アラタさんと一緒に出かけたクエストも無事終わり、エルガドに帰還したオレ達ふたり。
時刻は夕方を過ぎた辺りで、空が少し暗くなり始めている。時間的にはちょっと早いかも知れないけど、腹も減ってたし、このまま夕飯を食べに行く事にしたんだ。船から下りて、ごっはん、ごはん♪ と機嫌良く先を進んでいたアラタさんだったが、
「……あれ?」
小声と共に足を止め、こちらを振り向く。
「ジェイさん、あそこのでっかい木、何ですか?」
「でっかい木……?」
アラタさんが指差した方向に、オレも視線を向けてみる。すると──
エルガドにおける中央広場。その石畳のど真ん中に大きなモミの木がしっかり固定され、鎮座しているのが見えた。朝方、オレ達がクエストに出発した時には見かけなかったものだ。
何故モミの木だとすぐ分かったのか。それは木に施されていた煌びやかな装飾のせいである。
木のてっぺんで輝く大きな星。三角錐のように綺麗に揃えられた葉の部分には、キラキラしたモールや赤いリボンが巻かれ、小さなボール状の飾りがたくさんぶら下がっている。そして周囲をよく見れば、加工屋や茶屋などの店舗にもやはりモールだのリースだのが飾り付けられていた。そうか、もう今年もそんな時期なんだと思いつつ、
「ああ、クリスマスツリーですね。そろそろクリスマスが近いから、オレ達が出かけてる間にみんなで準備したのかも知れません」
「くりすます」
目をぱちぱちさせているアラタさんに、クリスマスの概要をかいつまんで説明する。聞き終わった彼は、ほう、と感嘆を漏らし、
「ハロウィンもそうだけど……外つ国はいろんな行事があって面白いなあ」
「オレからしたら、カムラの文化や風習もすごく興味深いですよ。オレの方こそ、今度アラタさんにいろいろ教えてもら──」
視界の隅でツリーが僅かに光ったような気がして、思わず言葉を止める。アラタさんと揃ってツリーの方に目をやれば、チカチカと何度か点滅した後にしっかりライトが灯り、辺り一面を明るく照らし出した。
「わ、すごい! 綺麗ですね!」
ほんの少し黄みがかった、どこか暖かみを感じる色に包まれたクリスマスツリー。アラタさんはそれを少し興奮気味に眺めていたが、不意にオレを見上げ、問い掛けてくる。
「そういえば、クリスマスの飾り付けの色って……赤と緑が多いんですか?」
「大体その二色がメインですねぇ」
アラタさんの質問に頷くと、彼はどこか嬉しそうな様子で、
「なんだかジェイさんみたいです」
「あはは……クリスマスカラーですよねオレ……」
赤い髪に、緑色の瞳だもんな……
苦笑するオレに、ふふ、と笑うアラタさん。そんな彼の柔らかい笑顔に少し見惚れてしまったのだけれど──
「……アラタさん」
「はい?」
「王都のクリスマスは、もっと賑やかで凄いんですよ」
ここよりたくさんの人がいて、街や店の飾り付けも派手だし、広場のツリーだってすごく大きい。
エルガドにやって来た直後のアラタさんは、食べ物や生活様式を始め、カムラとの様々な違いに最初こそ戸惑っていたものの、やがてそれも楽しみのひとつに変わっていったようで。
初めて見るものに目を輝かせている彼の姿が、オレは好きだった。里以外の事をあまり知らない彼に、もっともっといろんなものを見せてあげたくなった。だから──
「いつか、一緒に見に行きましょうね」
オレがそう言うと、少しほけっとしながら話を聞いていたアラタさんは、
「……はい!」
ツリーのキラキラ具合にも勝るとも劣らない、満面の笑顔で答えてくれた。
せっかくなので近くに寄ってツリーを見学していると、アラタさんが不思議そうな顔をしながら、飾りのひとつを見つめている事に気が付いた。彼の視線の先にあるのは、赤い衣装に身を包み、白いヒゲを蓄えた老人のマスコット人形だ。
「それ、サンタクロースっていうんですよ」
「さんた、くろーす……?」
「通称サンタさんですね。クリスマスの夜、ソリに乗ってプレゼントを配ってくれるおじいさんなんです」
「!」
サンタさん……と繰り返すアラタさんだったが、何だか様子がおかしい。
急にモジモジソワソワし始めて、落ち着きを無くしている。不審に思ったオレが『どうかしましたか?』と聞くより早く、彼が口を開いた。
「あ、あの! サンタさんって、俺のところにも来てくれますかっ!?」
──あっ。
