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    ねいび

    文章を置くつもりです。
    時々絵も置くかも。

    生産者は腐っています。
    各作品の注意書きに書いてある通り、閲覧注意なものが多いです。くれぐれも自己責任でお願いします。

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    ねいび

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    初期のトキちゃんとにびくんの話です。
    殺伐としてた時期から今の関係に落ち着いた経緯的なもの。

    茜と錆色、きつね色「嫌いだ、オマエ。玄さんに近寄るな」

    俺より五つ歳下で、しかし背丈は見上げるような大きさの、当時二十歳にもならない少女は言った。大人げない嫉妬や自尊心のその裏に、幼稚とは到底言い難い冷たい殺意を確かに感じた。
    二十三歳、姉を失って半年も経っていない俺に向けられたその強い感情をよく覚えている。そして、それに俺がどう返したかも。

    「興味ない。お前にも、お前が言うその人にも」

    その茜色は俺を蹴り倒して八重歯を剥き出し、既に溢れる殺意など隠す素振りもなく倒れ込んだ俺の襟元を掴む。

    「馬鹿にしやがって」

    トキ、と男に諌めるように名前を呼ばれて、そいつは俺から手を離した。番犬が主を守るように唸り声をあげながら、しかし素直に男の隣に帰っていく。
    こういう動物的な反射で行動を起こす人間は面倒だ、理解するのが難しい。
    俺とそいつが初めて会った日、お互いに印象は最悪と言ってよかっただろう。
    正直、関わりたくなかった。襟を捕まれ引き寄せられた時、忘れもしないあの錆びた鉄の臭いを確かに感じた。
    時間が経った、血液の臭いだ。
    手のひらに爪を立てる。

    男はそいつに用事を言いつけ部屋から退出させると、俺に向き直り、ひとつ命令を下した。
    俺は耳を疑った。
    男は目を細めて薄く笑い、頑張れよとだけ残して踵を返した。困惑する俺を残して扉は閉まった。


    ____________________

    その日から俺は週に三度ほど、あいつに死ぬ程蹴り転がされていた。
    例のボス、玄さんは、あろうことか俺に対して敵意剥き出しのこいつに護身術を習えと言った。つまりあいつにも俺にそれを教えろと命が下ったはずだ。
    しかし、「訓練」と称される時間を何度か経たその日も依然としてこいつが何かを教える様子はなく、起き上がっては蹴り倒され、起き上がっては蹴り倒され…。
    俺をサンドバッグ代わりにそいつはしばらく身体を動かした後、突然その時間の終わりを告げて俺を放置し部屋を去っていく。
    流石に俺が立ち上がるのにも苦労するような時は、部屋を出てから呼んだのか、当時から医療班のチーフであった松葉が後からやってきてその場で手当をしてくれたが。
    松葉もその時は苦笑いで、トキちゃんもほんとはもっとちゃんと教えられるはずなんだけど…と包帯を巻きながら首を傾げていた。あいつは余程俺のことが気に入らないらしい。

    毎日痣だらけで包帯まみれの俺に構わず、上司でありこの状況を作り上げたボスであるあの人は当然のように大量の仕事を回してくる。
    全く考えがないようでも特別あいつに甘いようでもない。しかしこの悪質な新人いびりじみた状況にも口を出す様子はない。どうやらあいつが俺をサンドバッグにしようが俺の身体がボロボロだろうがさして問題ではないらしい。
    こうなることが予想できなかったとも考えにくいが…と、俺は書類仕事にも関節をギシギシ言わせながら、その片手間に考える。運動は正直得意ではないが、このまま一方的に蹴られ続けていたら仕事にならない。さすがに話を進展させる必要がある。

