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    「ねえ~~お腹空いたよ~~」
    「さっき食べただろ! まったく……老後が心配だぞ」
    「別にご飯食べたの忘れたんじゃなくて普通にお腹空いてるの、分からない?」
    「…………」
     小さな声で分かってるよ、とは言うけれども納得はしていないような顔だ。認めたくないと言った方が正しいのかもしれないけれど。ああ、唇噛んだらいつか怪我しちゃうかもしれないのに。でも僕にとってはその方がいいのかな?
     でも実際兄と同じぐらいの量では全然足りないのは事実で、まだ足りないとばかりに腹が音を鳴らすのも事実だった。
    「……あ、テレビとか見るか? でもこの時間帯は大体グルメ番組だよな」
    「見ない。食べられない食べ物に興味無いしお腹減るし。うん、やっぱり出かけてこようかな」
    「だ、ダメだ。今日の渚は……」
     いつもブルーライト対策だとか僕にはちょっとよく分からない事を言って伏せている目をぴくりと動かし、顔に視線を寄越した。
     最近大人しくしているせいで飢餓に思考を犯された間黒渚の顔と態度はいつもより怖い、らしい。自分で自分の顔をよく見ないから知らないが。思えば確かに何時もより気が短いように感じる。最初から玖音が止めなければ僕もこうじゃないし、もっと玖音と仲良くしたい気持ちは全然あるのだけど、やっぱり頭の中に「お腹が空いた」以外の思考を取り込めない状態では無理だ。
     今の兄は恐らく僕を外に出すことに対する危険性を危惧しているのだろう。世の中は弱肉強食と食物連鎖で回っているのだから別に取って食べても良いはずなのにおかしなことを言う。だからと言って体を渡す訳でもなくただ我慢を強いる、その都合の良い所だけしか見えてないところは嫌いじゃないけれども──寧ろ長所だと思いはするが、これは僕が僕だからこう考えているだけで世間から見たら僕だけがおかしくて彼の言うことが正しくて当たり前なんだろう。上手く理解は出来ないが。
    「ねえ……本当に死にそう。殺しはしないから……半分食べるだけで我慢するから、ねえ」
    「やっぱり食べることしか考えてないじゃないか!! だ、だめだからな……」
     じい、と見つめても効果は無い様子。人を食べる時以外だったらこの甘え声らしきもので大抵はなんとかなるのに今日の玖音はいつにも増して頑固らしい。三時のおやつを永遠に我慢させられている子供のような(僕にとってはそれより深刻な問題であるものの)張り詰めた感情を波で潰すように、突如インターフォンが鳴った。
    「ん? 渚、この話は後でな。ちょっと出てくるから窓から逃げたりしようとしたら後でめっ!! だからな」
    「はいはーい……」
     椅子にもたれ掛かり扉を閉める兄の背中をただ無心で眺めた。後日その変な部屋着のままで行かせた事に対する罪悪感的なものが心をよぎることになるが、その時の僕は空腹以外に何も考えていなかった。次の瞬間まで。
    「ッうわああああ!?!?」
     玄関を開けて応対したという事実からはかけ離れた切羽詰まった叫び声に思わず立ち上がる。
    「え、ちょ……何事!?」
     急いでリビングの扉を開けて玄関に向かうと尻もちをついた玖音の前に一人の人間が立っていた。
    「獅輝さん!」
     思わず声に出して駆け寄る。数ヶ月ぶりに会ったその顔はあまり変わらないまま、食べにくそうな紫のポニーテールを揺らして僕の方を見て笑いかけた。
    「渚! これ、渡しに来たぞ」
     久々に見た顔の衝撃で目がいかなかったが、彼はキャリーケースを軽々と持ち上げて僕に投げ渡した。勿論僕がそれを受け止められるはずもなくなんやかんやで床に取り落とす。床に傷がつく! と怒るはずの兄は尻もちを着いて唖然としたままだ。
     確かに突然家に凶悪連続殺人犯が来るのは一般的では無いけれど、僕だって彼とそう変わらないのに今更一人増えて腰が抜けるなんて意外と純粋なんだな──と軽く考えつつキャリーケースから漂う美味しそうな匂いに思わず顔を近付けた。
    「もしかしてこれって……」
    「そ、渚の好きなやつ。丁度近くに来て遊びたかったから遊んだんだけど処理に困ってなー。お前が喰うならウィンウィン? ってやつだろ」
     恐らくいつも傍にいる白い美味しくなさそうな人に教えられたのであろう言葉をぎこちなく使いつつにぱっと笑う。その笑顔だけで見れば明るい普通の人なのに実態は僕とそう変わらないのだから不思議だ。
