墜ちて欲を知ったルシ「はは、」
ウリエルはその黄金の瞳を大きく見開いた。いつかは対峙すると覚悟はしていた。それでも、まだその時ではない。心のどこかでそう思ってしまっていたのだった。
そんな彼の前で、堕ちた天使長――ルシファーは高らかに笑う。長い両腕を広げ、天を仰ぎ見た。
ウリエルは堪らず剣を握る手に力を込める。その刃は魔界の物の体液で汚れていた。
「イイ……最高の気分だ! まさかこんなにも早くお前と再会できるとはな!」
天界のものとは比べ物にならないほど濁った空を仰ぎ見ていたアメジストの瞳がウリエルを捉える。空の紫には欠片も似ない高貴な色だった。そのせいなのだろうか、瞳に囚われたウリエルは身じろぎひとつ出来なかった。
「会えて嬉しいぞ――ウリエル」
ルシファーとの距離は十分に開いている。それなのに彼が呼ぶ名は、まるで耳元で囁かれたような錯覚に陥った。甘い声が鼓膜を揺らし、脳を支配する。
ルシファーが堕ちる前、彼に名を呼ばれることがとても嬉しかった。名を呼ばれただけでウリエルは暖かい幸せを感じることが出来たというのに、今の彼はその暖かさの欠片も味わうことが出来なかった。ゾクリと背筋が粟立ち、脳内で警笛が鳴り響く。それなのに、やはり体は動いてくれなかった。
「折角の再会なんだ」
ルシファーはゆっくりとした足取りでウリエルに近付いていく。ウリエルはその様子を見つめることしか出来ない。
そしてついにルシファーとの距離は手が届くまでに近付いた。
「こんな物騒なものは、」
ルシファーの手が剣を握るウリエルの手に重ねられる。
「不要だろう?」
カシャン、と乾いた音がウリエルの鼓膜を震わせた。
その音で自分が剣を手放してしまったことに気付く。自分の武器を取り落とすなど、普段の戦場ではありえない失態だった。
「さあ、あの頃のように甘美なひと時を過ごそうではないか」
顎を指先で掬われ、視線が交わった。