「俺、サンタさんに会ってみたいです! どうすれば会えますか!?」
「……えっと……」
まずい。
これはまずい。
期待に目を輝かせているアラタさんを傷付けたくはない。ないのだが──
きっと来ますよ! なんて無責任な事は言えないし。
だからって、ついさっきクリスマスの事を知った子に、サンタクロースの正体は自分の親なんです! っていきなりネタばらしするのもなぁ……
また、ご両親の居ないアラタさんにその事実を突きつけるのは、二重の意味で酷な気がして。何となく口にするのが憚られた。
どうする。どうするオレ。
「……ひ、非常に言いにくい事なんですが、サンタさんはみんなが寝ている時間帯にこっそりやって来て、プレゼントが貰えるのも小さな子供だけなんですよ。残念ですが……アラタさんは年齢の部分で引っ掛かってしまうかと……」
悩んだ末にオレは、来ないという事だけを伝えた訳だけど。
オレの言葉を聞いていたアラタさんは、傍から見ても分かるぐらいにテンションが下がっていき──言うなればそう、今まで嬉しそうに尻尾をブンブン振っていたガルクがその動きを止めて、耳もペタンコになったような──そんな雰囲気を醸し出し、
「……そっか。コミツやセイハクぐらいの年頃だったら、プレゼントもらえたのかなあ……」
里にいる子供達の名前だろうか。しゅん、と項垂れ気味に呟いた。
「そうですよね。全員にプレゼント配ってたら、流石にサンタさんも大変ですもんね……ジェイさん?」
「いえ……良心がちょっと……」
明後日の方を向き、胸を押さえているオレを、心配そうに覗き込んでくるアラタさん。
罪悪感を覚えつつも何とか彼を誤魔化し、オレ達はツリーの飾ってある中央広場から予定していたメシ屋に向かった。その道すがら、再びアラタさんから質問を投げかけられる。
「ジェイさんは、サンタさんにプレゼントもらった事あるんですか?」
「ありますよ。やっぱり子供の頃ですけどね、朝起きたら枕元にプレゼントが置いてあって……嬉しかったなあ」
「へー……」
いいなあ、と零すアラタさんの少し寂しそうな横顔が、何だか印象的で。
さっきはああ言ってしまったけど、ここはオレがアラタさんだけのサンタクロースになるしかないのでは……?
そんな思いが胸を過った。
来年のクリスマスまでには流石に真実を知ってしまう可能性が高いが、それでも初めてのクリスマスに喜ばせてあげるのは、悪い事じゃないだろう。それにアラタさんもプレゼントの中身がどうこうというより、サンタクロースからプレゼントを貰う事自体に重きを置いてるみたいだし。
……よし、何かプレゼントの用意をしてみるか。アラタさんとよく関わってる人達には、サンタの正体について口止めもしておかないと。
クリスマスまでは、あと数日。急いで準備しないとな。
ついさっき、サンタクロースの話を聞いた時のアラタさんとは逆に、今度はオレがソワソワし始める番となったのだった。
* * *
翌日からオレは内密にエルガド中の店を巡り、アラタさんへのプレゼントをどうにか確保する事ができた。夜は一緒に過ごす約束もしたし、計画はいい感じに進んでいたんだけど……
クリスマスイブ当日の夜は、バハリさんが言うところの『チーム・エルガド』の面々を中心に、他の王国騎士や調査隊員のみんなと、ちょっとした立食パーティーを開く事になったんだ。
日頃の慰労も兼ねて……とバハリさんが企画したものらしいけど、開催場所が騎士団指揮所なので、結局は騒ぎを聞きつけたエルガドの住人も入れ替わり立ち替わり訪れてくる。それを拒む皆でもないし、思った以上に賑やかな催しとなった。
なるほど、用意された料理の数がだいぶ多いなと思っていたのだが、こうなる事はある程度予測していた訳だ。
パーティーの開始直後、人混みの中でアラタさんの姿を探してみれば──
丸テーブルの上に並べられた料理を、真剣な面持ちで黙々と、そして次々と食べている彼の姿を発見した。そうか、オレ達にはお馴染みのターキーやカナッペなどの定番料理も、彼にとっては初めてなんだ。
一緒に会場を歩き回ろうかと思ったけど……これはアラタさんひとりで行動させた方が良いんじゃないか? オレが側に居ると気を遣わせて、逆に食事の邪魔をしてしまいそうだ。話をするのは後でもできるし、今はそっとしておこう。
