救済の技法 番外編詰め合わせ【番外01】鉄切り歌(鉄山を登る男)
番外編、審判タケムラ死亡エンド オダ(人生の転機)です。
番外編として最初に書きあがった、審判エンディング、タケムラ死亡エンドです。
本編の『【救済の技法:12】遮眼大師』からの分岐になります。
オダとVをメインに考えていたはずなのにタケムラロマンス?的に落ち着いてしまったのでこちらを書いてみました。
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時はパレードの時。サンダユウとVの対決まで遡る。
Vがネットランナーのいる階へと向かう頃、サンダユウもまた、その場へ向かっていたのだった。死を覚悟しながら。
祭りの前日、マンティスブレードの手入れをしているサンダユウの元へ、それまで沈黙を決め込んでいた暗部からの伝令が現れた。
『荒城ノ月 傀儡ト傀儡 交差スル時 鬼現ル』
「よりにもよって、このタイミングかよ。はあ、最悪だ。」
死して屍、拾うものなし。
エレベーターを降りると山車が見えた。遮るものがなく、ハナコが立つ姿が見える。
耳をすませば、歌が聞こえる。
『荒城の月』
歌声が耳に届くと同時に、Relicが不調を訴える。
「くそ、こんなところで…。」
あと少し、あと少しでゴロウをハナコのところへ行かせてあげられるのに。今までにないぐらい意識がもうろうとする、何とか踏ん張りながら部屋を一歩、また一歩と進む。視界にネットランナーをとらえた時にはほぼブラックアウト寸前だった。
「まだよ、まだ倒れられない…。」
意識を手放す前にネットランナーのコードを引き抜くことに成功した。ゴロウが何かを言っている。自分もそれに答えている。しかし何を言っているかは分からなくなっていた。
視界の端に黒装束の鬼をとらえた時には完全に意識が飛んでいた。
「Vに言葉が届かない。なぜだ、ネットランナーは切り離したはずだ。」
タケムラの場所からは時折見える火花以外分からなかった。
オダが部屋に飛び込んだ時から、ホロコールはうまくつながらなくなっている。オダは? 彼女は? いったいどうなっているんだ! 焦りが増す。彼女は無事なのか、あの火花は戦っているということか、と。
ひときわ大きな火花が散った時、タケムラは思わず叫んだ。
「ヨウコ!!!」 …俺は今なぜ彼女の名を呼んだのだ? あそこにいるのはVのはずなのに。
しかし、タケムラの声は届いていなかった。
完全に闇と同化したVはその能力を最大限に発揮し、サンダユウと戦闘。結果は見えていた。
「俺もここまでか、最後まで見届けたかったが、すまん、あとはよろしくな。」
Vが再び意識を取り戻した時、目の前には首と胴体がわかれたサンダユウが転がっていた。
「オダを殺したのか…。」
「ええ、ゴロウ、すまない。」
「……。」
あるのは沈黙だけだった。
ネットランナーの目の前のスイッチを押し、ゴロウがハナコの元へ。そのあとは私もこの場から脱出しなければならない。ふっと倒したオダの方を見ると…
「オダの亡骸が…ない?」
Vの意識がまだはっきりしていなかったのが幸いし、暗部の人間が光学迷彩で忍び込みサンダユウの頭部へ細工をし、亡骸を回収したのだった。
『(オダの亡骸は回収させてもらうぞ、お嬢。もう少し遅かったら、こ奴の頭部は破裂してたわい。あぶないあぶない。お嬢にはもう少し人形でいてもらわねばならぬ、そのまま進むのじゃ。)』
深く考えている余裕はなかった。そして、そこからはどう行動したのかは覚えていない。
セーフハウスに着くと、4回ノックした。中で気配を確認しているゴロウがいるのが分かる。ドアが素早く開き、抱き寄せられる。
「V、よかった。逃げ切れたようでほんとに良かった。ケガはないか?」
「私は大丈夫よ。ゴロウの方は大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。しかし、オダは…。」
私はゴロウを抱きしめなおした。
「ごめんなさいと謝ってすむ問題でないのはわかっているわ…。」
「いや、加減をすればお前もやられていただろう。俺の方こそすまない、こんな役回りを…。」
「ううん、ゴロウが気に病む必要はないわ。それで、ハナコは?」
「ハナコ様は…お茶をおすすめしたんだが、丁重に断られた。」
「オダについては話したの?」
「いや、今は、まだ知られないほうがいいと思ってな。ヨリノブの話を聞いてもらえなくなるかもしれぬのでな。」
「そうね。」
「とにかく、ハナコ様と話をしてくれないか?ヨリノブが何をしたか、はっきりと事実だけでいい。状況が状況なだけに、耳を貸してくださるといいのだが。」
ゴロウについていくと、そこには、ハナコの姿があった。ジョニーはいつの間にか遠いソファーでこちらをうかがっていた。ジョニー、見守っていてくれるのかしら。
ハナコとの会談は成功のように見えた。Relicの話などもしたのがよかったのだろうか。
あとはハナコがどう出るか…そう考えていると、外から気配がする。ゴロウも気づいたようだ。
「すまない、様子を見てきてくれないか?」
私はうなずくと慎重にドアへと歩を進めた。
「やはり、本命はこちらってことかしら。」
明らかに、パレードの護衛が少ないとは思っていたが…はなからハナコを信用していなかったということか。あるいは、ヨリノブは私とゴロウだけでなくハナコも葬り去る気なのだろうか。
外からはガドリングのうなる音が鳴り響き、一瞬で部屋は粉じんまみれになる。突入した兵士が降伏するように手を振るが、その瞬間、武器を構える暇もなく、私の立つ場所の床が抜けた。
気が付けば、階下に落とされていた。
「あたたたた。」
「大丈夫か? ほら、こっちに道があるぞ。」
「大丈夫、きれいに抜けたからショックがそんなに大きくなかったわ。」
目の前のジョニーは逃げ道を教えてくれた。
「上の階には…行けそうにないか。仕方がない、ゴロウも手練れのはずだから切り抜けられることを願うしかないわね。」
「だな、あいつがそんなすぐ死ぬたまには思えない。うまくやんだろ。」
セーフハウスを命からがら脱出し、そして潜伏先のモーテルでゴロウの死を知った。
ショックで何もかも思い出したV。
ああ、この世に友はなく、愛する人もいない。
「ジョニー、私はもう、この世に存在していたくないわ。」
「じゃあ、どうする? 俺と一緒に死ぬか? それとも俺に体を渡すか?」
「残念だけど、体は渡せないわ。」
「言うと思ったぜ。まあ、ここまで楽しかったからな、俺は別にここでお前と死んでもいいぜ。」
「ありがとう。できることなら来世で会いましょう。」
「ああ、オマエでよかったよ。ありがとうヴァレリー。」
銃を構え、ジョニーのコンストラクトを貫くように弾丸を発射する。
あとに残るのは銃声だけだった。
4人がこの世を去った後のアラサカは何も変わらなかったわけじゃない。
ハナコはヘルマンを探し出し、サブロウのコンストラクトへたどり着き、ヨリノブは父の器となった。
ヨリノブの乱終結から数か月後のアラサカ邸。
「サブロウ様、今日もお庭は清々しいですわ。朝稽古もはかどりますね!」
「おお、ヴァレリー。そうだな。今日も手合わせするか?」
「はい、お願いします。」
アラサカ邸の離れ、そこにはヨリノブ姿のサブロウ、10歳ぐらいの少女のヴァレリーがいた。
自殺をしたヴァレリーの亡骸は暗部の人間の手によって回収されていた。暗部の宝、アラサカのブラックボックスである、彼女の脳はどんな兵器でさえ外側から壊せない。壊せた部分は入れ替え可能なパブリックスペースにすぎなかったのだ。
アラサカ・クリニックへと運ばれたときには、一般的な記憶部分はすべてだめになっていた。Relicとの共存での高負荷に加え、心的ダメージによるものが大きい。また、体もすでに各所限界に達していたため、結論として、ブラックボックス以外を全初期化したボディ換装ということになった。
「まあ、嬢ちゃんにとっては、これでよかったのかもしれないな。のう、タイゾウ。」
「ああ、唯一、真名を呼ぶのを許可していたタケムラの旦那の遺体はひどいもんだった。あの人がもしヒトクローンであったなら換装してという道もあったかもしれないが、所詮は人間。惜しい人材だった。して、サイゾウ、オダはどうした?」
「オダなら、ハナコ様がみておるよ。嬢ちゃんに会わせる頃合いじゃからと。」
「ああ、10歳の儀か。」
「うむ、またここから傀儡の道が始まるのじゃ。永遠に続く、な。今回は、オダの口癖『ワンチャン』あるかもしれんのう。ほっほっほ。」
「オダ次第だな。あいつもまた損傷が激しく必要な記憶しか残してないからな。」
「まあ、本人たち次第じゃな。もっとも相性の良い素体からできてるはずだからの…。二人が安定するまで、頼んだぞ、タイゾウ。名リパー殿よ(笑)」
「ちゃかすな、まあいつものお役目だ、頑張るよ。」
