寝る前のお話 よし、ちゃんと肩までお布団に入ったな。それじゃあ寝る前のお話をはじめるよ。――むかーしむかし、あるところに、善逸という男の子がいました。
「おれだ!」
そうだよ。――善逸はやさしい子でしたが、とても貧乏でした。
「おれ、ビンボーなの? ねえ、たんじろはどこにいるの?」
お話の中に俺はいないよ。
「やだ! たんじろいないのやだあ!」
善逸、これはお話だから……。
「おはなしでもいやなの!」
わかった、わかったよ。それじゃあ、善逸はお話の中でも俺といっしょにいることにしような。
「ん……」
よし、続けるぞ。――善逸と炭治郎は毎日一生懸命働きましたが、なかなかお金を稼ぐことができません。ついに一文なしになってしまい、住んでいたおうちを追い出されてしまいました。
「おうちないのぉ!?」
そうだな。
「えぇ……たんじろいるならいいけどさあ」
よくないよ。お話の中も今日みたいに寒い日なんだぞ。
「たんじろといっしょならぬくいよ?」
うーん、まあ、そうだな。……おいで、もっとくっついていよう。
「うひひひ、たんじろ、めっちゃぬくいね。おはなしのおれたちもくっついてたらさむくないぜ」
ふふ、よかった。――善逸と炭治郎は寝る場所を探して町を歩きましたがちょうどいい場所はどこにもありませんでした。しかたなく町を出て森へ向かいます。眠るのによさそうなほら穴や木のウロがあるんじゃないかと思ったからです。いっぱい歩いた二人はいくつかよさそうな場所を見つけましたが、そこにはすでに森の動物たちが住んでいました。歩き疲れた二人は、見つけた切り株で休憩することにしました。「困ったなあ」「こまったねえ」と言いながら、たった一つ持っていたパンを半分こしたときです。「もしもし」と小さな声がしました。
「え、だれ?」
わたしはこのあたりに住んでいるウサギです。そう言って茂みから出てきたのは灰色のウサギでした。赤ちゃんウサギを抱っこしている、母さんウサギです。
「うさちゃん、どうしたの?」
母さんウサギは言いました。「おなかが空いてお乳が出ないんです。このままだと子どもが死んでしまいます。どうかそのパンを分けてくれませんか」――善逸、どうする?
「あげる、あげるよ!」
そのパンは最後の一個だよ。ほんとうにウサギにあげていいんだな?
「おれ、おなかすいてるのがまんするから、はやくたべさせたげてよぉ」
――善逸がパンをあげると、母さんウサギは「ありがとうありがとう」とお礼を言いました。ウサギの親子がおうちに帰るのを見送った善逸と炭治郎のおなかがキュルルと鳴りました。
「え、たんじろのもあげちゃったの? だいじょうぶ?」
俺は大人だからな、おなかが空いてもがまんできるよ。――さて、休憩はおしまいです。二人が立ち上がると、また「もしもし」と声がしました。
「うさちゃん?」
いいえ、まるいお耳のタヌキのご夫婦でした。タヌキの旦那さんは言いました。「今日はすごく寒くて、凍えそうなんです。どうかあなた方の服をもらえませんか?」
「んー、いいよ」
いいのか? 善逸が凍えてしまうよ?
「たんじろがいるからあったかいもん」
……そうか、うん、そうだな。ふたりならあったかいもんな。――タヌキのご夫婦は善逸と炭治郎から服をもらい、喜んでおうちに帰りました。
あたりはだんだん暗くなってきました。善逸と炭治郎は手をつないで寝るところを探していると、ネズミの家族に出会いました。彼らもおうちがなくなって住む場所を探していたのです。父さんネズミが言いました。「よければお二人の靴をくださいませんか。私たち家族のおうちにぴったりなんです」
「いいよ」
二人は靴を脱いで草むらに置きました。ネズミの家族は大喜びですみんなしてぴょーんと靴の中に飛び込んだのを見守って、善逸と炭治郎はネズミの家族とさよならしました。
善逸と炭治郎が着ているものは、とうとうパンツ一枚になってしまいました。裸足で森の中を歩くと、足の裏がちくちく痛みます。ぴゅうと冷たい風が吹くと、寒くて体が震えてしまいます。
「たんじろ、おれのことだっこしていいよ」
うん?
「だっこしたらさ、おれもおまえもあったかいよ」
そうか、そういうことならしょうがないな。そら、抱っこしてやろう。
「やった!」
なんだ、足が冷たいじゃないか。かわいそうに、さすってやろうな。
「えひひ、くすぐったいよ、たんじろ」
がまんがまん。……どうだ、あったかくなったか?
「ん」
よし、それじゃあお話を続けるよ。――お空はもう真っ暗です。せめて風が避けられるところに行こうと、二人は木がたくさん生えているところへ歩きます。するとピイピイと二人を呼び止める声が上から聞こえました。
「とりさん?」
そうだよ。立ち止まって見上げると、木の上で小鳥の奥さんが泣いています。
「どうしたの?」
奥さんは言いました。「寒くてたまごをあたためられないんです。何か、布をお持ちではないですか?」
「パンツしかないよ」
そうだな。でもパンツでもきれいなところをちぎって敷き詰めたら、あったかくなる。
「ちんちんまるだしになっちゃうよ?」
それは、うん、そうだな……。
「……でも、たまごあっためられないの、ダメだよね。たんじろ、パンツあげてもおこらない?」
お話の中だけなら怒らないよ。暗いし森の中だから、裸ん坊でもひとには見られないし。善逸のパンツは小さいから、俺のパンツもいっしょに小鳥の奥さんにあげような。
「へへ、ふたりですっぽんぽんだね」
あははっ、そうだなあ。でも、こういうのはほんとにはやっちゃダメだからな。誰かからパンツをくれって言われたら、防犯ブザーを鳴らすんだぞ。
「はぁい!」
ん、いい子だ。――小鳥の奥さんにさよならした二人は、大きな木の下に座ってぎゅーっとくっつきました。お空を見上げるとお星様がキラキラ光っていました。「きれいだねえ」「そうだなあ」おなかがペコペコなことも、凍えるくらい寒いことも忘れて、二人はうっとりとお星さまを見上げます。するとどうでしょう、お星さまの光が銀貨になってキラキラとふたりに降り注いでくるではありませんか。体に触れた銀貨はあたたかい服に変わり、そのほかは銀貨のまま地面に落ちてチャリンと音を立てます。
「わあ、すごい!」
うん。善逸がいい子だったのをお星さまが見ていて、ごほうびをくれたんだよ。――お星さまがくれた銀貨は二人では持ちきれないくらいたくさんありました。銀貨を拾い集めた二人は、町に戻ってホテルに泊まり、おいしいごはんをおなかいっぱい食べて、あったかいお布団で眠りました。
「それから?」
二人は小さなおうちを買いました。お金にゆとりがあるうちにきちんと勉強もしたので、自分たちで十分なお金を稼ぐことができるようにもなりました。
善逸と炭治郎は小さなおうちでずーっと仲良く幸せに暮らしましたとさ。――めでたし、めでたし。
「よかったねえ」
そうだな。さあ、今日のお話はおしまいだ。おやすみ善逸。
「ん、おやすみたんじろ」
――よし、よく寝てるな。……あ、しまった。服を掴まれてる。これじゃあ布団から出られないぞ。指、ほどけるかな……。
「ん~……」
……ダメだ。しかたない、明日早起きしてなんとかしよう。