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    話してた分の文字化

    「お兄さんなら特別にモニターとして……」
    「え、本当ですか? やった。ありがとうございま──」
    「オイ、何してんだンな所で」

     太陽は沈み、夜に差しかかろうとしていた頃。ほぼ同じタイミングで声を掛けられた私は僅差で後から話しかけられた方に顔を向けた。
     視線の少し上に位置していた顔立ちは案の定というか、犬のように尖った歯が目立つ目付きの悪い少し伸びた深青の髪の男。日常でふと出くわすことの多い彼に話しかけられようが驚きは少なくなっていた。特にこの辺りは少し治安が悪く(と当の本人が言っていた)、シマの責任者としてよく彼が彷徨いているのも目にしていたからだ。
     私は折角なのでたったいま自身に降りかかった幸運を自慢してやろうと口を開く。得意げな顔に、得意げな所作を混ぜて。

    「そこの店舗で無料でマッサージして頂けるそうなんです! 疲労によく聞くオイルマッサージでして、特別に私にだけ。ラッキーですよね!」
    「おう良かったな。んで? そのマッサージ師とやらは何処にいるんだよ」
    「何言ってるんです琥珀さん、目の前にいるじゃありません、か……」

     振り返ればその場に幸運こと男性は居なくなっていた。
     誰もいなくなった背後を見、また彼を見直すと、一瞬だけ底の冷えるような鋭い視線を路地の方面に向けていた琥珀さんはふっと普段の表情に戻り、私と目を合わせるとまたその眉間に深く皺を刻む。将来痕になるからやめろと言おうとしたものの、その雰囲気に気圧され言葉が詰まった。

    「えーっと……ほら、そんな怖い顔するからどっか言っちゃったじゃないですか。まさしく鬼の形相って感じです。だからこうして堅気の方にも逃げられちゃうんですよ」
    「………………」

     理由は分からないが、怒っているのかもしれない。出来るだけ穏便に済ませようとおどけたように彼をからかう。然し言葉を紡げば紡ぐだけ、口を回せば回すだけ琥珀さんの眉間には樹齢みたいに深く皺は刻まれていくしもし指でも突っ込んだならば刹那で切り落とされそうなほど強くぎりりと奥歯に力を込めていく。
     流石に逆効果だと悟った私はデクレッシェンドで表せそうなほど言葉の尾を小さくしていくものの、琥珀さんの機嫌は治らなかった。
     このまま地獄の雰囲気が永遠に続くのだろうと思われたその瞬間、漸く琥珀さんがその口を開く。

    「お前……この前俺が言ったこと、もう忘れたのかよ」
    「この前?」
    「愁に何かあった時に心配する奴のことを少しは考えろって言っただろ」
    「んん? ……ああ、言ってましたね。でもそれとこれと一体何の関係性が? 確かにあの時は明らかに怪しいクラブでしたが、今回は善意でサービスをしてくださる優しいマッサージ店です。全くの別物だと思いますが」
    「お前、ッさあ……!! よく考えてみろ、タダで玉くれるパチ屋があったら怪しいだろうが!」
    「それもこれとは話が別だと思いますが……きっと終わった後にレビューを書かせて店の評判の宣伝にするだけですよ。大丈夫です」

     琥珀さんの顔はどんどん歪み、最終的には呆れて重苦しい溜息を吐く。もうどうしようも無いと匙を投げられたのかまた無言の時間が暫く続いた。流石の私もいたたまれなくなったもののやはり琥珀さんの話と私の現状は違う気がして、小首を緩く傾げたままで。やがて琥珀さんはもう一度深く溜息を吐くと踵を返して何処かに立ち去ってしまった。



    「と言うことがあったんですが」
    「いや、それは曙さんが悪いっスね!!」

     家主──琥珀さんが出張で東京から神奈川に飛んでいる間、私は珍しく琥珀さんの家にお邪魔していた。昔は琥珀さんの許可が無いといくら緊急でも締め出されていたものの、正式にお付き合いするようになってからはこうして出入りするハードルが随分と低くなった。恐らく琥珀さんの口添えがあったか、もしくは目の前の青年が持ち前の怖いもの知らずで周りの者に進言したのであろう。
     そしてその目の前の青年こと髪を全て後ろに撫でつけた顔の傷が目立つ同い年の新人、剛力三弦さんは何の躊躇いもなく私の報告、または相談をばっさりと斬り捨てた。あまりにも即座に叩き斬ったものだから思わず困惑の視線をリビングの奥に向けると、キッチンの中に立っていた長身の壮年の男、御影総二郎さんは気まずそうに露骨に──表立って口には出せないが三弦さんに同調しているとばかりに──視線を逸らす。

    「一さんが聞いてたら、まあ殺されてたかもしれないっす」
    「それ程?」
    「いやあ……流石に殺しはしないと思うけど。でもちょっと曙さんにも責任はあるかもね」

