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    【未完】賢者の言葉をきっかけに魔法舎で『ちょっとしたパーティー』を開く話。魔法使いの半分が魔女になります。いつもの箱庭シリーズと同じ世界線なのでネファネが前提ですが匂わせ程度。

    【未完】ちょっとしたパーティー「ちょっとしたパーティ?」

    晶の言葉に、ルチルが翠色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。同じような表情をしているクロエと顔を見合わせ、そして揃ってヒースクリフの方を向く。ヒースクリフも似たような顔をしていたのだが、どうして自分の方を向いたのか悟り慌てて首を振った。

    「お、俺も聞いたことない、かな」
    「貴族のヒースも知らないなんて、ますます謎ですね」
    「ちょっとしてるの?ちょっとって何がちょっとしてるの?」

    うーんと頭を捻る3人に悩ませて申し訳ないなと思いつつ、そうそのもやもやですと晶はしたり顔で頷いた。

    風の心地よい昼下がり、木陰でお茶会をしないかとルチルに誘われた。嬉しいですと快諾をすればヒースクリフとクロエも待っていて、仲良しの3人にほっこりしつつ談笑に混ぜてもらった。
    移り変わる話題の中でクロエが魔法使い全員に作ってくれた正装の話となり、叙任式にふさわしかったと彼の腕の良さを褒めちぎる。照れるクロエに和みつつネロが指導したパーティー料理もおいしかったしカナリアのテーブルウェアも素敵だったと、眠った城での出来事ごと笑いながら、鮮明に蘇ったパーティーの記憶に晶はふと思い浮かんだことを口にした。
    そういえば、ちょっとしたパーティという謎の文句がありまして。

    話の流れとして、そのちょっとしている服装が気になったらしい。クロエが身を乗り出した。

    「そのパーティってどんな服を着て参加するの?」
    「それが、私にもわからなくて」
    「え、わからない?」
    「なんというか、普段着よりもちょっとだけきれいめ…きっちりした?ワンピースとかをお店で眺めていると、店員さんが声をかけてくるんですよね、『ちょっとしたパーティにもおすすめですよ』って」
    「つまり、売り文句?」
    「そういうことです。でも私も周りの友人たちも、そのちょっとしたパーティとやらに参加したことも誘われたこともなくて。あ、偶然私の周りだけ参加したことがないというだけかもしれないですけど」
    「賢者様にとっては謎のパーティというわけですね」
    「ちょっとしたって言葉も気になるよね」

    ルチルもクロエも目をらんらんとさせていて、思いのほか食いつかれて自分で言っておきながら晶は少し驚いてしまった。ヒースクリフも同じぐらい興味を持っているようだが、冷静にどんなパーティなのか探ろうとしてくるあたりさすがである。

    「例えばどんな服を見ている時に言われるんですか?」
    「なんというか、普段着よりもお出かけ用で、でもフォーマルドレスには使えないような」
    「フォーマルドレス···」
    「ええと、結婚式に参列できるような?」
    「へ~結婚式よりは軽い感じってことなんだね!あ、でもおれ結婚式に参加したことないかも。ヒースクリフ、おうちの付き合いで参加したことある?どんな感じかわかる?」
    「え!っと···たぶん俺の話は参考にならない、かな」
    「あ、そっか、貴族様の結婚式だからめちゃくちゃパーティだね!」
    「う、うん。もしルチルが参加したことがあったら、そっちの方が参考になるかも」
    「そうかも!私が参加したことがある披露宴の服装よりも、ちょっと軽い感じにしたお洋服ということですね」

    ふんふんと鼻息荒くルチルが取り出したのはスケッチブックであった。猛然と動かし始めた筆を見て絵心のある人の特権だなぁと感心した。そして隣には仕立心がある人もいる。きゃっきゃとはしゃぎながら具体的な像が結ばれるのがなんと早いことか。なんだか思ったより盛り上がってくれたみたいだと嬉しくなりつつちょっとおろおろとしていると、ヒースクリフが控えめに笑った。

    「楽しそうですね、クロエとルチル」
    「はい。話題を提供できたのはうれしいのですが、正解を持っていなくてちょっと申し訳ない気も···」
    「正解···」

    ふと思案する顔になったヒースクリフをどうしたんだろうと眺めていると、すっと顔を上げて真正面から晶を見た。毎度のことながら、うわ美人と感動を覚える。

    「そのちょっとしたパーティは、女性だけに参加資格があるんですか?先日おっしゃっていた女子会のような?」
    「いえ、それとは違いますね。性別関係ないんじゃないかな?全部多分がついちゃいますけど」
    「そうですか、わかりました」
    「わかりました···?」

