マリオン誕生日2022 メンター会議を終えたマリオン・ブライスは、親代わりであるノヴァのラボに向かっていた。
何を隠そう今日は9月21日。マリオンの誕生日だ。ノヴァやジャック、ジャクリーンと「会議後にラボでお祝いする」という約束をしている。勿論同じく会議を終えたヴィクターも一緒だ。何だかんだ言いつつも、こういうお祝いを彼とすることに異議はない――とは口が裂けても言わないが。
「どうしたのですか。じっと私を見て」
「別に、何でもない」
「そうですか」
視線が交わって、思わずふいと顔を背ける。元々興味があるわけでもないのだろう、ヴィクターはそう言うと正面をむき直して足を進めた。会話が終了するとともに、かつかつと異なる足音だけが廊下に響く。
そしてたどり着いたラボの扉を開け――
「え……」
そこにいた想像していなかった人物に、マリオンは目を見開いた。
「……」
「お、お邪魔していま~す……」
ラボのソファに座っていたのは、自身のメンターであるレンとガストだ。2人ともどこか緊張した面持ちを浮かべている。
「な、何でオマエたちがいるんだ……?」
「おれが呼んだんだよ~」
「ノヴァが?」
この場の雰囲気に似つかわしくない、のんびりとした声が耳に届く。ノヴァは部屋の奥からひょこりと姿を現すと、顔を綻ばせてひらひらと手を振った。
「今年はマリオンが20歳になるという節目の日! だからこそ、こうしてみんなで集まりたかったんだ」
「……今日、ノヴァ博士からメッセージが来たんだ」
「マリオンも了承済みかと思ってたんだけど……、そうじゃ無さそうだな」
ノヴァの言葉にレンが付け加える。ガストも頬を掻きながら苦笑を浮かべた。するとノヴァの後ろからとてとてと可愛らしい足音が聞こえてくる。
「みんなでお祝いすれば、もっと楽しいと思うノ!」
「ジャックも、そう思いマス。賑やかなのは良いことデス」
「2人がそう言うなら……」
ジャクリーンが嬉しそうに飛び跳ねながらマリオンの方へと飛び込んできた。屈んで彼女を受け止めながら、もごもごと口を動かす。
「……やっぱり俺たちは邪魔だったか?」
するとマリオンの反応を見たルーキーたちが、あからさまに表情を暗くした。
「う……」
彼らの表情から窺える純粋な好意と気遣いに、言葉が詰まる。
「マリオン」
ノヴァが叱るように名前を呼んだ。彼の言いたいことは分かっている。
マリオンも、パーティーにルーキーたちを呼びたかった。なのにどう誘ったら良いか分からなくて、誘うことが出来ないまま会議の時間となってしまって。ノヴァはそんなマリオンの意図を汲んで彼らを呼んだのだ。
「べ、別に、悪いとは言ってない」
それでも、口から出るのは愛想の欠片もない言葉で。
「ごめんねぇ。マリオンは素直じゃないから」
ノヴァが謝ることではないと思うのに、言葉が出てこない。
徐々に重苦しくなる空気を打ち破ったのは、腕の中にいたジャクリーンだった。
「レンちゃま、ガストちゃま、大丈夫ナノ!」
ルーキーたちに視線を向けて、彼女は元気づけるように両手を挙げる。
「マリオンちゃまは、2人のこと可愛いって思ってるノ!」
彼女の言葉に、沈黙が流れた。
「……え?」
「ジャクリーン!!」
かろうじて出たルーキーたちの聞き返す声と、マリオンの制止を求める声が重なる。
確かにノヴァたちと日本へ旅行に行った時、そんな話の流れにはなった。だが、マリオンは一言たりとも肯定していなかったはずだ。それを確定事項のように言いふらされるのは、少し――いやかなりよろしくない。
「そうデスネ。日本へ行った時、マリオンは2人のことを気にしてイマシタ」
「ジャック……!」
「そうそう! だから、写真を送ったんだよねぇ。みんなからの返信があると思って」
「ノヴァまで……」
だというのに、ジャックもノヴァもジャクリーンの言葉に賛同した。ジャクリーンの口を塞ごうとしていた手が、一体誰の口を塞げば良いのだろうかと行き場を失う。
「あ、あぁ、だから写真が送られて来たのか」
マリオンの慌てように何か感じたのか、ガストが話題の矛先をほんの少し逸らした。ノヴァはうんうん頷くと、彼に向かって笑みを返す。
「うん。写真を送り返してくれてありがとねぇ、ガストくん」
「あぁ、あの時の写真はノヴァに送られていたのですね」
「いきなりガストがカメラを向けてきたんだ」
納得した表情を浮かべるヴィクターとは対照的に、レンは顔を顰める。そういえば、ガストからの返信には自撮り写真が添付されていた。
ソファで読書をしていた途中だったのだろう。ページが開かれた状態のままの本を膝に乗せ、少し目を丸くしてこちらを見つめているレン。
そんなレンの隣に座り、満面の笑みを浮かべながらピースサインをするガスト。
説明もなく、突然ガストに呼ばれたのだろう。ヴィクターはソファの後ろに立って不思議そうな瞳を向けている。画角に入るように屈んだからか、片手は彼のこぼれた長髪を耳にかけているところを撮影されていた。
「ちょうどリビングにいることだしって思ってな。それに、レンだってマリオンのこと気にしてただろ?」
「っ……!」
