ハッピーワールドバレンタインいつものようにゲームにログインしてデイリーミッションを確認しようとしたところで、メッセージのアイコンに①が表示された。新着メッセージがきたらしい。
どうせメンテナンスか次イベの告知だろう。
シャムスは無視してアバターを移動させる。
だが、素材集めのサブクエストに取りかかろうとしたところでメッセージ数が②そして③へと増えていく。
この短時間での連続メッセージ。さすがに気になったシャムスは封筒型のアイコンをタップした。
「なっ……」
シャムスは目を疑った。
開いたウィンドウに表示されたのは、ID交換をしたあとに一度もログインをした様子がなかった、唯一の相互フレンドの名だった。
メッセージが最新順に表示されている。
ウィル・スプラウト
あれ……?おーい
ウィル・スプラウト
久しぶり。.:*:..。✿。.:*:.。
ウィル・スプラウト
久しぶり。.:*:..。✿。.:*:.。
これは、エリオスに捕らえられていたシャムスがロストガーデンに戻ってから初めての、ウィルからのコンタクトだった。
ID交換したことも忘れてんだろうな、とシャムスが結論づけた矢先のメッセージだった。
アバターの操作やコマンドの入力では迷わずに動くシャムスの指先がこわばる。
このゲームでは古参勢に入るシャムスだが、ゲーム内でのメッセージのやりとりは経験がなかった。
なんだよ
数秒ほど迷った後にようやくそれだけの文字を入力して送信する。
返信がすぐにくる。
ウィル・スプラウト
あ、よかった。メッセージ届いてたんだな。
ウルタールの住人
同じメッセージが2つ届いてた
ウィル・スプラウト
君からの反応がないから、届いてないかもって思 って
再送信したんだよ。
ウルタールの住人
それで、オレに何か用か?
ウィル・スプラウト
それなんだけど、今日、会えないかな?
ウルタールの住人
地上に出ろってことか?
ウィル・スプラウト
うん、ご足労かけて申し訳ないけど
渡したいものがあって
ウルタールの住人
今日は無理だ
ウィル・スプラウト
じゃあ、明日は
ウルタールの住人
無理だ
ウィル・スプラウト
そっかあ
ウィルから花モチーフのキャラクターがしおれてるスタンプが送られてきた。ウィルはメッセージの合間にファンシーなキャラクタースタンプを送信してくる。
ゲーム内イベントで配布されたり所持アイテムとの交換で入手可能なそのメッセージスタンプの活用法を、シャムスはこのやりとりで初めて理解した。理解したとはいっても、シャムスはそういったスタンプを今後も利用することはないだろう。
再び、ウィルがスタンプを送信してくる。
FOR YOU の文字とともに熊のキャラクターが花束を差し出してくるスタンプだ。
そして
ウィル・スプラウトから 本命のチョコ×1 が届きました
「は?」
通知の文面に、思わず声がでた。
本命の……チョコ…………
そのパワーワードに一瞬だけシャムスは思考を停止させられた。
でも、ほんの一瞬だ。
なぜならこれは。
ウルタールの住人
運営が全ユーザーにバラ撒いてるやつじゃねーか
ウィル・スプラウト
今日、久々にログインしたら
ボックスにはいってたんだよね。
フレンドに贈ることもできるって書いてたから…
ウルタールの住人
貴重なアイテムだぞ 1度だけ体力全回復して
30秒間被ダメがゼロになる
ウィル・スプラウト
そうなんだ。俺にはうまく使いこなせそうにないな
ウルタールの住人
それにこれ、各ユーザーに1つしか配布されねーし
ウィル・スプラウト
本当は今日、君に会って
お菓子を渡したかったんだけど
これで我慢するよ
ウルタールの住人
なんの我慢だよ
ウィル・スプラウト
。.:*:..。✿。.:*:.。
ウルタールの住人
そしてそれはなんの記号だよ
ウィル・スプラウト
。.:*:..。✿。.:*:.。
ゲーム始めるところだったんだよね?
邪魔してごめんね。俺はそろそろ出るよ
ウルタールの住人
待て
シャムスは所持アイテムウィンドウをスクロールする。
目当てのものを見つけて、送信ボックスに一括でぶちこんだ。
イースターの花束×1 ブライドのブーケ×1
花飾り×1 花柄の傘×1 フラワーカップ×1
をウィル・スプラウトに贈りました
ウィル・スプラウト
えっ…いっぱいもらっちゃった
いいの?こんなに。イベント限定アイテムって
書いてるけど。貴重なものばかりなんじゃ
ウルタールの住人
オレは使わねーから
入手したときにアイツが好きそうだな、なんて考えてしまったせいで、使用も売却もなんとなくできないで残りつづけたアイテムだ。
衝動でまとめて送りつけてしまった。
ウィル・スプラウト
アイテムのデザイン凝ってるな
フラワーアレンジメントの参考になりそう♪
ありがとう。.:*:..。✿。.:*:.。
ウルタールの住人
だからなんなんだよ、その花がフワフワした記号は
普通に感謝を伝えてくるウィルに安堵しつつ、シャムスはメッセージを送信する。
ウィル・スプラウト
嬉しい気持ちを表すときに使える顔文字を
アレンジしてみました
便利だぞ。
君も使う?
ウルタールの住人
ぜってえ使わねえ
それよりお前、まだ時間あるか?
シャムスは努めて、なんでもないことのように振る舞う。
ウィル・スプラウト
あるよ♪
ウルタールの住人
なら、限定の素材集めクエストを
協力プレイでやってみねえ?
あくまでも気負わない風で、シャムスは訊いてみる。
ゲーム内だけでも一緒にいられるこの時間を、
少しでも引き延ばしたかった。
でも自分がそう望んでいることを、ウィルにはまだ知られたくなかった。
ウィル・スプラウト
いいの?
俺、君と協力プレイしてみたかったんだ。
うれしいな。
。.:*:..。✿。.:*:.。。.:*:..。✿。.:*:.。。.:*:..。✿。.:*:.。
いま、シャムスの感情も緊張と喜びで大きく上下していて、この心情を表すのには、ウィルが多用しているあのフワフワした記号がピタリと当てはまる気がした。
確かに便利な記号だ。
バレンタインに踊らされて、浮かれてしまっている、その自覚はあった。
ここまできたら、とことん踊らされてやろう。
シャムスは配布でもらったメッセージスタンプを初めて送信する。
ファンシーな熊が片腕をあげてジャンプすると GO の文字が飛び出てきた。
行こう。
それから、バレンタインイベントにあわせてチョコレートやたくさんのハートでデコレーションされた非戦闘エリアの町並みをアバターに歩かせながら、チャットモードのウィルが「バレンタインデートだ♪」と本日二度目のパワーワードを発した。
シャムスは耐えきれずにスマホを床に落としてしまった。