    次の日、いつも通り不機嫌な表情で部屋に入ってきたそいつに声をかけた。

    「毎度付き合わせて悪いな」

    そいつはこちらを振り向き、目を細めてこう言った。

    「そうだ、毎回つまんない。無意味な時間だ。オマエのせいだぞ」

    しかしそうは言いながらもそいつはストレッチを始めている。

    「そんなに俺が気に入らないか」

    「ムカつく。当たり前だろ。生意気だ、おれの方がセンパイなんだぞ。歳上かなんだか知んねえけど、おれの方がえらいしおれの方が強い」

    そして小さく挟まる言葉。

    「玄さんの隣はおれの場所なのに…」

    やはり嫉妬…いや、独占欲か。

    「俺はあの人に護身術を教われと言われたのだが…このままでは受け身ばかり得意になりそうだ。お前がそのつもりなら構わないが」

    俺のその言葉が癪に障ったのか、あの日のようにその茜色は俊敏な動きで距離を詰め、瞬く間に俺を蹴り飛ばした。そして倒れ込む俺の襟元を掴んで床に押し付け、拳を振りかぶる。

    反射で目を閉じたが、そいつの拳は俺の顔の隣に振り落とされた。
    鈍く重たい音が耳元で鳴る。

    そいつは俺を見下ろしながら冷たい声で言った。

    「ほらな。無意味だ、つまんねえ」

    その言葉の意図が掴めず眉を顰める俺に苛立ちを募らせるように、そいつは襟を掴んでいた手を首に移動させ、ゆっくりと体重をかけてきた。茜の奥から滲むように、錆色の殺意が漏れ出している。
    背筋にひんやりとした危機感が走る。もしかすると今ここで殺されるかもしれない、と思う。

    「なぁ」

    茜色は感情を殺したまま、俺の顔をその大きな目に映しながら、低く俺に問いかける。

    「なんで抵抗しねえの?」

    他人に身体の上に乗られ、抑え込まれて首を締められているというのに、だらりと弛緩したままの腕や足。頭ばかり働いて、身体は微塵も反応していないことに、今更ながら俺は気付く。

    最初会った時既に一度蹴られていたにも関わらず、訓練の際こいつに近寄られても別に逃げもせず、蹴られそうなのに回避行動も取らず、ただ黙ってそれをまともに食らっては転がされて、抵抗のひとつもしないままただ怪我だけ増やしてやり過ごす相手…。
    なるほど、確かにつまらない。

    そいつはため息をつくと俺の首から手を離し、立ち上がって頭をがしがしと掻いた。
    咳き込む俺を一瞥し、こう呟く。

    「オマエに何教えても意味ない」

    しかし教えてもらわなければ終わらない、と、そのような意味合いのことを口にした気がする。残念ながら言い終わる前に今度こそしっかり殴られて、言いたかったことは吹き飛んでしまったが。
    先程までの冷たさとは一転、激しく感情を爆発させながらそいつは俺を怒鳴りつけた。

    「自分のこと守る気ねえ奴に、護身術なんてどう教えろってんだ!!」

    荒く息をつき、八重歯を剥き出して。
    そして一息ついたそいつは再び言葉をぶちまける。

    「オマエ、せっかく玄さんに選んでもらったのに、全然生きる気ないんだろ。さっきも、その前も、最初だって、反応はしたのに避けなかった。オマエ、自分が傷ついていいと思ってる、死にたがりなんだ。ふざけんな。オマエが犬死したとこでおれはどうだっていいけどな、玄さんが拾ってきたんだ、オマエみたいなグズでのろまな奴にも絶対ぇどっかに使い道がある。オマエが生きてないとこの先困ることがあるはずなんだ。玄さんがそう判断したんだ」

    「玄さんの隣はおれだけだ、でも玄さんの言うことは絶対で、だからオマエのことも教えなきゃ。オマエがもし玄さんの隣に立つようになっても、玄さんが困らないようにしなきゃいけない。でもおれ、死にたがりに戦い方とか教えられない、おれだって困ってるんだ。オマエのせいだ…」

