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    Enki_Aquarius

    @Enki_Aquarius

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    Enki_Aquarius

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     許されるのならば、時を戻すという神の技とも等しい行いを、私はこの手で行いたかった。
     そう願ったところで、凡人である自分にそのようなことができる訳もなく、むなしい気持ちだけが心に残る。嫌な気分だと思っても、この曇天の空模様と同じように、心は晴れない。
     数歩後ろを行く傘を持った男。それは、兄であったもの。人形と言っても過言ではない、どうでもいいもの。
     無言で歩き続けるこの嫌な空間も、少しずつ慣れてきたところであった。

     深雪が当主となり、本邸の主となった頃。前当主‐四葉真夜は本邸から別邸へと移り住んだ。共に住むこともできたはずなのに、そうしなかったのは彼女が存外、四葉家の当主という椅子に興味を持っていなかった証拠ともいえるだろう。
     あっさりと深雪にその椅子を引き渡した時には、深雪は達也と共に目を丸くし、酷く驚いたものであった。
     彼女は強さを求めていた。それがどうしてなのか、深雪は知る由もなかった。だから、それはきっと当主の椅子に座り続けるための欲求なのだろうと、解釈していた。
     けれどそれは違った。
     その解釈への裏切りは、思いもよらぬ形で現れ、深雪は唯一の家族である兄‐司波達也を失った。
     そこにいるのは魂の抜けた抜け殻にも等しい、ただの傀儡である。当主となった深雪の言う事だけを聞き入れ、ただその指示のままに息をし、殺し、頭を垂れるのだ。対等であり、互いに愛を送りあっていた相手はもういない。そこにはただ、空の器だけが存在する。
    「深雪様?」
     偽りの表情を浮かべ、深雪に語り掛ける声は酷く優しい。けれどもそれが偽物であることを知っている深雪は、冷たい表情をその傀儡へと向けた。
    「なんです」
    「顔色が・・・悪いようですが」
     雨が降り続いている。別邸に住んでいる真夜の所に足を延ばす程度であれば問題のない雨量ではあったが、やはり気分が悪い原因にもなっているのだろう。
     深雪は曇天の空を見上げ、それから視線を本邸の方へと向けた。
    「問題ありません」
     そこからは無言で、しばらくして歩き始める。そうすれば傀儡はただ黙ってその後を追う。傘を差しているのは傀儡だから、後を追わなければ深雪が濡れてしまう。そう危惧したのだろう。
     水をはじく靴音だけが耳に残る。
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