お兄さんのお悩み相談室「ヴァン、トレーニングルーム行くぞ」
夕飯後のひととき、共有スペースのソファで寛いでいるヴァンに大和が声をかける。野球雑誌に掲載されている贔屓の選手のインタビューを読んでいたヴァンはあからさまに嫌な顔を向けた。
「えー、ワイ今忙しいー。キャンプの面白エピソード読まなあかんねん」
「おれとキャンプどっちが大事なんだよ」
「あっ、面倒な恋人エピソードによく出てくるやつ」
雑誌は閉じたものの立ち上がろうとしないヴァンの腕を取って、大和はトレーニングルームへと歩き出す。本気で嫌がっていたわけではないヴァンは「えー」と言いながらもその後に続いた。
「で、話って?」
トレーニングルームに着くなり、ヴァンは口を開く。大和は「はぁ?」と怪訝な顔をするものの、すぐに気まずそうに視線を反らした。
大和がヴァンに話──相談があるのは事実。トレーニングルームに誘ったのもその話をする口実だった。しかし、それを面と向かって言われると困惑してしまう。
「…………恋人っぽいことってどんなだ」
いつまでも黙っていることもはぐらかすこともできない。大和は腹を括って本題を切り出した。ヴァンは「なるほどなぁ」と言いながら休憩用のベンチに腰掛ける。
「おねだりされたん?」
「そういうわけじゃねぇけど……あいつ、そういうの好きそうだろ」
「絶対好きやな」
ヴァンは大和の恋人──綺羅を思い出す。
綺羅は大和が初めての恋人らしく、片思いの時からヴァンに相談を持ちかけていた。そして、恋が実ってからは相談という名の惚気を聞かされていた。その様子から綺羅が大和との恋に浮かれ満喫していることは十分に伝わっている。恋人らしいことをしたら喜ぶのは目に見えていた。
「綺羅ちゃん、やまちゃんとすることなら何でも喜ぶやろうけど……」
そこで一旦言葉を区切り、「そやなぁ」と考え込む。
「手、繋いだことある?」
もちろん外で、と付け足せば、大和は「ない。誰かに見られたらどうすんだよ」と返す。
「そこは誰も見てへん隙を狙うんやん。二人だけの秘密とか言えば綺羅ちゃん喜ぶんちゃう?」
こっそりと恋人らしいことをすることを喜ぶ綺羅を想像することは容易い。大和は「まあ、誰も見てねぇなら」とその案を飲み込んだ。
「よし、決まりやな! 健闘を祈ってんで」
話は終わりとばかりに立ち上がったヴァンに、大和は「せっかく来たんだから体動かしていくぞ」とその腕を掴んだ。