そう思って彼から離れた訳だが──この選択をオレは後悔する事となる。
「──いよっ! ジェイくん、パーティー楽しんでるぅ?」
しばし周りの人と歓談したり、料理に舌鼓を打っていたところ、不意に横手から声を掛けられた。顔を見ずとも分かる。この軽薄そうな声はバハリさんだ。
「はい、料理も酒も美味しくてサイコーです!」
「そりゃあ良かった。俺も企画した甲斐があるよ~」
オレの肩に腕を回し、顔を近付けてくるバハリさん。どうやらほろ酔いでいい気分のようだ。だけどアラタさんならともかく、バハリさんに肩を組まれても別に嬉しくも何ともないんだよな……
「もう……オレに絡んでないで、フィオレーネさんに料理でも取ってあげたらどうなんですか」
「ん、ん~、そうね……」
何とも煮え切らない返事だった。よく見ると目が泳いでいたりする。まさか。
「……もしかして、またケンカでもしたんですか?」
「俺の事はどうでもいいでしょ! それよりジェイ、キミの方こそアラタとはどうなの」
「ど、どうなのとは!?」
「あの子とどこまで進んだのかって事さ。……もうヤったのかい?」
「なっ……」
流石に小声だったけれど、そんな事をボソリと囁かれて顔が赤くなる。
「キミ達って初々しくて可愛いんだけどさ、見てるとちょっともどかしいんだよねえ。ちゃんと進展してるのか、お兄さん気になっちゃって」
「よ、余計なお世話ですよ! オレとアラタさんは毎日ラブラブなので心配ご無用ですっ! バハリさんみたいに無神経な一言で相手を怒らせて、せっかくのクリスマスにケンカするような事もありませんし!」
それまでニヤニヤしていたバハリさんが、こめかみの辺りを軽く引き攣らせたのが分かった。
「……へぇ、坊やが言うようになったじゃないか。提督やアルロー教官が側に居ないのに、そんな口を叩いてもいいのかな?」
「オレだって、いつまでも弱いままじゃいられないんですよ……! アラタさんのためにも……!」
お互い小さな汗を滴らせながらも顔を見合わせ、ふっふっふ、と不敵に笑った、その直後──
急に会場の一角が慌ただしくなって、ざわつき始めた事に気付く。
「お? なんだなんだ?」
「行ってみましょう!」
野次馬根性が全くなかった訳ではないが、酔っ払い同士のケンカなど、何か騒ぎが起こっているなら止める義務がある。すみません、と言いながら人混みをかき分け、その中心に向かってみると──
片膝をついて地面に屈み込んでいるフルルさんと、彼に抱きかかえられ、ぐったりとした様子で瞳を閉じている赤毛の少年の姿が見え、さあっと血の気が引いた。
「アラタさんっ!?」
その名を呼びながら駆け寄って、彼らの近くでしゃがみ込む。
「一体どうしたんですか!? 急に具合でも──」
「いや、その、実は……」
「……ジュースと酒を間違えたぁ!?」
頷き、苦笑を返すフルルさん。
どうやら飲み物の補充にやってきたフルルさんが、近くでオレンジジュースのおかわりをしているアラタさんに何気なく視線を向け──その手に持っているのがジュースではなく果実酒だと気付いたようだった。彼も慌てて『それ、酒だよ!』と声を掛けたものの、フルルさんの方を向いたアラタさんの顔は既に真っ赤で、目つきもとろんとしていて。そのままよろめいて倒れかけたところを、咄嗟に受け止めてくれたらしい。
ひとまずフルルさんに礼を言い、彼からアラタさんを譲り受けた。単に酔っ払ってるだけみたいだし……タドリさんに診せたりしなくても大丈夫かな……
「成る程ねぇ。アルコール度数低いからほぼジュースみたいで美味しいし、お酒に慣れてないアラタでもドンドン飲めちゃうよね」
「笑い事じゃないですよ!」
くつくつと喉の奥で笑っているバハリさんを一喝していると、
「……あれ? じぇい、さん……?」
アラタさんの小さい声が聞こえ、ハッとして彼に視線を戻した。
「だ、大丈夫ですか? オレが分かりますか?」
「んん……」
焦点の合っていない瞳でオレを見つめるアラタさん。オレも不安な気持ちで彼の顔を見つめ返す。すると──
「じぇいさんが……いっぱいら~~!!」
「ぅわっ!?」
へらり、と笑ったアラタさんが突然オレの首筋に抱き付き、そのまま頬擦りしてきた。
か、可愛い。可愛いんだけど、流石にここじゃ人の目が多すぎる。みんなオレ達をジロジロ見てますよ、アラタさん……!
