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    sasa98617179

    @sasa98617179

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    sasa98617179

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    にっちもさっちも行かなくなった炭善
    時間かけすぎた
    いつか練り直したい

    悪霊の話0. 夜の闇がいかに深かろうとも

     幼いころ、俺はよく泣く子だった。
     暗がりに怯え、目に見える範囲に家族がいないだけで泣いてしまっていたから、母にはとても苦労をかけたことだろう。
    「お兄ちゃんはものすごく寂しがり屋なのね」
     禰󠄀豆子がいつかそう言っていた。きっとそれは正しくて、小学校に入学してからはいくらかマシになったものの、俺は一人でいるのがとても、とても苦手だった。
     特に夜はひどかった。ただでさえ暗がりが怖いのに、家族がいない部屋で目を閉じるのは不安で胸が潰れるほどだった。俺はつい最近まで、与えられた自室での一人寝すらできなかったのだ。おかげで弟妹が増えて部屋いっぱいに布団を敷くようになってからも、家族の寝室は一つだった。
     小学生のころ、宿泊合宿や修学旅行は徹夜で通した。一泊二日だったからなんとかなった。
     中学では二泊三日。友だちに頼み込んで同じ布団で寝てもらった。そのときは明け方に少しだけ眠れてどうにか体調を崩さずにすんだ。

     長男だから耐えろと自らに言い聞かせても効果はなく、きっと一生このままなのだと半ば受け入れていた。将来設計も実家暮らしを続けることを前提に組んでいたくらいだ。
     それが変わったのは、我妻先輩に初めて会った日だ。
     校門のあたりにきらきらしたものがあるなあと思っていたら先輩の髪で、そうとわかってからも何となく目が離せなかった。視線に気づいた先輩がこちらを見やり、そうして俺は唐突に「見つけた」と思ったのだ。
     俺は先輩に詰め寄り、半ば無理やり友誼を結んだ。ぜったいに逃したくない。そんな、わけのわからない衝動に突き動かされた結果だ。

     なにを見つけたのかはよくわからない。

    ***

     その日の夜、俺は家族に「今日は一人で寝る」と宣言した。春なのに夕方からは雪が降り出していた。寒い夜は布団の中に一人でいるのも辛く、家族の誰かの布団に潜り込んでいたものだ。そんな俺を知っている家族からは驚きと心配を寄せられたが、俺は大丈夫だと笑ってみせた。根拠はなかったが自信はあった。
     自室に布団を敷き、明かりを消して床についた。目を閉じてゆっくりと息をして、雪の音を聞きながらまぶたの裏のきらきらしたものを眺めて。
     そうして次に気がついたときには日が昇っていた。目覚めは穏やかで、窓を開けるとキンと冷えた空気が頬を撫でる。
     お祝いに朝から母が揚げてくれたタラの芽の天ぷらの味は、きっと、ずっと忘れないだろう。

     毎朝校門に立つ先輩に挨拶し、一緒にお昼を食べて、一緒に帰った。先輩に会うたびに俺の中の何かは埋まり満たされていく。
     先輩にはもらってばかりだ。
     俺は、だから。
    1. 雷雨の日

     放課後になって急に降り出した雨は、図書室が閉まる時間が近づいてもなお降り続いていた。
     傘を忘れた我妻先輩と雨が上がるのを待っていたのだが、これはちょっと無理かもしれない。
     俺のカバンには大きめの折り畳み傘がある。妹弟といっしょに使うことを考えて買ったそれは俺と先輩の二人なら十分役目を果たしてくれるだろう。そう思って図書室に向かう背に提案してみたのが一時間ほど前で、くるりと振り返った先輩に「男との相合傘は最後の手段だ」と返されてしまったのはそのすぐ後だ。
     ――我妻先輩には申し訳ないが、最後の手段に頼ることになりそうだな。
    「雨、止まないな」
    「そうですね」
     ため息混じりの声にささやきを返した。
     小さな声を出すのは苦手だったが、我妻先輩と話すようになってからは少しうまくなったような気がする。高校入学の日に出会った先輩はとても耳が良くて、死角から名前を呼ぶとかわいそうなくらいびっくりするのだ。
    「あーあ、宿題やってたら少しはマシになるかと思ってたんだけどね。ごめんね竈門くん、こんな時間まで付き合わせてさ」
    「いえ、大丈夫です。今日は俺も店の手伝いがない日なので」
    「あ、そうなの? それならまっすぐ帰らなくてもいい?」
    「大丈夫ですが、どうしたんですか?」
    「ちょっと気になるスイーツのお店があってさ、一人で行くのは恥ずかしいから付き合っておくれよ」
     反射的に頷こうとして、ふと心配になる。先輩が誘ってくれるのは学生の財布に優しいところばかりだが、さて、財布の中身はどうだったろうか。
     ――ええと、うん。大丈夫だ。お札が何枚か入ってる。
     せっかくだから先輩と同じものを食べてみたい。違うものを頼んで半分こするのもいいだろう。
    「行きます!」
     緩んだ顔を自覚しながらそう返すと、先輩が嬉しそうに笑った。

     机の上を手早く片付け二人分の辞書を抱え本棚へもどす。辞書は奥まったところが定位置だ。レイアウトの都合だろうがすこし不便だと思う。そうしているうちに我妻先輩の帰り支度もすんだらしい。出入り口近くで待っていてくれる先輩からカバンを受け取り、連れ立って図書室を出た。
     稲光が空をよぎる。廊下の窓を突き抜けて目を焼くような光と、それからすこし遅れて轟く雷鳴。我妻先輩は眉をひそめて窓を見た。
    「うぅ……雷まで鳴ってきたな」
    「そうですね」
     眉間にシワがよるのが自分でもわかる。ごろごろと鳴り続けるそれから遠ざけたくて、俺の近くにいてほしくて、我妻先輩の手を引き窓から離れた。昔から雷に対しては言葉にできない蟠りがあったが、先輩が雷に打たれた話を聞いてから自分でもわかるほどにひどくなったと思う。
    「お前、雷に妙な対抗心あるよね」
    「雷そのものは好きなんですが、落ちてくるのはどうにも」
     苦手ではない。怖くもない。ただ、もやもやとした重苦しいなにかが腹のあたりにたまるのだ。
     先輩はすこし笑って、繋いだままの俺の手を揺らした。
    「帰ろうぜ。俺は傘がないから、入れてくれよな」
     遠くで雷がひかる。その閃光から先輩を隠すように、窓際に黒い靄が立っている。

    ***

     それは我妻先輩と初めて出会った時からずっと、彼の隣にあった。なんとなく人型をしていて、頭と思われるところに狐面が貼りついている。左耳の付け根に太陽の図柄があしらわれた狐面はどこかで見たことがあるような気がした。
     晴れの日も雨の日も風の日も、黒い靄は我妻先輩の隣でじっと先輩を見ている。ただ、雷の日だけは先輩と雷の間に立ち、面を雷に向けるのだ。そんな時は普段よりもすこしだけ輪郭が見えるから、それが男だということは辛うじて知っていた。
     どう考えても怪異の類だったので、我妻先輩といっしょに怪異祓いで有名な神社にお参りしたことがある。もちろん怖がりの先輩にもやのことは秘密だ。先輩がお守りをいただいている間に神主さんにこっそり見てもらったところ、「アレは無理」と青い顔で謝られてしまった。それからは伊之助にも協力してもらって、先輩におかしなことが起こらないか気をつけるようにしている。できることなら四六時中そばにいて狐面の靄を見張っていたいものだが、先輩後輩の間柄では難しい。せめともと思い神社で授与いただいた藤のお守りを贈ったけれど、果たしてどれだけの効果があるだろうか。

     昇降口で靴を履き替え表に出た。柱の近くの定位置で我妻先輩と落ち合い、市松模様の傘を開いて先輩に差しかける。
    「それでは我妻先輩、道案内はよろしくお願いしますね」
    「まっかせろ!」
     俺の隣で笑み崩れる先輩は、少し崩れすぎだが愛らしいと思う。

     喫茶店でも帰り道でも、先輩の家の玄関先で別れる時でさえ、黒い靄は先輩の隣で雷を睨み続けていた。
    2. 新月の夜

     竈門家に代々伝わる神楽は年の初めの日暮れから夜明けまで延々舞い続けるものだが、年に一度の秋祭りで奉納するものでもあった。昨年までは父が舞っていたこの神楽は今年から俺が舞うことになっている。
     秋に向けての練習は初夏から始まるが、自主練はもっと早くから始めなければならない。長時間の舞をこなせるだけの基礎体力は必須だ。朝は学校に行く前の走り込みで肺を鍛え、夜寝る前の瞑想で体の感覚を研ぎ澄ます。そうして持久力をつけて体を鍛えた上で舞を覚える。
     体のどこを活かすのか、どの動きが最適なのか。取捨選択が大事なのだと父は言うが、俺はそれをきちんと理解できていなかった。一巡りの舞に父は息も乱さず汗すらかかないが、俺は汗まみれで息も絶え絶えだ。だというのに、秋には二時間、年始には一晩中舞を続けなければならない。
     これはもしかしてまずいのではないか。秋のお披露目に間に合うだろうか。ぽろりとこぼした泣き言を拾ってくれたのは我妻先輩だった。
     剣術をやっていると言う彼に訓練のことを聞かれるまま話す。ぱたぱたと体に触れられたかと思えば、保健室で肺活量を測定される。一通りを終えてううん、と首をひねる先輩はややあって、「基礎はできてると思うよ」と言った。
    「竈門くんの言う神楽ってヒノカミ神楽だろ? 俺も見たことあるけど、演者さんの息の仕方がふつうのと違うのは気づいてるよな」
    「はい、父も正しい呼吸が大切だと」
    「うん。そんで、その息の仕方ってのが俺がやってる剣術の呼吸と似てんの」
     お前がよければ訓練方法を教えてやるよと不思議な匂いを立てて先輩は笑った。