    不思議な返答に首を傾げると、ヒースクリフがふわりと笑った。シノの自慢顔が浮かぶような、見とれざるを得ない麗しい笑みだった。



    次回の魔法舎会議のあとに『ちょっとしたパーティー』を開催します
    みなさまふるってご参加ください



    この告知がなされた時、すでに根回しが完了していた。南はいいよと軽い調子で、西は何それ面白そうと大いに乗り気で、中央も楽しそうだなと笑って受け入れたらしい。オズは若い3人に包囲されたのだろう、拒否する理由もなかったようだが。
    ただひとり賢者だけはこの告知まで何も知らなかったらしく、なんでこんな大仰なことに···?!と大いに焦っていた。サプライズ大成功とはしゃぐルチルとクロエの手前何も言えなかったようだか、その後ネロの部屋を訪ねてきた賢者に怒涛の勢いで謝られた。パーティ料理を用意するのは概ねネロであり、負担をかけてしまうと気にしてくれたようだ。

    「すみません、私が何の気なしにこんな話をしたばかりに···!」
    「まー驚いたけどそんな気にしないでよ。いつもよりちょっと豪勢だけど気取ってない料理?その塩梅が俺も気になるし」

    なかなかに面白いコンセプトだと思ったのだ。どうやって手心を加えようかなと楽しみな面もあり、ネロとしては結構乗り気だったりする。それより北を説得するだしに使われた方がひやひやだったよとは思ったが口にすることは無かった。それは賢者に関係なく、ヒースクリフの策略だからだ。

    「ヒースも暗躍がうまいよなぁ」
    「暗躍という表現はどうかと思うが、言いたいことはわかる」

    森での授業終わり、隣に立ったファウストが同意するほどヒースクリフの動きは見事だったと思う。パーティと魔法舎会議の日を同日にして全員参加の可能性をぐっと上げて、双子に話を通したうえでの北への説得に主催の3人で赴いた時にはネロの料理をさりげなく前面に出して。主だって動いていたのはルチルとクロエ、そしてそのブレーンとしてヒースクリフ。見事な働きだった。
    そんなヒースクリフも今は、シノといつもの口論真っ最中である。打って変わった年相応の子供っぽさになんとなく和む。まったく懲りないなと呆れながらも柔らかい眼差しを向けていたファウストは、ネロに対してはからかいの声をかけてきた。

    「北の3人が暴れださないために責任重大だな、シェフ」
    「やめてくれよ···でも、あいつらが承知したのだって料理だけじゃないだろ、きっと」
    「そうかもね」

    きっとクロエの熱心なお願いがあったからだ。みんなにちょっとしたパーティに着ていけるような服を作ってみたい、どうかなぁ。採寸もなんだかんだで協力している連中だ、クロエの仕立を気に入っているのは確かだろう。北の奴らは素直に請われれば乗りやすい、クロエの気質に拠るところも大きいと想像できた。
    それにきっと、ミスラやオーエンは別にして長生き連中には賢者への慮りがあったのだろう。元の世界の謎を懐かしむ賢者が楽しめるように。控えめなヒースクリフが今回の件に関しては積極的だったのも、きっとそんな思いが根底にあったからだ。
    ファウストとネロとしても、ヒースクリフの控えめで熱心な説得にほだされた自覚はある。けれど根回しの時点では開示されていなかった条件に対してはマジか···と思ったものだ。結局はそれも含めて受け入れたのは、王弟への当て付けで、魔法舎全員がすでに一度は経験しているからだ。
    今回のパーティは男女半々、国ごとに性別を半分にしてね。それが今の東の子どもたちの喧々囂々とした喧嘩の原因であった。

    「ヒースにエスコートなんてされたくない!」
    「だからなんで!」
    「恐れ多いがすぎる!それにこの前のヒースがめちゃくちゃ美人だったからまた見たい」
    「そ、の理由ならまぁいいけど···」
    「だったらヒースクリフが、」
    「恐れ多いからって理由もあるなら断固拒否する!」
    「頑固!」
    「わからずや!」

    ずっとこの繰り返しである。眼鏡を押さえたファウストが、ため息交じりに呟いた。

    「そこまで揉めるならば、最初からこちらの案を受け入れればよかったのに···」
    「いやだ!」
    「だめです!」
    「ファウスト(先生)とネロはペアじゃないと!」

    口喧嘩の勢いそのまま声をそろえた子どもたちは、とっさに反応できなかった大人たちを置き去りにまた小競り合いに戻っていった。再度吐いたファウストの溜息は、今度は苦笑交じりだった。

