ぜんねずの結婚式で時間を貰った炭治郎の話　――それでは、新婦の兄よりご来席の皆様方へお礼の言葉を述べさせていただきます。
（と、進行役が告げる。新郎はそっと立ち上がり、彼のすぐ左手にある席に置かれた砂時計をくるりとひっくり返す。無人の膳で砂が落ち始め、彼は静かに席へ戻り耳をすませる）

　ただいまご紹介に預かりました、新婦の兄、竈門炭治郎です。我妻家、竈門家を代表し、誠に僭越ながら、ひとことご挨拶を申し上げます。
　本日はこのような山奥にもかかわらず多くの皆様にご臨席を賜り、誠にありがとうございました。ご来賓の皆様からいただいたあたたかいお言葉は、この先を生きる二人にとって何よりもありがたいしるべとなることでしょう。改めまして、心より御礼申し上げます。
（さらさらと砂が落ちる。その音を聞くのは、新郎と銀髪の美丈夫のみ）
　禰󠄀豆子と私は、家族とともにこの山で生まれ育ちました。禰󠄀豆子は幼い頃から長女として父母や私たち兄弟を支え、時に叱ってくれた強く聡明な自慢の妹です。
　善逸は、私たち兄妹が困難に見舞われ霧中をさまよう中、雷光のように現れました。善逸の飾らない言葉と人も鬼も隔たりなく接する態度に、私と妹がどれだけ救われたか知れません。
　我が人生の幸いたる二人がこうして結ばれ、きょうという喜ばしい日を迎えられたことを、とても嬉しく思います。
（砂は落ち続ける。日の光が柔らかく部屋に差す。新婦の瞳はうるみ、それに気づいた新郎がハンカチをそっと差し出す）

　私は、今このような場でお話しできるような者ではありませんが、新郎の心づくしによってこうしてこの場に立たせていただいています。
　善逸は、妹の晴れ姿を見たいと願った私の心を拾い上げ、さらにはこのようなめでたい席に俺のための時間を作ってくれる男です。
　禰󠄀豆子は、そんな俺と善逸を許し、支えてくれる娘です。
　このふたりは、俺の一等たいせつな、かけがえのない宝物なのです。
　どうか、どうか皆様。俺の宝物たちをよろしくお願いします。
（竈門炭治郎が頭を下げた拍子に目元からこぼれた雫が畳に落ちる。新郎がはたと目を見開き、わななく唇から声にならない声を発す）

　このような狭い家での不慣れな宴席は、不行き届きの面も多々あったと思いますが、何卒お許し願います。
　結びに、皆様のご健闘とこ多幸をお祈り申し上げ、両家代表の挨拶と代えさせていただきます。
　本日は、誠にありがとうございました。
（砂時計の最後の一粒が蜂の腰を通り小さな砂山へ落ちる。無音の時間が終わったその刹那、深々と頭を下げた竈門炭治郎の顔を上げる様が列席した人々の眼に象を結び、そして消えた）