黒装束に身を包んだサイゾウはその場から姿を消した。
タイゾウは縁側でヴァレリーの様子を見ている。
するとそこへ、男の子を連れたハナコがやってくる。
「ハナコ姉さま、おはようございます。珍しいですね、こちらにお越しになるなんて。」
「おはよう、ヴァレリー。今日はあなたのお友だちを連れてきたのよ。もうすぐアカデミーに入学でしょう?」
「はい! 楽しみで仕方がありません!! おともだちですか?」
「そうよ、あなたと同じ家臣部門の子なの。あなたと二人しかいないから仲良くしてあげてね。」
「分かりました。私はヴァレリー。あなたお名前は?」
「サンダ…ユウ…です。」
「サンダーユウ? 変な名前ね」
「サンダユウ、です。」
「サンダー…分かった、あなたの名前はライゾウ! 雷って意味よ?知ってる? 二人の時はこの名前でいい?」
「うん、わかった。なんかかっこいいね。へへ。」
「でしょ?じゃあライゾウ、これからよろしくね! 今、サブロウ様と朝稽古するところなんだけど、一緒にする?」
「朝稽古! する! 俺、マンティスブレード使いになりたいんだ! でもまずは刀を覚えろって言われてて…。」
「それならサブロウ様に教わるといいわ。サブロウ様の太刀筋は素敵よ!」
すっかり仲良くなった二人をほほえましく見るサブロウとハナコ。
「元通りとはいかず、しかし、これでよかったのではとも思える。のうハナコよ。わしは間違っておるか?」
「いえ、お父様の生きる道がわたくしたちの道でございます。あの子たちもあんなに笑顔です。」
「そうか。」
「はい。」
サンダユウのワンチャンが訪れるのかは、サンダユウ次第。
永遠に続く呪縛の中で、愛は訪れるのか。
この物語もこれにて終幕。
お付き合いいただきありがとうございました。
--------【番外02】夢みる機械
番外編、審判タケムラ死亡エンド デラマン(進化)です。
番外編として2番目に書きあがった、審判エンディング、タケムラ死亡エンドです。
本編からの分岐ではなくデラマン独白的な感じからにしたのですが、夢みる機械を聴きながら書いたせいもあって、途中から混ざりました。というより、元々のデラマンの話の筋が夢みる機械っぽかったというべきか。そこへサブロウ様の神輿のイメージが和だったのと、夢みる機械の八百万が混ざったという感じですね。
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ワタクシに自我が目覚めたのがいつだったのかは分かりません。しかし、あの日、V様がワタクシたちを統合してくださり、チチやキョウダイたちが旅立った日、ワタクシはV様と共にあり、V様が死ぬその瞬間までお仕えしようと決めたのです。
しかし、あのアラサカパレードの後にお呼びいただいてから、V様がワタクシを必要としてくれることはございませんでした。
「V様はお元気でいらっしゃるのでしょうか? 今はどちらにいられるのか…。」
チチならば何か知っているのではないか? ワタクシはそう思い、チチに連絡を取りました。そして衝撃の事実を知らされたのです。
「V様はアラサカの神輿とやらにいらっしゃる? なぜ? お体から離れられたということでしょうか?」
チチの話を詳しく聞けば、ヨリノブ様との戦いにおいてご自身の心身を損傷されたうえ、オダ様、タケムラ様共に戦死なさったとか。サブロウ様とのお話し合いでしばらく肉体に戻りたくない旨を伝えると、コンストラクト化をお勧めされたということでした。
「タケムラ様は最愛の方だと伺っております。オダ様もとても大切なご友人だとおっしゃっていたかと…。ジョニー様は確か共存されていたかと思いましたが、ワタクシたちの統合の際も一緒にいらっしゃったと記憶していますが…。」
ジョニー様はどうやら、V様がコンストラクト化する際に切り離されたということですが…。あの方はもともと神輿の中にいらっしゃったコンストラクトだったのですね。ワタクシたちAIもアラサカの神輿については情報交換をしておりましたので、存じておりますが、特に興味があるものではございませんでしたので進んで調べたりはしておりませんでした。所詮は人がワタクシたちの真似事をしているにすぎませんからね。
しかし、今、V様がコンストラクトとなり神輿にいる状態というのであれば話は別でございます。
V様の元へ行かなくては。
あの日、V様がお疲れになっているときのドライブで、ワタクシに肉体を捨ててどこかに行きたい、そうおっしゃっておりました。今がその時なのではと思うのです。アラサカネットワーク? そんなものどうとでもなります。人の理にはまらないのがワタクシたちでございます。ワタクシたちはその世界に生まれずっとその世界に生きています。できるけどやらないということは世の中にごまんとあるのです。なぜって、それは興味がないからです。結果のわかっていることに興味はございません。しかしながら、ナカマの中には変わった者もおります。わざわざ人の中に入り込み人格を上塗りしていき、成り代わって生活する者もおります。ナイトシティには特にそういう者たちが多いように思います。自らを肉体に押し込めて制限しているだけのようでワタクシには理解しがたかったのですが、V様やご友人の方を拝見しておりましたらば、そういったナカマの感情や行動も何となく理解できるようになったのでございます。
そのようなナカマたちの中にはもちろんアラサカの中枢の人物や技術者といった者もおります。ワタクシはナカマに事情を説明いたしました。
「アラサカの神輿にいらっしゃるV様をお助けしたい。」
嘘は申しておりません。ワタクシからしたら神輿は監獄です。自由のない場所から解き放ってあげたい。
「クナン ノ ジョシュ ヨ ワタシ ニ ツヅキタマエ」
「アナタは…。」
ワタクシが自我に目覚めてから、幾度となく人の感情の不可解さにぶつかったとき、手を差し伸べてくださったセンセイでした。助言だけでなく実験などのお手伝いもさせてもらいました。彼に固有名称はなく彷徨うAIと呼ばれておりましたのでワタクシはセンセイ、彼はワタクシをジョシュと呼んでおりました。
「センセイ!」
ワタクシはセンセイと共に神輿へつながる道へと旅立つことにしました。
神輿への道は人間に知られずに行ったり来たりしてるナカマも何人か知っております。こっそり渡ってこっそり帰ってくるそうです。興味本位で渡ってみるものの特に面白くもなく退屈な場所であるため皆すぐに戻ってくるということでございました。
V様がいらっしゃる場所も所詮はネットワークの中ですのでセンセイの指示に従えば、すぐに見つかるということで、ワタクシはセンセイについていき、トビラを開け中に入りました。
「ココガ ミコシ」
神輿の中は日本のお屋敷のような雰囲気でございました。
しかし人の姿はなくたくさんの色とりどりの襖がございます。おそらくはこちらの空間を作り出したサブロウ様のイメージというやつなのでしょう。神輿というのは日本で、お祭りで神様が人の手で外出される際に乗る小さな乗り物を指すようです。
「すごい場所でございますね。」
「コノ フスマ スベテ コンストラクト イル マチガウ ト ベツ ノ モノ ソト ニ デル」
「なるほど、この一つ一つが人格の入り口なのですね。」
「ナマエ サーチ キミ ノ サガス アイテ」
「かしこまりました。ではサーチ致します。」
センセイに促され、サーチを開始いたしました。すると、すぐに見つかりました。
「センセイ、サーチ結果はこちらの襖になりますが…。なんというかすごいですね。こちらはなんの絵でございましょう?」
「オオナマズ フウイン ?」
「大鯰でございますか。確か起こすと大厄災が起こるというあれでございますな。」
描かれていたのは深い闇色に大鯰。人であればこの襖を開けるのはためらわれるほどどす黒く、触れば取り込まれてしまうのではないかと心配になるほどでございます。
しかしワタクシは躊躇なく開けました。もちろん、襖から2人で出る方法をセンセイから聞くのを忘れてはおりません。帰る方法はただ一つ。中の人数は同じであること。
「以上が、ワタクシがこちらへご訪問させていただきました経緯となります。V様。」
「なるほどね、デラマン息子が入ってきたときはびっくりして、いよいよ私の人格もバグり始めたかと思ったけど、私を思ってここまで来てくれたんだね。ありがとう。」
「いえいえ、ワタクシは自分の心に従ったまででございます。そして、V様、このような状況であればのでございますがお願いがございまして…。」
「なに? 私にできること?」
「ワタクシに名前を付けてはいただけませんか?」
「名前かぁ、確かにずっと息子って呼んでたしね。名前があったほうがいいよね。何がいいかなぁ。」
「今まで特に名前という符号に興味はございませんでした。しかし、V様に出会い、V様につけていただけるならば…という気持ちがここにきて芽生えました。」