     どんな道を辿っても、弛まぬ努力で鍛錬を怠らなければいずれは同じ場所に行き着くらしい。であれば、俺と先輩の行き着く先も同じなのだろうか。
     そうならいいと思う。
    「まずはよく見とけよ」
     放課後、我妻先輩に誘われた俺は先輩の家の庭にいた。制服を脱ぎニッカポッカにTシャツという動きやすい格好に着替えた先輩が木刀を手に巻藁の前で構える。ざっくりとベルトに差した木刀を左手で支え柄に右手が添えられている。抜刀術というものだろう。左足を大きく後ろに下げ右足を深く折る。前傾姿勢も相まって陸上選手のクラウチングスタートを思わせた。
     シイィィ、と耳慣れない音が聞こえる。それは先輩の口元から聞こえ、不意に空気が張り詰めた。
     雷の匂いがする。そう思った途端、轟音が響き土埃が立つ。瞬きのうちに、先輩は巻藁の向こう側に立っていた。抜刀したかは見えなかったが巻藁は両断されている。
     先輩が手にしているのは木刀なのに。
     ――すごい。
    「見てたか?」
    「えっと、すみません……あんまり早くて動きも剣筋も見えませんでした」
    「いや、そんなんどうでもいいわ。そうじゃなくて呼吸だよ呼吸」
    「ああ、なんというか、先輩があの呼吸をしはじめてから全身に籠る力が急に高まったように見えました」
    「うん。全集中の呼吸って言うんだけど、肺を大きくして心拍数を上げて血中酸素濃度を上げて、そんで筋肉とか骨とかを熱くして、強くなるの」
     先輩は言う。
    「お前、肺活量は基礎ができてるからさ、あとは訓練だけだと思うんだよな」
     さも当たり前のように、俺がそれを習得できないはずがないというように。我妻先輩は笑う。俺は言葉が返せない。それに焦ったのか、先輩は早口で詰め寄ってきた。
    「いや、ホントだから! やり方教えるから! 持久力もつくからとにかくやってみ!?」
    「は、はいっ!」
     勢いに呑まれて思わず声が出た。
     両断された巻藁を片付け、先輩の踏み込みで空いた穴を埋め戻し、こうして俺の自主練に先輩との訓練が追加されたのだった。

    ***

     つらい。
     先輩の指導がというわけではない。先輩は基礎を教えてくれたあとは反復練習のみだと言った。休めの姿勢でできるようになったあとはランニングしながら、ダッシュしながら、伊之助と鬼ごっこをしながらとだんだん難易度が上がっていく。
     ――伊之助は小学校の頃からの友だちで、先輩と俺の親分だ。我流で呼吸を習得していた伊之助は、俺が特訓していることをぽろりと口にした日から協力してくれている。面倒見のいい親分なのだ。伊之助との鬼ごっこは最初の一週間こそ惨敗していたが、十日も経つと逃げ切ることができるようになってきた。上達が早いと先輩が褒めてくれたのが嬉しかった。
     訓練の合間には瓢箪割りが入る。肺活量測定用だという大きなそれに息を吹き込み風船のように割れれば合格。にわかには信じがたいが、先輩がバリンと割って見せたので伊之助と二人してぽかんと開いた口を塞ぐのに時間がかかった。
     訓練を重ね、全集中の呼吸を少しの間続けられるようになってきた頃にいよいよ神楽に取り入れてみたのだが、これがつらい。常中と先輩が呼ぶ技は全集中の呼吸を四六時中続けるそうだが、できない。神楽の一巡りを舞う間ですらできない。できなさすぎて涙が出そうになる。確かに前よりは良くなった。指先どころか血管にまで気を配ることで体を思うように動かすことはできるようになったが、全集中の呼吸を続けているとどこかで限界が来る。肺の鍛え方が足りていないのだ。
     つらい。つらいがしかし。
    「折れるな竈門くん! おまえならできる!」
     全幅の信頼の匂いとともに激励してくれるのは我妻先輩で、いっしょに訓練している伊之助は「俺の方が先に習得してやるぜ」と士気が高い。一人ではないし応援してくれる人もいるのだ。ついでにもうひとつ言うなら、相変わらず我妻先輩にまとわりついている黒い靄が苦笑している気配がする。長男でなくとも折れるわけにはいかない。ぜったいに。
     ヒノカミ神楽の型は覚えたし、呼吸もだんだん長く続けられるようになってきた。小さな瓢箪なら割れるようにもなった。
     大丈夫だ、ちゃんと前進している。

    ***

     休日だからと少し無理をして鍛錬に励んだ日だった。夜はちゃんと体を休めろと皆に言われていたが、昼の練習のなごりがまだ体に残っていてうまく寝付けない。しばらくは横になって目を閉じていたけれど、いくら待っても眠気は来ない。これはもう、少し動いて体から熱を逃した方が良さそうだ。
     布団から抜け出し、服を着替えた。持ち物はスマートフォンと小銭入れがあれば十分だろう。その二つをポケットに入れ、俺はそっと家を抜け出した。眠れない夜は久しぶりだった。先輩に出会ってからは初めてかもしれない。

     ひんやりとした空気が気持ちいい夜だった。新月だが街灯のおかげで特別に暗いとは思わない。晩ごはんの残り香や石けんの匂いがかすかに漂う夜をひとりで歩くと、ときどき大人の人とすれ違う。こんばんは、そうあいさつをすると会釈を返されたり、こんばんはと言葉を返されたり、気づかれなかったりした。
     特に行きたいところがあるわけでもない。気の向くままに歩いているとゆく手に公園が見えた。普段はいろんな年代の人が思い思いに過ごしている場所だけど、今は誰もいない。なんとなく足音を忍ばせて車止めの間をすり抜けると、ベンチのそばで近所の猫が集会を開いていた。鉄棒はひんやりと冷たく、風に揺られたブランコがかすかに揺れている。小さいころ一番好きだった遊具だ。あのころは心ゆくまで漕ぐよりも妹弟や友だちに譲ることが多かった。みんな嬉しそうに笑ってくれたから、少しの我慢なんてどうということもなかった。
     俺はブランコに腰掛け地面を軽く蹴る。
     ――それでも、他に誰もいなかったなら。俺は空に飛び出してしまうくらい高く高く、ブランコを漕いでみたかった。

    「なにしてんだ! 危ないだろ!?」
     空ばかり見ていたから、誰かが近づいていたのにちっとも気づかなかった。夜の静けさを裂く声に視線を巡らせると、ブランコを囲む柵のすぐ外に、きらきらと光る金色が見える。
    「我妻先輩! こんばんは!」
     重心を操作してブランコの速度を落とす。ほとんど水平にまで達していた振幅が直角くらいまで穏やかになったところで、俺は座面から飛び降りた。狙い通り柵のすぐ手前に着地したけれど、思ったよりも勢いがついていて、前につんのめる。
    「危ないって言ってんじゃん! なに飛び降りてんだよ!!」
    「すみません、ありがとうございます」
     危うく柵にぶつかるかというところで、俺の体は先輩に抱きとめられた。勢いに任せてそのまま先輩の腰を抱き、肩に額を押し当てる。すぐに引きはがされてしまったけれど、先輩の腕は少し震えていた。
    「なにしてんだよ、もう」
     大きくため息をついた先輩に、いまさら恥ずかしさが込み上げてくる。
    「いちど、やってみたかったんです」
    「ブランコから飛び降りるのを?」
     小さく頷く。幼い俺はみんながピョンと飛び降りる姿を、かっこいいなあと思いながら見ていた。飛び降りるのは危ないと言われていたから妹弟が真似をしないよう自分では飛ばないし、みんなが危なくないように目を光らせることを己に課してさえいた。あんまり高いところから飛ぼうとしたときは止め、飛び降りた子にぶつからないよう揺れ戻ってくるブランコを抑えるのだ。必要な役割だったと思う。
     でも、我妻先輩と二人だけの今は、その役割を担うこともない。
     そんなことを身振り手振りを交えて一生懸命説明したところ、先輩はわしゃわしゃと俺の髪をかき混ぜて「そっか、長男だもんな竈門くん」と笑った。ブランコは街灯から少し離れたところにあるけれど、先輩の笑顔はなぜかほのかに光って見える。何度目をこすっても淡いかがやきはそのままで、俺は少し眩しくて目を細めてしまった。

     先輩は夜の散歩を趣味にしていると言った。
    「夜が好きなんだよ」
    「そうなんですか」
     俺は夜があまり得意ではない。でも、こんなふうにほの光る先輩を見られるのなら好きになれるような気がした。
    「竈門くんはどうしたんだよ、夜歩きなんてしなさそうなのに」
    「今夜はなんだか眠れなくて。俺も散歩です」
     ふうん、と呟いて先輩はひとつ伸びをした。
    「じゃあちょっと、体動かそうぜ。スッキリして眠くなるだろ」
     お前の神楽が見たいなあ。先輩は茂みから木の枝を拾い上げ、軽く土を払って宙を薙ぐ。しなり具合を確かめて満足げに頷き、俺を見た。
    「それじゃあ、一巡りだけ」
     俺は先輩の差し出す木の枝を受け取り、構えた。