完全に泥酔モードになってしまったアラタさんを前にオレが困り果てていると、バハリさんがアラタさんの顔を覗き込み、
「うーん、こりゃ寝かせてあげた方が良さそうだね。ジェイ、送ってあげたら?」
「えっ、で、でも」
流石に飲み食いだけして帰るというのも気が引けてしまう。この後みんなで片付けもあるだろうし。
けどバハリさんは軽く笑って、片手をひらひら振ると、
「後の事は気にしなくていいから。アラタが心配でしょ?」
「……はい。すみません、そうさせてもらいます」
皆にはちょっと申し訳なかったけど、バハリさんのお言葉に甘えて、オレとアラタさんは一足先に撤収する事にした。アラタさんは自力で歩くのも大変そうなのでオレが背負い、自室のある宿舎へと向かう。一応、約束はしていたし……酔っ払いをひとりで放置するのも心配だから、オレの部屋でいいだろう。うん。
バハリさんもこういう気配りの出来る、いい人なんだけどなあ。フィオレーネさん相手にはどうして発揮できないんだろう。器用そうに見えて、変なところで不器用なんだよな……
などと考えているうちに宿舎へ到着した。アラタさんを背負ったままなのでカギを開けるのに少々手間取りつつも、何とか自室に入って一息つく。
「ほら、アラタさん。ちゃんとベッドで寝ましょうね~」
背中から降ろし、その場に立たせたものの、眠そうな顔でゆらゆら揺れているアラタさん。
とりあえず今着ているものを下着以外脱がせ、オレの部屋着を頭からズボッと被せる。着替えが済んだらアラタさんを抱きかかえてベッドまで運び、寝かせてあげた。
もう完全に熟睡しているアラタさんの寝顔を見つめながら、オレは思う。
貴重なクリスマスイブの夜。できればもうちょっと……二人でゆっくり過ごしたかったというか……
はい、具体的にはエッチしたかったです!!
アラタさんといっぱい愛し合って、暖炉の薪が爆ぜる音を聞きながら穏やかにピロートークをしてみたり……そういう恋人同士っぽい事がしたかったなぁ……
無念さに滂沱の涙を流しそうになるが、今更あれこれ言っても仕方ない。目を離してしまったオレも悪いし、何より寝てる相手に手を出すのは、流石に罪悪感がありすぎる。今日はアラタさんをギュッとして寝よっと。
あんまり物音立てたくないし、風呂も明日にするかあ。そう思って寝間着に着替え終わったところで、部屋のドアが小さくノックされた。
誰だろう、こんな時間に。
訪問者に心当たりはないけど、泥棒の類が正直にノックしてくるとも思えない。とりあえず確認だけしてみるか……
一応ドア向こうに注意を払いつつ、静かにノブを回して開ける。そこに立っていたのは、とてもとても見覚えのある赤い帽子と、赤い衣装を身に付けた、白いヒゲの──
「てっ……!?」
思わず声を上げそうになったが、どう見てもサンタクロースのコスプレをしたガレアス提督なその人は、口の前で人差し指をピッっと立てる。慌ててオレも両手で口を覆った。
「少し邪魔するぞ。アラタも此処に居るのか?」
「え? あ、はい! もう寝ちゃってますけど……」
部屋の奥に目をやりながら答えたが、オレの顔には『どうしてそれが?』とでも出ていたのだろう。
「バハリの奴が、きっとジェイの部屋だろうと言っていたのでな」
…………
バレてる。読まれてる。
バハリさんのいやらしいニヤニヤ笑いが、再び脳裏に蘇った。
