたのです。)
     テウテウは私の竹簡に目を通し――ああ・あのおおきな複眼――ごつごつした、細い灰色の手に、竹の筆を執りました。そうしてさらさらと、おぞましいほど美しい書体で、こう返したのです。
    「暑い日の月はきれい?」
    「きれいだよ、とっても」
     テウテウは月を見たことがありません――おそらくですが――。このへんには亡き月神さまへの信仰が根強く残っていますから、私は子どものころ、テウテウに、今日の月神さまはどうだった、大きいとか、きれいとか、見えないとか、そういう話を毎日しました。そうするうちにテウテウは、すっかり月の魅力に取りつかれてしまって、ことあるごとに今日の月はどうだと聞いてくるのです。
     その日の月をテウテウが見られないのは、とっても惜しいことだ。と私は思いました。その夜の月は、めったにみれないほどに大きく、まんまるで、堂々とした、それはもう、在りし日の月神さまの美しさに想いを馳せるのにぴったりの、まこと神々しい姿をしていたのです。
     テウテウは、私の返答を読んだあとで、首を曲げて、蝶のこうべを空へ向けました。見えるのは、むき出しの太い梁にわだかまる、くらやみだけです。部屋の明かりは、小さな獣脂蝋燭が二つ、部屋の真ん中の小テーブルに置かれているばかりです。テウテウはしばらくそうして見えない月を仰いで、ゆっくりとした手つきで、竹簡にこう記して私に差し出しました。
    「あのね、頼みがあるの。聞いてくれるなら、うなずいて頂戴」
     私は、彼女を見ました。彼女の翅の、模様を見ました。赤しろ紫の、胃のむかむかするほど美しい、複雑な模様を見ました。その翅が、はたはたと、不安げに揺れていました。金色の鱗粉が、薄明かりのなか、数少ない光を反射して、きらりと輝きます。
     私はつばきを飲み込んで、ゴクリと音がするのを聞きました。そうしてから、しずかに首を縦に振りました。それを見たテウテウの喜びよう、あれは、緊張がひとさじ混ざった歓喜でした。翅がはたはたと羽ばたきました。私は、それを目に焼き付けていました。
     もうだれにも正確に説明できないことが悔しくてたまりませんが、彼女はとても美しかったのです。私はその美しさ、優美さが、すこしも軽やかではなくて、とても重いのだと常々感じていました。それは気怠く、喉の奥にひっかかる、眠れない夜の不快のように、重たいおもたい美なのです。その美をこれでもかというくらい、薄闇のなかにまき散らしながら、彼女は、続けてこう綴りました。
    「私の、首を切って。母屋にある、あの鋭利な鎌でもって、首を切って」
     私は息を呑みましたが、ほんとうは、いつかこういう日が来ることを待っていたのだ、という直感を、得もしました。