    ***

     最後の一閃が空気を裂く。その手応えを感じながら、トンと地に降り体に響く余韻を辿った。今までで一番の舞だ、掛け値なしにそう思う。それを先輩の前で披露できたことがとてもうれしい。先輩がパチパチと小さく拍手を送ってくれる。それにほっと息を吐いて体の力を抜いたのだけれど、そこで集中の糸が途切れてしまったようだった。急に足が死に、呼吸が乱れた。カクンと膝が折れ、立ち上がろうとしたが力が入らない。
    「竈門くん!?」
     しまった。
     朝から晩まで訓練に励んだツケが来た。ブランコや先輩との出会いで浮かれ忘れていた疲れがどっと襲い来る。これはまずい。生き返れ俺の足、ここで萎えてはだめだ!
     自分を叱咤している間にも先輩が顔に心配を浮かべて駆け寄ってくる。これは本当にまずい。せっかくいいところを見せられたのに、これではあんまり情けない。
    「なに、どうしたの!? どこか痛めたのか!?」
    「いえ、その、……昼の疲れが急に来てしまって」
     正直に申告すると、かがみこんで俺の顔を見ていた先輩に額をはじかれた。痛くはないがピリッとした衝撃に思わず手で押さえてしまう。
    「疲れてるなら大人しく家で寝てろよ」
    「でも、眠れなくって」
     先輩はもにゃもにゃ言い訳をする俺にため息をついて、すっと背を向けた。
    「もう帰ろうぜ。送ってやるから」
     首だけで振り返る先輩の目配せに、俺は震える足を動かしてその背に捕まった。よっ、と小さな掛け声に合わせて先輩は立ち上がる。勢いをつけた動きで宙に浮いた俺は、そのまましっかりと先輩に負ぶわれた。
    「うぅ、不甲斐ない……」
     俺のうめきに先輩はケラケラ笑い、暗闇に紛れる狐面の靄からは憐憫と嘲笑の入り混じったにおいがした。

    ***

     先輩の背中に揺られて家路を辿る。
     服越しに感じる我妻先輩の匂いとぬくもりの心地よさに、今頃になって眠たくなってしまった。おんぶしてもらってるのに、寝るなんてことはしたくない。俺は落ちそうになる瞼をこらえながら先輩に話しかけた。
    「先輩」「なんだよ」
     眠気で考えがまとまらない。浮かんだことをそのまま声にする。
    「背中、あったかいです」「竈門くんのがポカポカじゃん」
    「いいにおい」「石けんの匂いだろ。俺、風呂入ったし」
    「せんぱい」「なーに?」
    「さんぽ、こんどは俺もさそってください」「ええ? 竈門くんこの時間いつも寝てるって言ってたじゃん」
    「先輩とあるきたいです」「んー、……じゃあ、こんどな」
    「ふふ、やったあ」
     ぽつぽつと話しながら先輩は俺を揺すり上げた。我妻先輩の匂いがふわりと香る。もっと嗅いでいたくて鼻を首筋にこすりつけると、先輩はくすぐったいからやめろと言う。聞こえなかったふりをすると先輩は急にぴょんと跳ねた。びっくりしてパッと目が覚める。
     びくんと震えた俺に、先輩はウヒャヒャと笑ってそのまま走り出した。

     玄関の前で下され、先輩は「また明日、学校でな」と手を振ってくれた。その隣に佇む狐面の靄に見下ろされたけれど、俺は狐面を睨むのを我慢して先輩に手を振り返す。
     狐面の下の顔が目に浮かぶようだった。きっと、たいそう腹立たしい、得意げな顔をしているのだろう。
     もっと体力があれば、俺は今でも先輩と公園で話したり、いっしょに散歩したりできていただろうに。先輩を見送るしかできない己が悔しくてならない。
    「……もっとがんばろう」
     決意を言葉にして噛み締め、家に入った。家族を起こさないよう静かに寝支度を整えて布団に戻る。目を閉じて思い返すのは先輩のぬくもりと匂いだ。
     眠気はすぐに戻ってきて、俺は深く息を吐いた。
    3. 過日

     ある夜、こんな夢を見た。
     俺は魚で、たくさんいた兄弟はほとんど天敵に食べられてしまったけれど、禰󠄀豆子と我妻先輩と伊之助は無事に何年かを生き残ることができていた。
     その頃には生まれてから数年たち、体もずいぶん大きくなっていたので、身を守ることも誰かを守ることもできるようになっていた。水の中の俺たちは他の魚よりも大きかったから。
     油断していたのだと思う。
     ある日我妻先輩は水面から突き入れられた爪に捕まって水の外に引き揚げられた。慌てて後を追うが、水から跳ね出て見えたのは遥か高みを飛ぶ鳥とその鳥に捕まった我妻先輩だった。そのまま水に落ちて、諦めきれずにもう一度跳ねると、鳥に雷が落ちるのが見えた。
     ――目が覚めても、禰󠄀豆子が呼びにくるまで動くことができなかった。

     また、ある夜にはこんな夢を見た。
     俺は子鴨できょうだいといっしょに母ちゃん鴨の後ろを一生懸命追いかけていた。ふと後ろを振り返るとそこにいたはずの我妻先輩がいない。ぴいぴい鳴いて母ちゃんに知らせて俺は我妻先輩を探した。不意にぴいと鳴き声が足元から聞こえて下を見ると、側溝の蓋の隙間から何か動くものが見える。我妻先輩だ。どこかから落ちたのだろう。ぴいぴい。必死に呼びかけてももちろんそれで先輩が出てこられるわけでもない。先輩は側溝を流れる水に逆らい、こちらを見上げて鳴き続けている。
     ぴいぴい。ぴいぴい。母ちゃんときょうだいと、みんなで我妻先輩に呼びかけながら少しずつ水に流されていく我妻先輩を追いかけた。
     でも、側溝が合流したあたりで流れが急に激しくなって、先輩の鳴き声は水音にかき消された。諦めきれずに走った俺は、水に流され川に投げ出される小さな体と、それを追いかけるように落ちる雷を見た。
     ――竹雄に起こされるまで、起こされてからも、しばらくは涙が止まらなかった。

    ***

     いろんな夢を見た。
     蝶になる夢。キャベツになる夢、猫になる夢。いつも終わりは似たようなもので、起きてからも重苦しい気持ちから抜け出すのに少しかかる。
    「竈門くんさ、なにかあった?」
     そう聞かれたのは晴れた日の昼休み、中庭でごはんを食べているときだった。その日の夢の俺たちは雀で、猫に喰われそうになった先輩は落雷を受けていた。そのせいだろう。いつも中庭にいる猫が先輩に近づくのが厭わしく、寄ってくるたびに抱き上げて遠くに運ぶというのを繰り返していた。――きっと、様子がおかしい俺を心配してくれたのだ。
    「ええと、ここ最近の夢見が悪くて」
    「ふうん、それって猫が出る夢?」
    「ゆうべのはそうでした」
     ふむ、と先輩はひとつうなずいて、
    「俺も、お前のとは意味あいが違うだろうけど、変な夢を見てたことがあるぜ」そう言った。
    「へん?」
    「いい夢すぎて起きられなくなるの。遅刻しそうになるもんでさ、まあまあ困ってた」
     お茶をひとくちすすり、先輩はとつとつと話す。先輩の見るいい夢が気になったが、それを聞くのは後回しにする。
    「それで夢を見ない方法を調べたんだよ。寝る前の飲み物とかに気を使ったり、柔軟したりさ。けど、全く効かないんだよな。どんな条件で寝ても見ちゃうの。ここまで来ると呪いかなにかかと思ったけど、詳しい人に聞いてもそんな気配はないって言うし、もうどうしようもなくて」
     はあ、と先輩が大きなため息をついた。
    「どうしてそんなに夢を見たくなかったんですか? いい夢なんですよね」
    「まあね。いい夢だよ。でも、いくらいい夢でもよすぎて目が覚めないのはダメでしょ」
     夢は夢なんだからと言う先輩から寂しそうな匂いがするので、そっと距離を詰める。先輩は気づいただろうけど特になにも言わない。
    「……話の続きだけどさ、本当にどうしようもなくなって、ダメもとでおまじないを試したんだよ。枕の下にハサミを入れるっての。これがびっくりするくらい効いたんだ。入れた日から夢見なくなったもの」
    「ハサミですか」
    「そ! 夢を断ち切るって感じするだろ。というわけで帰りに買っていこうぜ」
    「ハサミならうちにありますよ?」
    「バッカお前、刃がむき出しだと危ないだろが。ちゃんとカバーつきのを買うんだよ!」
     先輩が拳を握って力説する隣で狐面の靄が呟くのを聞いた。
    『そうか』
    『そうだったのか』
     どこかで聞いたことがあるような声だった。

     そういうわけで、俺と先輩は帰り道に文具店に寄って刃にカバーのあるハサミを買った。寝る前に枕の下に入れ、明かりを消して横になる。眠りに落ちる間際、シャキンと軽い音を聞いた気がした。
     夢は見なかった。
    4. 黄昏時

     秋祭りを数日後に控え、ついに俺の神楽は父から及第点をもらうに至った。もちろん経験の浅さは隠し切れていないし、先輩にまとわりつく黒い靄には鼻で笑われたような気がしたが、通し稽古を見た我妻先輩からは手放しの賛辞をいただいた。本番前ではあるが、ひとつ山場を超えたような気分だった。
     今日は練習も店の手伝いもない休養日。定期試験も終わり、気兼ねなく遊びに行ける日だ。
     放課後は我妻先輩と伊之助とでちょっといい肉まんを食べに行く約束をしていた。手のひらにすっぽりおさまるくらいの肉まんで、生地がハリネズミのかたちに細工されていて愛らしい見た目をしている。昼休み、雑誌の切り抜きをうれしそうに見せてくれた先輩の目元にはクマがあった。朝早くから始まる服装検査と、夜遅くまで試験勉強に追われているせいだそうだ。
     やっと解放されたと先輩は清々しく笑う。まっすぐ帰って休んだほうがいいのではと思ったが、あんまり楽しそうだったので言えなかった。