    「こちらの会話が聞こえているとは」
    「周りがよく見えてるってほめるところかね」
    「口喧嘩が終わればな」

    軽口を叩きつつ、ほんの少しだけ気恥ずかしい空気もある。
    ヒースクリフとシノは、ファウストとネロの関係を知っている。普段は妙な気を回されたりすることは殆どなく、さすが東の子どもたち気が楽でありがたいなと思っていたのだが、今回はどうやら何かしらの琴線に触れたようだ。
    せっかくならば揃いで仕立てたい。そんなクロエの要望があり、必然的にペア、パーティーということであればエスコートする側される側と役割が別れることになる。習熟具合が見たいから若いふたりが性別を変えなさい。そんなファウストの提案は思いのほか強い調子で拒否された。そういうことならおまえたちはセットでないと。さも当然という顔で子供たちにまとめられて、そしていつもの喧嘩が始まり今に至る。
    理由が理由だから気まずくもそこまで拒否されてはなと傍観していたが、そろそろ埒があかなくなってきた。何か手はないかとファウストが目線を寄こしてきたので、ネロはすっとコインを取り出す。頷いたファウストが問うてきた。

    「魔法を使う方。どっち」
    「先生が決めて」
    「じゃあ裏」
    「ヒース、表と裏どっちがいい?」
    「へ?!えっ、お、表?」
    「はいよっと」

    ピンっと親指で飛ばしたコインが回転しながら落ちてくる。手の甲で受け止め、全員の視線を受けながらネロはそろりと手の蓋を外した。




    「それで、東はファウストとシノが女の人になってくれるって!」
    「まさか最初に決めてくれたのが東の魔法使いたちだなんて」

    何やらしみじみと言った賢者に、カナリアはくすくすと笑う。マークをつけてくださいなとノートを示せば、慎重に確認しながら賢者はシノとヒースクリフに星のマークをつけ、ファウストとネロには猫のマークをつけた。黒は女性で白は男性、報告されたとおりのマークとなっている。
    まだまだこの世界の文字が覚束ないけれど、皆さんの名前は認識できるようになりました。そう言った賢者の言葉どおりそれぞれの名前をきちんと判別できている。賢者の努力の賜物だろう。それでも不安そうな顔をしているから合っていますよと労えば、晶はほっとした顔を見せた。素朴なその表情にきゅんとして、かわいいなと僭越なことを思ってしまう。つい頬が緩んでしまったカナリアに、ちょっと首を傾げながらも晶も笑うものだから、まぁいいかと和んで笑いあった。

    いつもであれば話に加わるクロエも、今回ばかりは仕立屋の腕が疼いているらしい。このペアならばと目を輝かせながら早速デザイン帳にペンを走らせている。左右から覗き込んだ賢者とカナリアはおぉと感嘆した。

    「さすがクロエ、仕事が早い!」
    「右がシノさんとヒースクリフさん、左がファウストさんとネロさんですよね?ぱっと見ただけでも、どなたをイメージしたかわかりますわ」
    「えへへ。先にさ、カナリアさんとクックロビンさんのデザインをさせてもらったから、“ちょっとした”の基準が自分の中でできた気がする!ぼんやりだけど!」

    クックロビンさんの採寸が終わったら早速仕立て始めるからねとクロエは声を弾ませて言う。楽しみですと心から言ったカナリアは、暖かい気持ちがよみがえってきてふふと口元に手をやった。クロエと賢者は不思議そうに首を傾げている。

    「どうしたの?カナリアさん」
    「あぁ、いえいえ。嬉しかったなと思い出しまして」
    「嬉しかった?」
    「当たり前のように私と夫を参加者に含めてくださっていたこと、とても嬉しかったんですよ」

    『ちょっとしたパーティ』のことを聞いて、女性としての意見を聞きたいと頼まれて快諾して、その時点では自分が参加者に含まれているとは思わなかった。カナリアさんはもちろんクックロビンさんとペアだよね、どんなデザインがいいか希望があったら教えてね!当たり前のように言われて、ようやく参加者のひとりに数えられていると気づいたのだ。むずむずとする嬉しさ、そんなぽかぽかした気持ちをよく覚えている。
    改めて伝えるのも照れくさいと眉を下げながら肩をすくめれば、クロエと賢者はきょとんとした顔をしていた。

    「カナリアさんがいて助かってるもん、魔法舎の一員だよ!」
    「えぇ、私もカナリアさんがいてくれて、心強いと感じることも沢山あるんですよ。だからパーティの日、クックロビンさんも予定が空いててよかったです」
    「仲良しな新婚さんのさ、もっと仲良しなところが見れそうで楽しみ!」