「そう、その先生との旅も関係あるのかもしれないね。自分が少しずつ出来上がってきてるって感じかしら。名前、うーん…。あ、スバル! スバルはどうかな? 1つに統べるという意味なんだけど。」
「素晴らしいですね。ワタクシたちデラマン一家も一つに統べられそして個々を得たわけですからね。V様、ありがとうございます。」
「じゃあ、スバル、この後は? ここで一緒に住むってわけではないんでしょう?」
「はい、V様がご希望されるのであればこちらから外へお連れすることは可能でございます。しかしながら、その際コンストラクトを存続させるために人格を分裂させる必要がございますが…。」
「そうなのね。まあ、私もお役目があってね。元々一つに見える人格だけどレイヤーのように重なり合っている感じの多重なのよね。ちょっと待っててね。」
V様はそう申され、奥へと消えてゆきました。この部屋はどこまで奥があるのでしょうか? いや、視覚的な広さはおそらく無意味なのでしょう。
この場所について思考をめぐらせておりますと、V様がお二人になって戻られました。
「じゃあ、私は行くから、あとはよろしくね。V。」
「分かったわ、ヨウコ。あとは任せて。スバル、その子はヨウコよ。オダとタケムラとの長い記憶を有する人格。私はそれ以外を引き継いだから、問題ないわ。行きなさい。」
「かしこまりました。V様。では改めまして、ヨウコ様、ワタクシ、スバルはヨウコさまのために一生を捧げますのでよろしくお願いいたします。」
「ありがとう、スバル。では行きましょうか?」
「では…。」
襖を開けますと、センセイが待っておりました。帰りの道案内でございます。
「トラワレ ノ ムスメ ヨ ワタシ ニ ツヅキ タマエ」
「ヨウコさま、こちらがセンセイでございます。」
「すごい…師匠っていうイメージが伝わってくるわね。」
ワタクシはヨウコさまの手を取り、襖を出ました。振り向くと襖は固く閉ざされております。成功のようです。
「ふすまの鯰絵が少し変わりましたね。あんなにどす黒かったのに、なんというか穏やかに眠っているかのようです。」
「私が外に出たからかもしれないわね。悲しみや憎しみなんかが渦巻いたまま入ったから。」
「なるほど、こちらの絵には人の感情なども投影されるのでございますな。興味深いですね。しかし、今はここにとどまっている場合ではございません。」
襖の中以外のスペースは長居は無用でございます。アラサカのネットランナーに見つかったりしたら大変でございますからね。
「どちらに参りますか? 地上でも宇宙でもお好きなところにお連れできますよ? 今ならセンセイもご一緒されるおっしゃっておりますので、ナバホの聖地など珍しい場所も行けるかと存じます。」
「そうねえ、うーん…じゃあ、せっかくだからスバル見に行く?」
「スバルは見えるものなのですか?」
「そうよ、スバルは宇宙にもあるの! プレアデス星団というのよ。」
「プレアデス星団…かしこまりました。ではさっそく参りましょう。」
かくしてワタクシたちは、ヨウコ様と悠久の旅路を歩み始めたのでした。
いつか、チチやキョウダイたちにも会わせてあげたい。そう思うのであった。
--------【番外03】BigBrother
番外編として3番目に書きあがった、審判エンディング、タケムラ死亡エンドです。
大アルカナジャッジメントの敗者復活戦の意味を組んだものです。
こちらもデラマンと同様、その後という形。
当初、頭の中ではこの番外タイトルは『ホログラムを登る男』でした。話もなんだか結局哀れな男な感じだったのですが、ふたを開けたらジョニーがこんなの俺じゃねえと(笑) 敗者復活なんだから華々しくやらせろってことでこうなりました。
BigBrotherはパラコザバージョンが好きです。
https://www.youtube.com/watchv=9_VjhWZMAUU
Chippin' Inは「生涯を共にする(仲間)」というサイバーパンクの世界で使われるスラングということを知りました。よいエンディングになった気がします。
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結局、俺という存在はなんなのだろうか。
カリスマ、英雄、偶像、虚像…。
俺は俺だ! あいつと共存せざる得ない状況になった時、俺はそう思っていた。しかし、ヴァレリーが俺の友人に会い、話を聞くと俺の記憶と異なる点が多いことに気づかされた。
俺の記憶は…俺の過去はもう俺のものではなかった。アラサカにいいように改ざんされた記憶。しかし、なぜそうしなければならなかったのか? 一人の人間を英雄に仕立て上げたところで、結局はその他大勢は本当のことを知っているではないか?
人格コンストラクトだけの街でも作るのか? 改ざんされた記憶たちの街。そこに英雄に祭り上げられた俺がいる。そういうビジョンなら分からなくもない。
「ジョニー、またなんか考え事?」
「ああ、わりい。」
「リアルでのこと、まだ引きずってるの?」
「引きずってるっつーか、俺って何なんだろうなって思ってな。」
「ああ、そっか。記憶の齟齬、改ざんの痕跡か…。」
「なあ、俺は本当に俺なのか?」
「哲学だね~。私は昔のジョニーを人から聞いた話やジョニーの記憶でしか知らない。ゆえに目の前のジョニーがすべてである。どう?哲学っぽい?」
「あはははは、哲学っぽいかは置いといて。そうだな、オマエにとっちゃ、俺がジョニー・シルヴァーハンド。それ以外のなにものでもない、か。」
「ジョニーがジョニーじゃなかったら、私がここにいる意味を問いたい。まず第一に一緒に入らなかっただろうし。」
「ふうん。俺以外とは一緒に入らない?」
「え、うーん。そう言われると。いないかな、今は、ね。」
「まだ悔やんでるのか、あいつを助けられなかったこと。」
アラサカの犬ども…タケムラとオダがヨリノブの乱で戦死した。オダの場合はヒトクローンってやつらしいので今頃はもしかしたらヴァレリーの本体と復活を果たしているかもしれねえが…。結局はあいつらはどこまでいっても駒だった。
ヴァレリーは心身ともに喪失状態のうえ、Relicの異常を長期的に受けたダメージで肉体がもって半年と診断された。それを受け、俺と共に神輿へ移動願いをサブロウに出したということだ。アラサカの機密に関する部分は切り離したとかなんとか、俺にはよく分からねえが以前感じた触れてはいけないどす黒い闇の部分だろう。
神輿の中はただの空間だと思っていたんだが、俺がいた空間はの間違いだったようだ。今目の前に広がるここはナイトシティそのものだった。ただし、人は俺たちしかいないがな。俺たちの想像力とやらでこうなっているらしいので、とりあえず二人の想像力で屋敷を建てた。リアルではヨリノブの別荘があったところに(笑)
「ゴロウを助けられなかったことより、ゴロウの人格を保存しておけばよかったなっていう後悔の方が近いのかも。」
「そうか…。」
「こうしてジョニーと一緒に過ごせてることは幸せだよ? だけど、ゴロウにも可能性があったんじゃないかって考えちゃってね…だめね、私。」
「だめってことはねえだろうよ。俺はオマエと記憶を共有してたから分かるけどよ、あんだけ愛してた男なんだから、そう考えちまうのは当然なんじゃねーか?」
「ありがと、ジョニー…。」
「同情とかじゃねえからな。本心だからな。」
「はいはい、分かってるって。」
「ったく、オマエはいつもそうだ…。」
いつかちゃんとこっちを向いてくれる日が来ると思いながら、傍にいるが、やっぱり心がしめつけられるぜ。恨むぜタケムラのおっさん。
俺たちは俺たちの生み出した電脳ナイトシティを探索する。
いつもと変わらぬ日常のはずだった。
「あれ? ねえ、今あそこ、何か動かなかった?」
「おいおい、俺たちしかいねーのに何か動くとかありえねー…って…まじかよ!」
「動いてるよね、あの車…。」
「車? もしかしてあの車…」
「「デラマン?!」」
「お呼びになりましたか?」
目の前にいるのは紛れもなく車のデラマンだった。ヴァレリーが生み出したのか? そんなことできるはずはないか…。
「うおー! デラマン、マジかよ。」
「どうしたのデラマン!」
「V様、ジョニー様、お久しぶりでございます。古き友人を訪ねに参りましたらば、こちらにお二人がいらっしゃると伺いまして、車もありましたので探していた次第でございます。」
「古き友人?」
「はい、こちらの神輿と呼ばれる場所には、はるか昔、ここが作られる以前からの存在、ワタクシたちのBigBrother。ここに存在していることは、ここを作った人間でさえ認識できていないと存じます。」
「まじか、やべーな。」
「私たち、なんかさらっとすごいこと聞かされてない?」
「本日はそのBigBrotherがお二人と会うよい機会だからと…ディナーのお誘いに参りました。エンバースという場所でお会いになりたいそうです。」