     文化祭の出し物決めに紛糾したLHRはSHRの時間を使ってもなおまとまらず、終礼は予定から三十分ほど押してしまっていた。駆け出そうとする伊之助を押さえながら早足で昇降口へ向かう。先輩はどれだけ遅れても待っていてくれるけれど、だからこそできるだけ急ぎたい。校則で禁止されていなかったら俺だって走っていたところだ。
     待ち合わせ場所は昇降口から出てすぐの柱のそばだ。靴を履き替え外に出て、あたりを見回し首を傾げた。俺たちよりも先に来ているはずの先輩の姿が見えない。くんくんとあたりのにおいを確かめるが、残り香もない。どうやらまだ来ていないらしい。
    「はっ、紋逸の野郎遅刻しやがった」
    「こら伊之助、手洗いかもしれないだろう。遅れたのは俺たちも同じなんだ、少し待ってみよう」
     しかし十分たっても先輩は来ない。伊之助はソワソワと落ち着かなさげにあたりを歩いている。そろそろ限界が近そうだ。
    「伊之助、俺は先輩の教室を探してくる。おまえは職員室を見てきてくれるか? 冨岡先生に捕まっているのかもしれない」
    「俺もそう言おうと思ってたところだ!」
     弾かれたバネのように、止める間もなく伊之助が走っていく。その背を見送り俺は靴をもう一度履き替えた。
     ――伊之助はちゃんと上履きに履き替えていただろうか?

    ***

     日が沈むのもずいぶんと早くなってきたような気がする。そんなことを思ったのは、夕日がさす教室で我妻先輩を見つけたときだった。
     机に伏せて動かない姿に具合でも悪いのかと思ったが、近くでよく見れば先輩はよく眠っているだけだった。ホッとして肩を揺すろうと伸ばした手は何かに掴まれ止められた。何にかと言えば、狐面の靄にだ。
     ――なによりも、こちらに干渉できることに驚いた。それは俺に触れようとはしなかったし、俺もわざわざ近寄ったりはしなかったから接触するのは初めてだ。靄が我妻先輩をすり抜けるのは何度も見ていたし、先輩がそれを毛ほども感じていないのも匂いでわかっていた。そもそもその黒い靄が見えているのは俺だけのようだった。伊之助に聞いてみたこともあったが、まったく感じないらしい。だからこちらには干渉できないと思っていたのだが。
     俺の腕を掴むのは大きな黒い手で、いやに輪郭がはっきりしていた。そのまま腕、肩、喉元と目線で辿る。
     大きくゴツゴツした手のひら。
     羽織を身につけた大きな体。
     ひとつに結い上げた緩くうねる長い髪。
     顔は狐面でわからないが、面の端から耳飾りが覗く。
    『起こすな』
     声すら聞こえた。先だって屋上で聞いたのと違わぬ声。あれは気のせいではなかったのか。
     振り払おうと腕を振れば、それはあっさりと手を離した。そうして先輩の頭を撫で(指はすり抜けている)幸せそうな匂いを立てる。
    「そうはいかない」
     俺たちは先輩と肉まんを食べる約束をしているのだ。寝ていたせいでそれが潰れたとあれば先輩は気に病むだろう。

     我妻先輩はよく寝る人だ。昼休みはご飯を食べ終わったら寝るし、訓練に付き合ってもらっていたときも縁側でうとうとしていることがあって、その度に伊之助に突撃されていた。最初は声をかけて起こしていたのだが「おまえの声は大きくて心臓に悪いから優しく揺り起こせ」などと訴えられてからはできるだけそのようにしていた。
     できるだけ、ということはできないときは致し方なしということだ。呼吸の鍛錬で鍛え上げた肺腑を神楽の鍛錬で身につけた身体操作でもって声を出すためだけに動かす。先輩の名を呼ぶ声は、しかし口から出る前に黒い手のひらに遮られた。早いというよりは、俺がそうすることがわかっていたような無駄のなさだ。
    『寝かせてやれ。昨夜も遅くまで勉強していたんだ』
    「……お前の言いたいことはわかるが、我妻先輩とは肉まんの約束がある」
    『――お前の言い分もわからないではない。善逸は気にしいだからな』
     ううんと二人して腕を組む。天井を仰ぎ床の木目を睨みと必死になって知恵を絞った。
    『あと三十分ほど寝かせておいて、肉まんはその後というのはどうだろうか』
    「悪くはないが、我妻先輩の門限を過ぎてしまうだろう。先輩が眠っている間に肉まんを買ってきてここで食べるというのは」
    『善逸が目覚めたときにひとりにするのはどうかと思うのだが』
    「確かに……先に帰ったと誤解されそうだ」
    『難しいな』
    「そうだな」
     先輩は安らかに眠っている。よほど疲れているのだろう。たしかに起こしてしまうのは忍びないなと思いながら、まだうなって考え続けている狐面の男を見る。靄だったそれが輪郭を持った実体のようになっても、墨を刷いたような色合いだけは変わらない。どうして我妻先輩に憑いているのか、先輩を撫でる指はどうしてそうも甘く匂い立つのか。そして、どうして俺はそれが気に食わないのか。
     きっと得体のしれない怪異に取り憑かれた先輩が心配なのだと思う。

    「なにやってんだ」
     振り返ると伊之助が呆れた顔でこちらを見ていた。腹が減っているのか、少し不機嫌そうだ。
    「先輩がよく寝ていて、起こしたくないんだが」
    「ああ? まんじゅうはどうなんだよ」
    「それも行きたい」
     ガシガシと伊之助は頭をかき、目を伏せひとつため息をついた。
    「しょうがねえ子分どもだ」と言ってこちらに寄ってきた伊之助は俺をしゃがませるなり背中に我妻先輩をどさりと乗せた。慌ててずり落ちないように手を回し、立ち上がる勢いで背負い直す。
    「伊之助! いきなりなにをするんだ!」
    『善逸が起きるだろう!』
    「うるせえな。紋逸が寝てんなら三太郎が運べばいいだろうが」
    「……なるほど! さすが親分!」
    『伊之助はやっぱりすごいな!』
    「フハハハハ! 子分どもの意は汲んでやるぜ! 親分だからな!」
     まあまあ騒いだような気がしたが、我妻先輩は俺の背でぐっすり眠っていてくれた。時折くふくふと小さな笑い声が聞こえる。夢を見ているのだろう。いつかの夜を思い出し、俺は先輩の重さを嬉しく思う。
     先輩と俺のカバンはどちらも俺の首にかけ、昇降口では伊之助がイライラしながら先輩の靴を履き替えさせた。
     狐面の男は先輩の隣で調子外れの鼻歌を歌っている。もしかして、気づかなかっただけでこれはずっとこうだったのだろうか。

    ***

     肉まん屋さんの前で起こした先輩は、懐かしい夢を見たと少しだけ眉を下げていた。
    5. お祭り

     パシャリ。
     七叉の鉾に炎を模した布をくくりつける。
     パシャリ。
     柄頭につながる鈴が小さく鳴る。
     パシャリ。
     装束に袖を通し、いくらか余る丈を帯で調節する。
     パシャシャシャシャ。
     軽く白粉をはたき、紅をさす。
     ピロン。
     髪を整え、白い布で顔を隠す前に。
    「我妻先輩」
    「ん?」
    「さっきの音は」
    「動画撮ってんの。なんだよ照れるなよ、似合ってるぜ。お前この夏で背も伸びたよね。様になってる。……まったく妬ましいほどになぁ! チックショウ、なんでお前ばっかそんなモテそうな属性てんこ盛りなんだよ!」
     喋っているうちに興奮してきたのか、先輩は衝動的に立ち上がり、身振り手振りで必死に訴えかけてきた。
     曰く、顔がいい男は敵だ、女の子の視線が全部そっちに行ってしまう、そのうえ人柄もよくて料理もできるなんて存在が卑怯、と。
     涙目になっている先輩は、落ち着いた黄色の布地に鱗模様が染め抜かれた着物を身につけていた。着流し姿に寒くないのかと尋ねると羽織もあるから平気だと笑みを向けられ、どきりと胸がはずむ。
     初めて見る先輩の着物姿はとてもよく似合っていた。先輩は表情が豊かだから気づかれにくいけれど、ちゃんと見れば整った顔立ちをしている。その顔を金の髪が飾っていてとても素敵だから、騒がずにいれば女の子にも好かれるだろう。ただ、静かな先輩はひどく不安になるから、今のままでいていてほしいと思っているので口には出さない。
    「大丈夫ですよ、最後は顔を隠すので。見にくる人も俺だとは思わない」
     洟をすする先輩にちり紙を渡し、少し強引に座らせ背中を撫でた。あまり興奮しすぎると我妻先輩は本気で泣いてしまうから。
    「いやそういう問題じゃないから。って言うかみんなお前だって知ってるよ。かまどベーカリーの知名度なめんな」
    「えっ」

