くお+なぎ 幕勝ちif(他は全員死んでる)
「好きなんでしょう? 僕のこと」
血を分けた双子の兄に投げつける言葉としては随分と生々しい言葉だった。言われた側はと言えば死刑を宣告されたかのように絶望的な表情を浮かべて僕を見上げる。
最終裁判、その後。誰も僕を追及することもなく、ペナルティとしてその命を散らすことになったクラスメイト達を弔いながら最後に残ったひとつの命に目を向けた。左右で異なる配色の、同じ目の色をした実兄はいつもは閉じた瞳を見開いてどうしてそんな、と言いたげに口を薄らと開けている。
「実は僕、人に向けられる感情が分かるんだ。さっきそこで僕のかわりに死んだ内通者はね、僕が居なきゃダメなんだって。依存するのは煙草だけじゃ無かったみたいだね。でも兄さんは他の誰とも違う味がする。全然ぴんと来なかったんだけど、これが恋愛? ってやつなんだ。教えてくれてありがとう」
肉塊を汚さないように細心の注意をはらいながら歩み寄り、兄の身体にその身をもって影を落とす。この状況下でにこにこと笑い続ける僕が理解できないのか、弟がこのコロシアイを引き起こした黒幕であったことが信じられないのか、それとも今言われた事が信じられないのか、接近されても微動だにしないままだ。
ここまで反応がないともしかして僕の推理が間違ってたんじゃないかなあ、だなんて不安になるんだけど。空腹で鳴り止まないお腹を抑えながら学校の宿題を進めたら賢いなって褒めてくれたのは兄さんのはずなのに。
「……違、俺は……お前に、普通の人間らしく……」
「ねえ、それ、まだ言うの? もう全部無理なんだよ。ほら、全部終わっちゃった。閉じ込めて、殺しちゃった。それでもまだ僕のことが好きなの?」
見せつけるように両腕を開いて辺りを少しだけ闊歩する。べらべらと喋りつつ見回せば、惨状とも言うべき素晴らしく絶望的な光景が広がっていた。
僕はたまにかなり饒舌になるという。それを教えてくれたのは誰だっただろうか。生憎既に胃の中で味わい尽くした肉塊に興味は無い。そしてその瞬間は今だった。普段寡黙に陥っている際は喋ることで空腹が加速するからで、胃にものをいれた時の自分は機嫌が良くなってよく喋るのだと。
だがそれは日常という名の食事に絶望のスパイスを取り入れてから悪化したようにも思える。ある日絶望病の人体実験に使われていた脱走者に出くわし、空腹からそれを獲物として消化した僕は同じく絶望病に犯された。しかし生物として既に別のステージに立っていた僕は逆にその病気ごと飲み下し、更に純度の高く最上級の絶望として目覚めたのであった。確かに多少の人格の変化があったようにも思えるが、その前後はよく覚えていない。
「まあ、その方が都合が良いけどね。実はそんな兄さんのために〜、スペシャルなコースを用意しました〜! あ、スペシャルな僕のための兄さんを使ったコースだよ。ちゃんと略した所も理解してね」
何を言っているのか理解できない。何をしているのか分からない。まるでそう言いたげな顔だ。こんなにゼロから百まで丁寧に説明してあげているというのになんでわかってくれないのかなあ。
このコロシアイを企てたのは僕ではないが、このコロシアイを最大限利用するために乗ったあげたのは僕だ。実験施設の人間どもの利用されるとしても超高校級という美味しそうなフルコースを堪能する機会を逃したくなかった──更にそこに世界一美味しそうな兄も加えて良いと言うのなら!