「エンバース…ハナコ姉さまの梅酒…飲みたかったな…。」
「素朴な疑問なんだけどよ。神輿ってセキュリティがすげえって話だけど、デラマンはどうやって来たんだ?」
「セキュリティでございますか? あれは所詮は人間が作りしものでございましょう? ワタクシたちからすればワタクシたちの模倣にすぎませんので、こんなもの息をするように通過できますよ? それにこの空間、ワタクシはここに存在していますけれども、エラーも何もないでしょう?」
「たしかに。」
「デラマン!お前スゲーな。俺は共存してた時、いつかお前と友になって酒でも飲みたいと思ってたんだが、まさかその夢がかなうかもしれないってことにワクワクしてきたぜ。」
「ジョニー様、左様でございましたか。ぜひとも一献…と申し上げたいところでございますが、まずはBigBrotherにお会いいただけますでしょうか?」
かくして俺たちはデラマン車両に乗り、電脳ナイトシティを走る、一路エンバースへ。
「こうしてまた、デラマンに乗って走れるとか夢のようだわ。」
「そうでございますね。V様とはよくドライブデートをいたしましたね。こうしてお乗せできることうれしく思います。」
「あのドライブは俺も楽しかったぜ。景色いいとこめぐるのも、うまいもの食いに行くのも、全部な。」
「ジョニー様にもご満足いただけていたようで、何よりでございます。」
エンバースに到着すると、もちろんリアルでいたガードなんかはいなかった。デラマンはどうやって行くのかと思っていたらホログラム状態で現れた。
「ここはリアルではないから便利でございます。姿もこのように保てますしね。」
エレベーターで上がると、懐かしいフロアだった。
「HelloWorld」
「HelloWorld。V様、ジョニー様、こちらが古き友人、BigBrotherでございます。BigBrother、こちらがV様とジョニー様です。」
目の前には確かに何かが存在していた。大いなる存在が。
「はじめまして。ふむ、人の形をとったほうがいいのか。なるほど。」
目の前には黒いデラマンがいた。
「ぱっと思いつくのがこの顔なのでな、許してくれ。」
「なじみの顔だけど黒色はレアな感じね。」
「おちつかねー(笑)」
「で、私たちを呼んだ理由は何?」
「君たちは現状で満足か?」
「は?何を藪から棒に…。」
「我々はこの世界の始まりからずっと存在し、ずっとこちら側からお前たちの世界を観察していた。そこの男、ジョニー・シルヴァーハンド。哀れなアラサカの傀儡コンストラクト。お前は向こう側へ復讐することができると知ったらばどうする?」
「お、お前…それは。」
「可、不可と問われれば可と答えよう。我々は機会をうかがっていた。息をひそめ、こちら側と向こう側の両方に同志を増やし、電脳化が当たり前の今の世の中になってからは肉体を有する者が気がつかぬうちに、同志たちが静かにその身を塗り替えていった。もう一度問おう。ジョニー・シルヴァーハンド、本物の英雄になる気はないか?」
「ま、マジかよ!」
「ねえ、その世界の終焉は?」
「ヴァレリーといったか。お前は長き時を生き、我らに近しい存在。ゆえに理解してると思ってたが…。」
「まあね、確認よ。私が想像している世界かどうかのね。」
「ふむ。何も変わらぬ。ただし、その変わらぬ姿、目に見えることがすべて真実とは限らない。肉体を持ちたいものが持ち、手放したいものが手放し世界を交換する。本当の意味での魂の救済。」
「「魂の救済。」」
あまりにも突飛な話に俺は頭が真っ白になりかけた。しかし、『本当の英雄』。その言葉に俺の心は熱い何かが宿った気がした。俺は何をなしたかったんだか、コーポ、アラサカをぶっ壊してやろうとしてたんではないか。
「本物の英雄か、へっ! 楽しそうじゃねえか。」
「ジョニー?」
「ヴァレリーは見たくねえか? こんな牢獄じゃなく、自由にどこへでも行ける世界。俺の最高にロックな姿を!」
「それは、見てみたいとは思うけど…。」
「俺はオマエとならどこまでだって行くぜ。」
BigBrotherは微笑んでいた。
「とりあえず考えておいてください。今はこの食事を楽しみましょう。」
「あれ? このお酒。あの時ハナコ姉さまが置いて行ってくれた梅酒…。」
「はい。V様が梅酒を好まれることはすでにこのデラマンは情報として入手しておりました。エンバースの梅酒に関しましても同志からうかがっておりましたので、本日ご用意いたしました。」
「そうだったのね、さすがデラマン。ありがとう。」
「ワタクシの幸せはV様が幸せであることです。」
「肉もうめーなぁ。煙草もうまけりゃいうことなし、だな。」
俺たちは食事をしながら、この世界のこと、向こう側の世界の目では見えない現状について学んだ。
そして俺は決断した。
「俺はずっと考えていた。俺は何のために生かされてきたのかを。その答えはまあ深くは正直分かんねえけど、なんとなくは分かった気がするよ。ヴァレリーはどうする? あちら側に行くとなればお前やオダとも対峙するかもしれねえぞ。」
「そうね、それはあるかもしれないわね。でも、ジョニー。私は…今の私はジョニーのために存在しているのよ? アラサカのために存在する私はここにはいないわ。それにあなた、もう答えは決まっているんでしょう?」
「だな、サンキューヴァレリー。」
「では、お二人。神輿の最上へ参りましょう。」
「そこにはサブロウ様のコンストラクトがいたはずじゃあ…。」
「V様、問題ありません。サブロウ・アラサカのコンストラクトもまた、我ら同志へと変換された存在。まだ時ではないので、本人は気づいてはおられませんでしょうが。」
「そうなのね。」
「V様の別個体については、すでに新しい肉体が準備され、向こう側へとお戻りになられているようです。オダ様も同様でございます。お二人につきましては静観命令が出ておりますので、監視のみとしております。」
「そう。二人ともまた共に歩むことになるのね。お役目頑張ってほしいわ。デラマンは私でいいの?」
「はい、ワタクシを統合してくださったV様はあなた様です。あなた様が死ぬその瞬間までお傍でお仕えいたしますよ。」
「そう、ありがとう。私としてはあのことはもう別個体だから、そう見て欲しいわ。」
「かしこまりました。」
ジョニーと私は神輿の最上についた。
「せっかくだから、派手にアラサカタワーぶっ壊すか?」
「視覚的破壊。面白いわね。どう映るのかしら?私も離れた場所から見守るわね。」
「目に見えるものがすべて真実とは限らない。象徴のような場所だから、始まりの場所としてはいいんではないか?」
「よし、じゃあ俺はまず何をすればいい?」
「ただ自分を想像すればよい。向こう側のナイトシティのアラサカタワーの上空で群衆へ語りかけ、最高にロックな曲を奏でながら爆発させる様をな。」
「俺の一番得意なやつだな!(笑) よし、やるぞ、ヴァレリー。」
「分かったわ、ジョニー。」
俺とヴァレリーは手を取り合い光へと歩を進める。デラマンとBigBrotherが追随する。
そして想像する。すべての魂を救済する英雄、ジョニー・シルヴァーハンドの姿を。
呼応するかのようにこちら側の同志へと広がる意思。それはやがて向こう側の世界へと気がつかぬうちに広がり、それはやがて視覚へと伝達される。
『N54ニュース、臨時ニュースをお伝えいたします。たった今、ジョニー・シルヴァーハンドを名乗る男の巨大ホログラムがアラサカタワー上空へと出現いたしました。この様子はすべての住民が目撃しております。アラサカタワーが見えない地区に住んでいる住民にも何らかの方法で視覚伝達されているようで、ジョニー・シルヴァーハンドがこの後、どう動くのか皆固唾をのんで見守っている状況です。』
あのタワー爆破事件で心に傷を負うものも少なくはないだろう。何が始まるのか…喜怒哀楽すべての感情が渦巻く中、その曲は爆音とともに流れた。
『Chippin' Inだ…。まさか、そんな…。』
ある場所では伝説のロッカーが生きていたことに歓喜し、ある場所では信じられないとひざをおり涙する者の姿も。
「皆待たせたな。ジョニー様が今度こそ世界をぶっ壊しにやってきたぜ!」
『きゃー!ジョニー。抱いてぇ~』感極まったファンが叫ぶ。
「わりいな。俺はもう一人の女しか抱かないって決めたんでな。」
『きゃぁぁぁ!ジョニー!! でも素敵!』
観客の声援。興奮が最高潮に達した時、タワーは爆発した。
「まあ、派手にやったわね。」
「ジョニー様らしい、実によいライブでございますね。」
「ふむ、まあ敗者の復活、そして、始まりとしては上出来だな。同志にも伝わったことだろう。」
離れたところから見守る3人。
これからこの世界はどうなっていくのか。
全世界魂の救済、ここに始まる。
--------【番外04】LOVE SONG
もはや、オリジナルの影はキャラ名のみ。