    「おれはオマエが死んだっていいし、正直ムカつくから死んでくれって思ってるけど、それだと玄さんが困っちゃうし、せめて玄さんの役に立ってから死んでくれ。役に立つための最低限はおれが教えるから、せめて玄さんに恩を返せるくらいは生き延びてもらうからな」

    「そんで役に立ち終わったら勝手にどっかで一人で死ね」

    舌足らずに、しかし有無を言わさぬ迫力をもって捲し立てられたそれらの言葉は、いいな?という問いかけに俺が一度頷くことで締め括られた。
    案外こいつにも合理的な考えができるものだ、と、蹴られて軋む身体の痛みと共にぼんやりと感じた記憶がある。

    一頻り痞えていたものを吐き出したそいつは黙ったまま、しかし俺の手を引いて立ち上がらせて、呟くようにこう言った。

    「避けろ」

    振りかぶる脚、目で追えるギリギリのスピード。
    悲鳴をあげる身体をどうにか稼働させて、何とか一撃喰らわずに回避する。
    しかし。

    「そんなん次の避けらんないだろグズ野郎」

    結局二撃目をしっかり食らい、そこそこ吹っ飛ばされるのだった。


    ____________________

    それから二ヶ月は経ったある日。
    その日、俺は疲れていた。
    それまで見て見ぬふりをしていた不眠症の症状は既に目を逸らせない程悪化していて、俺個人の努力では全く寝付けない域に達していた。
    その日は疲れていた…もう最後に睡眠をとってからまる四日は経っていた。書類の文字から目が滑る。声をかけられてもすぐに反応できない。気を抜くとふとした瞬間に膝から力が抜けそうで、呼吸するのも億劫なほど。

    そんな状態で、あいつの容赦のない蹴りなど躱せるはずがなかった。

    大して受け身も取れず強かに身体を打った俺は、それまでの日々で蹴られ慣れてはいたものの、流石にただでは済まなかったらしい。
    次に気付いた時には医務室にいて、あいつがこちらを覗き込んでいた。

    「おきたのか」

    部屋には俺とそいつのみ。また文句を言われるか、それとも関心をなくして出ていくか、と予測を立ててその表情を窺うが、予想に反してどちらの選択肢にも当てはまらず、どうにも複雑な面持ちで目を伏せて、唇をもごもごと動かしている。
    何か、言葉を探しているような、そんな様子。
    少しして、やっと口を開いたそいつは俺に向かってこう問いかけた。

    「ねーちゃんが、いたのか?」

    無意識に呼吸が喉に詰まる。その一瞬で脳裏をスライドショーのように駆け巡った最悪な光景のせいで、次の呼吸もうまくいかない。

    (ねえちゃん)

    (おいていかないで)

    姉の存在を問われた、ただそれだけのこと。それなのに、少しの平静も装えない。未だ傷は深かった。

    過呼吸の兆候を見せる俺にそいつは慌てて立ち上がって、ごめん、やっぱ聞いちゃダメだったよな、ひわちゃん呼んでくる、と急いで部屋から出ていこうとする。
    いずれ知られることではあったが、その時の俺に思考する余裕などあるはずがなく、反射的にその手を掴み、そいつをこの場に引き止めた。
    あまり他人に知られたくなかった。トラウマのことも、姉のことも。
    胸元をきつく握り締め、涙腺がじわりと緩んで視界は滲み、容量オーバーの肺と駆け足の心臓が重く痛んで、指先が徐々に痺れ出す。そんな中で辛うじて絞り出した、すぐに収まる、放っておけ、という言葉にそいつは困惑したように頷いた。
    元の場所に戻ったはいいものの、所在なく俺に手を近づけては、触れずにそのまま空中でさまよわせて、心配そうに俺を顔を覗き込んでは、やはり他の人間を呼んだ方がいいのではという不安気な顔でちらちらと扉の方を見ている。
    少ししても一向に収まる気配のない症状に、そいつは徐々に取り乱し始めて、あわあわと忙しなく俺の横を行ったり来たり。そして、遂に我慢の限界を迎えたのか、そいつは俺に向かい腕を大きく広げてこう言った。