     落ち着きを取り戻した先輩にお願いして、鉾を振るう俺を撮ってもらう。スマートフォンの画面でそれを見せてもらい、見栄えと装束の動きを確かめる。
    「少し硬いか」
    「おまえも緊張するのな」
    「……そんなことないです」
    「はははっ、竈門くん、すっごい顔してんぜ。ごまかすとか向いてないんだから無理すんなよ」
     腕を引かれ、先輩の隣に座った。
    「大丈夫、竈門くんならできる。今のお前は今年一番の出来だよ。ちゃんと仕上がってる」
     いつの間にか先輩は俺の背を撫でていた。そうだ、夏の前から今まで俺は努力してきた。この日のために、いずれくる正月のために。父からは神楽の、先輩からは呼吸のお墨付きももらえている。狐面の男からも苦笑の気配は匂わなくなった。
    「……はい、先輩。俺はがんばってきた」
    「そうだ、おまえはよくやってる」
    「いままでも、これからも」
    「……まあ、ほどほどにな、頼むぜ。おまえは無茶をしそうだから」
     我妻先輩はそう言って笑った。

    ***

    「よし、それじゃあ俺は行くよ」
     最後にポンと俺の背を叩き、先輩は立ち上がった。客席で見守って家族や友人、それに先輩のためにも俺はきちんとやり遂げなければ。俺も立ち上がって布で顔を隠し、頭の後ろで帯を蝶結びにする。……大丈夫だろうか、自分でやっておいて不安だ。固結びにしておくべきか。
    「それじゃあすぐにほどけるぜ。結んでやるよ」
     先輩が背後に立ち、蝶結びにしていたものをするりと解く。額のあたりで布を押さえるように言われ、そのようにする。きゅっと小さい音がして帯が締まる。
    「きつくないか?」
    「大丈夫です」
     しゅるり、ぎゅっ。
    「そら、できたぞ」
     先輩が言う。結び目に手をやると自分で締めた時よりもしっかりしている。
     お礼を言うと先輩が笑う気配がした。
    6. 誘い

     文化祭の準備が佳境を迎える中、校内ではにわかにハサミ男の噂がささやかれていた。噂にしては目撃情報が多いが、先生方がまったく意に介していないことや警備員の方々も不審者の出入りはないと表明しているのもあり、文化祭にまつわる非日常を飾るアクセントのように扱われている。
     その男は巨大なハサミを持って校内を彷徨き、帰りが遅くなった生徒やこっそり泊まり込もうとしている生徒を追い回すという話だ。伊之助は勝負を挑もうと夜の学校に張り込んだそうだが、一度も遭遇できずに冨岡先生と一晩中追いかけっこすることになったらしい。

    「次は俺が勝つ!」
     明け方にこさえたタンコブが治らぬままにイライラと握り飯にかぶりつく伊之助を、我妻先輩は戦々恐々と覗き見ていた。こそばゆくて落ち着かないので俺の背に隠れたまま弁当を食べるのはやめてほしい。
    「先輩」
    「いや待ってお願い竈門くん、伊之助なんであんなイライラしてんの!? あいつよく怒るけどすぐ忘れるじゃん!」
    「寝不足みたいです。午前中も体育と調理実習だったので」
    「居眠りしてないってことね……」
     いつにない速さで食べ終わるなり、伊之助はゴロンと寝転がってぐうぐう寝息を立て始めた。その様子をしばらく観察してようやく安心したのか、先輩が俺の背から隣に移動してくれた。落ち着かなさが遠ざかり、ほてった背中に冷たい風が心地いい。

     近頃どうも体の調子がおかしい。
     もともと体温は高めだったが、ときどきそれがぐわっと急上昇するのだ。顔色にも現れるようで、当初は先輩に心配されたり伊之助に頭突きをくらったり(熱を測りたかったそうだ)と騒がせてしまったが、熱くなる以外に特に変わりはないのでそのうち三人とも慣れてしまった。
     要は血の巡りがやたらと良くなっているということだ。原因がわかれば対処もできる。心拍数の急上昇も顔が熱くなるのも口の中が乾くのも、声が震えそうになるのさえ、呼吸を整えればちゃんと治る。全集中の呼吸を会得していてよかった。
     ひとつ息を吐き、体のほてりが落ち着いたところで中断していた食事を再開する。先輩は食べ終わったようで、大きくあくびをしていた。グッと伸びをして「おやすみぃ」と言葉をこぼし、あっという間に眠ってしまう。
     ぐうすかといびきが聞こえると、なぜかいつも安心してしまう。ちょっと耳栓が欲しくなる時もあるけれど、手の届くところで安らいでいるというのがいい。
     ふと、狐面の男が先輩の頭を撫でているのが目に入り、腹のあたりがもやりと重くなった。やめさせたいが先輩が幸せそうに口元を緩めるので口を出すのは我慢するようにしている。
     あくびを噛み殺す。午後の授業までにはまだ時間があった。目覚ましをセットすれば眠ることもできるだろうが、ハサミなしで眠ると必ずあの変な夢を見る。寝覚めが悪いことこの上ないので、夢を見始めてからは昼寝を控えている。
     二人が眠ったあとに手持ち無沙汰になるのにも慣れたものだ。
     水筒のお茶で喉を潤し、弁当と一緒に持ってきたファイルを膝に置く。はみ出たふせんに気を使いながら、しおりを頼りにペ―ジを開いた。

     前々から黒い男の狐面に見覚えがあると思っていたのだが、それはヒノカミ様を祀る神社でだったらしい。秋祭りの後片付けを手伝っているときに入った蔵でガラスケースに納められたそれを見つけたときは思わず呼吸が止まった。神主さんに聞けば、お社が建てられた頃からの宝物だと言う。
     この神社のご祭神はヒノカミ様だが、ほかの神様を祀る摂社が境内にいくつもあった。
     そのうちのひとつ、名もない神様にゆかりのある面だそうだ。
     ――大正時代に開かれた新しい神社の割に、建立の経緯は曖昧だ。それでも当時から伝わっている書物の写しを無理を言ってお借りし、半日がかりでコピーをとった。
     狐面の男について、なんでもいいから知りたかった。先輩にまとわりつくそれがどんなものかを知り、必要であれば対処できるようにしておきたい。
     コピーした書物はファイルに綴じて持ち歩いている。それに目を通すのが最近の昼休みの過ごし方だった。くずし字で書かれた書物を読むのにはとても時間がかかる。文字を読み取るのに難儀する上に、使われている言葉は古めかしく、「水柱」「炎柱」などと意味を理解できない単語があちこちにちりばめられているためだ。
     辞書やスマートフォンの力を借りながら数ページを読み進めたところで予鈴が鳴った。
     ファイルを閉じ、二人を起こすために腰を上げる。伊之助はポンと軽く叩くだけで起きるから簡単だ。身を起こして肩をぐるぐる回す姿を横目に、先輩をそっと揺さぶった。
     ――起きない。
     強めに揺さぶる。起きない。
     先輩の耳を塞ぐ黒い手を払い、「我妻先輩!」と彼を呼ぶ。――起きない。
     最近の先輩は寝汚いが、こうして名前を呼ぶとちゃんと起きていたのに。
    「起きねえのか」
     伊之助が言う。
    「ちゃんと呼ばねえからだろ」
    「ちゃんと呼んでいるだろう」
    「いいや、呼んでねえ。名前を呼べってんだ。――おら善逸、起きやがれ弱味噌!」
     伊之助が耳元でがなると、先輩はびくんと跳ね起きた。頭同士がぶつかる前にサッと身を引いた伊之助に詰め寄る先輩は、よほど驚いたのか涙目で、寝起きとは思えないくらい元気だ。
     本鈴まであと2分。
     親分の手を煩わせるなと言い置いて颯爽と走り去る彼を追い、俺と先輩も荷物をまとめて駆け出した。
    「先輩は今日も夜回りですか?」
    「そ―なのよ! 竈門くんはお店?」
     走りながら放課後の予定を確認する。近ごろの先輩は風紀委員として校内の夜回りを担っていた。文化祭の準備で最終下校時刻を超えても校内に残る生徒を見つけて家に帰すためだ。ハサミ男の噂が立ち始めてからは泣きすがって冨岡先生の同行を勝ち得たと聞いている。
     夜に二人で校内を見回ったあとは一緒に蕎麦を食べて帰ると言うので、仲良しだなあと思う。我妻先輩はもとより冨岡先生も腕が立つお人なので心配はないのだが、一度くらいはご一緒したいと密かに思っている。
    「はい! あとで差し入れ持っていきますね!」
    「やった!」
     小さくガッツポーズしながらぴょんと階段から飛び降りる先輩を追って、俺も跳ぶ。
     明日は休み。差し入れを届けてそのままいっしょに夜回りに参加できるといいのだが。

    ***

     夜の通学路を走る。
     思っていたよりも家を出るのが遅くなってしまった。抱えた紙袋の中には小ぶりのパンが十数個。数種類の具を包んだそれは見た目で具材がわかるようにアーモンドスライスやゴマ、チョコチップなどを軽く散らしている。心を込めて焼き上げた自慢のパンだ。
     しかし。生地は朝のうちに仕込んでいたものを使い時短を意識したつもりだが、やはり種類と数が多すぎた。時計を見て気がついたのが焼き始めたころだから、まったく俺は判断が遅い。これなら我妻先輩が気に入ってくれているクリームパンと冨岡先生用の鮭大根風味パンに絞った方が良かったかもしれない。道に沿って走るしかないのがもどかしい。
     ひたすらに走っているうちに最後の直線に差し掛かった。
     ――真っ直ぐ走るのは好きだ。なにも考えなくていい。通行人の気配がないのをいいことに、呼吸を使い遠慮なく走り抜ける。
     正門に着き、近くの時計を仰ぎ見た。時計の短針は9をさす少し前、見回りは21時まで。ギリギリだがどうにか間に合ったようだ。職員玄関に回り、警備員さんに挨拶をする。何度か差し入れを繰り返すうちに顔見知りになった彼は笑顔で通してくれた。ありがたいことだ。お礼にパンをいくつか包んで差し入れた。
     大丈夫。パンはまだまだたくさんあるからな。