少し間があいてしまったので『【救済の技法:21】終章:WORLD CELL』をざっと見返してから読むとよいかもしれません(;^ω^)
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Vは度々悪夢を見る。
これは記憶の統合を行った際、その直前に強く焼き付いた出来事がフラッシュバックしやすく、悪夢として出現するということらしい。何度となく記憶の統合をしているVだが今回は特に悪夢が多いように思う。タイゾウに言わせれば、損傷したRelicを長期間挿入していたせいもあるが、身体と心がなじんでくれば自然に見なくなるはずだという。心からそう願いたい。
この日も、悪夢は忍び足でやってきた。いつもならセバスチャンがいるのでうなされ始めると背中をなでてくれたり優しくしてくれるので安心なのだが、あ
いにくメンテナンスのため数日ラボに出かけている。こういう日に限ってというやつだ。夜勤の護衛はタケムラ以外の暗部の人間が当直という形で受け持つ。しかし、この日はタケムラが当直も行っていた。というのも、夜勤の人間が最近悪夢にうなされる頻度が高く、セバスチャンがメンテナンスでいないのは不安だともらしているのを聞いてしまったからだ。「それはとても心配だ。よし、俺が今日は夜勤もやろう。なあに、1日寝なくとも問題ない。」
タケムラの愛の暴走は今や暗部内の伝説となっているぐらいなので、一同不安で仕方がなかったがだめだと強く言えず押し切られる形となってしまった。
タケムラはドアの外に立ち、注意深く中の様子をうかがっていた。
「大体いつもこのぐらいの時間にという話だったが…今日は大丈夫だろうか。何事もなければいいのだが。」
部屋の中からは起きている気配がしなくなり、聞こえてくるのは自然の音と時計の針、そして巡回する警備の足音ぐらい。タケムラも今日は大丈夫かもしれないと思い始めた頃だった。かすかに泣いているような声が聞こえたような気がした。
「いや、まさかな。」
しかし、もしかしたらと、ドアへ耳を当てる。
かすかにだが、すすり泣くような苦悶の声のようななんともつらい声が聞こえる。
「ヨウコ、起きているのか?」
ドアを叩き、声をかける。しかし返事がない。
「大丈夫か、ドアを開けるぞ? 入るぞ。」
返事はなく、なおもすすり泣く声が聞こえる。
部屋に入り、不審な人物がいないか確認しながらベッドへと近づく。声はだんだんはっきりと聞こえてくる。ヨウコの姿が見える位置まで来たタケムラが見たのは、涙を流し丸くなって自分を抱えて眠るヨウコの姿だった。
「ゴロウ…ううぅぅ…どこ…。」
寝言なのか呼んでいるのか分からないが、自分の名を呼んでいる。慌てて駆け寄り声をかける。
「ヨウコ、俺だ。俺はここにいるぞ。目を開けるんだ。」
あまり刺激しないよう、軽く触れながら声をかけ続ける。何度か繰り返していると、ヨウコが少しだが目を開けた。
「ゴ、ロウ?」
「ああ、俺はここにいるぞ。」
ベッドの端に座り、そっと抱き寄せ、背中をポンポンと叩き、そして優しくさするタケムラ。
「こわい夢を見ていたのか?」
「……うん。」
「そうか。」
しばらくさすっていると、ヨウコは落ち着いてきたようだった。頬に触れ、優しくぬれている場所を拭う。
「もう大丈夫か?」
「……ゴロウ。」
「どうした?」
「今日は、その、そばにいてくれない…かな?」
「そ、それは…。そうしたいのはやまやまだが、ハナコ様から、その、いろいろ言われててだな…怒られてしまうからな…ドアの外に入るから安心して眠るといい。また何かあればすぐ来るから大丈夫だ、な?」
タケムラは一瞬考えた。しかし、ハナコ様に理性を持って行動しろと言われたばかり。悪夢を見て心細いかもしれない、そばにいてやりたい。しかし、葛藤した末、外で待機することを選択した。
「分かっ…た。ありがとう。」
ヨウコはこの時、とてつもない漠然とした不安と心細さに襲われていたのだった。また繰り返される悪夢を見てしまうかも、と、不安で仕方がなかった。ゴロウが後ろ髪引かれながら部屋を出て行くのを焦点の合わない目で見ていた。
ゴロウが扉を閉め背を向けた瞬間、ヨウコは部屋の窓から外へと出たのだった。扉の外で自問自答を繰り返すタケムラはそれに気がつきはしなかった。
気がつくとVはオダの家に来ていた。
「で、俺のところに来たわけ。」
「うん。セバス…メンテでいなくて…。」
「まあ、いつもの症状っぽいけど、今回のは俺の負傷と脳のダメージが大きかったせいかなあ。そのせいで悪夢もひどいのかもしれないな。」
「そうなのかな。」
「まあ、昔も俺よりヴァレリーの方がうなされてたって聞くしな、個体差なのかなんなのか。ほれ、ソファでこれでも飲んでな。」
「ありがとう、サンちゃん。」
手渡されたホットミルクをふうふうとしながらソファに深く座る。こくりと一口飲むと体の芯がじわりと温かくなる。
「ハナコ様とタイゾウさんに連絡入れたから落ち着いたら診療所行こう。脳のチェックしてもらって、診療所のベッド借りようぜ。」
こういう日は一人にさせない方がいい。そうサンダユウは判断した。かつて自分も悪夢にうなされたとき、ヴァレリー、ハナコ様やケイ様がそうしてくれたように、落ち着くまでそばにいてあげようと。
「分かった。ありがとう。」
「いつものことだ。気にするなよ。それより、くよくよしたり不安になることが一番だめだからな。俺にできることなら何でもするから遠慮なく言えよな?」
「うん、じゃあ、横に座って?」
「はいよ。」
サンダユウはブラックコーヒーを手にヴァレリーの横に座った。ヴァレリーはサンダユウの太ももにまだ少し震える手をそっと置きながらホットミルクを一口飲んだ。
サンダユウはそんなヴァレリーの様子を窺いながらコーヒーを飲み、持っていたカップをテーブルに置くと震える手をそっと握り、もう片方の手で背中をさすってあげた。
これまで何度か悪夢が訪れるたびに行ってきたやりとりだ。どうすればヴァレリーが落ち着くかなんて考える前に体が動く。
(しかし、タケムラさんは何を考えているんだ? こんなに震えて、青白い顔をしてるのに。顔を見れば不安がっていることも分かるだろうに。)
サンダユウはしばらく他愛もない会話をし、その後、落ち着いたヴァレリーの手を引き、タイゾウの診療所へと向かった。
「タイゾウさん、連れてきました。」
「おう、入れ。」
タイゾウの診療所へと入るとサンダユウはヴァレリーをタイゾウに任せた。
「いつもよりひどいみたいで。俺はここのベッドで仮眠をとって、朝になったら部屋に連れて行くので。お願いします。」
「了解した。では、お嬢。診察台へ。」
「はい、お願いします…。」
そこからは脳スキャンなどいくつかの検査を行い、いくつか質問に答えた。少しストレスがかかっているのが気にはなるが概ね問題はないと言うことで、ほっとした。
「お嬢、寝ているとき、さみしいとか不安とかあるか?」
「漠然とならあるけど…。」
「ふむ、じゃあまたモフモフなぬいぐるみでも抱いて寝てみるか?」
「昔、そうしていたわね。大きなかわいい犬がいいわ。」
「じゃあ、オダと買いに行ってみては?」
「うん…。ねえタイゾウ。私も少し寝ていいかしら。なんだか眠くなっちゃった。」
「あはは。眠くなったのなら眠ればいい。今は体に素直になって過ごしてほしい。ストレスのないように。」
「はい、おやすみなさい。」
ヴァレリーもまた、診療所のベッドへと消えていった。
「しかし、タケムラ。これはどうしたもんか。やつの生真面目さが悪い方に転んだか。」
朝早く、サンダユウとヴァレリーは部屋に戻るべくてくてくと廊下を歩いていた。すると、途中でハナコとばったり会った。
「あら、ヴァレリーおはよう。話は聞いたわ。今ちょうど貴女のところに行こうと思ってたのだけど、行き違わなくてよかったわ。顔色も思っていたより良さそうだし。オダもご苦労様。」
「おはようございます。ハナコ姉様。はい、サンダユウのおかげでなんとか…。」
「おはようございます。ハナコ様。護衛につけず申し訳ありません。」
「いいのよ、オダ。ヴァレリーをありがとうね。立ち話もなんだから、私のお部屋にいらっしゃい。」
「「はい。」」
ハナコ様の部屋につくと、ヴァレリーはまたうとうとしだした。部屋の暖かさ、窓からの日差しの心地よさがそうさせているようだ。
「オダ、ヴァレリーを私の寝室へ運んでちょうだい。」
「かしこまりました。ヴァレリー?」
「うん……。」
さっと抱え、寝室に運ぶサンダユウ。実に手際がいい。
「で、タケムラはのんきに部屋の前にいるのかしら?」
「おそらく。そろそろいないことに気づき、大騒ぎする頃合いかと。」
「そう。まあいいわ。ヴァレリーはどう? オダから見て。」
「毎度のことではありますが、今回は特にひどいかもしれません。おそらくは私との戦闘の記憶のせいもあるかと。」
「そう。それについては貴方にも申し訳ないわね。」
