独占欲⑤ 悠仁と連絡が取れなくなった。約束していたあの日の夜、彼は来なかった。
恵とは昼頃に解散すると言っていたから、夕食は俺の方で用意していた。メニューは、悠仁が好きな肉料理。鍋は彼の方が美味しいから、ビーフシチューにしてみた。
俺の手料理を食べてもらうのは初めてで、どんな反応してくれるか楽しみだ。悠仁からの帰宅連絡を心待ちにし、何度もスマホを見る。しかし、一向に連絡が入る気配がない。
夕食時を過ぎても、連絡がない。心配になり、恵にも連絡したが
【16時には解散しました】
と返ってきた。
何か事件にでも巻き込まれたのかと、ネットで調べても、それらしいニュースはないし、部屋を出て、近くを探してみても、悠仁は見つからなかった。
大学へ行っても、ゼミくらいしかない俺は、悠仁と会うことはないし、あれからトークルームも既読がつかない。
体調でも悪いのかと心配していても、真相は誰も教えてはくれない。
たった二日でも、悠仁に会えないのは寂しい。二日間も大人しくしている俺は偉いと思えてくる。
本当なら、電話をかけまくって、家にだって押しかけられる。でもそれをしないのは、悠仁が大切で、嫌われたくないから。
彼にだって事情はあるだろうし、きっと家族とか、他人が踏み込めないところで何かが起きていて、連絡が取れないのだろう。
連絡が取れて戻って来たら、悠仁の好きなことして、好きなものを食べさせよう。
そう思いながら、悠仁が行きたいと言っていたバーガーショップの下見に行くため、街を歩いていた。
スマホの地図でルートを確認しながら歩いていると、進行方向先から聞き慣れた声が聞こえてくる。しかし、その声は一つだけではない。
「…くん、最近タイム伸びてるよね。毎日幸せそうだし、いい事あった?」
「そうかな?でもタイムは伸びてるかも…いつもマネージャーたちの支えてくれるからだよ!」
楽しげな男女の会話。その声の主を確認したくて、スマホから目を離し前を向く。
「ゆうじ…」
思わず足が止まってしまった。そして、あちらも俺に気付き歩みを止める。
「五条先輩…」
明らかに罰が悪そうな顔をして悠仁は顔を逸らした。この状況を悠仁の横にいる女は理解ができないようで、「どうしたの?」と悠仁を心配している。
悠仁とその女の手にはビニール袋。中の棒状の物が半透明の袋から透けている。
確か悠仁は陸上部で、短距離とリレーをやっていると言っていた。形状からバトンか何かなのかもしれない。
しかし、その隣の女はなんだ。見たことない女だ。なんで悠仁と買い物をしているんだ。
悠仁達の方へ一歩踏み出して、問い詰めた。
「悠仁、今まで何してたの。なんで、連絡くれないの?」
「それは…」
「ねぇ、何それ?手に持ってるやつ」
「え?これは、部活で使うバトンで…」
「バトン?ねぇ、悠仁はさ、突っ込めればなんでもいいの?!突っ込んでくれるなら誰が相手でも良いのかよ?!」
ずっと心配していたし、優しく声をかけるな予定だった。しかし、やっと会えたと思ったら、女と買い物をして、楽しげに会話をしている。
言葉を交わすと、どんどん怒りが沸き上がってくる。思わず声を張り上げてしまった。
「え?!なんで、そうなんの?!ちょっと意味わからんから!!」
「浮気だ!悠仁のばか!!あんまりだ!」
柄にもなく喚いていると、悠仁の隣にいた女は「私、先大学戻ってるよ!荷物も預かるね!」と足速にこの場から離れていった。
「ちょっと、五条先輩、落ち着いてよ!」
「無理!俺というものがありながら、他の女と浮気するなんて…悠仁、最低!そんな男だと思わなかった!」
喚く俺を宥めようとしていた悠仁が急に冷静になった。
「え?セフレにも浮気ってあるの?」
シンプルな問いかけに、俺自身も疑問が浮かぶ。
「え?」
「俺たち、セフレだよね…セフレにも浮気ってあるの?」
ん?悠仁の言っていることが、いまいち把握できない。俺たちって、セフレだったの?
「…とりあえず、場所変えようか。今から俺の家ね」
「…はい」
二人で頭の上にハテナマークを浮かべたまま、肩を並べて俺の家へ向かった。
◻︎◻︎◻︎
俺の家に着き、リビングのソファに悠仁を座らせる。俺は床に座り、悠仁の両手を握って、彼の瞳に視線を合わせる。
「悠仁…俺たち、付き合ってるんじゃないの?」
そう問いかけると、悠仁は目を丸くした。
「そうなの?!」
その驚いた反応に、俺も驚いてしまう。
「違うの?!だって『毎日、悠仁のご飯食べたい』って告白したら、笑顔で『いいよ!』って言ってくれたじゃん」
「あれ、告白だったの?!気付かないよ!ただ美味しいって意味かと思ったわ!」
俺のプロポーズ互いの、一世一代の告白は全く理解されていなかったらしい。親友たちの言葉が脳裏に浮かぶ。
あぁーあ、と項垂れて悠仁の膝に頭を預けた。
「なんか…ごめんな。告白って分からなかった。でも…嬉しいよ」
悠仁は俺の頭を優しく撫でながら続ける。
「先輩…俺、先輩のこと好きなんだ。改めて、俺と付き合ってよ」
「…うん」
俺の告白も決まっていたと思ったけれど、素直な言葉で言われた方が刺さる。
胸の奥が、キューッとしまり嬉しくなる。自分に、こんな女々しい部分があるなんて初めて知った。
「ふふ、なんか先輩、素直でかわいいね」
「うるさいなー…こっちは、連絡取れなくて心配してたんだぞ。しかも、全然告白伝わってないし」
「ごめん、ごめん。でも、これからはちゃんと恋人だよね。こんな俺だけど、よろしくお願いします」
柔らかい声が耳の奥をくすぐる。
「もちろん。大切にするよ」
悠仁の手の甲にキスをした。