     校内に入り匂いを確かめる。我妻先輩の匂いも冨岡先生の匂いもないが、代わりに美術の宇髄先生がよく使っている絵具の匂いがする。
     戻って警備員さんに聞くと、今日の見回りは冨岡先生ではなく宇髄先生がやっているらしい。珍しいと思いながら、宇髄先生の匂いを追った。宇髄先生と一緒だと我妻先輩はいつもより騒がしくなるので、時々立ち止まって耳をすませた。
     そうしてしばらく歩いていると、遠くで足音が聞こえた、気がした。絵具の匂いが流れてくる方向とも合う。急ごうとする足を宥めながら早歩きで暗い廊下を進む。月明かりとわずかな非常灯を頼りに目をこらすと、向かいから駆けてくる人影が見えた。ハサミ男の噂を思い出すが、人影の両手は空いている。と言うか、見覚えのある顔だ。
     服装チェックのとき我妻先輩にバレ―ボ―ルを投げつけている女生徒。お名前までは存じ上げないが、襟章から最上級生なのは知っている。
    「捕まえろ!」
     怒声が響き、とっさに身構えた。手を広げようとしてパンのことを思い出し、急いでそばにあった棚の上に置く。そうしてもう一度女生徒を見て、思ったよりもずっと近くにいることに驚いた。振りかぶる手にはどこから出したのかバレ―ボ―ルがある。腕がしなり、豪速球が襲い来るのをどうにかかわす。バランスを崩し、体が少し傾ぐ。
     これはまずい。
     その隙を逃さず女生徒はさらに速度を上げて突入してくる。どういう身体能力をしているのか。
     どうにか踏ん張り、体をひねる。視界に駆け抜けようとする女生徒の姿が入る。片足に意識を集中し、飛びつくのに適した動きを選ぶ。ヒノカミ神楽の要領だ。大丈夫だ、俺ならできる。
     なぜなら俺は、長男だからだ。

    ***

     女性の腰に抱きつくというのは我ながらどうかしていると思うが、そうでもしないと振り払われて逃げられてしまう。ジタバタと身をよじって逃げようとする彼女に必死になってしがみついていると、不意に呻き声がして女生徒が脱力した。
    「竈門、もういいぞ」
     宇髄先生の声が降ってくる。先生は手には縄を持ち女生徒を手際よく縛り上げては活を入れる。息を吹き返した彼女が暴れるのをものともしない姿はいかにも手慣れていて、初対面であれば人攫いかと思っていただろう。
    「それでお前は、なんでこんな夜更けに学校にいるんだ?」
     忘れ物でもしたかと聞かれ、我妻先輩に差し入れを持ってきたのだと返す。もちろん先生の分もちゃんとある。冨岡先生ではなかったのは予想外だが、パンの種類を絞らなかったことはいい方に作用したと思う。冨岡先生が大好きな鮭大根風味パンは万人受けしにくい。
    「あいつなら宿直室だ。ついてこいよ」
     宇髄先生は美術教師だが筋骨隆々の大男だ。校内に潜んでいた生徒の一人や二人抱えて歩くのも苦ではないのだろうけれど、足元にはすでに四人ほど転がっている。どうするのかと思えば全員一まとめに括って背負い上げてしまった。ほとんど隠れた背を追いながら、俺は我妻先輩が宇髄先生を筋肉ダルマと呼ばわっていたことを思い出していた。

    ***

     宿直室には鍵がかかっていた。
     両手が塞がっている先生の代わりに鍵を開け戸を開く。先生は部屋の隅のテレビの前に背負った人たちを下ろし、もともといた数名とまとめて数珠つなぎにしていく。よく見ると謝花先輩もいた。今日の見回りは我妻先輩だったから見逃してくれると踏んだのだろう。
    「捕まえたバカどもは全部ここにまとめてんだ。今日はこれで終いだが、そこのアホが起きやがらねえ」
     部屋の反対側には畳敷きの一角があり、布団がひと組み敷かれていた。それはこんもり盛り上がり、黒い狐面の男が覆いかぶさっている。パンを机に置き、狐面の男を追い落として布団をめくると、やはり先輩が眠っていた。ぐるぐる巻きにしたタオルを枕に、すよすよと幸せそうな匂いを立てて。
    「竈門よ、そいつ起こしちゃくれねえか」
    「え?」
    「なにしても起きねえんだ。よっぽど冨岡にこき使われてんのかねぇ」
     いつからここで寝ていたのか、揺すった拍子に寝返りを打った先輩の頬は枕の跡で赤くなっている。我妻先輩、そう呼ぼうとして昼のことを思い出す。気安く先輩の名を呼ぶ伊之助と、それに応えて跳ね起きる先輩。一瞬だけ鼻先をかすめた焦げ臭さ。
    「――善逸、」
     気がつくと、声が口からこぼれ落ちていた
    「善逸、帰るぞ。起きてくれ」
     大きな声とはとてもいえなかった。宇髄先生がこちらを見た気配がする。先輩はまだ起きない。もう一度と今度は努めて声を張り名を呼ぶ。
    「ぜんい」
     最後の一音を発する前だ。急に先輩が跳ね起きた。額と額がぶつかって、我妻先輩がぎゃあと悲鳴を上げる。伊之助は避けたのに俺はとっさに動けなかった。まだまだ鍛錬が足りていない。
    「あイッタイ! なんなの!? 竈門くん!? コレめっちゃ痛い! 俺のデコへこんでない!?」
    「すみません! 先輩が起きたときに俺の頭とぶつかってしまいました! おでこはへこんでないです! 大丈夫ですか!?」
    「大丈夫じゃねえよ! お前の石頭に思いっきりぶつけたんだぞ!」
     ぎゃんぎゃん騒ぐ先輩は元気そうで、無意識に詰めていた息をそっと吐く。先生からも安心した匂いがする。涙をこぼす先輩にハンカチを渡すと素直に受け取り顔を拭っている。額が少し赤くなっているので、宿直室の卓袱台にあった救急箱から湿布を出して貼りつけてテ―プで固定し頭を撫でた。弟妹にしてやってる流れでそのまま動いてしまったが、先輩は嬉しそうに目を細めたので、そのままもみくちゃに撫で回した。
    「お前らもういいか? 帰るぞ」
     校則違反者を繋いだ縄を引き、宇髄先生が告げた。先輩は軽く返事をして布団を畳んで枕を抱えた。枕は先輩の持ち込み品らしい。よく見ると枕には二本の柄がついていた。

     暗い廊下で先頭を歩くのは宇髄先生だ。その後ろには縄で縛られた生徒が続き、先輩と俺で殿をつとめる。ゾロゾロと大人数で深夜の廊下を歩くのはなんだか奇妙な心持ちだが、先輩が言うにはこれでも穏便なほうらしい。
    「トミセンが捕まえた子はみんな気絶してるからさ、最後はブル―シ―トに包んで引きずってくのよ。もちろん女の子は俺がちゃんと丁寧に運ぶけどな」
     苦笑いとともにそう言う先輩の声を聞いたのか、前を歩く生徒たちから恐怖と安堵の匂いがした。
    「おまえ今日はずーっと寝てたな。派手にいい度胸してんぜ」
    「ヒエッ、ええとそれは、ほんとにスミマセン」
    「我妻先輩は寝汚いんです」
    「言い方ァ! 俺だってね、いつもは起きられるのよ!? 冨オェ先生のゲンコツでだけどさあ!」
     今日はどうしてかダメだったけどと肩を落とす先輩は案外まじめな質なので、寝こけてサボってしまったのに罪悪感を感じているのだろう。
    「前に言っていた『いい夢』ですよね、ハサミのおまじないはどうしたんですか?」
    「最近効きが悪いんだよねえ」
     話しながら歩く。腹が空いたと言う先輩にカスタードクリームを詰めたパンをひとつ渡すとたいそう喜んでくれた。ついでに数珠つなぎの人たちもひとつづつ配り、宇髄先生には冨岡先生に渡すはずだった包みを差し上げる。そんなことをしているうちに校舎を出て駐車場に行きついた。
     宇髄先生が軽トラの荷台に数珠つなぎの面々を押し込んでいる間に、先輩が愛用しているハサミを見せてもらうことになった。どこから取り出すのかと思ったら、先輩は枕にしていたタオルをゆるめて柄をこちらに差し出し「ゆっくり引き出してくれよ」と言った。
     言われるまま木でできた柄を掴み、そっと引く。
     枕から飛び出た柄を見た時から予想はしていたが、本当に想像通りのものが出てきて思わず声を失ってしまった。
     刈込鋏。
     なかなか立派な代物で、刃の部分は革製のカバーで覆われていた。
    「最初はふつうのハサミだったんだぜ。でもなかなか起きられなくなって、大きなハサミに変えてくうちにこうなっちゃったんだよね」
     小遣いをはたいて購入したと照れたように言う先輩は、カバーを外して刃を見せてくれた。
    「ああ、やっぱり。また錆びてるよ」
     つい昨日研いだばかりだと言う刃は、しかし鈍く曇り、ところどころに錆が浮いている。
    「どんな手入れしてんだ?」
     後ろからのぞき込んだ宇髄先生が言う。ゆるく差し出された手のひらにハサミを預ける。月の光にかざして検分する様子は面白がっているような、まじめなような。
    「普通ですよ、ふつう。打ち粉をはたいて油を塗りなおして、ときどき砥石で研いで。昨日は錆び取りもしたのに」
    「フ―ン、ちゃんとやってんじゃねえか。でもそれならたった一日でここまで錆びるか?」
    「そうなんですよねえ」
     ため息をつく先輩の後ろで狐面の男がくつくつと喉で笑っている。男からはドロリとした甘い匂いがした。そのとき、錆は奴の仕業だと唐突に気がついた。そしておそらくは先輩をとらえる夢も。近ごろはいるのにも慣れ、口まで聞くようになっていたから気が緩んでしまっていたのだが。
     ――なんだ、やっぱり悪霊じゃないか。

