04 ディノ・アルバーニ マリオンが小会議室のドアを開けると、独特な匂いが彼の鼻をかすめた。その匂いに顔を顰めると、マリオンはその部屋の奥にいる人物に目を向ける。
その人物――ディノ・アルバーニはマリオンの姿を目にすると、ピザを持っている手とは逆側の手をぶんぶんと振った。
「あ、マリオンくん! こんにちは!」
「……ピザ臭い」
「え? そうかな? 良い匂いだと思うんだけど……」
食べたピザの欠片を口の端につけながら小首を傾げるディノを横目に、マリオンが部屋の窓を開ける。清涼な空気が流れていく感覚にほっと息を吐き、マリオンはディノに白い目を向けた。
「この場は飲食禁止じゃないのか」
「えぇ!? そんな話は聞いてないけどなぁ。一応ブラッドに『良い?』って訊いたけど『節度は守れ』としか言われなかったし」
「アイツ……」
慌てて答えるディノの口から出たメンターリーダーの名前に、マリオンの眉間の皺が一層濃くなる。そんなマリオンをものともせず、ディノは満面の笑みを浮かべると、手に持っていたピザを主張するように上へと掲げた。
「マリオンくんも一緒にどう? 美味しいよ!」
「いらない。というか、オマエは見るたびにそれを食べているかその話ばかりしているな」
「これが俺のパワーの源だからね!」
そう話しながらピザを頬張るディノ。マリオンは指摘することを諦めたのか、ディノから少し離れた席に腰を下ろした。
「ピザだけじゃない。ウエストのみんなと一緒に過ごすことも、市民のみんなとふれ合うパトロールの時間も! もちろん――」
ディノがかたりと音を立てて椅子から立ち上がる。近くにあったナプキンで手を拭き、つかつかとマリオンの近くに歩み寄ったかと思えば、椅子を引き寄せてマリオンの真正面に座った。
「こうしてマリオンくんと話している時間だって、俺の原動力になっているんだよ」
にこりと笑みを浮かべるディノに、マリオンは驚いたように目を丸くする。しかしそれもほんの僅かの間で、次の瞬間には呆れたように息を吐いた。
「……気障だな」
「えぇ~? 本当のことなんだけどなぁ」
マリオンの言葉に、今度はディノが驚く。「伝えるって難しいなぁ」などと話す彼の表情は明るい。マリオンの冷たい言葉も、全く響いてはいないようだった。
「まったく……。どうしてそこまでうるさくしていられるんだ」
「だって周りのみんなを元気にしたいなら、まず俺が元気じゃなきゃいけないだろ?」
「隣人愛に似た考えか」
「あはは。そこまで深く考えてはいないんだけどね。でも、そういうことになるのかな?」
「ボクが知るか。オマエの持論だろ」
「手厳しいなぁ」
「そもそも、オマエが元気の無い時なんてあったか」
へらりと笑うディノに、マリオンが嫌味混じりに言葉を発する。
その時――初めてディノの顔から笑みが消えた。
「あったよ。たくさん」
「……」
「『ヒーロー』としての進退を考えたことだって、何度もある」
その時のことの思い出したのだろうか、ディノの瞳が暗く沈む。見たことのない彼の姿に、マリオンは何も言葉を発することが出来ないようだった。ただじっとディノの言葉に耳を傾けるその姿に、ディノはふっと笑みを浮かべる。
「でも、みんながいてくれたから。『ここにいて』って言ってくれたから――今俺はこの場にいる」
ディノの瞳に光が差す。
きらきらと光るその瞳は、人々を魅了する輝きを放っていた。
「だからかな? みんなといるだけで、力がみなぎってくるんだ」
「……理解できないな」
「そうかな? これはみんな共通していることだと思っていたんだけど」
ディノから視線を外して呟くマリオンに、ディノがずいと顔を寄せて顔をのぞき込む。あまりにも突拍子もない動きに驚いたのか、マリオンは肩をぴくりと震わせただけで、大した抵抗はしなかった。
「な、何だよ……」
「近い将来、マリオンくんにも分かる時が来るよ」
「どうしてそんなことが分かるんだ」
「俺、人を見る目には自信があるんだ」
「……答えになっていない」
そこで漸く冷静な思考力が戻ってきたのか「近い」と言ってマリオンは自身の座っている椅子を下げる。そんな彼の言動を咎めることはせず、ディノはマリオンの瞳をじっと見ながら口を開いた。
「マリオンくんは、一人で戦っている時とノースのみんなと戦っている時に違いってある?」
「当たり前だろ。そもそもの戦力が違う。それにチームで戦う以上、その戦法も変わってくるからな」
「うんうん。勿論戦力は違うよね。でも俺が言いたいのは『こっち』なんだ」
そう言うと、ディノはマリオンの胸の辺りをとんと軽く叩く。
「思わぬ強敵と戦うことになった時、ノースのみんなが一緒なら負ける気がしないって思うことがきっとある」
「それは……」
饒舌に話していたマリオンの口がぴたりと止まる。そんな彼の反応に、ディノは嬉しそうに声を弾ませた。
「おっその表情は、もう経験したって感じかな?」
「っそんなことは――」
「良いね! ラブアンドピースだ!」
マリオンが反論する隙を与えず、ディノはいつもの言葉を口にする。どうやらこの話はディノの中で完結してしまったようだ。一瞬怒りを露わにしたマリオンであったが、にこにこと笑みを浮かべるディノの姿を見て、毒気を抜かれたように椅子に深く座り込む。
「……話が噛み合ってないし、意味が分からない」
「ええっ!? 俺としては一本道で繋がってるんだけどなぁ……」