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    dentyuyade

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    dentyuyade

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    春編。これがいっちゃん最後で、まだどこにも掲載してないやつ。

    正しい世界の見つめ方 春春。薄桃色に色づいた花弁が快晴を隠してしまう中、俺は母親と繋いでいた手をそっと離した。それが、俺にこびりついて離れない希死念慮の始まり。


    卒業式だなんて物は所詮三年生のためのものであって、一学年下の子供にそれを見せる必要性があるのかと常々思っている。そりゃあ年齢をまたいだ交流のある者も少なくはないのだろうが、卒業を噛み締める必要があるほど深い交流をしている相手なら、そも別に式に携わらなくても互いに祝いや別れの言葉をかけることくらいできるだろうに。眠い眼をこすることもせず重力に頭を垂れる私には、親しい『先輩』の姿はどこにも見つけられそうになかった。当然である。あろうことか片瀬さんは卒業式をしれっと休み、姿をくらましているのだから。
    「こんなとこにいたんですか」
    「あれ、もー卒業式終わったの? 早くね?」
    「卒業式も、出席してないやつに早いとか口出されたくないでしょうね」
    よっこいせ、と声を出して彼の隣に座った。じじくせ、と鼻で笑う彼を無視して辺りを見渡せば、絶え間なく流れていく川を薄紅が彩っているのが目に入る。あの夏祭りのあった夜、別人のように見えた片瀬さんは、確かな輪郭を以て私の隣に座っている。その事実がなんだかこそばゆくて、同時に数ミリずれた先の未来にぞっとするような気分だった。花火ではなく日の光と桜に照らされる彼は、ひどく人間的だ。微塵もこちらを見る素振りだなんて見せないまま、どこか上ずった声で私の名前を呼ぶ。はあ、と会えて間の抜けた声を出して見せれば、声にならないままふっと息を漏らして笑っていた。
    「俺、卒業するらしいよ」
    「それ、ついさっきあなたがいない卒業式で聞きました」
    「えー、そこはもっとびっくりしてよ」
    「無茶言うな」
    それこそずっと前から決まってたことでしょ、と口を尖らせれば、俺はついこの前知ったけどね、と返される。嘘吐き、と思った。ずっと前から、貴方だって知っていたくせに。彼はこの期に及んで私が何もわかっていないと思っているらしい。
    「……引っ越し、いつなんですか」
    「ほんっと、話が早いねおまえは」
    「これしきのことで見直されても困るんですよ」
    地方の国立大学を受けたことは、それこそ一か月前くらいに知った。秘密主義な人だ。私が偶然話を聞かなければ、直前どころか最後まで話さずにこの地を離れていたことだろう。知れてよかったと思う反面、相変わらず距離を取ろうとするその態度に腹が立つ。もっと早くにあなたの口から聞きたかったんですけど。そう刺すように言葉を贈っても、彼は何も反論しなかった。
    「一週間くらいしたら出るよ。それまでだらーっと荷造り」
    「手伝いに行ってあげましょうか」
    「えー、俺の荷物ぐちゃぐちゃにしない?」
    「まあ善処しますよ」
    穏やかな時間が、水面と共に流れていく。あと一週間もすればこの桜も全て散ってしまうだろうか。そんなことをふと考えた。花見行きたいな。私もあなたも風情なんてまるでない人間だから、きっと桜を見たところで大した感想なんて出てきやしないのだけれど。ふつふつと湧き上がってくる我儘を自制もせずに呟けば、片瀬さんはひどく優しい顔をして「いいよ」と笑った。別にそんな顔をさせたかったわけじゃないのだけれど、なんだかただ、許されているようで安心してしまった。