    はしゃぐふたりに、そこの期待は困りますとぱたぱたと手を振った。によによと笑う二人に、もうっとカナリアも笑って、話題替えも兼ねてカナリアは賢者に尋ねた。

    「それで、晶様はどんなドレスになさるんですか?」
    「俺に任せてくれるって!楽しみにしててね、賢者さん」
    「楽しみです!楽しみですけどドレスは緊張するのでちょっとしたワンピースで···」
    「ちょっとしたって難しい~でも気合が入る!」

    ふんふんと鼻息が荒くなったクロエに手加減してくださいと賢者はほとんど懇願のように縋っている。かわいいと和んでいると、ふと浮かんだことがありカナリアは魔法使いの名が書かれた一覧に目を落とす。
    マークがついているのはたまたま授業があり全員が揃っていた東だけで、他の国は明日以降に決めるらしい。ならば気にすることはないのかなと思い直したが、顎に指をあてたカナリアの様子に気付いたクロエと賢者が不思議そうに尋ねてきた。

    「どうかした?カナリアさん」
    「いえ。そういえば賢者様は、どなたとペアになられるのかなと思いまして」
    「「え」」

    短く声を合わせたクロエと賢者に、カナリアも「え?」とふたりの顔を見返した。





    ≪西≫

    改めてパーティの趣旨を一生懸命説明するクロエを微笑ましく眺めていた大人たちは、そろって首を傾げた。
    「ちょっとした、とはやはり不思議な響きがしますね」
    「どのぐらいちょっとしているのかな?」
    「すごい、定義が難しい!」
    「ね!楽しそうだなって思って。それで···みんなにも参加してほしいんだけど、どうかな」
    おずおずと年長者達を窺うクロエに、シャイロックとラスティカはにっこりと快諾した。
    「えぇ、もちろん」
    「ぜひとも」
    優雅なふたりとは裏腹に、ムルはぴょんと宙返りした。
    「クロエ、俺と組もう!」
    「へ?」
    「にゃーん!」
    「うわっ、ムル!」
    抱きついてきたムルにあわあわするクロエを見て、ラスティカはおっとりと言う。
    「おやおや、かわいいクロエがとられてしまった」
    「私では不満ですか?ラスティカ」
    「まさか。光栄ですよ、シャイロック」
    向き直り胸に手を当てて優雅に腰を折る。大人なふたりにあてられたのだろう、あわわと頬を押さえたクロエは、しかし目を輝かせている。どんな雰囲気にしようかすでにデザインが溢れ出しているようだ。ふふと笑い、ペアは決まったことだしとシャイロックは提案をする。
    「役割ですが、師弟はお揃いになさっては?」
    「そうしようか。クロエも自分で身に着けた方が勉強になるだろうから、僕らが女性になろう」
    「うん、それがいい!ムル、それでいい?」
    「いいよ!大きな猫になってエスコートしてあげる!」
    「楽しそうだけど今回は服を着てほしいな!」
    「ふふ、ラスティカ。あなたのエスコートはお任せくださいな」
    「えぇ、楽しみです、シャイロック」





    ≪中央≫

    オズの真正面に立ったリケが、握手を求めるようにびしっと手を差し出した。
    「オズ、僕とペアになってください」
    「構わないが、なぜ」
    「僕が女性になります」
    「過日は、私の補助が必要だったが」
    「だからです、リベンジです!」
    「リベンジとは」
    「再挑戦です!」
    「そうか」
    握手の手を取るではなく手のひらを上にして差し出したオズに、ちょっと首を傾げたリケがたしっと手を乗せた。お手のようだと笑ったアーサーとカインが目を合わせる。
    「それでは私はカインとペアだな。よろしく頼む」
    「光栄です、殿下」
    うやうやしく頭を下げたカインに、やはり様になると頷いたアーサーは自分の希望交じりに提案した。
    「カインもリベンジしてはどうだ?」
    「え!まぁ俺も変化が覚束なかったけど···」
    「カイン?」
    「主君にエスコートされるのは、うーん···」
    「私は騎士の中の騎士をぜひともエスコートしてみたいが」
    「んんん···」
    唸るカインにそんなにかと驚きながら返事を待っていると、カインはばっと勢いよく顔を上げてアーサーに向かいびしっと腰を折った。
    「今回は!俺にエスコートさせてくれ!」
    「そうか?」
    「よろしいですか?」
    「あぁ、わかった。ふふ、騎士の中の騎士にエスコートされるのも楽しみだ」
    横目でやり取りを見ていたオズは何か言いたげであったが、カインならまぁいいかと思い直したらしい。練習するので見てくださいとせがむリケに、無言のまま頷いた。





