正しい世界の見つめ方 冬「あー、遊んだ遊んだ。やっぱ冬は雪よなー」
「都会のこのちんけな降雪量を見たうえで、カマクラを作ろうとかほざき始めたときはとうとういかれたかと思いました」
「いやでもあれは結構いい線いってたでしょ!猫用カマクラくらいにはなってたって!」
猫はカマクラじゃなくて炬燵で丸くなってますよ。そう揶揄しながらストーブの電源に指を押し込んで、部屋に熱をともす。時は一月。冬真っ盛りで、雪遊びで冷え切った体が泣いている。数秒遅れで点火された温もりに二人して手を近づけてその恩恵を受けた。あー温い、と隣で発される中年男性のような言葉にも、この時ばかりは賛同せざるを得ない。緩やかに熱が移されていく指先から血が巡っていくのを感じて、私はゆっくりと息をついた。このままだとダメになってしまいそうだ。いや、もうなっているのかもしれないけれど。ふと左から空気の移動を感じてそちらに目をやると、片瀬さんが立ち上がって上着を脱いでいる。ちゃんとかけとかないとシワになるぜ。そういって私の腕を掴んで立たせようとしてくる彼は、さながら母親のようだ。えー、といいながら後ろ髪惹かれる思いで私も渡されたハンガーにコートをかける。ああ、ちょっと離れただけで寒い。急いでクローゼットに服をかけると即座に炬燵の電源を入れた。猫じゃなくても冬はやはり炬燵である。雪だのなんだの言ってる場合ではない。
「介山が雪でテンション上がらないの意外だわ。割とアクティブだからこういうのも好きかと思ってた」
「祖母の家が日本海側の山奥なので、もう喜ぶとかそういう次元じゃないんですよ。メートル単位で積もる雪見てたらまじで恐怖しか抱かなくなりますよ」
「お前のばあちゃんち、いつ話に聞いても同じ日本のことと思えないんだけど」
「降雪量でいえば余裕で北海道に負けるのでまだまだマシなほうだと思います」
籠に盛られた蜜柑に手を伸ばして冷たさに震える。犯罪者顔負けの険相じゃん、という声は無視だ。大体こんなに寒いのにニコニコしているほうがおかしいとは思わないのだろうか。冷えた指先と共に炬燵に蜜柑を突っ込む。なにしてんの、と布団をめくって中を覗く片瀬さんに、あっためると甘くなるんですよ、と教えてあげた。あと寒いから早く戻してください、と苦言を呈すのも忘れずに。ごめんごめん、と半笑いで謝りつつ、新しい蜜柑を手にしている。言われたら試してみたくなるのは人間の性だ。
「でも俺、ちょっと見てみたいかも」
「蜜柑の甘さなら糖度計買わないと視認できませんよ」
「いやそうじゃねえのよ」
メートル単位の雪の話、と片肘をついて私のほうを見る。本当に雪、好きなんですね。そう笑ってやると片瀬さんは嬉しそうに「だって面白いじゃん」と答えた。氷とも水ともつかないよくわからんものが空から降ってくるんだぜ、と言われても私にはいまいちその魅力がわからない。というか雪と氷ってそもそも違うのか。小首をかしげて困った顔をする私に、片瀬さんはロマンがない、と怒る。
「……ね、今度おまえのばあちゃんちつれてってよ」
「え」
何、いやなの。そうどこか不安げな色を乗せて私の瞳を伺う片瀬さんに、私は困惑する。だって、前断ったじゃないですか。そう変に緊張しながら言葉にする私は、端から見たらさぞかし滑稽なのだろう。でも、あの夏のことを改めて話すのは、なんとなく、まだ居心地が悪かった。また、あの時の彼を呼び戻してしまう気がして。勝手に、消えて行こうとするような気がして。あー、と気まずそうな顔をする片瀬さんに、私は身を固くする。いや、あんときはね。言葉を慎重に選んでいるのが、彼の態度から伝わって、なんというか、ひどく交感神経が刺激されていた。
「あんときは……さっさと死ぬつもりだったから。できない約束しないでおこう、と思ったのよ」
でも、今はほら、違うから。だから、大丈夫。そう口ずさむ唇はおかしいかな、ちょっと震えていて。お互いあの頃のことがしっかりトラウマになっているのだなと気づいた。二人して緊張してバカみたいだ。一周回って呆れてしまった私は、バッと炬燵の中へ手を突っ込むと蜜柑を握りしめて片瀬さんに投げつける。若干コントロールをミスって強めに当ててしまった気もするが、細かいことは不問にしておこう。え、なになになに。俺今何されたの。そう蜜柑が直撃した頭をさすりながら片瀬さんが目を白黒させている。ざまあみろ、私は心の中でそっと舌を突き出して笑った。
「取り合えずそれ食べて落ち着いてください。片瀬さんはいちいち繊細過ぎるんですよ」
「せ、繊細て! おまえだってちょっと俺に気使ってたくせに」
「気使わせるようなことしたのはどこの誰だよ……」
はあ、とわざとらしくため息をついて見せると、片瀬さんは立つ瀬がないのかおっしゃる通りです、と身を竦める。よろしい、と留飲を下げてから私は改めて片瀬さんに居直った。何泊にしますか。そう問うてやると、彼の眼が面食らったようにきゅうと丸くなる。目は口程に物を言う、そのことわざを体現したような人だなあ、と遠く思った。介山のばあちゃんがいいって言ってくれるなら、俺は何泊でも。そう嬉しそうに語る姿に、ひどく安堵する。大丈夫、という先の言葉をまだ完全に信じ切ることはできないけれど。それでも。
「多分労働するならいくらでも泊めてくれますよ。それ相応の覚悟はいりますが」
「お前のばあちゃん、マジで何者なん」
こうして先の話をすることに抵抗をなくしてくれたことが、今はとても嬉しいのだ。