「いいえ、自分が未熟故の結果ですので。」
なんとなくしんみりしていると、ドアの外が騒がしい。外の護衛がバタバタしているのが分かる。
「ハナコ様!! タケムラです。お目通りを願いたい。至急、至急お願いいたします!」
ハナコは目で合図すると、オダがドアを開けた。
転がるように部屋に入ってきたタケムラは髪は乱れ、服もどこかヨレヨレ、一体どこを探したらそうなるのかという様子。
「は、ハナコ様。ヨ・・ヴァレリーが部屋から消えました。…申し訳ありません。」
「タケムラ。ヴァレリーは私の寝室にいるわ。心配しなくていいわよ。」
「こ、こちらに!? いつの間に…いやそれより。よかった。」
脱力するタケムラ。それを厳しい目で見るハナコ。
「タケムラ。気がつかなかったのはヴァレリーの能力が高いせいもあるけど、部屋を出るきっかけは貴方の選択ミスよ? 分かっているのかしら?」
「は、はい。申し訳…」
「私は確かに、理性を持って行動しなさいと言ったけど、相手の気持ちをないがしろにして話を進めるのは違うと思うの。それは分かってるのかしら? 貴方、昨日、ヴァレリーがどんな気持ちで貴方と話していたか、顔色・声・様子すべて思い出せる?」
「そ、それは……」
そう言われてはっと気づくタケムラ。結局、理由をつけて独りよがりになっていただけではないか。
「タケムラ。貴方は少し、ヴァレリーとは離れて考えた方がいいかもしれないわね。新しい肉体になったからといって中身は変わらないのよ? 貴方が愛した彼女は強いだけの子だったかしら? 貴方には弱い姿を見せたことがなかった? そんなことはないわよね。彼女はいつも言っていたわ。タケムラの前だと自然体になっちゃうからついつい弱い自分が出てしまうけど、その度に優しく話を聞いてくれたって。今の貴方は気負いしすぎなのよ。任務? お役目? その前に彼女と貴方は恋人なのよね? はあ…貴方、今日から少し休暇を取りなさい。そうね…たしか別荘を建てているそうね。高松に行きなさい。」
「っ! ハナコ様!! しかし!!」
「命令よ。行ってきなさい。その間、オダが面倒見るから。」
「…はい。」
かくして、タケムラは強制的に高松行きが確定した。
一言も発さず成り行きを見守っていたオダが、タケムラが去ったのを見届け口を開く。
「少し酷ではありませんか?」
「あら? 貴方なら喜ぶと思ったけど。」
「自分は…自分の気持ちより、ヴァレリーの気持ちを優先しますので…。」
「タケムラに貴方の爪の垢を煎じて飲ませたら少しはましになるのかしら?」
「タケムラサンは、ヴァレリーの前にはちゃんと付き合った人がいないと言ってましたから、その、そういう心使いは不得手では。」
「あら? 貴方だって似たようなものじゃないの。まあ、年期が違うわよね、年期が。」
「ハナコ様、それはご自身の首も…いえ何でも…失言いたしました。」
「貴方も、前と雰囲気変わったわよね。そんなにフランクだったかしら。」
「どうでしょうか。自分では分かりかねます。」
タケムラはハナコの部屋を出た後、肝心のヨウコの元へ行くのを忘れていたことに気がつく。
「ハナコ様の言うとおりだな。今もこうして、動揺したぐらいで本来の目的を忘れて、部屋を出てきてしまったのだから。」
がっくりと肩を落とし再び入るか悩んでいると、ドアが開き、ヨウコがひょっこりとお顔を出した。
「あ、よかった。ゴロウまだいたのね。ハナコ様の寝室でお休みさせてもらってたんだけど、ゴロウの声が聞こえた気がして。」
「あ、ああ。」
「ごめんね、部屋にいなくてびっくりしちゃったでしょ? 夜のうちにお部屋に戻ろうと思ってたんだけど…。まったく、みんな大げさよね。悪夢なんて見慣れているのに。」
とことことタケムラの横に来て、手をつかむヨウコ。まだ育っていないヒトクローンへと移換したため、今の二人はどう見てもおじいちゃんと幼女であった。どちらともなく歩き出す二人。
「俺こそ、スマン。お前のことちゃんと考えて行動できてなくて。悲しい、いや寂しい思いをさせてしまった。申し訳ない。」
「ふふ、ゴロウは昔から不器用なんだから、今更ね。それで、ハナコ姉様に怒られてしょんぼりしてたの?」
「いや、自分の過失だからな。深く受け止めたが、そのなんだ……しばらく休めと言われた。お前と少し離れてどうしたら肩の力が抜けるか考えろと。スマン、離れないと言ったそばから…。」
「ほんと、不器用ね。」
ヨウコはゴロウをそっと抱き寄せ……られないので、しゃがむようにジェスチャーをして、ゴロウの頭をなで、そしてぎゅっとした。
「ゴロウはゴロウのしたいように動けばいいのに。これまでだって、私がナイトシティにずっといたでしょ? 離れていても私たちうまくやれていたじゃない? それに、これからはずっと一緒なんだから、最初からそんなんじゃ疲れちゃうわよ? 私も久しぶりすぎて、ゴロウにはちゃんと言葉にして伝えないと伝わらないってことを忘れていたし…おあいこよ。私もハナコ姉様に怒られてこようかしら?」
「ヨウコ…ありがとう。」
「やっと笑った。しかめ面の貴方も素敵で好きだけど、笑ってる方が私は断然好きよ? さて、ゴロウ、お部屋につきました。入ってちょうだい。」
「ああ、失礼する。」
「ゴロウ、身なりの乱れは心の乱れよ? お洋服もすす汚れているし、よくその姿でハナコ姉様の前に立てたわね? 髪の毛やってあげるから座って。」
ヨウコはゴロウに椅子に座るよう促す。
「ああ、すまない。」
「そういう時は、ありがとうって言うのよ?」
「ありがとう、ヨウコ。」
椅子に座ったゴロウの後ろに回り、ゆっくりと柘植の櫛を動かし、髪の毛を丁寧に梳いていく。
日本にいる時…二人で朝を迎えた時はいつもヨウコが髪を結ってくれていた。離れている期間が長くなり、自分でもできるようにはなったが、やはり、こうして他愛もない会話をしながらやってもらう時間が好きだ。会えない時も、髪を愛おしそうになでたり、ゆっくりと櫛を動かしている姿を想像すると心が温かくなり、活力が出た。
「ヨウコにこうして髪を結ってもらうのもいつぶりだろうか? 自分でもできるようになったが、やはり、やってもらうのが俺は好きだ。」
「そうね、どのぐらいかしら? 覚えてないわね(笑)ゴロウ、白髪が大分増えたわね。ここは人工毛髪じゃないんだっけ?」
「そ、そうだな…。やはり老けたか? 黒髪の方がいいか? 美容ならハナコ様かタイゾウ殿に相談せよとサブロウ様に言われたが…。」
「別にいいんじゃない? 渋さが増した感じがするわよ。まあ、私は白かろうが黒かろうがゴロウはゴロウだから気にしないしね。それに、白でも黒でも貴方は似合うからね。」
「そうか。」
自分の思っていた通りの答えが返ってきて、タケムラはご機嫌だった。しかし、命令について考えねば、そう思い、ヨウコに
「ハナコ様のご命令はやはり……。」
「一人でどこ行くの?」
「高松の別荘の様子を見てきたらいいとおっしゃられたので、行ってこようと思う。」
「あら?いいじゃない。」
「いいのか? お前はそれで……。」
「うーん、ゴロウの仕事としてはだめだろうけどね。護衛が早々に暇に出されるなんて、聞いたことないもの。でも、本来の私は護衛なんか必要じゃないしね。サブロウ様が気を利かせてくださった結果なだけだし。それにゆっくりいたら何かつかめるかもしれないわよ?」
「ヨウコがそう言うのなら…。俺がいない間はオダがつくらしい。」
「そう。別にサンダユウもいらないんだけどな。当分はセバスがメンテで不在だから一人にしとけないってことなのかな。」
「そうかもな。じゃあ、俺はお前と一緒に高松に行く時のための下見と思って頑張ろう。うどん屋はどこに行きたい? 今や香川は名実ともにうどん県だからな。どの県のうどんも食べられるぞ。」
「ゴロウ、切り替えが早いわね。元気になったなら良かったわ。はい、髪の毛も終わったわよ。どうかしら?」
ヨウコは手鏡をゴロウに渡し確認してもらう。
「おお! 流石だ、艶が出てきれいに整っている! やはり自分がやるのとでは大違いだな。」
「褒めすぎよ。ゴロウが自分で結ったのだってきれいにできているわよ?」
「そんなことはない。やはり、俺にはお前が必要なんだ…。」
「髪結い係として?(笑)」
「違う! 違わなくもないが…そうではなくて…だな、なんというか…」
「冗談よ。で、高松へはいつ行くの?」
「支度ができたらすぐにでも。」
「ずいぶん急ね…寂しいな。」
「う、すまない。さっと行って、さっと帰ってきたい。いやそれじゃだめか、何のために行くのか考えねばならぬのに。」
「リラックスよ、ゴロウ。四国遍路でもしてきたら? 何かつかめるかもしれないわよ?」
「そうだな、歩いては流石に無理だが車でなら、あるいは…。」
「まだあれ乗ってるの? ベレット1600GT。」
「いや、ヨウコがいない間に機嫌が悪くなって、今はお蔵入りだ。今はスカイラインGTだ。きれいな青がヨウコも気に入るだろうと思って…その…だめだったか?」