僕を見つめる保護者じみたその視線に別の味が混ざり始めたのは何時のことだっただろうか。正直理解は出来なかった。でも確かに僕も兄のことが好きと言われれば好きなような気もしてきた。僕は僕のことが好きで気持ちの籠った美味しそうな匂いの人間のことは好きだ。だから同じ気持ちだと思ってた。え、非人間? でも、誰だって自分のことが好きな人間のことは好きじゃない? それと同じことだよ。
だからつまり、
「僕も兄さんのこと、だーいすき」
リクソラ 片思い愚痴 ソラ不在
午後二十三時、残業終了から三十分後。
かつて利用して散々な目にあった居酒屋で、俺は同僚と向き合ってべしゃべしゃに泣き腫らしていた。
傍らには空になったグラスが何本も転がっていて、店員は金曜のこの時間帯が一番忙しいのか全くもって引取りに来なかった。いつかビールサーバーよりもグラスが先に底をつきそうだ。
それで、そんな華金の議題。鼻水を啜りながら泣く俺に同情しているのかドン引きしているのかよく分からない顔をしながら同僚はつまみの焼き鳥を齧りながら、俺のどうしようもない片思いの愚痴を聞き続けている。
「だ、だって好きだけどぉ……俺みたいな奴にエリートというかさ、勝ち組のソラが振り向くなんて一切思ってないしぃ……」
「そっかー」
だってソラは綺麗だ。髪とか……どんな高いシャンプー使ってんのかなーとふと疑問が頭をよぎるほど手入れされているし、何より純粋にびっくりするぐらい顔が良いなーとも思う。これで仕事もできるんだから神は二物も三物も与えすぎだろ、とも。
対して俺はなんも取り柄がない。顔が良いわけでも、仕事が出来るわけでも、それに付随して自信がある訳でもない。何かひとつ上げるとしたら人よりちょっとは身長が高いけど、無価値な元悪魔がちょっと縦にデカかろうと誰も気にはとめない。
つまり、無謀だ。最近は勘違いおじさんが若い新卒女性に自分のことが好きなんだろうと迫ってセクハラ事案になったこともあったが、なんか本質的にはあれと同じなんじゃないかと思う。そう考えるとまずアタックするのも怖い。でもこうしていい歳した男がうじうじしてるのもキモい。何らかの罪状が付きそうだ。それ以前にまず俺達はただの友人で同性だし。そう考えるとますます絶望的である。信じていた友人に通報されて捕まったら本気で留置所内で自殺を考える。ついでに今はガチガチに対策されているであろう留置所内でどうやって首を吊るのかが今一番ホットな想像の議題だ。
と、言い訳するだけでこれだけ羅列できてしまうのだ。もう、誰かにこうして発散しつつ墓まで持っていけたのなら御の字、そうやって自分を納得させている。
「まあ、確かに六ってその、ソラ? さんに比べたら道端の石超えて砂ぐらいの価値なんだろうけど」
「否定はしないけど俺にだって人の心はあるぅ……」
「長年友達してくれてるのならまあちょっとは大切に思ってくれてるんじゃない?」
「哀れみなんだ! 突き放してこれ以上落ちぶれるのが痛々しくて見てられないだけなんだあ!!」
「クソ面倒くさ」
酒を煽ってわあわあと泣き崩れる俺を見て同僚は心底呆れた目で死体蹴りをする。こんな面倒くさい男確かに誰も貰いたくない。俺って本当に不良物件だ。例えるなら築二十年木造駅徒歩三十分アパート一階大家の隣の部屋、犬使六。やばい、もっと泣けてきた。こんな所誰も住みたく無さすぎる。誰か一思いに殺してくれないかな。
ていうかそもそもあいつ、俺が哀れだから黙ってるだけでもうとっくの前から彼女ぐらいいるのでは? 絶対俺は彼女がいたら連絡取るのは自重するし、もうあんなに距離近くいられないし、それを分かって伝えるのを遠慮してくれているんだろう。もうダメかもしれない。もし願いがひとつ叶うなら、今は命とかよりもソラの本命を教えてくれって叫ぶと思う。ソラの彼女……ソラの彼女。そりゃもう美人でスタイル良くて品もあって完璧なんだろう。かなう要素がひとつも無い。
絶望的だ。本当に今すぐ土葬して欲しかった。
「あ、俺彼女から連絡来たから帰るわ。奢って」
味方なんて最初からいなかったのかもしれない。
あらせり 攻めの猫耳猫しっぽ
「芹くん助けて、俺猫になっちゃった」
「寝言は寝てから言いなよ、新くん」
時計は夜の二十時をさす間際。自宅のインターフォンが鳴ったかと思えばフードを深く被った長身の男がモニターに映っていた。流石にこんな夜中に外に放り出す訳にも行かず玄関まで迎えに行くと、鍵に手をかける前にがちゃりと音を立てて外側から開かれた。