     私は母屋の横の倉庫からこっそり、使い勝手の良い草刈り用の鎌を持ってきました。母は、きっと下郎とよろしくやっていたのでしょう、倉庫の両開き扉を開けるときにすこし大きな音が立っても、ばれることはありませんでした。
     鎌の柄を、たこの多い手のひらで握りしめて、私は月を見上げました。
     大きくてまあるいそれは、私をしずかに見下ろしていました。
     この月が、あらゆる美しいものに、重力を与えている。 
     私はそんな気がいたします。月神はいまから4000年も前に、人間によって殺されました。それでも、月神が作りたもうた月は、まだああして私たちを、地面にねじ伏せている。だからきっと、テウテウのようなものが生まれるのでしょう。翅をもちながら飛び立つことのできないものが。
     私は、自分に課せられた使命をこのとき、理解しました。懸想は大罪を招きます。テウテウの月への懸想、私のテウテウへの懸想、そういったものが、最終的にどんなものになるのか、私はやっとわかりました。私は鎌を握りしめて、テウテウの小屋へ向かいました。
     テウテウは、織物をしていました。羊毛を使った織物は、他の素材よりも幾分かくたびれる、と昔テウテウが嘆いていたのを思い出します。織物は、もうすぐ完成するようでした。
    「完成まで、待ったほうがいいかしら」
     私は彼女の目の前に、竹簡を差し出しました。
     彼女は首を振りました。そして、あのきれいな複眼で、……いつも月光を取り込んでどうにかして輝くあの複眼で、私をじっと見据えました。
     私は、息を止めました。二秒。そしてまた、息を吸いました。大きく。彼女の鱗粉も、吸ってしまいたいと思いながら。
     私は手にした鎌を、彼女の首にかけました。刃先が、彼女の首……うすぐらい灰色の首、蝶の胴体の真下にギっと食い込みます。
     ああ、母はどうしてこれに気づかなかったのだろうか? 首を切り落とせばよかったのだ。その暴力だけを、彼女の体は受け入れるのだ。
     硬いものに刃物が食い込む感触がしました。音は一切しませんでした。私は無心でした。無心で刃を食い込ませました。彼女は拳を握っていました。織機から手を離して……。
     ふつう首を落としたら、頭蓋がごろりと転がりますね。しかしながら彼女の頭部は、蝶々は、重力に負けませんでした。パタパタと、赤しろ紫のきれいな翅を羽ばたかせて、彼女は飛びました。ごろんと転がったのは、彼女の首から下の、人間めいた部分だけです。
    「ああ、ああ」
     私が声をあげる前で、テウテウはうれしそうに飛びまわりました。ちらちら。はたはた。くるくると。
     私はいざなわれるように、小屋の扉を開けました。月光が入り込んでくる。あらゆるものに重力をもたせる、月光という名の呪いがふりかかっても、彼女は落ちませんでした。うれしそうに、無邪気に、ひらひらと舞いました。扉の向こうへ彼女が向かいます。私も慌ててそれを追います。
     彼女はもう、私のことなど忘れたようでした。それを思い、私の心臓にひびが入ったことなど、もはや申し上げる必要もないでしょう。
    「テウテウ、テウテウ」
     私はつぶやきながら、彼女を見上げました。
     おおきな月。無数の星。美しき蝶々。もはや彼女は一服の絵画の一部分でした。彼女は舞い上がりました。くるくると螺旋を描いて、はたはたと羽ばたいて、けんめいに空へ昇っていきました。
    「さようなら! さようならテウテウ!」
     私の愛は重力によって地面に落ちました。私は顎をあげ、めいっぱいの声量でそう叫びました。
     背後には彼女の身体、足枷であったものがごろりと転がっています。
     私のテウテウは、こうしていとしい月へと向かっていきました。
     ……私たちの小屋で、頭のない灰色の死体が見つかった件の説明は、これでおしまいです。(了)
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    夜中に拾う

    DONE異世界FT。「あたし」の仕えるロブスターの異形頭「ロブスターヘッド」の腕が柄杓になっちゃった。
    あたしのロブスターヘッド:柄杓腕 突然の轟音と揺れに驚いて寝台から飛び降りると、廊下のほうからもくもくと煙が入ってきた。「ロブスターヘッド!」口を袖で覆いながら廊下に飛び出る。噴煙の中にジンワリと人の形が見える。ロブスターヘッドだ。
    「大丈夫ですか!」
     人影がうなずく。あたしはその影の形に何か違和感を覚えて目を細めた。
     噴煙の中には……ロブスターヘッドが立っている。
     あたしのカミさまは、右腕が柄杓の形になっていた。

     木っ端の片づけに町中の人がやってきてくれた。何が起きたのか説明を求められたが、あたしにもさっぱりだった。ロブスターヘッドは姿を消し、町の人曰く、書庫のほうに行くのを見ましたよとのこと。かれなりの対処法があるのかもしれないと、そこは放っておいて、あたしは爆発の規模を見た。神殿の廊下で起きた爆発。作りの頑丈な石の神殿そのものには影響はなかったけれど、廊下の壁沿いに備わっていた、木で作られた棚が木っ端みじん。二十年前に町の人が手作りしてくれたものらしい。せっかくの良い棚がねえ。とみんなが残念がるので、あたしはとりあえず新しいのを作ってくださいと木工職人の息子に頼んでおいた。それがすぐにみんなに伝わってみんなは喜んでいた。やれやれ。
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