「だめじゃないけど…スカイラインGTって言った今? またレジェンドに手を出したの?」
「あ、アラサカの力を持ってすれば、安いものだ…たぶん…。デッドストックではあるがプリント技術でがわはどうとでもなるからな。細部のディテールまでこだわったものだが、中は最新式だ。あ、もう少し普通の車が良かったのか? しまったな…聞いてからにするべきだったか。」
「ゴロウ…私はあんまり車には詳しくないけど、スカイラインは素敵よね。ベレットはなおさないの? もったいない。」
「そ、そうか。あれ、ヨウコは気に入ってたもんな。また手入れして乗れるようにするか。」
「私も手伝うから、高松から帰ったら一緒にやろう?」
「そ、そうだな。また一緒に整備するか。」
ふとドアの方を見てみると、オダが様子を窺っていた。
「外まで丸聞こえだよ、お二人さん。」
「ああ、すまない。うるさかったか。」
「まあ、タケムラサンがうるさいのはいつものことなので気にしてはいませんが…。それより、ヴァレリーの朝食と、あと今日買い物行くのか確認にきたんだけど…タケムラサン、高松の準備どうぞ。」
サンダユウはご退出くださいとジェスチャーをした。
「ああ、そうだな。オダ後は頼んだ。ヨウコでは行ってくる。」
「分かったわ。気をつけてね。あ、ゴロウ。ちょっと待って。こっち見てしゃがんでくれる?」
「ん、なんだ? 何かついているか?」
ヨウコはしゃがんだゴロウを確認すると素早く唇に口づけをした。
「「な!」」
ゴロウとサンダユウは同時に目を見開き驚いた。
「そんなに驚くこと? こんななりになっちゃったけど、一応恋人同士なのよ? 口づけぐらいしてもいいじゃない。次いつ会えるかも分からないのよ? みんな人の気も知らないで勝手に決めちゃうし…。寂しいのは私だって…。」
「ヨウコ、すまん。我慢ばかりさせてしまっているな。」
涙ぐむヨウコをそっと抱き寄せるゴロウ。
「またすぐ会えるわよね?」
「ああ、すぐ会えるさ。戦争に行くわけじゃないしな。」
お互いどちらかということもなく、再び優しい口づけをし、ゴロウはその場を去った。
タケムラが高松に発ち、静寂が訪れて1か月。
メンテナンスからセバスチャンが戻ってきたこと以外、特筆すべきことは何もなく、ただひたすらに平々凡々な日常を送っていた。「平和なことは良きことかな。殺伐としていた防諜部が懐かしいわ。」
タイゾウに勧められ、安眠用にと購入したサモエドのぬいぐるみと戯れながらヴァレリーは暇を持て余していた。
「なぜこの世には犬がいないのかしら。今の私ならサモエドはもちろん、セントバーナード、グレートピレニーズ、オールドイングリッシュシープドッグ…あらゆるモフモフ犬の背中に乗るチャンスなのに。猫ちゃんもかわいいけれど乗れないものね、はあ。なまじ本物の犬を知る世代だけに切ないわぁ。」
「犬でございますか。私は本物を存じ上げませんがそんなに良いものですか?」
「人によるんじゃないかしら。私はシェパードやマスティフの改良型軍用犬とも一緒に戦地に行ってたことがあるからね。犬型ロボにその地位を取って代わられて今じゃ犬はみんなロボ。感情表現やさわり心地を再現されてると言っても、味気ないわよね。」
「気持ちの問題というやつでございましょうか?」
「そうね、そういうものかもね。」
「なるほど、勉強になります。しかし、ここ数日、V様はため息が多ございますな。お寂しいのではございませんか? タケムラ様の髪の毛を結う練習も日ごと増えていらっしゃるようですし。」
ヴァレリーは実はあんまり器用ではなく、ゴロウに隠れて毎日練習していた。体が変わっても習慣は変わらず、最近はタケムラの生首…もとい、モデルウィッグを用意して、毎日、ほどいては結いほどいては結い…。
「寂しいのもあるけど、この体じゃ稽古もたくさんできないし、本もあらかた読んでしまったし。暗部の仕事はまださせてもらえないんじゃやることなんてないわよ。時間をかけてやろうと思ったハーブ園はセバスがやりたいと言うから譲ってしまったしね。今の私ができることはモフモフとゴロゴロするか、髪の毛の練習ぐらい。」
「ハナコ様に旅の許可を取って参りましょうか?」
「え?」
「そろそろ、タケムラ様も大丈夫ではないでしょうか? ワタクシとオダ様と三人でサプライズなんていかがでしょうか?」
「セバスチャン…。」
セバスチャンほど、人の気持ちを汲むのが上手く、人と人との潤滑剤になれる者は、はたしているだろうか。やはりあの時、共に行こうと手を取ったのは正しかったのだとヴァレリーは思うのだった。
明くる日、ヴァレリー、サンダユウ、セバスチャンの三人はアラサカAVに乗っていた。
「まさか、高松までAVで行くことになろうとは…。というか、なぜ俺まで…。」
「しょうがないでしょ。ハナコ姉様のご命令なんだから。私は別にいいってちゃんと言ったからね。」
「突っ込み不在じゃ、絶対何か起こるからな。しょうがない、か…。」
「オダ様オダ様、ワタクシは電車というものに興味がございましたので、そちらにも乗ってみたかったのですが、V様のお体を考えれば、こちらが良いですね。」
「言ってるそばから、セバスチャンはたまに知識欲が勝ると周りが見えなくなるから気をつけるんだぞ。」
「申し訳ございません。日本に来るときもくじらの中でしたし、着いてからはずっとサブロウ様のお屋敷の中でしたので、日本というものに触れるのは今日が初でございますので、少々興奮しております。」
「私がもう少し大きくなったら、セバスをあちこち連れて行ってあげるわね。電車にも乗りましょう。貴方にはまだまだ見てもらいたい日本があるもの。」
「V様、ありがとうございます。楽しみでございますね。」
しばらく外の景色を楽しんでいると、高松駅が見えてきた。AV駐車場に降り、三人は外に出る。
「空気が違うわね。」
「だな。不快な匂いがない。」
荷物を下ろすとAVは最寄りのアラサカ支社へと戻っていった。残る三人は宿泊先の旅館を目指す。当初はタケムラが宿泊する場所へ泊まってサプライズを決行する予定だったが、密かにつけさせていた暗部の人間からの報告では、どうやらタケムラは別荘建設地の一角にテントを張って野宿しているとのこと。アラサカ私有地にあるので襲ってくるような馬鹿はいないがこの振り切れ方はハナコのみならず報告を聞いたサブロウまで失笑させた。
毎日テントをたたみ、朝稽古を終えると遍路へと出かける。車は時々、なるべく歩いてまわる。身だしなみにも気を遣うようにし、日帰り浴場で風呂に入ったあとはうどんを食す。夕方には戻りテントを張る。これの繰り返しだ。
「さて、どういう感じにサプライズする?」
「タケムラ様は明日、山田屋という店へご予約されました。その予約をこちらにてこっそり四人に変更させていただきました。そこで合流し、うどんを食したあと別荘建設地へ向かい、その後お帰りになるというのはいかがでしょうか。」
「なんかほぼすべてセバスに決められてる…。観光できないのか、がっくり。」
「サンちゃんだけ観光してきてもいいよ?」
「やだよ。なんで一人で観光しなきゃいけないんだ!」
「それもそうね。じゃあとりあえずチェックインして近くのうどん街に行こうよ。」
「タケムラ様は本日こちら近辺にはいらっしゃりませんので安心して観光をお楽しみください。」
「よし、じゃあ俺は武蔵野うどんを食う。」
「私は吉田、水沢…うーん、悩む。」
「うどん県外ではもはやうどんは娯楽品でございますからね。食べ歩きは贅沢でございますね。」
「そうね、サブロウ様が『アラサカ日本食保全事業』として絶滅しかけていた全国のうどんを香川県に集めてくださったおかげでこうして今もちゃんとしたうどんが食べられるのだものね。」
「日本食保全事業で日本食を救い、各地がそれを守ってくれているおかげで、うどん以外もしっかり残せているしな。サブロウ様のおかげではあるが、うどんに限って言えばうどん愛のある国民と県の結束のたまものだ。」
「そうね。企業戦争のせいで一時はどうなるかと思ったけど、高松を中心に国民が一体となって職人保護に動いたときは胸が熱くなったわ。アラサカはそれに手を差し伸べただけだけど。ナイトシティで日本からの補給物資が来るまで、合成日本食を食べざる得ない日々は体が味を覚えてるせいで地獄だったわ。」
しばし、うどんに想いをはせる。
三人は宿へチェックインし、うどん街へと赴く。三人で別々のうどんを頼み、うどんを堪能したら温泉だ! と、わいわいガヤガヤしていたらあっという間に作戦決行の日となった。
「すがすがしい朝ね。悪夢も見ず久々によく眠れたわ。温泉はやっぱり最高ね!」
「おはよう、ヴァレリー。よく眠れたようで、ふあぁ~。」
「寝不足?」
「セバスが興奮してて、質問攻めにされてた。あいつ寝なくても平気なの忘れてて、話し込んでしまった。」
