背伸びをしても届かない キスをしやすい身長差、12㎝。理想のカップルの身長差、15㎝。抱きしめやすい身長差、22㎝。
ふろく目当てに万屋で購入した女性誌をパラパラとめくっていたらそんな文言が目に入ってきた。
「30㎝以上は……うん、書いて無いかぁ」
相手の身長192㎝が平均をぶっちぎりで超えて高すぎる、というのは御尤も。思い返せば隣を歩いていても声は遠いし、人の頭を肘置き顎置きと勘違いしていそうなきらいすらある。
嗚呼、しかし哀しきかな我が乙女心はこの距離を乗り越えてしまえとしきりに私をそそのかしてくるのだ。相手が天性のにぶちんであるならこちらから攻めるほかあるまい、と。
さて、作戦はこうだ。ぱっと近付いてぎゅっとくっついてさっと逃げる!
こちらから攻めるという割に行動が地味では、と?そ、そんなにいきなりはちょっと心の準備が……最初だしこれくらいからで丁度いいのです。
この時間であれば鍛錬場にいる筈、とこっそり覗いてみれば案の定目標は同田貫や他の三名槍とともに手合わせに励んでいたようだ。ひと区切りついたのか集団からひとり離れようとしている様子で、まさに今が好機。
「ぱっと……ぎゅっと……さっと……」
ええいままよ、女は度胸だ!くらえ御手杵!
◆
「おっ主!どうし、グエッ」
「いぃったぁ……」
ごつん、と鈍い音の後に悲鳴がふたつ。鍛錬場にいた男士たちが視線をやれば、頭を抱える審神者と胸元をおさえる御手杵の姿があった。
ははぁ、とうとうしびれを切らした主が空回りしたと見える。緩む口元もそのままに見守るのは日本号。ふたりを気遣う蜻蛉切がすぐに駆けつけ、こうなっては鍛錬どころではない同田貫も木刀を置いて声を掛けに行く。
「急にどうしたんだぁ?主も鍛錬か?」
「いや別にそういう訳では……」
「適度な運動は必要でしょう。体を動かしたいという事であればお手伝い致しますぞ」
「あんたも手合わせすんのか?」
「ううう、本当に……大丈夫なので……っ」
「あっ 主!」
羞恥に耐えかねたのか審神者はその場から逃げ出した。咄嗟に追いかけようとする面々のうち、蜻蛉切と同田貫の肩に手を置いてとどめた日本号は面白くて仕方がないといった様子である。
「日本号、なぜ我々を」
「進んでお邪魔虫にはなりたかねぇだろ?」
「邪魔?何のだ?」
「いやはや、青いねぇ」
分かっていない二振り、したり顔の一振り。にぶちんとの恋路は前途多難である。