他に何か余計な事言ってないだろうな、あの人……
ていうか明日以降バハリさんと顔を合わせたら、またいろいろ聞かれそうで鬱陶し……憂鬱になってくる。どうあしらったものか。
「そ、それより提督、どうしたんですかその格好は」
「今夜はクリスマスイブだろう?」
うーん。答えになっているような、なっていないような。
しかし提督の顔がどこか得意げに見えるのは……気のせいだろうか。
「済まないが、アラタにこれを渡しておいて貰えるか」
そう言って提督は後ろ手に持っていた大きな白い袋ごと、オレに差し出してきた。受け取ってみるとその袋はめちゃくちゃ重くて、危うく床に取り落としそうになる。
「重っ!? な、何が入ってるんですかこれ!?」
「エルガド中のサンタクロースから、アラタに贈り物だ」
「エルガドの……?」
──ああ。
その一言で、袋の中身を察する事ができた。考える事は皆同じだなあ。
クリスマスを、サンタクロースを知らなかった彼の為に、オレと志を同じくする人達が、どうやら大量発生したようだ。
「……アラタさん、きっと喜びますよ。サンタさんからだって言っておきますね」
「よろしく頼む。それからこれは……ジェイ、お前にだ」
「え」
突然の一言に驚いている間にも、赤色の包装紙に金色のリボンが巻かれた箱を手渡された。まさかのプレゼントにオレが戸惑っていると、
「私から見れば、お前も充分子供だからな」
小さく笑みを浮かべる提督だったが、正直ちょっぴりショックである。
そりゃ確かに、提督やアルロー教官からすれば、オレなんてヒヨッコもいいところだろうけど……
まだ全然アテにされてないのかなあ、なんて悲しくなってきたところで、提督がオレの肩を軽く叩いた。
「ジェイ、お前には期待している。今後も修練に励めよ」
その提督の言葉を聞いた途端、オレは弾かれたように顔を上げ、
「……はいっ! 王国騎士の名に恥じぬよう、頑張ります!」
アラタさんが寝ているから、あまり大きな声は出せなかったけど。姿勢を正し、握った右手を胸に当て、精一杯の気持ちを込めて答えた。すると提督は、うむ、と満足そうに頷き、
「ではな」
去って行く提督の背中を、オレは黙って見送った。その姿が廊下の奥に消えるのを見届けてから室内に戻ると、閉めたドアにもたれ掛かって大きく息を吐く。
……あー、びっくりした……
提督から激励してもらったのは嬉しいけど、あの格好での登場はいくら何でもサプライズが過ぎる。
あ、そうだ。提督からのプレゼント、開けても大丈夫かな。中身気になるし……
アラタさんへのプレゼントが入った袋を一旦ソファの上に置き、オレにと頂いた箱のリボンを解くと、音に気を付けながら丁寧に包装を剥がしていく。そして、箱の中から出てきたのは──
可愛らしくデフォルメされた、ガルクのぬいぐるみだった。
大きさはオレの手のひらに乗るぐらいで、ちょっと大きめな耳に、茶と白の混ざった配色、キリッとしたまなざし。身に付けているのはナイトガル装備だ。
……あれ?
これって、もしかして。
オレの大切な相棒のガルクでは……?
見れば見るほどそっくりだし、もちろんこんなアイテムが市場に出回ってる訳がない。とすると──
提督お手製の……ぬいぐるみ!?
あのお忙しい提督が、わざわざオレの為に時間を割いて、毎夜チクチクと……!?
ありがとうございます、提督……!