    「殴らない、今は、絶対痛いことしない…!おれに触られんのがイヤだったらイヤってしろ!!でもこんな時になんもしねえの無理なんだよ!!」

    次の瞬間、あたたかく大きなその身体は包み込むように俺を抱き締め、おずおずと背中をさすり始めた。

    砂糖とバターの匂いがする。

    少しの間そのまま無言でいたものの、居た堪れなかったのかその茜色は、いつもの大声や、敵意を込めた低い声とは違う、まるで少年のような声で、少したどたどしく言葉を紡ぎ始めた。

    「…オマエはムカつくし、嫌いだし、正直どっか行ってくれねえかなと思うけど、でも、さっき、聞いちゃったんだ、寝てる時のオマエが、寝言で…、………。そんで、オマエが死にたがりなのは、もう大事なヒト、いないからじゃねえかって…、おれ、オマエのこと嫌いだけど、おれも、玄さんいなくなったら、おんなじになる、オマエのこと言えなくなる、そやって考えたら…すげえ怖くて、おれオマエのことぜんぜん知らねえけど、そんでやっぱり嫌いだけど、怖いままは、いやだろ、おれだって、そんなの見てられない、ほっとけるわけない…」

    大きな少女は子犬のように震えていた。
    高い体温が触れた場所からじわりと滲むように広がって、少しずつ身体をあたためる。

    幼い忠誠心、独占欲。嫌いなはずの相手にも共感してしまう感覚の鋭さ。語彙は決して多くはないものの、持ち得る言葉で自分の意図は伝えられる程度の頭の回転。きっとこの世界には、トラウマを持った人間や何かを失った人間が多いのだろう。きっと今まで自分が触れてきたそんな人間達に、自分が何をするべきか、自分で考え悩んできたのだろう。
    その体温は確かに俺を落ち着かせた。
    一定の間隔を取り戻しつつある呼吸の中で、再び感じるその香り。

    クッキー生地の匂い。

    散々俺を蹴り飛ばし、暗い殺意まで向けてきた少女は今、得体の知れない茜色などではなく、確かに人間として俺の目に写った。

    姉がいなくなってから、俺は色々なものをなくしてしまった。姉が全てである俺にとってそれは至極当然のことだったし、今更取り戻そうにも、多くは姉の存在あってのことだ。不可能に近い。
    しかし、自分に余裕がないと、こうも他人を先入観で見てしまうのかと、視界で揺れる薄色の癖毛をぼんやりと捉えながら思う。人間、初対面の印象が重要だというが、根拠の薄い決めつけはこの先の仕事にも差し障るだろう。
    これは改める必要があるな。

    「赤根」

    「トキだ。トキでいい」

    ゆっくりと身体を離したそいつ…トキは、眉を下げたまま俺の表情を窺って、そして着ていた服の袖口で俺の目元をぐいと拭った。

    「…変なこと聞いたおれが悪かった。泣かせるつもりはなかったんだ」

    トキはそれまで見たどの表情とも違う、年相応か、それよりあどけなくも感じられる顔で、素直に自分の非を認め、ごめんな、と謝った。

    「…構わない。いずれ知られることだ」

    未だにぼろぼろと零れ続ける雫をそのままに、俺は少しだけ姉の話をした。俺の世界の全てだった姉が、何某かが原因で自殺した。復讐のためという名目でここにいるが、以前の俺のことは姉がほとんど持って行ってしまって、もう抜け殻しかここにはいない。

    トキは黙って聞いていた。
    瞳の茜色は伏せられていて、唇を噛むように口を噤んでいる。
    しかし、暫しの沈黙の後に、ゆっくりと息を吸って、ぽつりと、一言。