    ≪南≫

    「面白いこと考えるねー」
    「若い魔法使いにとって、変化する時点でちょっとしてない気がするが」
    「あれ、あまり感触がよくない感じです?」
    「まさか。賢者様の世界の謎の行事でしょ?興味あるよ」
    「賢者様もルチルたちも楽しみにしていることならば、もちろん協力させてもらう」
    「ありがとうございます!ミチルもいいよね?」
    「あ、はい!楽しそうだなって思います、けど···」
    「けど?」
    もじもじとしているミチルを全員で眺めていると、ちらりと大人たちを見上げたミチルがおずおずと言った。
    「えっと、先日魔女になった皆さんがお綺麗な人ばかりで、ちょっと緊張しちゃったなって」
    うぅと小さくなったミチルに、きゅんと来てしまったのはフィガロだった。
    「ミチルかわい~!よし、俺のことをエスコートして?」
    「えっ、ボクがフィガロ先生を?」
    「先生気合入れちゃおっかな!」
    「お手柔らかになさってくださいね···」
    本気のフィガロを本気で憂慮しているのだろう、レノックスは呆れたような顔をしている。ミチルにエスコートされるフィガロ先生って楽しそう!とにこにこしながら、ルチルはレノックスの顔を覗き込んだ。
    「じゃあレノさんは私とペアですね、よろしくお願いします!」
    「あぁ、よろしく頼む。どちらがいい?」
    「私がエスコートされる側でもいいですか?こないだ魔女になったとき、髪の長さを変えなかったことが心残りでして」
    「髪の長さ?」
    「母様ぐらい伸ばしたいなって!」
    「なるほど···わかった、ぜひエスコートさせてくれ」
    「ふふっ!わくわくしますね。主催としても頑張っちゃいますので、期待しておいてくださいね!」







    「さーて残るは我ら北の魔法使いじゃ」
    「なんと!賢者ちゃんのエスコートを任せられることになったからね!」
    「気合入れて決めてこ!」

    おー!ときゃっきゃとはしゃぐ双子とは対照的に、他の3人はとにかく無である。すみませんと身を縮こませる賢者に付き添ったクロエは、俺がしっかりしなくちゃと背筋をぴんとさせた。クロエちゃんもいい子じゃのとふわり浮いてクロエと賢者の頭を撫でたスノウとホワイトが、北のみんなを示すように左右から腕を広げて言った。

    「さぁ賢者ちゃん、選んで?」
    「······へっ?」

    スノウとホワイトに左右から見上げられた賢者は、ぎょっと目を見開いた。

    「わ、私が選ぶんですか?!」
    「折角だしね?賢者ちゃんに選ばせてあげようかと」
    「優しいじゃろ?」
    「優しくはないと思います!」

    きっぱりと言いながらも悲鳴のような声に、そうだよねとクロエもこくこくと同意した。
    賢者のペアが決まっていない!と気づいた時には大慌てで、ルチルとヒースクリフとも話して、まだ東しか決まっていないし国縛りをやめようかとは言ったのだ。けれど一度決まったことですしと賢者が固辞して、人数が奇数の北にお願いに行きますと決意の顔をしていて格好よかった。
    今日はルチルとヒースクリフが任務でいない、だからクロエの肩に賢者のあらゆる意味での安全がかかっているのだ。

    とはいっても北の魔法使いを説得など早々できるはずがなく、賢者とクロエの周りをくるくると回る双子先生に翻弄された。無であった他の北の魔法使いたちも賢者の選択には若干の興味を持ったらしい。ミスラは当然自分ですよねという顔をしているし、ブラッドリーは見るからに面白がっている。オーエンはやっぱりつまらなそうな態度で、さっさとしてと脅迫のように促した。
    それをきっかけに賢者が腹を決めたようだった。え、賢者さますごいとクロエが感動している間に、賢者はひとりに目を向けてはっきりと言った。

    「ブラッドリー、お願いできますか?」
    「ほぉ?見る目があんじゃねぇか、賢者」

    いいぜと鷹揚に頷いたブラッドリーに、は?と声をそろえたのはスノウとホワイトとミスラだった。

    「なんでブラッドリーなんですか?この中で一番弱いのに」
    「ぶっころすぞ」
    「事実じゃないですか」
    「そもそもそういう問題じゃねぇんだよ」

    だから選ばれないんだとばかりのブラッドリーの口調にミスラはむっとしたようだ。もしもの時ようにと用意していた賢者お手製の消し炭を慌てて差し出せば、案外とすんなり受け取ってくれてほっとする。いいタイミングだとブラッドリーにほめられてえへへとはにかんだ。そして渦中の賢者は双子に猛然と迫られている。