    「丁度お腹空いてたんだ! ありがとう獅輝さん、いつか倍にして返すね!」
    「別にいいぜ、俺もお前にして欲しいことやってるだけだからな」
     一つ歳上らしく僕の頭をわしゃわしゃと髪が乱れるのも気にせず踵を返して去る。まるで嵐のような人に心の中で驚きを隠せないもののとりあえずキャリーケースに意識を逸らした。
     漂う少しの腐臭と鼻をつんざく鉄の匂い。紛れもなく死体(ご馳走)がこの中に詰められている。兄はそれを察しているのかすぐに僕の手首を掴んだ。
    「渚ッ……!」
    「どうしたの玖音? ……ああ、でもいいじゃん。これで僕は人を殺さずに済むしお腹いっぱいになれるし玖音の言ってる事を考えれば理想じゃないかな?」
     理想と倫理の狭間で揺れ動いているであろう兄は視線を不自然なほどきょろきょろと動かし、段々と手首を握る力を強めた。
    「ち、ちが……おまえには普通の人らしく過ごして欲しいだけなんだ。こんなのは間違っている……」
    「ねえ、とりあえず先に食べちゃおうよ!多少の腐りは気にしないけどやっぱり鮮度が大事なんだよ〜」
     キャリーケースを全開にして中身を拝見する。程よく脂の乗った三十代前半らしき女性は想像を絶するほど苦悶の表情を浮かべ絶命していた。
     それを見ると自身の行動が止められなくて、頭が麻薬に犯されたようになってしまう。引き寄せられるように首筋に口元を寄せ、まずは柔らかい首の肉から噛みちぎった。
     カニバリズムに目覚めて最初は顎の力が足りず、骨に負けて流血することも多々あった。今はきちんと成長したらしく困ることは無いが。
     一口食べて一先ずの空腹を回避し顔を上げると玖音が可哀想なぐらい顔色を真っ青にして目を背けているのが見えた。立ち上がって傍に近付き近くで腰を下ろすと吐き気を堪えているようにも見える。欠損した死体から薄く漏れ出す血が綺麗に掃除された玄関を汚すのも厭わず、ただ無言のままだった。
    「そんなに嫌なの」
     いつもなら口元が汚れていると窘めつつ拭うその行動は実行されない。舌なめずりで血液を啜るのも、玖音にとっては嫌らしい。
    「俺は……ただおまえに、普通の生活をして、健康に生きて欲しいだけなんだ」
    「それで生きていけるなら良いんだけどね」
    「でもこれは間違ってるだろ……!」
    「間違ってないよ。昔から弱肉強食は基本でしょ? 負けた方が食べられて勝った方が食べる権利を得られるの。今だってそうだし、僕だってその中にいる」
     同じ色をしたそれを覗き込む。双子のくせにずれた思考回路は玖音には理解できないらしい。逆に僕も玖音の普通を理解できないからお互い様とは言えるけど。
    「……沢山喋ったらまたお腹空いてきたな~。うん、早く食べないと」
     肉を抱えて立ち上がっても玖音がその後を追うことは無かった。常備してある肉切り包丁で肉を断つ時も、煮込む時も、ついぞ現れることは無くて。
     何となく心配になって玄関に戻れば最後に見た姿勢のまま塞ぎ込む兄の姿があった。
    「……玖音?」
    「……どうすれば良いのか、分からないんだ……渚が普通に生きていけないのも、あの人の存在も……俺だけじゃきっとどうにも出来ないのに」
    「どうもしなくて良いんだよ、玖音。確かに玖音は人の食事に気を使うのが仕事かもしれないけど、僕はアスリートでもなんでもないんだから」
    「違う! 俺がこの仕事を始めたのは、元はと言えば渚の為なんだ。兄として責任を持ちたかったんだ」
    「……じゃあ一生どうにもならなかったらどうするの?」
    「それは、」
     唇を噛み締めてぐ、と拳を握る。考えたくないものに無理矢理向き合わされているようで哀れみすらも覚える。
    「玖音が僕に対して負い目を感じることは無いと思うよ。僕は玖音の弟だけど、玖音は僕じゃないもの。知らないふりして生きていけば楽なのにどうして?」
    「兄、以前に……ちゃんと、おまえのことを大事に思っているからだ」
    「あは、責めてる訳じゃないんだよ。いや、責められるのは普通は僕かな?」
     座り込んだままの玖音をまるで説教しているかのような構図に思わず笑ってしまう。こんなの前にもあったっけ。雨音と同じような顔をして、同じようなことを言う。
    「僕ってそんなに変?」
     笑いながら言ったはずなのにそれに対して反論も否定も無かった。
     ただ、じゃあ変なんだろうなあ、と思った。

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