    「抜け殻は泣いたりしないぞ、にび」

    俺は何も返さなかったが、トキは気にせず立ち上がって、少し離れたデスクの上のティッシュ箱を俺の傍に置いた。
    そして、俺に背を向けて身体を伸ばす。

    「もうひわちゃん呼んでもいいだろ!オマエまだ普通に顔色やべーし、ちゃんと診てもらわないとだからな!!」

    トキは半ば無理やり空気を変えるように少し大きな声でそう言って、ガラガラと引き戸を開け慌ただしく部屋から出ていった。


    いつの間にか涙は止まっていた。



    ____________________

    「松葉さん」

    「呼び捨てでいいんだよ?」

    「しかし…」

    「ひわちゃんでもいいよ」

    「………」

    あの後、呼ばれて医務室に戻ってきた松葉は俺に向かって過労と睡眠不足だね、と既に分かり切っていることを医者としてしっかり教えてくれた。
    寝れてないの?と問いかけられ、俺が口篭ると、松葉は少し眉を下げて、言いたくないことは言わなくていいから、症状だけ教えてくれるかな、と穏やかに続け、最終的に睡眠薬を俺に処方した。

    「一回一錠、症状が酷い時は二錠まで、だよ」

    薄青色の錠剤が入った小瓶。
    薬をもらった後、部屋を出ようとした俺を松葉は引き留め、まだ休んでいろとベッドに追い返された。
    医者の言うことなので観念して寝転がり、することもないので天井を見つめる。
    まだ残っている仕事を頭の中で整理し、優先順位をつけて、今回の件で遅れた分をどう取り返そうか…等と考えていた時、医務室のデスクでパソコンに向かっていた松葉が、そういえば、と声をあげた。

    「これ、トキちゃんから」

    白衣のポケットから取り出されたのは、綺麗に包まれたクッキーだった。

    「おいしいんだよ、トキちゃんのクッキー」

    おやつどきだし糖分補給するといいよ、と松葉は笑い、またパソコンに向かう。
    持ち帰ることも考えたが、確かに今日はまだまともなものを食べていないということに気付き、袋を開ける。
    綺麗に焼き目の入ったシンプルなバタークッキーだ。香ばしい香りがする。

    思えばクッキーなどいつぶりだろうか。
    甘いものは比較的好きだったはずだ。しかし、あの日からいまいち味覚が働いておらず、食事もほとんど作業のように感じていた。

    さく

    未だに味覚障害は健在だ。味はわかるが、何を食べても感想が出ない。感動が薄い。昔から少食ではあったものの、そのせいで余計に食事を疎かにするようになった。
    今日もそうだ。

    さく

    …いつだったか、姉のためにクッキーを焼いた日があった。
    砂糖とバターの匂い。オーブンから漂うあの香ばしい香り。
    少し固くなってしまったが、それでも姉は喜んでくれた。
    手作りの、バタークッキー。

    さく

    さく
    もぐ



    甘い。



    「…うまいな」

    「でしょ?」

    松葉が笑う。
    そして、トキちゃんから伝言あったから伝えておくねと、続けて。



    『ちゃんと食わないとダメだぞ!!』




    「…そう、だな」



    生きて、どうか幸せにと、最後に残して消えていった瑠璃色の姉。

    生きていろ、役に立てと、歪な形でも俺に生を願った茜色。

    似ても似つかない二人。重ねてしまうとは予想外だ。しかし、不思議と忌避感はない。俺も単純なものだ、少しの出来事で人の印象など簡単にひっくり返る。

    忘れるところだった。俺は生きていなければいけないのだ。
    姉の願いに報いなければ。


    手の中の小さな袋は、いつの間にか空になっていた。


    ふわりと漂う甘い残り香。
    錆びつき濁った視界の澱を優しくはらって拭い去る、そのひとときの穏やかさ。





    その夜はやっと眠ることができた。


    小瓶の中の薄青色は、僅かにその嵩を減らしていた。







    終。
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