    「賢者ちゃんは我らを選ぶと思ったのに!」
    「す、スノウとホワイトを引き離せませんよ」
    「3人でペアになればいいじゃない?!」
    「奇数だからと北にお願いした理由がなくなりますね!」

    落ち着いてください!と必死でなだめる賢者もぷっくりと頬を膨らませた双子に手を焼いている。やっぱり北の魔法使い、どんな事柄であれ自分が一番だという自負があるのだろう。そういうところが格好いいななんて場違いにもときめいてしまう。
    この場にいる北のもうひとり、賢者の選択にもその後の騒ぎにもとことん我関せずのオーエンだったが、当然だと踏ん反り返るブラッドリーには苛ついたらしい。にぃと笑って賢者に尋ねた。

    「ねぇ、賢者様。魔法使い全員から選ぶんだったら誰にするの?」
    「はい?」
    「北で限定したから仕方なくブラッドリーにしたんでしょ?ほかにも選べたんなら誰にしたのかなって気になっちゃって」

    絶対気になってない、これはブラッドリーへの嫌がらせだ。そうわかったが、ブラッドリー自身興味があるらしい。答えてみろよと面白がっているし、賢者も案外とあっさりと言った。

    「レノックス、ですかね」
    「へぇ~?」

    によっとした双子が、がらりと雰囲気を変えながらも再度賢者にまとわりついた。

    「そっかー賢者ちゃん的にはレノックスちゃんみたいな子が好みなんだー」
    「こ、好みの話ではないですよね」
    「照れないの!我らとて納得よ?あの安定感はなかなかのものじゃ」
    「クロエちゃんもそう思うよね?」
    「う、うん、わかる気がする!」

    レノックスという人は頼りがいがあって気遣いもできて優しくて、なんというかこう、すごくわかるのだ。地に足の着いた選択というか本気で選んだんじゃない?と思えてなんだかどきどきしてきた。
    けれど当の賢者は、周りの盛り上がりに困った顔をしながらもそういう照れは見えなくて。特に慌てた様子もなく、賢者はそのわけを口にした。

    「いえ、本当にそういう話ではなくてですね」
    「えー?」
    「じゃあどういう話?」
    「こう、羊になったら安心してついていけそうだなというか」
    「羊」
    「羊」
    「?賢者様は羊になりたいんですか?」

    絶対わかっていないミスラが水晶の髑髏を手に持った。あ、と皆がつぶやいた時にはもう遅く、その短い呪文が唱えられていた。
    賢者の体が淡く光り、むくむくむくと白い何かで膨れていく。慌てて離れて全容を見れば、レノックスの小さい羊をそのまま大きくしたような丸っこい方の巨大羊がそこにいた。

    「メ、メェ?!」
    「でっっか···?!大きいよミスラちゃん?!」
    「昼寝にちょうどいいかなって」

    よいしょと登り背を預けもふもふの毛に埋もれて寝の体勢に入ったミスラに、身動ぎしかけた賢者羊はしかしすぐにぴたりと動きを止めた。自分の体がどうなっているのかわからなくて立ち上がれもしない、そんな混乱が伝わってくる。
    なにを思ったのかオーエンもぼふりと賢者羊に腰を落とす。勢いに舞った毛でむずむずとし始めたブラッドリーの鼻、にやり笑ったオーエンはそれを狙ったとわかった。羊は毛があまり抜けないとレノックスに聞いたことがあるし、こんなに毛が舞っているのもたぶんオーエンの故意によるものだ。

    「オーエン、ってっめ···!」
    「ふふ、いい手触り」

    毛に突っ込んだ手を薙いだ先にはブラッドリー。思い切り顔に浴びたブラッドリーが盛大なくしゃみをして飛んで行った。あの分だとくしゃみが連発することだろう、何度も飛ばされてしまうとおろおろとしてしまった。双子先生も心配だよねとスノウとホワイトの方を向くと、じっと羊の上のミスラと思いがを見ていた。そしておもむろにたずねた。

    「オーエンよ、賢者はなんと?」
    「んー?椅子になれて嬉しいって」
    「重くはないかの?」
    「は?重さ?···重くはないけどはやく戻してってわめいてるよ」
    「いやですよ、もう少しで眠れそうなのに」
    「「ふーん」」