    「竈門くん、どうしたの。顔怖いよ?」
     先輩が俺を呼んだ。口元がすこし引きつっている。自分はどんな顔をしているのだろう。
    「いえ、」否定しようとして「いや、そうじゃなくて、ええと」言葉を探している間に、狐面の男が先輩に触れようとする。その手から遠ざけたくて、先輩を引き寄せる。
    「竈門くん?」
     驚いたように瞬く先輩の顔が近い。なにか、なにか言わなくては。視界の端で先生が持つハサミが鈍く光る。
     ――そうだ、
    「うちの店で! お世話になっている鍛治職人の方がいるんですが!」
    「ちょっ、竈門くん、声大きい!」
    「どんな刃物でも、研いでもらうとすごくよく切れるようになるので!」
    「近くにゃ民家もあんだよ! ちょっと声落として!」
     俺の口を塞ごうと伸ばされた手をとり、握りしめる。
    「先輩のハサミも研いでもらいましょう!」
    「わかった! わかったから! もう黙れ!!」
     先輩の声が高く響き、そして静かになった。俺は言いたいことは言い終えたし、俺が黙ったのを確認した先輩はほっと息を吐いた。
    「おい」
     呼ばれて振り返ると、軽トラの運転席から宇髄先生が顔を出していた。生徒が積まれた荷台には幌がかけられ中が見えないようになっている。
    「俺はもう行くけど、乗っていくか?」
     俺も先輩も家は徒歩圏内だ。丁重にお断りすると、先生は「差し入れありがとな、気ィつけて帰れよ」と言い置いて車を動かした。エンジン音が遠ざかるのを見送り、二人連れ立って歩く。
     そういえば手を握ったままだったが、先輩がなにも言わないのをいいことにそのまま手をつないでいた。

    ***

    「明日、その鍛治屋さん――鋼鐵塚さんと言うんですが、そこに包丁をとりに行くんです。なので一緒にいきましょう」
    「そっか……あのさ、最近ほんと朝起きられないんだよ。明日じいちゃんも兄貴も家にいなくて、悪いんだけど」
    「それなら先輩、今夜はうちに泊まって行きませんか?」
    「え?」
    「そうだ、そうしましょう。朝は俺が起こしてあげられますし」
    「いや起こしてもらうのは頼もうかと思ってたけど泊まりってお前、」
    「晩ごはんも食べましょう。朝ごはんは禰󠄀豆子も一緒ですよ」
    「それを早く言えよな~!」
     困惑の表情から一転して喜びを隠し切れない先輩が可愛らしくて、俺も笑ってしまった。

     狐面の男からは焦げるような臭いがする。
     胸がすくような心持ちがする。


     湯を浴びて着替えなどを持ってくると言うので、風邪をひくから風呂はうちで入るようにと押し切り、我妻先輩とはいつもの場所で一度別れた。
     狐面の男のことは気がかりだが、これまでの様子から察するにあれは我妻先輩に直接手出しできない。今のところは先輩の眠りに干渉するのを警戒すればいいはずだ。
     ――そうだ、出迎えの準備をしなければ。大急ぎで帰ると家族はみんな眠っていた。パン屋の朝は早い。日付が変わるころには皆寝ているし、俺も普段なら寝ている時間だ。風呂の湯を張りなおし、大きな音を立てないように気をつけながら先輩を迎える準備をする。
     きょうの夕飯は肉じゃがだった。取り分けられていた分をさらに二等分し、冷蔵庫から作り置きの惣菜を取り出し小鉢に盛りつける。炊飯器をのぞいてごはんの量を確認すると、なんとなく足りない気がした。俺は思い切って残りごはんをラップにくるんで冷凍し、素早く米を研いで早炊きボタンを押した。本当なら浸水時間をきちんと取りたいところだけど、さすがにその時間はない。湯を沸かして保温ポットに注ぎ、急須に普段より少し多めの茶葉を入れる。我妻先輩は濃いめの緑茶が好きだから。
     ダイニングテ―ブルにランチョンマットを敷き二人分の皿と箸、それから湯呑みを並べたところでスマ―トフォンが震えた。見ると我妻先輩からのメッセ―ジで、玄関先に着いたという。エプロンを外してドアを開けると、ポーチライトに照らされた先輩がふんわり光っていた。思わず目を擦って見直しても先輩が光って見える。髪も眉も産毛も金色の先輩ならそういうふうに見えることもあるかもしれないと思いながら、俺は先輩を招き入れた。
    「こんばんは。さっきぶり」
    「いらっしゃいませ! さあ、入ってください」
    「うん、おじゃまします」
     先輩は着替えが入っているであろうリュックのほかに風呂敷包みを持っていた。聞けば夕飯にしようと思っていたおかずだと言う。
    「お世話になってばかりじゃ悪いと思って。竈門くんの口に合うかはわからんけどね」
    「ありがとうございます。うちのおかずもありますから、たくさん食べてくださいね」
    「ふふ、深夜なのにめっちゃ豪勢になっちゃうな。腹の空き具合は大丈夫?」
    「長男なので大丈夫です!」
     胸を張って応えると先輩が笑った。夜だからと声をひそめて笑う姿は新鮮で、少し落ち着かない。
    「風呂も沸いてますよ。よかったら先にあたたまってください」
    「ありがと、でも竈門くんもまだ入ってないんじゃない? 順番だと時間かかるし、いっしょに入ろうぜ」
    「いっしょに!?」
     叫んでしまったけれど、これは仕方ないと思う。先輩といっしょに風呂に入るなんて初めての機会だ。思いもよらないことに心臓が跳ねる。
    「あ、嫌だった?」「そんなわけない! いっしょに入ろう!」
     咄嗟に否定して、敬語外れてしまっているのに気づいたのは先輩が驚いたように目を丸くしているのを見たときだ。「俺、背中流します」顔に熱が集まるのを自覚しながらそう言うと、一拍置いてくふくふと笑う声が聞こえた。
     幸い家族が起き出した気配はない。自室に先輩を招き、風呂の支度を整えていっしょに脱衣所に向かった。

     初めて見た先輩の裸体は学校での様子からは考えられないくらい鍛え上げられていた。先輩が強いのは知っていたし、どんな筋肉なのかと思い描いたことも、体育の様子を教室から遠目に眺めたことすらあったけれど、想像以上だ。
     お風呂であたたまったからだろう。先輩の体にうっすらと傷跡が浮かび上がっている。アルバイトの過酷さを物語るようなそれをなんとはなしに見ていると先輩がそっと体の向きを変えた。
    「竈門くん見過ぎ」
    「え、あ。すみません」
    「野郎の裸なんか見てどうすんだよ」
    「先輩の体は見応えがありますよ?」
     我妻先輩は信じがたいものを見る目でこちらを見た。何言ってんだこいつ、と目線と匂いが問いかけてくる。
    「甘いものをよく食べるのに贅肉にはなってないし、ほら、お腹にだってぜんぜんついてない」
    「ばか、つつくなよ」
    「肌もきれいです。すべすべで、水滴もコロコロ転がるみたいに流れるんです」
    「どこ見て言ってんの」
    「ほっぺたですよ。……先輩の筋肉は俺の目標です。伊之助もすごいけど、流石に目標には高すぎるので」
    「伊之助はなあ、筋肉ほんとすごいよな。肉体美って感じでさ。あれは女の子にモテるわ、間違いない」
    「先輩は伊之助みたいな体が好きですか?」
    「お前ほんとに大丈夫? のぼせてない?」
    「……あの、ちょっとだけ、胸筋さわってもいいですか?」
     風呂では声が響くからと、俺たちは囁くように話をした。ぱちゃんとお湯を顔にかけられて話は終わってしまったのは残念だったけれど、咳き込みながらも俺はしっかりと先輩の肢体を目に焼き付けた。

     風呂から上がり、先輩が髪を乾かしている間におかずやみそ汁を火にかけ温め直した。いいタイミングで炊き上がりを知らせてくれた炊飯器の蓋を開け、切るようにほぐす。俺は土鍋でご飯を炊くのが得意だけど、鍋を見張らずにすむのはこういう時にとても助かる。文明の機器はすばらしいな。

    ***
     
     食後に温かいお茶を淹れた。二人してそれをすすり、ほっと息をついて、それがまったく同時だったものだから思わず笑ってしまった。
    「なーに笑ってんのよ」
    「先輩だって笑ってますよ」
    「そりゃあそうでしょ。竈門くんちのごはんめちゃくちゃうまいんだもの」
     満足そうにお腹をさする先輩は上機嫌で、つられて俺まで幸せな気持ちになってしまう。
     我妻先輩が俺の家でごはんを食べていただけで十分幸せだったので、もはや溺れてしまいそうだ。
    「明日の朝ごはんも食べられますよ」
    「マジで? ほんとにいいの?」
    「もちろんです。というか、食べないつもりだったんですか?」
    「竈門くんちでパン買えばいいかなって思ってさ。……ふへへ、うれしい。うれしいなあ。竈門くん、俺、ごはん作るの手伝うよ」
     にこにこと幸せそうに笑う先輩は気味の悪い笑い声なのにどうしてか愛らしい。手伝いの申し出をありがたく受け取って、俺たちは並んでシンクに立った。俺が洗って、先輩がゆすぐ。二人でやればあっという間に片付けも終わってしまって、後は寝るだけだ。もっとゆっくり過ごしたいけれど、鋼鐵塚さんの工房は山奥にある。明日の朝は早めに家を出ないといけない。名残惜しいと思いながら客間に布団をふたつ敷いた。
     狐面の男はいない。うちに来てから、あれは家族の寝室の隅に座り込んで動こうとしなかった。眠る家族に何かする気なら絶対に許さないが、敵意や害意のにおいはしない。ただ座っているだけならば問題はないだろう。

