リップクリームの仕上げ 薄く皮が剥けている唇が視界に入り、つい声をかける。
「リップクリーム、持ってないのか?」
「ピョン?」
首を傾げながら唇を指で触る深津を見ていると、薄く剥けているのが気になるのか、深津は指先で皮の感触を確かめるように、つまんで引っ張っていた。「おい、いじるな。唇から血が出るぞ…」と言いながら、腕を掴み唇から離す。
「めんどくさくて、最近塗ってなかったピョン」
「毎年、この時期になると言ってないか?」
「気のせいだピョン」
はぐらかそうとする深津に諦め、「……まあ、最近乾燥が酷かったからな」と返事をする。
「で、リップクリームは?」
「寮室に置いてあるピョン」
「どうせ、放置して使ってないんだろ?」
「……ピョン」
小さく溜息を吐きながら、ポケットからお目当ての物を取り出す。「深津、両手を横に、気を付け」「ピョン」素直に指示通り、気を付けの姿勢をする深津に思わず、ふふっと笑みが溢れる。
リップクリームのスティックをくり出し、顎に指を添え、動かないように固定する。分厚い唇に押し当てると、塗りやすい様に薄く開けてくれた。
(今更ながら、なんで塗ってやっているんだ…自分でやらせれば良かったな。……少しドキドキする)と考えながら、平常時より心臓の鼓動が早くなっていることを自覚しながら、深津の唇に3往復、リップクリームを多めに塗りたくった。先程よりも潤った唇から視線を外し、「…はい。終わったぞ」とリップクリームの蓋をしながら告げる。
「松本……仕上げは?」
「は?仕上げ……??」
そう答えると、首の後ろに腕を回され、むちゅっと唇を押し当てられた。思わず驚いてリップクリームが手のひらから床に落ちる。カツンと音が聞こえ、少ししてから目の前の深津は離れていく。
「間接キスだけじゃ足りないピョン」
「…………せっかく塗ってやったのに、意味がなくなるだろ」
照れ隠しにもならないと分かりつつ、深津の唇を指で摘み、むぎゅっと突き出させる。
「嗚呼、くそっ……おい、深津ニヤけんな!」
ニヤけた顔をする深津に思わずデコピンをして、(甘やかすのは心臓に良くないな…もう塗ってやらねぇ)と行動を改めようと考えるのだった。