    にやっと笑った双子が左右からクロエの腕を掴んだ。えっと思っている間にふわり浮かんで、顔面から着地したのはふわっふわな羊毛の中だった。思わず叫ぶ。

    「や、やわらかっ」
    「これは良いの~」
    「賢者ちゃんしばらく堪能させて~」

    なんというへにゃんとした声、スノウもホワイトも羊毛を堪能することにしたようだ。同じくもふもふに埋もれながらクロエはぐるぐる思う。めちゃくちゃ心地いい。正直立ち上がりがたい。賢者さんごめんもうちょっとだけ!ぼふっと改めて顔を突っ込んだクロエの耳に、オーエンの呟きが届いた。

    「ケーキの上にイチゴとチョコがふたつずつあるみたい」

    去っていく気配に甘いものが食べたくなったのかなと思いつつ、置いてかないでというようにメェメェとなく賢者羊の声がついついかわいいなぁと思ってしまうクロエだった。






    ブラッドリーが魔法舎にたどり着いたのは、日付が変わる変わらないかの真夜中だった。
    折角双子の監視から離れたのだ、厄災の傷だし仕方ねぇよなァといつもなら羽根を伸ばしてくるところだが、いかんせん今回はあまりにも飛びすぎた。羊の毛により連発したくしゃみの数はもはや分からず、その度に予想できない場所に飛んでしまうのだ。湖の真ん中だったり火事の最中だったり、当然対処はできるがさすがに神経がすり減っている。結果として監視を抜け出したというのに楽しむ気力も失せ、もはや慣れた宿ということで何も考えずに魔法舎まで帰ってきてしまった。
    そんな状態にも苛々がつのり、今すぐにオーエンの野郎を血祭りにあげなければと中庭に降り立ち魔道具を持ち直す。窓からオーエンの部屋に押し入ろうとしたが案の定結界を張ってやがった。行儀よく扉から行ってやると蹴破るように魔法舎の扉を開けた。途端に聞こえたメェ!という大きな鳴き声に思わずびびびと肩が跳ねる。くしゃみを連発した原因だと刷り込まれる程度には苦労したのだ、ぶち切れそうになる血管に八つ当たりだとしても撃ち殺してやろうと声の方に銃口を向ける。しかし続いた間の抜けた人の声に、は?とスコープから目を離した。
    小さな丸羊の横に、もこっとした大きな塊がもうひとつ。ティーセットやらクッションやらに囲まれ無駄に居心地の良さそうなマットに丸まっていたもこもこがもぞもぞと動く。ようやくと見上げてきたその正体は、寝ぼけ眼の賢者だった。しばらく無言のまま顔を見合わせ、はっとした賢者がブラッドリーの名を呼んだ。

    「ブラッドリー!おかえりなさい」
    「······なんだその格好」
    「クロエに作ってもらいました」

    可愛いし暖かいんですよと立ち上がりくるりと回って見せた賢者は、もこもことした真っ白いフード付きのつなぎのようなものを身に着けていた。これはどこからどう見ても···とブラッドリーははっきりと呆れた。

    「羊か?それ」
    「そうです!かわいいですよね」
    「昼間に化けさせられたってのに、んなもんよく着れるな」
    「みんなにふわふわ具合を力説されたら気になっちゃって」

    クロエがうまいこと再現してくれましたと、長い袖で自分の頬をもふもふとする賢者は至福の表情をしていた。そのうち何かに気付いたように下を見た賢者の足に縋っていたのはちび羊で、羊君ももふもふですよと賢者が拾い上げれば満足な顔をしてもふもふがもふもふの腕に収まった。一連の流れに思わず笑ってしまう。喉で笑うブラッドリーに、きょとんとした顔で賢者は首を傾げた。

    「ブラッドリー?」
    「妙なところで肝が据わってるよな、おまえ」
    「ほめられてます?」
    「好きなように捉えろよ」

    予想外の出迎えに気が削がれてしまった。魔道具の銃を消せばようやくその存在に気付いたというようにちょっと慌てた賢者が、けれど結局は何も言わなかった。オーエン絡みだろうと予想はついているだろうが、今は口にしない方がいいと判断したのだろう。懸命だなと胸のうちでもうひとつ誉めてやりつつ、今はそれよりもと奇行の理由を突っ込む。

    「で?なんでこんなとこで寝てたんだよ」
    「いえ、眠るつもりはなかったんですが、服も羊君も暖かくてつい」
    「魔法舎の入り口にいた理由にはなんねぇな」
    「ブラッドリーを待っていました」