「ずっとぼんやりしてたし、連絡だって頻りにしていたじゃないか」
「あ、あれは……」
レンの言葉が徐々に消えていく。動揺して見開かれた瞳とほんの少し赤くなった頬は、何よりも雄弁に彼の心情を物語っていて。そんな彼の反応に、ガストはくすりと笑って「まぁ俺も気にしてたクチだから、強くは言えねぇけどな」と付け加えた。
「ガストちゃまの写真、ヴィクターちゃまも写ってたノ!」
「そうそう。ドクターも一緒だったんだよ。みんなでコーヒーを飲んでたところだったから」
「突然ソファの後ろに回って欲しいと告げられたので、少々驚きました」
そう困ったように告げるヴィクターだったが、その実満更でもなかったのだろう。彼は薄く笑みを浮かべていた。
「仲の良い写真だったノデ、マリオンが嫉妬してイマシタ」
「っ!?」
突然行われたジャックの暴露に、ひゅっと息を呑む。と同時に、じわじわとした熱が頬に集まってきた。
「うふふ。マリオンちゃま、お顔が真っ赤!」
「勘弁してくれ、ジャクリーン……」
ジャックやジャクリーンを見ても、にこにことした笑みを浮かべているのみで、悪気が全く感じられない。感じられないからこそ、余計に質が悪い。
子供扱いされているような感覚は、今でもむず痒いような心地になる。不快という訳ではない。ふわふわとした気持ちの対処が未だによく分からないから、困るのだ。
「あはは!」
「ノヴァ……」
そんなマリオンの心情を知ってか知らずか、ノヴァは嬉しそうに笑い声を上げる。どこに笑う瞬間があったのだろうか。疑問に思うものの、あまりにも幸せそうに笑うので、彼を咎めることは出来なかった。
「でも、そうだねぇ……」
ノヴァは目尻に溜まった涙を拭き取ると、レンとガストの方向に向き直る。
「レンくん、ガストくん」
彼らを呼ぶノヴァの声が、固い。
「お、おう……」
「……」
いつもとは違ったノヴァの雰囲気を察したのか、2人が緊張した面持ちを見せる。マリオンも何故急にノヴァが真面目になったのかが分からず、次の言葉を待った。
つかの間の静寂が、訪れる。
ノヴァはゆっくりと目蓋を閉じ、そして――
「うちのマリオンをよろしくねぇ」
ふわり、と笑った。
「……な、何を言ってるんだノヴァ!」
たっぷりと間を空けて告げられたその内容に、いち早く反応が出来たのはマリオンだった。まるで子供を預ける親のような台詞だ。どこにそんな要素があったのかは分からないが、親の顔を見せるノヴァに、気恥ずかしさを覚える。
「だっておれたちの可愛いマリオンに、可愛いメンティーが出来たんだよ? それはもうお願いしなくちゃ!」
「そんなこと――」
「そうデスネ。そういうことナラ・・・」
「ジャクリーンたちもお願いするノ!」
「えっ」
あきれ混じりに返そうとした言葉が、思いがけない人物によって遮られた。
「可愛い可愛いマリオンちゃまをよろしくナノ~!」
膝の上に座っていた彼女が両手を挙げる。
「ハイ。私たちの可愛いマリオンを、よろしくお願いシマス」
それに呼応するように、近くにいた彼がにこりと笑顔を浮かべた。
「みんな……!」
かっとした熱が頬に集まる。
温かくも恥ずかしさが上回る感情に、対処がしきれない。
「……あぁ、任せてくれ」
「善処する」
「おい、悪ノリをするな!」
真剣な声で答えるルーキーたちに視線を向ける。ガストはへらへらとした笑みを浮かべており、レンも口端がいつもより持ち上がっていた。
明らかに自分を揶揄っているのが分かったが、不思議と鞭を振るう気にはなれなくて。
「当然、ヴィクもだからね!」
「おや、私もですか」
「家族としても『メジャーヒーロー』としても、マリオンを支えて欲しい」
「分かりました。……ふふ、こんなお願いを改まってされるとくすぐったい思いになりますね」
「ふふっ、そうだねぇ。まぁ、ヴィクならお願いする必要ないからね」
「その根拠のない自信は何ですか」
「おれには分かるんだぁ」
「ジャクリーンにも分かるノ!」
マリオンとルーキーたちが一悶着している間にされていた大人たちの会話に、突如としてジャクリーンが混ざる。
「マリオンちゃまは、ヴィクターちゃまのことも大好きナノ~!」
「なっ……!!」
えっへん、と言わんばかりに胸を反らして発言するジャクリーンに、言葉を失う。そんなことない、どうしてそう思うんだ、と言いたいことは色々とあるのに、どれもが言葉として紡ぐことが出来なかった。
そんなマリオンの反応を見上げていたジャクリーンが、ころころと笑う。
「今日のマリオンちゃまは、いつも以上に可愛いノ~!」
「もう、揶揄わないでくれ……」
「ふふっ、そうだね。このくらいにしといてあげようか」
オーバーヒートしてしまいそうなほど熱くなった頬を冷ますように、両頬に手を当てる。じんわりとした熱さは、目に見えて真っ赤になっているのだろうと予想が出来た。
「それじゃあ、パーティを始めよう! まずは恒例の言葉から!」
そうノヴァが告げると、各々がグラスを手に取る。
マリオンもジャクリーンにグラスを渡してから、自分のグラスを手に取った。
「せーの!」
ノヴァの合図とともに、みんなの声が重なる。
「ハッピーバースデー! マリオン!!」