あたしのロブスターヘッド:竹林生首失敗談「ロブスターヘッド。これ、お食べになりますか」
吐き気をこらえながらもあたしがそう問うと、ロブスターヘッドはロブスターの頭を横に振った。
「どうすればいいでしょう」
さらに聞くと、ロブスターヘッドは指言葉でこういった。
「正夢の尾、櫃の釉薬の帰り」
そういってふらふらと部屋を寝所を出て行ってしまった。
こうしてあたしは旅人の首と血だらけの体とともに石造りの寝所にひとりで残された。
ことの次第はこう。ロブスターヘッドをある旅人が殺そうとしたのだ。そして返り討ちにあった。悲鳴に驚いてあたしが自室からロブスターヘッドの寝所に駆け付けると、切断された男の首と体が転がっていた。
ロブスターヘッドの表情を読み取るのはきわめて難しい。でもあたしは神官歴3年目で、かれ(彼女かも?)の感情がなんとなくわかるようになっていた。たぶんいま、ロブスターヘッドは面倒くさいと思ってる。そしてどうやらその通りだった。
ロブスターヘッドに事後処理を押し付けられて、まずあたしはひととおり悪態をついた。そのあと、夜中のうちになんとかしようと思い、まず弟を叩き起こしに行った。実家までちょっとの距離だから、すぐにねぼけまなこの弟を生首と対面させることができた。
計画はこう。体のほうは人魚が食べるだろうから、エサにする。
頭はたぶん、葬儀屋がなんとかしてくれる。
体のほうを弟とともに人魚のいる洞窟に運び、手を叩いて音を立てて人魚を起こした。エサの時間を意味する「子守! 子守!」という言葉を弟に叫ばせれば、人魚たちはわらわらと肉体に群がった。骨は海底に沈むだろう。これで良し。
次は生首だ。あたしは眠い眠いと文句をいう弟を帰らせて葬儀屋に向かった。
「葬儀屋さん葬儀屋さん。夜分に御免なさい」
「これは神官さん。まあ……血だらけで。何かあったの」
「昨日来た旅人がロブスターヘッドを殺そうとして。それで返り討ち。体の始末はしたから、首の始末をしてくれませんか」
葬儀屋のおばさんは押し黙ってしまった。
あたしは生首を持て余していた。神殿に戻り、生首を講堂の石の丸テーブルにどんと置いて、血まみれで考え込む。
ロブスターヘッドに殺された首。たぶん呪われているから、わたしの手には負えません。すみませんけど。と葬儀屋には断られた。確かに、そのことを忘れていた。ロブスターヘッドに殺された外部の人間の頭にはなにかしら妙なことが起こるのだ。だが今のところ何も起きていない。あたしが唇を噛んで、鉄の味がする……と思っていると、ふいにけたたましい叫び声が聞こえた。
「あ~~~~~あああ~~~~~~」
驚いてビクリと体が跳ねる。
生首が叫んでいた。目を剥いている。
やっぱり普通の生首とはいかなかったようだ。
「あーーんたのほうじゃろくでなしの世話もうまくいかないようでようで」
「……」
「ほら吹きのエサ! ざんぶと飛び込んで水濡れの美女、よいよ~い」
「……」
生首は首根っこくらいまで髪があった。だからあたしはそれを掴んで、手を血でぐしゃぐしゃにしながら仏頂面で坂道を登っていた。この道をもう少し登ると竹林がある。始末に困った挙句、もうどうしようもないから、町はずれの竹林の地中に埋めてしまうことにした。生首は口うるさく甲高い声でしゃべっていた。正気を失っているらしい。
「わざわいのパッサパサの絹衣、着ても洗っても血が落ちないヨッ!」
あぁうるさいなあ!
竹林に着いた頃にはもう昼だった。天頂の苛烈な日に見透かされながらあたしは竹林の奥へと入り、片手に持った鋤でひたすら土を掘った。手が血でぬめぬめする。横で生首がうるさかったので、あたしは口に土をいれて黙らせた。
「演舞はるかに土竜の死。節婦のわずらい」
「あたしは今日一日仕事しません。水浴びしてきます。さよなら」
神殿の倉庫に鋤を放り入れたところでロブスターヘッドが姿を現したので、あたしは道中罵り続けていた相手をぎろりと睨みつけてそう言い放った。ロブスターヘッドはウンとうなずいた。こういうときは物分かりが良くて助かる。
あたしが午後いっぱい人魚のいないしずかなところで水浴びをして、そろそろ神殿に戻ろうかなと思っていると、町の人がひとり、慌てふためいて駆けてきた。
「神官さん神官さん!」
「どうしたの洗濯屋のおばさん」
「竹林が怖いの。竹林が怖いのよ」
あたしは顔が硬直するのがわかった。
「竹林がどう怖いの。何があったの」
「竹林が笑うんだよ、竹に顔が浮かんできてケラケラと何かわめくの」
ああ、サイアクだ。あたしは体もろくに拭かないまま、ローブを羽織って竹林に向かった。
ロブスターヘッドが先に来ていた。竹林に向けて差し出された右手が真っ黒に変色している。まじないを使ったのだ。
竹林は燃えていた。ごうごうと燃えていた。午前いっぱい聞き飽きた生首の声で、ギャアギャアという悲鳴があちこちからほとばしっていた。
少し離れたところに町の人の一団がいて、恐ろしそうに火を見詰めていた。
「路傍の計らいは冷めぬうちに洗う」
ロブスターヘッドが手を下げ、あたしを振り返ってそっと言った。
怒ってはいないようだった。
それでも一応謝っておくことにした。
「ロブスターヘッド、御免なさい。あたしのせいで竹林を燃す羽目になって」
「さぶいぼ揃って夕闇伽藍、目印の棚笑う」
声色(つまり、指の動かし方)がぜんぜん怖くないので、どうやらあたしを責める気はないみたいだ。
ほっとはしたけど、あたしの胸には罪悪感が少し残った。
翌日の雨で火が消えるまでのあいだに、狂気じみた悲鳴は止んだ。雨が火を消し、直後から気味の悪い局地的な豪雨が竹林に降り注いだ。雨が上がって視界が開けたころには、竹林だった場所にはもう何もなかった。
以降、竹林だった土地は何を植えても育たない不毛の地になってしまった。神殿の管理下の土地でよかったと今でもときどき思い返してぞっとする。
あたしの主だった失敗談がこれ。でも、結局あの生首はどうすればよかったのかいまだにわからない。(了)