    予想がついた理由だった。馬鹿正直なやつだと思いながら顎で続きを促してやる。ブラッドリーの態度に怯むことなく、賢者は目的を口にした。

    「昼間、失礼なままだったなと思いまして」
    「なにが」
    「ブラッドリーにお願いしたのに違う人の名前を挙げて、そのままだなんて失敬にも程があるなと」
    「くそ真面目だなぁ、おい」
    「そうですか?」
    「お遊びに目くじら立てるほどガキじゃねぇよ」
    「あなたならそう言うかなと思いましたが、ちゃんと伝えておきたいなって」

    こういう時のこいつは誠実であることしかできないというように、けれど悲壮感はなく真っ直ぐに相手を見ている。そのまま口にしたのは、ブラッドリーへの称賛であった。

    「ほんの少ししか一緒に過ごしていなくても、あなたはスマートで大人で格好いい人だと思っています。そんな人のエスコートに興味があるので、ブラッドリーにお願いしたいと思いました」

    勢い良く頭を下げようとしたところで羊を抱えていることに気付いたのだろう。しゃがんで床に下ろして、そしてもう一度真っ直ぐにたち深々と腰を折った。フードでもこもこの白い後頭部を眺め数拍、ふはっと吹き出した。お遊びとは言え男と女の話ではあるのに、何でこんなに生真面目になれるのか。なんだかもう色々と締まらなすぎる。
    遠慮なく笑うブラッドリーに目を丸くした賢者の顎を掴み、濃茶の瞳をしかと見据えてブラッドリーは許諾した。

    「いいぜ」
    「は、はい?」
    「てめぇが望む完璧なエスコートをしてやるよ」
    「···っ!」

    この期に及んでやっと狼狽を見せた。ブラッドリー個人を尊重している姿勢は気分が良かったが、それはそれとして状況を認識させたかった。要はこの手の分野にブラッドリーを選んだ意味をしっかり考えさせたかったのだ。顎を掴まれたまま目をうろうろとさせ始めた賢者は、打って変わった弱々しさで懇願してくる。

    「加減を···手加減もお願いしても···」
    「おせぇよ」

    ばっさり切り捨てれば、賢者はうぅと呻いて肩をすくませる。随分と無防備なもんだなと捕食者の気配が滲みそうになるが、それにしては相手の格好に色気が無さすぎる。締まらない空気感を含めて愉快になり、喉で笑いながら賢者の顔を覗き込む。ひびりつつ逸らしはしない瞳を見据え、ブラッドリーは低く囁いた。

    「てめぇがこの俺を望んだんだ。覚悟しとけよ、晶」

    ぴしり固まった賢者に、言葉もでないってかと眺めていると、はくり唇を動かした。

    「···、···め、」
    「?」
    「メェ···」

    無言で両頬を引っ張った。痛い痛いと悲鳴を上げた賢者を助けようとしてか、足元の羊がメェメェと本物の鳴き声をあげている。なんだこれ。

    「ふざけてんのかてめぇ」
    「ちがっ、ひ、昼間の名残が!」
    「もう一回羊になっとくか?」
    「結構です!あ、ごはん、夕飯をとってありますので食べませんか?!」
    「ラム肉か?」
    「チキンです!」



    【未完】
    ちょっとしたパーティー当日はそのうち
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    sauco_trigo

    REHABILIファウストの誕生日直前、建国の魔法使いの聖誕祭にわく中央の市場で買い物をするシノとヒースクリフとネロの話。
    シノ中心で東の魔法使いたちの話、続く予定。
    世界線は箱庭と同じ。時系列が「やわらかな夜に」と「箱庭の星月夜」の間でカプ以前。
    市場に溢れる目移りも鼻移りもする出店の数々に、歩きながらあれもこれもと買い込んでいたらすぐに両手一杯になってしまった。シノの左右にいるヒースクリフとネロに渡すふりをしながら足を止めずに魔法で少しずつ消して、そのうちのひとつは食ってみろと実際にそれぞれ手渡した。ヒースクリフは戸惑った顔をしている。

    「美味しそうだけど···食べ歩きは苦手だから···」
    「何も考えずにかじりつけばいい。おまえなら何をしても様になるから、それだけで周りの連中が振り向くぜ」
    「い、意味がわからない」
    「はは、シノらしいな。ヒースも難しく考えないでさ、作りたてを味わうのも食い歩きの醍醐味だって」

    ほれと手本のようネロがホットドッグにかじりついた。右腕は買い込んだ食材で塞がっており、左手だけで包みを下げている。やっぱり器用なやつだと感心しつつ、ネロに誘われてわたわたと両手で持ったドーナツを食べようとしているヒースクリフはかわいい。
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