コンビニ程度だったらギリギリ外に出るのも耐えられそうな部屋着のまま急いで来たらしく、その背後からはゆらゆらと黒く毛艶の良いしっぽが揺れていた。──三十路の男に、猫耳と猫しっぽが付いている。
「それって何時から?」
「うん、今日も家に帰ってから芹くんのことずうっと見てたんだけど、気が付いたら生えてた」
「答えになってないな……」
この世に常識が通用しないのは最近嫌という程思い知らされたばかりだ。納得はできないけどきっとこんな事もあるんだろう。
そしてそんな新くんはと言うと、男の猫耳のくせに顔が死ぬほど良いから見るに堪えないどころか凄く似合っているように感じる。心情的には何時ぞやの飲みの最中、新くんが小さくてふとましい何かしらの物体になった時のような可愛らしさすら感じる出来栄えだ。
「中々酷いことに……」
「まあ、ぶっちゃけ今の俺のこと可愛いって思ってるくせに」
「ばれちゃった」
艶々すべすべとしたしっぽはしゅるりとおれの脚に巻き付き、おれが喋る度にその耳は聞きもらさんとしているのかぴんと立つ。人体的にどうなっているのか不思議で思わず手を伸ばした。
が、それは珍しく新くん自身の手によって遮られる。
「こういう時下手に触ったらろくな事にならないって昔からのお約束だから」
「何のお約束だよ……」
「知らないの? お医者様のくせに無知だね」
「…………じゃあ、おれの見立てだと明日起きたら治る」
「へえ、お医者様が言ってるんだから本当なんだろうな〜」
新くんが寝てる間にめちゃくちゃに触ってやろうとか、隙を見てしっぽを掴んでやろうとかそういうのも全部お見通しなのかもしれないけど。今日は珍しく平和に二人で過ごそうと思ってくれたのか、新くんはそのままゆるりと笑ってソファに座り込んだ。
セルゆお 捏造馴れ初め
『日本は今四季が巡り、貴方と出会った春から夏になろうとしています。伊太利の夏は日本よりも湿度が低くからっとしていて、その分日差しが強いと昔本で読みました。過ごし辛い日々が続くと思いますがどうかご自愛ください。
櫻川 結緒』
そこまで万年筆を走らせ、かたんと音を立てて筆を置いた。あとは宛先を書いて切手を貼って送るだけだと、俺は視線を小さな箱に向けた。その箱は丁度今書いている手紙が入る大きさのもので、中を確認するといくつかの手紙が折り重なって入っていた。その内のひとつを手に取り裏面を見ると流麗な文字でSergio=Contiと書かれており、その下には伊太利のとある住所が記載されている。手も疲れたことだし一先ずは書き写すのを後にしていいだろう、と考えて中身を開いた。
Sergio=Conti──セルジオと名乗った異国の男性に文通を申し込まれたのは春のことで、独りで生活するのに慣れきって外部との交流を遮断していた自分にとっては初めて聞くに等しい言葉でもあった。それと同時に、もう十年以上も昔にこの国は航空郵便が始まっているのだとも教えてもらい、己の無知を恥じたのはしっかりと覚えている。
しかしまず、そもそも何故文通を申し込まれたのかというと、久しぶりに降りた街中での偶然の出会いがきっかけだった。自分は事情があって街から少し離れて人が滅多に来ないような寂れた地でひっそりと暮らしていたが、その日はたまたま新しい本を買いに、帽子を目深に被って本屋に訪れていた。そこでこの辺りでは滅多に見かけないようなくせのある茶髪を持つ非常に長身で逞しい青年を見かけ、つい目で追ってしまったのは記憶に新しい。だが、好奇心の視線がすぐに心配に切り替わったのはどうやら彼が何か探し物をしているらしい事に気づいたからだった。
様々な本を読み漁っていたお陰で人よりかは英語に自信は持っていたもののその言語が目の前の青年に通じるかは一か八かではあったし、人馴れしていないせいでその声が震えてしまわないかと不安でもあった。気味が悪ければすぐに逃げてもらおうとの気持ちで被っていた帽子をとり高い位置にある顔を見上げて声をかける。
『すみません、そこのお方。何かお探しでしょうか』
気難しそうに本棚に向けられていたその顔は声のする方向──俺の顔を見下ろし、それから少しだけ目を丸めてからふ、と笑う。俺とは比べ物にならない程使い慣れた英語で自分はイタリアという国から旅行に来たこと、日本の観光用の本を探していること、名前をSergio=Contiと言うことをゆっくり聞き取りやすいように発音しながら話してくれた。