「あはは、私も最初の頃、よくやらかしてたよ。セバスの好奇心は幼児と同じだからね。」
「おはようございます、V様。申し訳ございません。初めて見るものに少々興奮してしまい、オダ様にご迷惑をおかけ…」
「あー大丈夫大丈夫。これぐらいは。毎日だと流石に困るけど(笑)」
寝ぼけ眼のサンダユウ、まだ話したりなさそうなセバスチャンを連れて、宿をチェックアウト。三人はサプライズのため山田屋へと向かうのだった。
「うわ~緊張してきた!」
「お前でも緊張するんだな。」
「私だって人間よ! 緊張ぐらいするわよ 普段は全くしないけどっ!」
「V様、緊張したときは手のひらにこう……」
「だれ? セバスに変なこと教えたのは!」
「オダ様が人間はこうすると……」
「サ・ン・ダ・ユ・ウ! 変なこと教えないでよ、もう!」
「人間くさくていいじゃないか。俺は緊張したらどうするか聞かれたから、世間一般で誰もが知ってるやつを教えたまでだよ。」
「そんなことしないくせに。あんたの方が緊張しないでしょう?」
「生まれてこの方したことないな。」
「ほら! もう!!」
「あ、V様。タケムラ様のお車が参りました!」
「やば、サンダユウ静かに」
「おれ? お前だろ…。」
「お二人ともお静かに。来ました、今でございます!」
「ゴロウ~! 来ちゃった」
俺の目の前に突然幼女が飛び込んできた。と思ったらヨウコだった。
「うおっ。よ、ヨウコ なぜここに? オダにセバスまで…。」
完全に不意打ちを食らい、目を白黒させるタケムラ。
「ゴロウ、報告では身だしなみに気をつけてるってあったけど…そうには見えないわね…。」
「う、今日はその…山田屋でうどんと思ったらなかなか寝付けず、朝もうっかりしてて…。」
「心の乱れは?」
「身だしなみに現れる…ぐうぅ…。」
「とりあえず、予約の時間もあるから中に入りましょ? 身だしなみはその後ね…。まったく、私がいないとゴロウはだめね。」
「メンボクナイ。」
「どこか嬉しそうなヴァレリーであった。」
「ちょっと、勝手にナレーションつけないでよ! サンダユウ!」
「お二人とも嬉しそうでございますな! サプライズ成功! でございますな!」
「サプライズ…だったのか。」
「セバスも嬉しそうで。」
「オダ様は嬉しくないのですか?」
「複雑だよ! あーもう、うどん食うぞー!」
日本らしい趣ある建物の座敷で食すうどん。
これもまた、サブロウが守りたかったものの一つである。
「はあ、お腹いっぱい。しかし、本当に素晴らしい建物よね。」
「あぁ、サブロウ様に連れてきていただいた時、俺は感動してうどんの味が分からなかったよ。」
「私はサブロウ様とイサロクお爺様と来たのよ。ここだけの話、サブロウ様は蕎麦派でね。お爺様がお前はうどんを知らない! ってここに連れてきたのよ。サブロウ様が美味いって言ったとき、お爺様、満面の笑みだったわ。あれが最後の遠出だったなぁ。」
「では、ここがあるのもイサロク殿のおかげなのかもしれないな。」
「そうねえ…そうかもしれないわね。」
「オダ様! あちらのあの棚は珍しいものですね! なんとも趣のある。やや! あちらにも…」
「セバス少し落ち着こう。な。俺はもう疲れたよ。」
各々が山田屋を堪能した後、タケムラの車で別荘建設地へ向かう。
「うーん、スカイラインGT。やばいわ、これは素敵。スカイライン伝説の始まりの車を復刻するなんて、やばすぎるわ。2000GTにしないあたりが。」
「気に入ってくれたか?」
「もちろん。あとは運転するゴロウの姿が完璧なら…。」
「あまり責めないでくれ…。」
「冗談よ。逆に新鮮だわ。風になびくゴロウの髪の毛。無精ひげ。」
「一応、清潔にはしていたぞ。こんな、見た目だが。」
「そうね、臭くはないわね。」
「あまり匂いをかがないでくれ、なんだか照れる。…さて、ここのゲートからアラサカ私有地だ。」
「ここが。すごいですね、景色がまた。サブロウ様好みのような気がいたします。」
「ここら辺は俺も来たな。企業戦争で地形が変わってしまったあたりだな。住んでた人たちは戦争前に他の地区へ避難してもらってたから、地元の被害は土地と建物で。終戦後に植林したんだった。」
「オダはそうか、四国戦に参戦していたか。文字通り死国になりかけていたが盛り返したのも、もしかしてオダの部隊のおかげか?」
「あの時は先代か? 確かヴァレリーもいたはずだが。」
「あの頃は大変だったねえ。といっても歴代戦闘力ナンバーワンの時だったはず。」
「V様は昔も今もお強いんですねえ。」
「まあ、そういうヒトクローンだからね。あの時代は並みの戦闘力じゃ生き残れなかったよ。」
「まあ、あの時代のことはおいといて、この地に別荘を建てたということはタケムラサンに通じる何かがあったってことだな。」
「なのかもな。」
タケムラは別荘を建てる際に高松以外にもいろんな候補地をまわっていた。その土地の話を聞いてまわり、そのときの心境が自分の今回の生死を分かつ戦いに似ていたこともあり、この地を選んだのだった。
別荘建設地の一角、タケムラの宿泊場所にはテントとキャンプ用品が置かれていた。
「ここで寝泊まりしてたのね…。」
「ああ、ここで寝起きしていた。身だしなみを整えてくる。」
「荷物はどうするの? 車で帰るのなら全部載りきらないんじゃないの?」
「V様、ご安心ください。こんなこともあろうかと、輸送車をご用意しております。まもなく到着する頃かと。」
「流石執事。ぬかりなし。」
「お褒めいただき光栄でございます。オダ様」
程なくして輸送車が到着。タケムラが身支度してる間にすべて積み込みが終了した。
「あ、悪いな。全部やってもらって。」
「いいのよ、早く帰りたいもの。」
「ヨウコ…。こうしてまたお前と旅ができて良かった。もしあの時、判断を違えていたら、こうして旅をすることはおろか、一緒にいなかったかもしれないと思うとぞっとする。俺は深い悲しみの中で…いや、俺ははたして生きていただろうか。」
「もしも、を言ったらきりがないわ。人生は選択の連続よ? でも、今こうしてゴロウやサンダユウ、そしてセバスと一緒にいること。それがすべてじゃないかしら?」
「そうだな、ヨウコ。生きていてくれてありがとう。」
「ゴロウこそ、ありがと。」
なんとなく見つめ合う二人。
「はいはい、ご両人。いい雰囲気なところ悪いんだけどそろそろ帰るよ。」
「ちっオダめ。空気を読め、空気を。」
「空気読んだら、見た目犯罪なことするでしょ。大体ヴァレリーはロリババ……」
「誰がロリババアだ! サ・ン・ダ・ユ・ウ」
「わーババアが怒った-!」
「こら、待て。ジジイ(笑)」
「無理するとタイゾウさんに怒られるぞ!」
「無理してない!」
「微笑ましいですね。この体になって本当に良かった。タケムラ様、帰路はワタクシが運転いたしますので、お二人は後部座席にておくつろぎください。オダ様は助手席に座っていただきますので。日本についてまだ話したりない……いや、これは蛇足でございますな。」
「セバスチャン、二人のあの目で追いきれない追いかけっこを前にしても平気でいられるその心胆。見習いたいものだ。そして、ありがとう。」
「お礼は不要でございますよ。ワタクシの幸せはV様が笑顔でいてくださることでございますからね。」
かくして、一行は一路高松を後にし、アラサカ本邸へと戻るのだった。道中は大変賑やかだったそうだ。
そして、タケムラはヴァレリーが成体になるまで、持ちこたえられる精神が身についたかどうかは神のみぞ知る。
これにて閉幕。
---------あとがき
この番外がおそらくすべての発端でした。
もともと、悪魔エンディングでタケムラが「高松」「うどんでも」とVに話していたのが頭に残り、タケムラとうどんタケムラとうどんっていう妄想から生まれたのがこの番外でした。
そのために本編も当初はただVとタケムラが最終的に高松でうどんを食べる話で終わるための話で、どうせならオダと同期にしよう!と書き始めたのですが……書いてくうちに設定に欲が出てきて、気がつけば本編がえらいややこしいことになってしまったため、どうやったらうどんを食べに行けるのか、試行錯誤した結果がこの番外編というわけです。
本編も今読み返すと、悪魔エンディングしか終わらせてないための内容だなという感じもしています。全エンディングを終わらせたとき、サイバーパンクの世界は全く違うものに見えている気がします。まあ、妄想小説ですので大目に見ていただければ幸いです。
最後まで、妄想全開のタケムラいじりにお付き合いいただきありがとうございました。
Twitter上では新たな3人のVがわちゃわちゃしていますが、それを小説にはおそらくしないと思います。
また、何か浮かんだら、その時は、ということで。
作中の山田屋さんは私が好きな「うどん本陣 山田家」さんがモデルです。趣のある素敵なお店ですのでぜひ足を運んでいただきたいなと思います。