     何が悪いのかと真剣に考え込む私を二人が生暖かい視線で見守り、沈黙の中をランダム再生の洋楽が流れる。総二郎さんのスマホのBluetoothで接続されていたそれがアウトロに差しかかり、やがてゆったりとしたジャズへと切り替わったタイミングで口を開いた。

    「そうでも無いと思いますがね」
    「うわぁ」
    「うわぁってなんですかうわぁって。だってこの提案は双方にメリットがあるでしょ? 確かにあのクラブの騒ぎの件は私に非はありましたが、絶対にこれと話は別です。そう言えば通りもん持って来たので是非、皆さんでどうぞ」
    「あざーーす!!」
    「ありがとね。嫌でも曙さんの育ってきた環境が気になるワ……今まで大事には至らなかったの?」
    「はあ、特には」

     簡潔に答えると総二郎さんは眉と目尻を下げて笑う。通りもんによく合いそうな渋く匂いの立ち込めるお茶を淹れつつも視線だけは此方を捉えている。

    「自分の幸運に感謝した方がいいね、それは。世の中良い人だけじゃないんだから。曙さんもよく分かってるでしょ」
    「そーそー、俺が言いたいのは御影さんと同じですよ!」

     まるで二人に責め立てられているような感覚に陥っていると、玄関の方からがちゃりと扉の開く音がした。其方に一斉に視線を向けると錆びた鉄のような髪色の一重瞼の男が両手にレジ袋を抱えて戻ってきた所であった。熊澤一さんはまず最初に私を一瞥し、沈黙を破る。

    「ただいま……、アンタもいるのか」
    「いますよ。おかえりなさい」
    「アンタはおかえりなさいじゃないだろうが!!」
    「通りもん持ってきたのでどうぞ。あ、駅前で配っていたモンスターの新作もありますよ」
    「…………………………」

     三弦さんにも言えることだが、どのような喧嘩をしたら顔にそんな深い切り傷が入るのかが少し気になる。聞き出せる勇気や聞いて微妙な気持ちにならない保証は無いが。
     一さんは私の目の前に鎮座するガラスのローテーブルに買ってきた酒缶やら軽いつまみやらを並べつつ顔を上げて此方を見る。

    「随分と盛り上がっていたようだが、何の話をしていたんだ」
    「曙さんは危機感死んでるっすよね〜って話をしてました!」
    「また兄貴に迷惑をかけたのか? 言っておくがそろそろ……」
    「はいはい、どうぞ曙さん」

     総二郎さんが割り込んで私の前にお茶を置く。一言二言言葉を交わしながら各自の前に酒なり菓子なりを適当に並べている間に三弦さんが事のあらましを一さんに告げ、その顔は矢張りと言っていいのか琥珀さんのように段々強ばっていく。
     私は素知らぬ振りをしながら大の男四人が並んで座っても余裕がありそうなふかふかのソファに身を任せお茶を啜る。その様子ですら恨めしそうに見られていた。

    「どうにかならないのか、それは。仮にも兄貴の女がこのザマじゃ駄目だろ」
    「女じゃないですし。……と言うか、そう、幾ら顔が良くても橋本環奈でも私は男ですよ? しかも貴方達に比べたら無いんでしょうけれどもそこそこ身長もありますし。危機感危機感って言われても困ります」
    「でも最近あの情報屋にすっごいセクハラされてたって、飲みの席で兄貴愚痴ってましたよ」
    「それは……あの人が特殊なだけで」
    「そう言う特殊な人間が世の中には掃いて捨てるほどいるんだろうが!」

     確かに言われればそんな気もしてきた。
     何となく私の分が悪い気がして黙り込んでいると、三弦さんが急に声を張り上げる。

    「分かりました!! 俺、いい案思い付きましたよ!」
    「言ってみろ。下らないことを言ったらシバく」

     一さんの脅しとも取れるような低い声をぶつけられようとも三弦さんは怯むことなく、右手を天に掲げて自身の『提案』とやらを声高々に叫ぶ。

    「俺が変装して兄貴の前で曙さんに声掛けるんです! んで、声を掛けられた曙さんはきっぱりと俺の声掛けを断わる。それを見た兄貴は自分の判断で誘いを断れた曙さんを見てほっと一安心! からの仲直り! どうっすか!?」
    「あ、アーー……うん……ソウダネ……」

     総二郎さんは如何にも何か言いたげと言った面持ちで顬を揉む。対して一さんは一瞬宙を仰いだ……普通だったらそんなもの上手くいくはずもないが、あの兄貴ならワンチャンあるかもと思っているのかと心理学が告げていた。

    「やってみたら? 上手くいくかは五分五分だけど」
    「俺は止めないが、責任も取らないからな」
    「えーっと……やるとしたら、琥珀さんが出張から戻ってくる日を知りたいんですけれども」
    「明後日の二十時だったはずだ。もしアンタが前やらかした場所で会うとしたら二十一時で丁度いいが」
    「……まあ……するだけしてみますか。本当に嫌われて家追い出されたら困りますし」