じーん、と感動しつつ、オレはぬいぐるみを恭しく箱に戻すと、これまた音をあまり立てないよう注意して、部屋の戸棚を開けた。そこに提督からの贈り物をしまって、奥から別の箱を──アラタさん用にと準備しておいた、オレからのプレゼントを取り出す。
前にアラタさんが自室に可愛い置物やぬいぐるみを飾ってるのを見て、ああいうの好きなのかなって思ったんだよな。だからマーケット中を駆け回って、雑貨屋で発見したスノードームを買ったんだ。ドームの中には枝に雪をかぶったモミの木と、可愛らしい雪だるまが入っている。パウダーが細かくてゆっくり落ちていくため、雪が舞う様を長く楽しめるタイプだ。
そして提督から譲り受けた袋を再度手にして、中に入っているプレゼントをベッドの近くに──足元側に並べ、少しずつ積み上げていく。一つ一つ異なる大きさで、綺麗にラッピングされた箱。どれが誰からのものかは分からないけど、きっと提督やフィオレーネさんを始め、エルガドのいろんな人達がアラタさんの事を想って用意してくれたんだな、って想像するとオレまで嬉しくなってしまう。
最後にオレが用意したプレゼントを一番上に乗せ、クリスマスプレゼントの山が完成した。それに満足すると、部屋の明かりを消し、漸くベッドに潜り込む。
アラタさん、起きたらビックリするかなぁ。喜んでくれるといいな……
彼を抱き締めながら、起きた時の反応をあれこれ想像しているうちに、やがてオレも眠りに就いた。
* * *
翌朝、先に目が覚めたのはオレの方だった。
腕の中で相変わらず静かに眠っているアラタさん。彼は基本的に朝には強く、狩猟の最中にキャンプで寝泊まりした時も、一番に目を覚まして外で準備運動をしている程だ。そんな彼がここまで熟睡しているのは珍しい。いつもならとっくに起床している時間である。これも酒のせいなのだろうか……と少し不安になったところで、
「ん……」
小声と共にアラタさんの瞼がぴくりと動き、ゆっくり開かれた。
「おはようございます。よく眠れました?」
「……ジェイさん……?」
アラタさんの髪を撫でつつ、静かな声で問い掛ける。
「頭痛がするとか気持ち悪いとか、特にそういった事はないですか?」
「は、はい。だいじょぶ……です。なんで俺、ジェイさんの部屋に……?」
ゆうべ、酒を飲んでひっくり返った事は覚えていないのか。
まだ現状に理解が追いついていないような顔をしつつも、ひとまず頷いてくれたアラタさんに安堵する。どうやら二日酔いなどの悪影響は無いようだ。
昨日の出来事は追々話すとして、まずは──
オレが身を起こすと、アラタさんも目をくしくしと擦りながら起き上がった。寝癖で髪がところどころハネてて可愛い。
彼に気取られないよう注意を払いつつ、昨晩積み上げた箱たちを目視で確認すると、そちらを指差し、叫ぶ。
「あああ──! アラタさん、あそこに何か置いてありますよっ!」
「え……?」
寝ぼけ眼のまま、オレが指差した方向に顔を向けるアラタさん。そしてプレゼントの山が視界に入った途端、
「……!?」
さっきまで緩慢な動作がウソのように、ぴょいっと素早くベッドから降りると、そのままプレゼントの近くへ駆け寄っていった。……昨日、オレの部屋着を上だけ着せておいたから、膝から下の生足が眩しい……
「わ……わ……これって、まさか……」
「ええ、アラタさんへのクリスマスプレゼントですね! 初めてのクリスマスだから、サンタさんも特別に来てくれたんだと思います」
「サンタさんが……!」
頬を紅潮させて、プレゼントを見つめるアラタさんだったが、心配そうな顔でオレの方を向き、
「でも……こんなにいっぱいのプレゼント、俺ひとりでもらっちゃっていいんですか……? ジェイさんの分も混ざってるんじゃ……」
「アラタさんが全部もらっていいと思います!」
不安げな声を漏らす彼に、親指をグッと立てながら答える。
「いつも頑張ってるアラタさんに、サンタさんがサービスしてくれたんですよ。きっと」
そう伝えると、ようやくアラタさんも安心してくれたのか。
堆く積まれたプレゼントに視線を戻し、ふおお……と身を震わせて感動していた。可愛いが過ぎる。
アラタさんの特別なサンタクロースになれなかったのは、正直なところ、ほんの少し残念ではあるけれど。
それでも、彼のこんな嬉しそうな笑顔を一番に見る事ができて、尚且つ独り占めできるのは──うん、悪くない。
「ひとまず朝メシにしましょうか。プレゼントは逃げたりしませんからね」
「は、はいっ!」
彼の事だから、箱を開封していく時もいろんな表情を見せてくれるんだろうな。皆からのプレゼントの中身は勿論だけど、そっちの方も気になると同時に楽しみで。未だ興奮冷めやらぬ様子のアラタさんを横目で見やり、口元を緩めつつ。
オレは朝食の準備に取り掛かるべく、台所へ向かうのだった。