軍師サマには敵わない【軍師サマには敵わない】
太公望はとても綺麗だ。サラサラの髪に端正な顔立ち、骨ばって男性的ではあるけど細くて長い指。細く見えてその身体には筋肉がしっかりついているのが服の上からも見て取れる。
かつて彼が妲己に見惚れたかの様に、美しいものに憧れていただけだと思っていた。しかしながら最近になって立香は太公望に対して自分が抱いている感情がそれだけでは無いという事に気がついてしまった。
「はぁぁぁ――」
あまりにも深い、肺の中の空気を全て吐き出さんばかりの溜息に周りに人が居たら何事かと心配されただろう。追求されたく無いので一応近くに人の気配が無いことを確認しては居るが気配遮断スキルで近くにいた場合はどうにか必死に言い訳をするつもりではある。まぁ、そんな事をする人間(いや、この場合はサーヴァントか)は限られているが。
「今日もかっこよかったなぁ……」
シミュレーションで戦っていた太公望の姿を思い出すだけで頬が緩んでだらしの無い顔になってしまっているのが自分でも分かる。
まるで恋する乙女ね、恋愛慣れしてるお姉様系サーヴァントに見られたら確実にそう言われるだろう。
えぇ、はっきり言います!私太公望に恋してます!この誰もいない廊下のど真ん中で声高らかに宣言してもいい。まさに恋愛パワーとは無敵である。
「とりあえずお昼ご飯食べたらまた午後からシミュレーションだから……あれ?」
またかっこいい姿が見られるかな?そんな事を考えてたら賢王様辺りに真面目にやれ、って怒られそう。とりあえず顔がニヤケない様にポーカーフェイス!そう自分に言い聞かせていた立香の視界に白黒の可愛らしい生き物が現れた。
「モ、モモモ…モモ!」
「四不相くん!」
トテトテ、と可愛らしい擬音を伴って現れたのは太公望の相棒であり宝具でもある四不相である。彼がいるという事は、もしや太公望も一緒にいるのでは……と期待しながら周囲を見回してみたものの、姿どころか気配も無い。どうやら立香の期待はハズレらしい。
宝具とはいえど四不相は太公望の相棒、つまり彼も先程まで一緒にシミュレーションで戦っていた仲間。ならばしっかり労わなければなるまい。
「四不相くんもさっきはお疲れ様。また午後もよろしくね」
そう言いながら背中を撫でるとモモモと嬉しそうに返してくる。会話が出来てるみたいでなんだか嬉しいな……そう思った立香は思い切って四不相に悩みを打ち明けることにした。きっと人の喜怒哀楽といった感情に反応はすれど、人間の恋バナは流石に理解は出来ないだろうし。それにもし分かる様なら、太公望の一番近くにいる四不相くんが協力してくれるなんてこれほど心強い事は無いよね!四不相に断られるなんて微塵も思っていないのは恋愛乙女モードだからなせる技か……そんなわけで四不相の頭の辺りを撫でながら立香は日々募らせる太公望へのアレコレを目の前の彼へと打ち明ける。
「今日の太公望も本当にかっこよかったよね。大好き、好きすぎて見惚れてる時あるぐらい。見惚れすぎてたまに指示間違えそうになるけど。毎日かっこいい!綺麗なお兄さんバンザイ!本当に大好き!太公望といつも一緒の四不相くんが心底羨ましいっ」
「モ、モモモ……」
レポートにまとめて提出しろ、と言われたらかなりの枚数を書けそうな太公望への想いのほんの一部だった訳だが目の前の四不相は勢いに押されてかドン引き状態である。しかし肝心なマスターは気づいていないらしく、四不相に今度は抱きつきながらさらに続ける。
「優しいし、困った時には必ず助けてくれるし、真面目な所も大好き!なのにたまにドジっ子なのはギャップ萌え?ギャップ萌えなの?」
「モモモ!モ、モ!」
突如ジタバタと暴れだした四不相に何事かと思いながら彼の見つめる方向へと視線を移せば、顔を赤く染めた太公望の姿があった。
「……あっ」
どこから聞いていたんですか?恐ろしすぎてその一言が出てこない。少なくともドジっ子でギャップ萌え、の辺りは確実に聞かれていただろう。たちまち立香の顔も、目の前の太公望同様赤く染まった。
「モモモ!」
「え、四不相くん」
言いたい事が有るなら本人に直接言え、と言わんばかりに四不相はグイグイと鼻で立香を太公望の前まで押して行く。
「えっと、あの……どの辺にから聞かれてました?」
恥ずかし過ぎて目を合わせるどころか完全に泳いでる状態である。目の前に先程まで散々カッコイイだの綺麗だの言っていた顔を正面から見つめる事が出来ない。きっと今太公望を正面から浴びたら立香は羞恥心で毛穴という毛穴から汗ではなく血が吹きたずかもしれない……なんというホラーなんだ。
「えぇっと、『今日の太公望も』の辺りからでしょうか……」
「ひぃぃ、最初からじゃんっ」
なんてこった!と立香は頭を抱えながらその場にしゃがみ込む。四不相くんには聞かれても困らないが本人に聞かれるのは凄く恥ずかしい。誤魔化そうか?最初から聞かれてたのに?
「あの、マスター?どうしっ――ちょっ」
誤魔化すよりも、開き直れっ!この機会を逃したら二度とこんなチャンスは訪れないかもしれない。ギクシャクするかもしれない?今このまま誤魔化した方がギクシャクするわ!
立香は太公望の両肩辺りにガバリと掴みかかった。太公望からすれば先程までしゃがみ込んでいた相手が突然そんな事をして来たので困惑するしかない。
「わ、私っ太公望の事が好きなのっ。だから私と付き合ってください」
もう当たって砕けろだ。これで太公望に僕妲己みたいな大人でセクシーな女性が好きなんですよねぇ、と言われてもそっか、これからもサーヴァントとしてよろしくね!と返して午後のシミュレーションに備えればいい。
勢い良く告白したものの中々反応が無い太公望に立香が怯えていると、突然ギュッと擬音が付くのではないかという勢いで目の前の彼に抱きしめられた。
「構いませんよ」
「へっ……」
無下に扱われる事は無くてもはぐらかされるかもしれない、そもそもそんな対象で自分の事を見ていないかもしれない。そんな予想をしていた立香からすれば太公望の返事は予想外のものだった。
「普段から言っているじゃないですか、マスターの事は好きだって」
「それは、マスターとサーヴァントとしてじゃ」
あんなにサラリと言うから、貴方の事はマスターとして認めてるとか信頼してるとかそんな感じだと思っていたのに、と立香が独り言ちていると顔を覗き込まれ彼の菫色の瞳と目が合った。
「あっ……」
「ずっと待って居たんですよ?貴女が釣れるのを」
まさか人通りが少ないとはいえ廊下のど真ん中で盛大に四不相くんに打ち明けているとは思いませんでしたが。その言葉に立香は知らぬ間に自身から動く様に仕掛けられていた事を察した。相手から動く様に仕向けるとは、流石は天才軍師と言った所か。
「という訳でこれからはマスターとサーヴァント兼恋人としてよろしくお願いしますね、立香」