     と、嫌われるなんて一ミリも思っていないまま言う。それが伝わっているのか一さんは少し嫌な顔をするものの、何だかんだでその場は話を纏めてお開きとなった。
     私が扉を閉めるとオートロックがかかり、念の為総二郎さんが閉まっているかを確認してから彼の車で家まで送って貰う事にした。たまに向けられる監視じみた視線が少し窮屈にも感じるが、私にとってはこの人相手が一番肩の力を抜くことが出来る。仕事上良く接するのが二回り以上離れてはいるのもあるが、単純に一番落ち着いていて冷静だからだ。

    「じゃあ、おやすみ、曙さん。上手くいくといいね」
    「どうだか……はい、おやすみなさい」

     ぱたんと扉を閉め、何度も何度も琥珀さんに口酸っぱく言われた二重ロックを掛ける。ふう、と息をつくとその足はシャワーに向かった。別に共寝をする相手もいないのだし風呂に入るのも少し面倒臭くて。
     琥珀さんに貰った有名ブランドのふわもことしたパジャマを着てベッドに腰掛ける。手持ち無沙汰を誤魔化すようにスマートフォンを触りなが横になった。そして癖になった動作でLINEを開く。
     普段はどれだけ忙しくても最低一言二言言葉を交えてくれるのに、一日前の既読で終わってしまっているトークルームが、ほんの少しだけ寂しかった。



    「そこの綺麗なお兄さん! ちょっといいっすか?」

     声を掛けられ振り返る。基本的にこのような言葉が聞こえた時、例外なくそれは私に向けてのものであるからだ。恐らく誰かに言えば自惚れだと思われるのであろうが事実だから仕方がない。
     少しだけ下にある顔に視線を向ける。帽子を目深に被り髪型を変えてはいるものの、その特徴的な傷跡は確かに三弦さんのものであった。流石元ボーイ、なんだか所作が手馴れている。キャッチ業務もしていたのだろうか。
     そしてこっそりと誰にもバレないように三弦さん越しに背後に視線を向ける。夜の喧騒の中でも目立つ真っ白な上着と常人離れした体格は正しく彼が琥珀さん本人であると告げていた。
     何日かぶりに姿を見れた喜びを台無しにしないように押し隠しつつ私は返事を返す。

    「何でしょう」
    「嘘に聞こえるかもしれないんすけど、気が合いそうだからめちゃくちゃ話してみたいなって! 色々話したいですし、あそこのカフェでちょっとお茶でも飲みません? 出しますよ!」
    「(え……別にお茶飲むぐらいのコミュニケーションと人間関係を築くぐらい良くない……?)」

     と、一瞬フリーズする。いや然し今の私はどんな提案であろうと絶対に断らなければならない。何としてでも琥珀さんの目の前で『危機管理能力を持った私』をアピールしなければ!

    「すみません。そういうのお断りしてるんで」
    「そっ……すか〜! 残念、興味があったらまた会えた時話しましょうね!」

     三弦さんはそれだけを言うと自分の役割は終わったと足早に去っていった。後ろ姿を見送り、わざと琥珀さんのいる方面にあたかも用事があるように歩くとすぐさまばったりと鉢合わせる。
     数日前、最後に見た琥珀さんとは違いその顔は驚愕やら喜びやらに溢れていて、私が一瞬呆気にとられている間にいつの間にか肩を引き寄せられていた。私の好きな大きな手で子供にするようにぐしゃぐしゃと頭を撫で回され思わず前髪だけを死守する。

    「え、わっ……」
    「愁!! やれば出来るじゃねえか……!」

     あの時冷めた目で此方を見ていた琥珀さんの顔はぱあっと明るくなっている。子供みたいで可愛い。
     繁華街の中で男二人が抱き合っていようが誰も気にしない琥珀さんの言うこの治安の悪さが今は都合良かった。恐る恐る彼の分厚い背中に腕を回す。

    「当然、です。……琥珀さんに迷惑かけるのは別に気にしてませんけれど……貴方に嫌われるのは、絶対いやですから」
    「嫌うわけないだろ。ただ、お前が心配だっただけで。すまん、ちょっと大人げなかったな」

     私と違って非が無かろうが素直に謝る琥珀さんを見ると、ますます本当に愛されているのだと自覚する。

    「こちらこそ、すみませんでした」

     俯き、薄らと耳を染めながら謝るとふっと琥珀さんが笑みをこぼす。

    「分かればいい。……ああそうだ、今日はそっちに行くから」
    「! 分かりました。夜ご飯は準備しておきますからね」

     琥珀さんはその言葉に頷くとそっと右手を差し出す。夜に紛れて誰からも見られない掌から伝わる体温はやっぱり自分にはなくてはならないもので、何よりも心地良かった。






    「いやあ、本当に上手くいくなんて正直オレも思って無かったです!」
    「兄貴……曙さんも確かにちょっとアレだけど、兄貴ももしかしたらちょっとアレかもしれないな」
    「兄貴を馬鹿にするな! ──と言いたいところだが、俺も少し思わなくもない」
    「まあまあまあ! 取り敢えず今は兄貴と曙さんが上手くいったことを祝いましょうよ。やったー!」
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