サムシングフォー「このパワーリストもそろそろ限界かな」
「最早、板は入れておらんが、中学の時からだからな」
試合前のロッカールームで、幸村も真田も互いの腕に残るリストバンドを見て、目を細めた。
「懐かしいな、真田も持って来てたんだ?」
「何となくな」
そう言って不敵に笑う真田に、幸村はほんわりと笑って返した。
さすがにずっと使っていたら痛んでしまうからプロになってからはここぞという試合の時だけ付けていた。それは真田もまた同じだということを幸村は知っている。
「ユニフォームはさすがに新調したんだね」
「久方ぶりのダブルスだ、当然だろう」
「あはっ!さすが真田。気合い充分だな!」
そう、今日は、年明け早々から、南半球まで来てダブルスを組んでエントリーしている、その初戦だった。ひょんなことから実現した何年ぶりかのペア結成は、童心、そして中学の頃を思い出させた。
そのせいもあったと思う。
幸村はスポンサーにお願いして、この大会の為にウェアを新調してもらった。あの頃と同じ辛子色とまではいかなかったが、かなり近い太陽の下で輝く果物のような色に黒と白と赤のラインがデザインされている。
「ま、せっかくだからお揃いが着たいところだったけどねー」
「色違いだから揃いのようなものだろう?」
見ると真田の方は、黒地に橙と白と赤でまさかの色違いだった。示し合わせたつもりもないのに、スポンサーも中々、粋なことをしてくれるではないか。幸村は上機嫌である。
粋といえば、
「そう言えばこれ」
「タオルか」
幸村は自分のラケットバッグから一つ取り出して真田に渡した。
「この間、借りてたやつ、洗濯したから」
だが真田はそれを受け取らず、
「そのまま持っておけ」
と幸村の手に握り直させた。
「え?」
「俺もお前から借りたタオルを持ってきたんだが、さっき予備と間違えてうっかり使ってしまったのだ。お前がそれを使うといい」
「そっか、じゃあもう少しの間借りておくね」
「うむ」
粋、という言葉が似合うデザインに加えて吸水性が高く、2人ともが気に入ってる同じメーカーのタオルだった。だから、刺繍でしか区別がつかない。せめて色違いにでもしておけばお互い試合前に気付いたのかもしれないが。
昔から使っているリストバンドに
新しいユニフォーム
借りたタオルかー
そう、何の気もなしに幸村が思ったその時
頭の中によぎったのは
それを身につける?
あれ?
「そう言えば俺たちどっちもラケットにブルーが入ってたよね?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「え?あっ!あはっ嘘だろこんなことって!あるんだ!ははっ!」
不意に幸村の頭の中で揃った4つのワード。
そんなことなど知るはずもない真田は、幸村が突然くしゃりという擬音が背景に出そうな勢いで、顔の筋肉の全てをフニャフニャに緩めたことしかわからず、面食らって声のトーンを3段くらい上げてしまった。
「どうした!!そんなにおかしなことがあったか!?」
なおも顔をクシャクシャにして笑っている幸村を、真田の方は眉間に皺を増やして不思議そうに見ている。わけがわからなかった。
「いやさ、何だかサムシングフォーみたいだなって思って」
「何だそれは」
そして、自分のツボにハマってしまったこの状況を端的に説明したはずが、全く通じていない、真田のその予想通りともいえる反応に、幸村はさらに大笑いが止まらなくなった。
試合前に笑いの呪いにかかったかのように身体をくに曲げて震える相棒に、真田はどうしたものか、とますます眉間のシワを濃くして腕を組む。
「そっかー真田はサムシングフォーなんか知らないよね」
笑いすぎて涙が出てきた幸村が真田を見ていたずらっぽく目を輝かせた。
「何だそれは、ニヤニヤしていないで教えんか!」
「あ、もう式、じゃなかった、試合始まるよ、真田、話はまたあとでね」
「幸村!」
真田のリクエストには答えず、幸村はいつになく満面の笑みを浮かべながら、歩いていく。
こうなったら、自分が何を言っても無駄なことは分かっているから真田は口を真一文字に結んで、眉間の皺を寄せつつも、早足で後を追う。
一回でも長く戦う為には2人で協力して、上へ上へと這い上がらなくてはいけないのに、こんなところで余計な言い争いをしている場合ではない。
歴代優勝選手や地元選手の姿が並ぶ通路を抜けた先には、至近距離にいるはずの人間の声をかき消すかのような大歓声。
そして、冴え渡るような昼の空を地上に反転させたかのような青のハードコートが待っているのだから。
.2024.6.23
ちなみに、今回のwebオンリー副主催であるAOさんのアンソロにこれと関連のある話を寄稿させていただいてます。
素敵な真幸がいっぱいな本ですよー!