【ゼン蛍】好奇心は猫をも 突然、アルハイゼンの頭に動物の耳が生えた。本当に突然過ぎてパイモンも蛍も驚きのあまり声も出せずにそれを凝視し、急に黙り込みおかしな表情をする二人にアルハイゼンは首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「みっ」
「み?」
「みみ!! 耳が生えてるぞアルハイゼン!!」
「耳は元々あるものだろう」
「ちっがーう!! 頭!! 頭に猫耳みたいなのが生えてるんだよ!!」
パイモンが空中で地団駄を踏みながら今の状況を説明したが、アルハイゼンは言っている意味が分からないと訝しむ。蛍も言われた側なら同じ反応をしただろう。とにかくまずは自分の姿を確認してもらおうと鏡に誘導しようとしたとき、パイモンの声に反応したカーヴェが部屋から出てきた。
「どうしたんだ、急に大きな声なんて出し……て」
当然アルハイゼンの姿を確認したカーヴェはパイモンと蛍と同じように言葉を失う。そして。
「あははははは!! アルハイゼン、きみっ……く、はははははっ!!」
カーヴェは腹を抱えて笑い出す。一方アルハイゼンはパイモンの言っていた意味を理解する。なぜならカーヴェにも同じく、猫耳が生えていたからである。
「言っておくが、君にも同じものが生えているぞ」
「はははっ……はぁ?! どういうことだ?!」
慌てて手を頭に持っていくと確かにそこにあるはずのない耳を確認した。撫でてみたり軽く引っ張ってみたり。触った感じでは本物と何ら変わりないとカーヴェは感じる。アルハイゼンも自身のそれに触れて、それが装飾品ではなくしっかり生えていることを自覚する。
「なんでこんなもの……アルハイゼン、君が何かしたのか?」
「何故俺が。そもそも俺が原因だというのなら自分自身にこんなものを付けるはずがないだろう」
「確かに君の猫耳姿なんて見ても何も嬉しくない」
「そっくりそのまま君に返す」
耳が生えている以外は普段と何も変わった様子のない二人を見て、蛍は安堵した。そして改めて二人の姿を観察する。
二人とも髪色と同じ色の猫耳が生えていて、ざっくり見たところアルハイゼンは短毛種でカーヴェは長毛種だろうか。忙しなく動くカーヴェの耳に対してアルハイゼンは時々動く程度だ。こんなところでも二人は正反対なんだなぁと思わず笑みを浮かべてしまう。
触り心地はどんな感じなんだろう、と思っているのが伝わったのか蛍の視線に気付いたカーヴェが触ってみるかい? と蛍の前で片膝をついた。
それじゃあお言葉に甘えて、と手を伸ばしたところでアルハイゼンにその手を掴まれる。
「アルハイゼン?」
「何故カーヴェの物を触る」
「何故って……触ってもいいって言うから」
「俺のを触ればいいだろう?」
「アルハイゼンのを?」
「おい、アルハイゼン。僕の耳だろうと君の耳だろうと大したことじゃないだろう」
そう、どちらの耳を触ろうと大きな違いはない。確かに毛質が違うからそれぞれ触って違いを楽しんでみるのもいいかもしれないが、わざわざ遮ることではないはずである。しかしアルハイゼンはそんな言葉を無視して蛍の手を引いてソファに座る。そして蛍を向かい合う形で膝の上に跨るように座らせると軽く俯いた。これは一体どういう状況だろうと蛍はしばし呆然とする。
「触らないのか?」
いつまで経っても動きが無い蛍に痺れを切らしたようにアルハイゼンが顔を上げる。交わった視線はいつもと変わらない。元々触れてみたいと思っていたところにここまでされて断る理由もなく、そのまま膝立ちになりアルハイゼンを見下ろす形になると「触るね」と一言かけてから手を伸ばした。
指が触れた瞬間、ピクリと動いたのを見て感覚もしっかりあるのだと改めて実感した。軽くつまんでみるとピクピクと動く。
「痛い?」
「問題ない」
ほんの少し触って終わりにしようと思っていた蛍だが、存外に触り心地が良くもっと触れていたいという気持ちになる。本物の猫を撫でるようにその耳を撫でつけ、その際に触れた髪も気持ちが良くて普段簡単に触れられないその感触も楽しんだ。
するとアルハイゼンの腕が背中に回り引き寄せられる。触りすぎただろうかと少し手を引っ込めるが、胸に額を押し付ける形になったままアルハイゼンは動かない。制止の言葉がないのを良いことに更に髪に指を絡めてみたり耳の付け根を引っ搔いてみたりすると、時折猫のように額を擦り付けられる。まるで甘えられているようで、蛍は何だか嬉しくなり気が済むまで好きにさせてもらおうとした。
「うぉっほん!」
突然の咳払いにビクリと体が跳ね、そこでようやく二人きりではなかったことを思い出す。あー、と言葉を探しカーヴェは言った。
「仲がいいのは実に良いことなんだが、その、僕たちがいることも忘れないで欲しい」
「オイラは気にしないぞ?」
そういうパイモンは、アルハイゼンに蛍を奪われたカーヴェにオイラにも触らせてくれ! と代わりに耳を触らせてもらい、満足してすっかり猫耳から興味を無くしてどこから調達してきたのかバクラヴァを頬張っている。パイモンには見慣れた光景なのかもしれないが、未だにこの二人が何故付き合っているのか疑問を抱くこともあるカーヴェにとっては少々居づらいのが本音だ。
「ぱ、パイモンはそうかもしれないが僕は気にする。大体ここは一応共同スペースなんだぞ」
「君が返すものを返してこの家から出ていけば全て解決する」
「それはまた話が違う! 大体回りくどい言い方してないで、邪魔なら邪魔とはっきり言えばいいだろ!」
「邪魔だ」
「そういうところだぞ君!」
耳のせいもあってまるで猫の威嚇みたいだなとカーヴェを見ていて気付く。その背の向こうに本来なら有り得ないものがあることに。
「……尻尾?」
「尻尾だな」
同じくそれに気付いたアルハイゼンも蛍に続く。二人の視線が少しズレたところにあることに気が付いてカーヴェが背後を見ると、先ほどまでの怒りと連動してピンとした尻尾がそこにあった。
「こんなものまであるのか?!」
しっかり確認しようとしてくるくるその場を回るカーヴェは猫ではなく犬のようだ。もしかしてあれは実は犬耳だったのだろうか。そんなことを思いながらふと思いつく。
「……アルハイゼンにもあるの?」
今は座っているためにアルハイゼンには尻尾があるようには見えない。もし生えているのだとしたらズボンを履いている為、位置から考えると窮屈な思いをしていそうだが、今の今までカーヴェがその尻尾に気付いていなかったところを見るとどちらともとれる。アルハイゼンはふむ、と考える素振りを見せて少しだけ口の端を上げて笑うと。
「確かめてみるか?」
「え?」
軽々と蛍を抱き上げるとそのまま自室へと足を進める。嫌な予感がして必死に抵抗するが全く意味をなさない。
「ぱ、パイモン! 助けてっ!」
「蛍、骨は拾ってやるからな」
「カーヴェっ!」
「悪いが、キノシシに蹴られる趣味はないんだ」
悉く突っぱねられ、それでも何とかならないかとアルハイゼンに視線を向ける蛍だったが。
「そう言うことだ。諦める方が楽だぞ」
あぁこれは今日はもう部屋から出られないだろうな、とどこか他人事のように思うしかなかった。