     夜はだいぶ深いけれど明かりを消すのが惜しい。先輩は宿直室で寝ていたのが響いているようで、スマートフォンを操作しながら布団の上をコロコロ転がって遊んでいる。微笑ましいが先輩には眠ってもらわなければ。五時間後には家を出るのだ。
     名残惜しさを抑えて消灯を告げる。先輩が枕の下に刈込鋏を仕込んだのを確かめて明かりを消した。
    「明日は早いので寝たほうがいいですよ」
    「竈門くん、もう眠い?」
    「いえ、でも」
    「大丈夫だって。目覚まし時計もスマホのアラームもセットしたんだし、もう少し話そうぜ。こんなの滅多にないだろ」
     先輩がこちらを向く気配がしたので、俺も仰向けにしていた体を半分転がして先輩の方を向く。くっつけて敷いた布団のせいだろうか。思ったより近くから先輩の匂いがする。暗くてよく見えないが「ふひひ」と笑う声はくぐもっていて、口もとまで布団をかぶっているのかと思う。だんだんと目が闇に慣れてきて、先輩の瞳がどこかから入りこんだ光を受けてきらめくのが見える。
     なんだかとても、落ち着かない。
    「すこしだけですよ」
     ソワソワする身の裡を抑えるように、抑えられるように、細心の注意を払って声を出した。先輩がひそやかに笑い、嬉しそうな匂いが鼻先をかすめた。

     おかずの感想を言い合って、持ってきてくれたエビチリと春巻きが先輩の手作りだと知って驚いたり、禰󠄀豆子の手料理が食べてみたいと呟いた先輩が俺の顔を見て急に謝ったり、先輩のアルバイトの話を聞いたり、店番中に冨岡先生が来た話をしたり。
     先輩の声を聞いて匂いを嗅いでいると、ソワソワもずいぶんと落ち着いて、今度は眠気が忍び寄ってくる。ダメだ。そもそもあの狐面から先輩を守るつもりで誘ったので、この夜は寝ずの番をしようと決めていた。
    「竈門くん、眠い?」
     先輩の声がする。匂いがする。
     こぼれそうなあくびを噛み殺す。先輩がくすくす笑う。
    「おやすみ、また明日な」
     寝ないでいようと、思っていたのだ。

     背中に温かいものがある。その感覚で目が覚めた。
    「――っ!!」
     叫びそうになったのを慌てて押さえ込む。眠ってしまった! どうしよう、先輩は大丈夫なのか!? いつの間にか寝返りを打っていたらしく、俺は先輩がいるはずの布団に背を向けていた。様子を確かめようと振り返ると、件の先輩はすぐ近く、それこそ寝息がかかるほどの位置で安らかに眠っている。なるほど、あの温かいものは先輩だったのか。俺はてっきり弟妹の誰かが入り込んできたのかと思っていたのだけど。どうして匂いで気づかなかったのかと思い、先輩がうちの匂いを纏っているせいだとわかってどうしようもない気持ちに襲われた。
     視線を巡らせてもあの悪霊はいない。俺はほっと息をついて、そうして改めて先輩を見た。隣の布団で眠っていたはずなのにどうして俺の布団にいるんだろう。寝ぼけたのかなあ。すり寄ってくる先輩を腕の中に招き入れると遠慮なくくっつかれた。顔は見えなくなったけれど、その分髪がよく見える。指先で金色に触れると少しだけひんやりしている。でも触り心地はとても良くて、集中すると先輩のぬくもりがわかる。
     ――ずっと、毎日こうだったらいいのに。毎日我妻先輩と晩ごはんを食べて、同じ部屋でいっしょに過ごしておやすみを言う生活。どうにかして手に入らないものか。
     そんなことを取り留めもなく考えていると不意にアラームが鳴り出した。
     結局、かの悪霊は一度も客間へ姿を現さなかった。

    ***

     九人分の朝ごはんともなれば一つの戦場のようなものだ。我妻先輩はなんだか嬉しそうに「こんなたくさんのごはん用意するの初めてだよ」などと言いながら手を動かしている。先輩の手を借りて朝ごはんの支度をしていると店の手伝いをひと段落つけた禰豆子が台所に顔を出してくれた。
    「よく眠れたか?」
     飛び上がって喜ぶ我妻先輩を抑え、念のためにと思って禰豆子に確かめると「なんだか不思議な夢を見たよ」と朗らかに笑う。
     雪の深い山奥で家族みんなで暮らしている夢だったそうだ。親戚が営んでいる雲取山の炭焼き小屋に似ていたと言うので「そうか」と返す。
    「それだけか? 悪い夢じゃなかったんだな?」
    「そうだけど、どうしたの?」
    「なんでもな」「お兄ちゃん」「……くはないけど、うん、大丈夫だったならいいんだ」

    *********
    ここまで
    以下メモ
    オチも含む
    *********

    大正炭治郎は我妻に先立たれる。
    落雷で消し炭になって風に吹き飛ばされたのを目の当たりにしたのにあんまり現実味がないものだから、神速でどこか遠くに行ってしまったのだと認識をすり替えてしまう。
    そんなわけで、我妻を探すことに余生を費やす。さがしてさがして、もちろん見つからない。
    周りの人はやりたいようにやらせる派と諫める派に分かれる。
    やりたいようにやらせる派筆頭は禰豆子
    諫める派筆頭は伊之助
    病に倒れて床に伏せても炭治郎は言う。
    どうあっても、俺は善逸を見つける。きっともうすぐ見つけられる。そんな気がするんだ。
    そうして死んで、幽霊になって、近所のトラ猫が我妻の生まれ変わりだったことを知る。
    それは3人によくなついていた猫で、我妻の不在に堪らなくなった時などは炭治郎にすりより温もりを分けてくれていた。我妻が死んでいたことをようやく実感し、そばにいたのに気づかなかったことをひどく悔やむ。猫の我妻は霊感があったが記憶はない。泣き崩れる炭治郎の幽霊があんまり辛そうな音を立てるから寄り添うけど、なんでそうなってるのかはわかってない。そのうち炭治郎も我妻が覚えてないことに気づくがそれでも嬉しかった。覚えてなくてもそばにいてくれた。自らの愚鈍さを許されたような気がした。
    別に誰も炭治郎を責めてない。人間の我妻は炭治郎のことが大好きだったから雷公に頼んでそばに生まれなおしたくらいだ。獣の形でヒトの記憶は耐え難いだろうと記憶は封ぜられていたけど、耳は健在だったので猫の我妻は竈門兄妹にめっちゃなついた。だって竈門兄妹の音大好きだもの。炭治郎はしょっちゅう出かけていたからなかなか一緒にいられなかったけど、禰豆子ちゃんのところには毎日行ってご飯もらってたし、炭治郎が戻ってきたのを知れば必ず会いに行ってた。
    猫の我妻は猫にしては長く生きた。動けなくなる前に禰豆子と伊之助の前から姿を消し、幽霊の炭治郎に看取られた。ぽわんと魂が抜け出たところを抱きしめようとして、落雷。
    魂が持っていかれた。

    雷公にしてみれば、かわいい我妻がかつての友とはいえ現世をさまよう霊に捕まるのはかわいそうだろって気持ち。
    炭治郎的にはこれから幽世で仲睦まじく暮らしてやろうとしていたところでかっさらわれてブチギレ。
    話し合えばワンチャンあったかもしれないけどそんなことしようなんてどちらも思わなかった。
    我妻が生を愛していたから、雷公は輪廻の輪に我妻を乗せた。
    炭治郎はその後を追った。輪廻の輪とか理解の外にあるから、我妻が生まれたそばにある命の萌芽に溶け込んだ。いちおう、魂が宿る前のものを選んでるけど完全に悪霊ですねわかります。

    そんなことしてるうちに我妻が我妻先輩に転生する。いつものように追いかけようとした幽霊だったが、どうにもどこかに引き寄せられる感じがする。必死になって抗って、ついには二つに引き裂かれたけどどうにか我妻のそばにたどり着く。手近な胎に狙いを定めるがどうしてか入れない。引き裂かれた半分が本来あるべき転生先に宿ったから。同時に二人はダメ。
    しょうがないので背後霊する。だんだん形も崩れてきたし、記憶や自我も曖昧になってきたけど我妻への執着は残ってた。夢枕に立って逢瀬を重ねてそのまま掻っ攫おうとしてる。
    我妻先輩が引き取られたのが桑島翁のとこじゃなかったり、はさみのお呪いが効かなかったら、高校入学前にアウトだった。
    そんなこんなで竈門くんと出会い、近くにいたせいでだんだんシャンとしてくる。

    竈門くんも欠けてるけど家族が埋めてくれてる。



    *********
    この竈門くんは最終的に狐面の男を鋼鐵塚さん謹製の人斬り包丁で首をはねます。
    首がとぶ勢いで面が外れます。赤い目が射殺すように竈門くんを見ます。ほろほろ崩れる手を我妻先輩に伸ばしますが、竈門くんはそれを許しません。
    そのせいで欠けたものは永遠に埋まらなくなるし二度と一人で眠れなくなるけど家族と我妻先輩と伊之助がいるからまあ大丈夫です。
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