『申し遅れました、俺は櫻川結緒と申します。ええと……観光用の指南書ですね。確かこの辺りに……ありました! これでお間違い無いでしょうか』
『ああ、こんな所にあったのか。ありがとう、君のお陰で今後の旅行も楽しめそうだ。……ところで』
表紙を見るのをそこそこに俺に視線を戻して話を続けるセルジオに、本探し以外で何かまた用事があるのだろうかと首を傾げる。何処をどう曲がったら何があるのか、という話には生憎この街に詳しくないせいで全くお役に立てそうにない。聞いてみれば実際の要件は全く別であったが。
『探してくれたお礼に食事でも奢りたい。早速で申し訳ないが、今夜は空いているだろうか。君の優しさに何かしらの報いがないときっと俺は罰を受けるだろうから』
『お、俺とですか? 構いませんが、その、それ程貴方に何かをして差しあげたという訳ではありませんし、きっと傍にいるとご迷惑をおかけしてしまいます』
『そんな事はない。良かった、空いているのなら是非。君の好きなものでも食べよう』
といった経緯で連日セルジオと巡った晩御飯のお店の数々は到底自分一人では周りの視線も怖くて縁がなかった店であり、正直、心の中では都合よく扱っていたことも……事実だと認める。そもそも行くたびにまた明日の夜もなどと言ってたった一回助け舟を出しただけの俺なんかのために毎度毎度食事を誘い続けるセルジオだって律儀が過ぎると思うけれども(同じことを他の人にもしていたら朝昼の食事は他の人で埋まっているに違いない)。だがセルジオが語る様々な異国の話は日本からでたことの無い自分にとってはとてつもなく魅力的であったし、心地の良いテノールから紡がれる話の数々は聞き取りやすく楽しかったのもまた事実だった。誘われる度に断りを入れるものの口だけだと言われれば否定はできない。
「結緒、それ確実に好きですよ。きゃーっ! 遂に兄に春きたる!? わたし信じてましたから。いつかこの日が来るって」
一度助け舟を出しただけの男に何故こうも構うのだろうと真剣に頭を抱えて縋った先の実の妹は、軽薄な言葉とは裏腹に真剣な目をしてこう言っていた。たしかにこの世は同性同士での結婚などありふれた事だけれど、出会ったばかりの自分のような異国、それも忌み子に好意を寄せるなど到底夢物語に近いと一蹴してしまった──後にそれは事実と分かるが、今のところは知る由もない。
『明日、イタリアに帰るんだ。日本も十分観光できた。確かにここは素晴らしい所だ。それに君のような素敵な人にも出会えたし』
『そう……なんですね。セルジオさんが楽しんでいただけたのなら良かった。どうか帰りもお気を付けて』
セルジオの日本滞在最終日前夜、いつもの様に夕食を共にしていると、さらりとセルジオは今日で最後などと告げた。旅行にいずれ終わりは来るのは当たり前のことだけれど、既に心中ではいなくなってしまうのが寂しい、などと甘えた考えが首をもたげていた。
『それで、結緒がよければなんだが』
ほんの少しだけ覚悟を決めるように息を整え、喉仏が震える。それから意を決したように翠玉色が此方を見つめた。
『結緒と離れてからも話していたい。──君と文通がしたいのだが、良いだろうか』
初めて此方の様子を伺うような、緊張に染まった表情のセルジオを見た。珍しさに目を見張りながらも心の中は喜色で染まり、断る理由など何処にもないように感じられた。そもそもずっと独りで暮らしていて寂しかったのだ。ぱっと頬に血液が集まるのを感じる。自分で切るのが難しくて肩まで伸びてしまった黒髪に指を通し視線を逸らしながらもやっとの気持ちで言葉を返した。
『はい。良ければ、是非』
──それがこの文通の始まりだった。この距離があまりにも離れたやり取りは途切れることのなく続いている。人と交流がない自分はともかくセルジオはどうやって時間を捻出しているのかは謎だが、今は自身の生き甲斐のひとつと言っても過言では無い。セルジオからの手紙が届く度に何が書いてあるのだろう、今はどうしているのだろう、と浮き足立つ気持ちは人付き合いの少ない自分にとっては紛れもなく友人に向ける感情の範疇であった。
そこまでを回想すると、自分のような人間でもあの優しい人はいつ手紙が届くかを自分と同じように待ちわびてくれているのかもしれない、と自惚れのような気持ちとやる気が湧いてくる。一旦手元に置いていた万年筆を手に取って、裏面に自分とセルジオの名前と住所を書き連ねる。
いつかそれがひとつになることなんて、今は思いもしなかった。