俺だってたまには…。「なぁ、椿」
「どうした、二条?」
「……明後日って、何か用事あんのか?」
「いや、特にはないが…急にどうした?」
「良かったら……どこか出掛けねぇか?」
ある日の帰り道。柄にもなく俺から椿にどこか出掛けないかと誘った。
何でかって…?そんなん俺にも分かんねぇよ。何となく…椿を誘って、椿とどこか出掛けてぇ、そう思っただけだ。
「あぁ、それは構わない。それにしても…二条から誘ってくるなんて、珍しいな…」
「うっせぇな…悪ぃかよ?」
「いや、そんなことはない。むしろ嬉しい。明後日は何時にどこに行けばいいんだ?」
「そうかよ……。11時に、いつものところでいいだろ」
「分かった。明後日、楽しみにしてる。またな、二条」
そう言ってその日は駅で分かれ、それぞれ帰路へとついた。
迎えた当日。俺は待ち合わせの時間より30分も早く着いていた。
何だかソワソワして落ち着かなくて、早くにシェアハウスを出た結果がこれだ。
(柄にもねぇことしちまったからか…?俺らしくもねぇ……)
椿が来る時間まで、自販機で買った飲み物を飲みながら、近くのベンチに座って音楽を聴いて待つことにした。
そうしているうちに時間が経ち、そろそろ椿がやってくる時間が近付いてきた。
俺はイヤホンを外すとベンチから立ち上がり、改札の前へと移動した。
それから間もなくして、椿が改札を抜けて俺の前へとやってきた。
「二条、もう着いていたんだな。待たせてすまない」
「別に、謝ることねぇだろ。ちょっと早くついただけだっての」
「そうか。ところで、今日はどこに行くんだ?」
「…決めてねぇ」
「ん?」
「とにかく…お前とどこかに出掛けたかったから、そこまで決めてねぇんだよ……」
恥ずかしくなり、椿から視線を逸らす。
しばらくの間、俺と椿の間に沈黙が流れる。
「…じゃあ、東京観光はどうだ?」
「東京観光……?」
「東京には観光地も多い。たまにはそういうのも悪くないんじゃないかと思ってな。二条は気になる場所とかあるか?」
「……じゃあ、スカイツリー、見てみてぇ…かも…」
「スカイツリーだな。分かった、じゃあ向かうぞ」
「おぅ……」
東京に来て、観光なんてするような状況でもなかったし、俺自身、観光なんて考えもしてなかった。行く相手もいねぇし、観光客が集まるような場所に行くのは面倒だ。
でも、椿となら…それも悪くねぇ気がする…。
期待を胸に、椿とスカイツリーへ向かう電車へと乗り込んだ。
電車に揺られ、数十分後。今の俺の目の前には真っ青な空をバックにそびえ立つスカイツリー。それを見上げながら、想像以上の大きさにただただ驚く。
「デカイな」
「あぁ…すげぇな……」
2人して上を向いてスカイツリーを眺める。
「近くに商業施設もあるな。とりあえず、昼でも食べよう」
「あぁ」
俺たちは近くの商業施設へ入り、フードコートで昼を済ませた。
「……あのさ、椿」
「何だ?」
「スカイツリーの、展望デッキに…行ってみてぇんだけど……いいか……?」
「あぁ、もちろんだ。二条が行きたい場所へ行こう」
「……ありがと、な…」
返事代わりにか、俺を見ながら椿は柔らかく微笑む。
「……ほんと、その顔、ずりぃんだよ」
「……何か言ったか?」
「何もねぇよ……。ほら、さっさと行こうぜ」
先程の言葉を誤魔化すように、俺は早足でフードコートを出た。
チケットカウンターへ着き、それぞれチケットを買った俺達は、展望デッキへ向かうエレベーターに乗った。
エレベーターが止まり、ドアが開く。出た先で見えた景色に俺は再び驚く。
「高校の頃にも一度来たが、やっぱり景色はすごいな…」
横で椿が何か言っているようだが、俺は景色に見入ってるせいで何も入ってこない。
普段見る高いビルも、ここから見るとまるでおもちゃのように小さく見える。
「二条?二条!」
「うわぁっ…な…何だよ急に……」
「返事がないから心配でな…どうだ?」
「すげぇな…下から眺めるこのスカイツリーにもびっくりしたけどよ、ここから見る東京の眺めも…ほんとにすげぇ……」
「そうか。二条が満足そうで安心した」
「お前に言われなきゃ…観光なんてしてなかっただろうな…」
椿が「東京観光はどうだ?」って提案してなかったら、この場に来れてなかったし、この景色は見れなかった。
俺は椿との距離を詰めると、椿の左腕に寄りかかる。
「二条…?」
「ありがとな、ここに、連れてきてくれて…」
「……珍しいこともあるもんだな」
「うるせぇ。たまには…俺だってこういうこと言うんだよ…」
しばらくの間、この状態のまま、椿と2人で景色を眺めた。
それからお土産を買ったり、カフェに入って休憩したりして過ごしているうちに、気がつけば日が沈み始めていた。
時間が経つのはあっという間なんだなと実感する。
「椿、さっきはありがとな。コレ…俺の分も買ってくれて…」
そう言った俺が今手に持っているのは、さっきお土産ショップで買ったスカイツリーのデザインのストラップ。椿も同じものをさっき買った。
せっかくだから、何か記念になるものが、椿と何かお揃いのものが、欲しかった。
それで、椿にも言って、2人で見ながら決めて買ったのがコレだ。しかも、椿が俺のも一緒に買ってくれた。
「何つーか…嬉しかった……」
「あぁ。俺も二条と何かお揃いのものが欲しいと思っていたからな…気にするな」
「……そ…う…かよ…」
椿からの思いもよらない言葉に、思わず言葉が詰まる。
まさか…椿も同じこと思ってたなんてな…。
せっかくだから、学校のカバンにでもコレを付けるか、キーホルダーを眺めながらそう考えていた時。
「二条。アレを見てみろ」
「……あっ」
椿に言われ、見てみると、スカイツリーが綺麗な水色にライトアップされていた。
「あの色、二条みたいだな」
「……は?」
「二条の髪色みたいだ」
「俺のと…一緒にすんなよ…」
あんな綺麗な水色が、俺の髪色なんかと一緒なわけないだろ…。
「何でだ?綺麗な水色だろ?二条の髪色だって」
「お前……よくそんなことサラッと言えるな……」
「俺は思ってることを正直に言ってるだけだ」
「ほんっと……お前のそういうところ、すげぇな……」
俺には到底真似出来ねぇ…する気もねぇけどな。
椿の横顔を眺めながら、俺は右手を伸ばし、椿の左手を握る。
「二条、どうした?」
「しばらく…こうしてても、いいか?ライトアップも、もう少し見てぇんだ…」
「あぁ、もちろんだ。今日の二条は、随分素直だな」
「俺だって…たまには…な……」
「いつもこうやって、素直に甘えてくれても俺は問題ないぞ」
「ははっ…気が向いたらな」
そう言って椿と見つめ合い、2人で笑い合った。