ミュージック ウィルが自販機コーナーに行くと先客がいた。
「フェイスくん」
声をかけると、椅子に座ってメモパッドになにか書きつけていたフェイスが顔をあげる。
「またココア買いにきたの?好きだよね、ウィルも」
言い当てられてウィルはえへへと笑う。
「フェイスくんは何してたの?」
「俺は次のイベントのセットリストを部屋で考えてたんだけど、行き詰まってさ。場所をかえてみたとこ」
「ああ、環境をかえてみると気分がリセットされるよね」
「うん……そうだ、参考のために、ウィルの好きな音楽も教えてよ」
「え、俺?う~ん、急には思いつかないなあ」
「たとえば、ウィルがいつも植物の世話をしてるときに歌ってるのとか」
「えっ!フェイスくん聞いてたの?うぅ……ああいうときの鼻歌って半分無意識だから何を歌ってたのかよく覚えてないんだけど」
「先週はこんなメロディーだったな」
そう言ってフェイスが口ずさんだメロディーはウィルの記憶にある音楽と寸分違わない完璧な音程だった。
「あ……子供のころに遊んでたゲームの曲だ」
「なるほど、ゲームの曲か。コード進行はシンプルだけど、そのぶんアレンジの幅が広そうだよね。じゃあ、3日まえに歌ってたこの曲は?」
フェイスがふたたびメロディーを口ずさむ。
「昔みた映画のメインテーマだよ。パイ専門店が舞台の映画で」
説明しながら、ウィルはフェイスの音楽の才能に圧倒されていた。
少しだけ聴いた曲を正確に再現する技能。
(絶対音感みたいなのかな?すごいなあ…)
自分の鼻歌が聞こえていたのは少し恥ずかしいけれど、そのメロディーを「イイよね」とか「面白いコード」とか言ってもらえるのは嬉しい。
映画音楽もアレンジしていれてみてもいいかも、と呟いてフェイスがメモパッドに何か書き込んだ。
「ありがと、ウィル。なんかアイディア湧いてきた♪」
「俺で役に立てたならよかったよ」
「うん、そうだ、ウィルも今度のイベントに来てみない?」
「え……イベントって、クラブ、だよね。フェイスくんのDJは聞いてみたいけど」
ウィルは過去のプロムに飛び入り参加したフェイスのファンを思い出す。ノリノリでアゲアゲでウェーイな人たちだった。あんなふうに盛り上がらないと場の雰囲気を悪くしてしまうだろうか。
悩むウィルに、フェイスは「大丈夫だよ」と言った。
「確かに、フロアでは踊って盛り上がってる人たちが目立つけど、ただ音楽を聞いているだけの人もけっこういるよ」
「じゃあ、行ってみようかな」
「うん、来てくれたら嬉しい♪でも、誰かと一緒に来てね」
「シングルでは入場できないの?」
「そういうルールはないけど、ウィルって目立つし、話しかけやすい雰囲気あるから、1人でいたら口説かれ続けて音楽どころじゃなくなりそうだし」
「そんな、俺が口説かれるとかはないよ」
「アハ、自覚なし♪とにかく、誰か誘ってきて。これは絶対だから」
「まさか、あのマリオンを誘うなんてね」
フェイスはクラブの照明室からフロアにいるウィルとマリオンを見下ろす。
ファン対応に線をきっちり引いてるマリオンがいれば、ウィルもしつこいファンに気をとられることはないだろう。
それにしてもマリオンは完全に予想外だった。
「なんかアガッてきた♪」
はやく始めたくて仕方がない。
フェイスは軽い足取りでDJブースに向かう。
ふたりがまた来たいと思えるイベントにしようと心に決めて。