    一週間後、厳密にいえば六日なのだけれど、それだけ経っても意外や桜は残っていた。そんなもんかと思いながら、圧倒的にまばらな花見客の合間を縫って歩く。人と同じように盛り上がりに欠けた桜はそれでも美しく、それでいて人の目を引いた。大衆の一部となって花を見ていると、自分という個が消え、その場にいるすべての人間としての意識と同一化するような気がしてきて、おかしくなりそうになる。片瀬さん、と自我を保つために彼のほうへ身を捩れば、ぼうっと自分だけをその瞳に映していて、思わずぎょっとした。
    「いや桜を見てくださいよ」
    「え? あーいや、見た見た見た!」
    「嘘をつくな嘘を」
    まあいいですけど、と呆れながらレジャーシートを取り出して広げれば、片瀬さんがせっせと弁当を広げてくれた。器用な彼は料理すらものともしないのだから羨ましい。以前一緒に台所に立った時に、お前自分の体の操縦下手だね、と笑われたのを思い出して悔しくなってしまった。生まれつきドがつくほどの不器用かつ力のない私には、料理なんて繊細な作業はできやしないのである。何となく癪なので唯一手伝ったおにぎりを一番先に手に取れば、嬉しそうに「うまい?」と聞かれる。まあ、それなりに。なんておざなりな返事をする私にも、彼は優しかった。
    「いやー、最初しゃもじに目もくれず炊きあがった米に手を突っ込もうとしたときはどうしようかと思ったけど、意外と何とかなるもんね」
    「真っ白い布団があったら飛び込みたくなるのと同じ道理ですよあれは」
    「いや普通に俺が止めなきゃ火傷してたんだって」
    でも美味いね、これ。そう満足げにおにぎりを咀嚼する彼を、改めて変な人だなあと思った。別に美味しいおにぎりが食べたいなら、初めから私をのけて自分で作ったほうが早かったのだ。それなのにわざわざ私にも作業を分担して、思い出を共有しようとして。そんな心遣いはできる癖に、してくれるくせに、私に大学の話は共有してくれない。彼にはびこっていた希死念慮も、陰鬱な視界も、どれ一つとして私に教えてはくれないのだ。近づいているはずなのに、遠ざかっているような気がする。きっと、遠ざけられている。
    (私はあなたのすべてが知りたいだけなのに、それが一番難しいんだ)
    いつだったか片瀬さんは語った。私が彼に価値を感じている今はいい、でもその先はどうなるのかと。どうなるのだろうか。そも、私が彼に感じている価値とは何なのだろうか。あの時、その疑問に明確な答えを出さないままこんなところまで来てしまった。粗雑に弁当箱からおかずを取り出しては口に放り込む彼を眺めながら考える。片瀬さんは、優しい。優しくて、面白くて、よくわからない。よくわからないから今までずっと、こうして彼を追い続けていた。それを聡い片瀬さんはたぶんよく理解している。理解しているから終わりに怯えるし、すべてを話すのを拒むのだ。私の好意は、興味だから。……そう、思っているから。
    「介山、おなかすいてないの」
    不思議そうに問うてくる彼に、なんといえば私の気持ちが正しく伝わるのだろうか。原稿用紙に書きなぐっても、小一時間語っても、それはひどく難いことのように思えた。おなか、すいてます。もそもそと残っていたおにぎりを胃に落とし込んで彼の作ってくれた総菜を口にする。美味しいです。食べ物のことは正しく伝える言葉があるのに、どうして私の想う所を表す言葉はないのだろう。


    「花見って飯食ってあと何すんの?」
    「えー、団子とか食べるんじゃないんですか」
    「食ってばっかじゃん花見って」
    「大人になればここに飲酒のフェーズが増えますよ」
    大人になったらかあ。そう呟いた片瀬さんは私をしばらく見つめてからニッと笑う。介山はお酒弱そうだね。その言葉に少しだけ安堵して、それからムッとする。正直想像できなくないからこそ腹立たしい。逆に彼は強そうなのがなおさら。そういえばお酒の入ったチョコレートも何でもない顔をして食べていたっけ。私はあれ、顔真っ赤になるのに。目に見える形で差異を見せつけられて、まだ何も始まっていないのに負けた気になってしまった。悔しい。いつだって彼は、私の一つ先を行く『大人』なのだ。
    「……一年待って、一緒に最初のお酒飲みましょうよ。それではっきりさせましょ」
    「えー、一年? 長いわ」
    「人生の八十分の一くらいですよ」
    「そう言われると確かに短く感じられんね」
    後六十年ちょいかあ、と間延びした声を上げる彼に、頑張れば八十年ちょいくらい生きれますよ、と付け加える。生きてほしいなあ、と思った。なんなら二百年でも、五百年でも。いや、それはそれで苦しそうだからいいけれど。でも、あと六十年もあるのなら、私と片瀬さんが今まで積み重ねてきた時間なんて、ほんの吹けば飛ぶようなたわいもないものなのかもしれない。あと何年くらいで他愛もなくなくなるのか、知りたい。そんなことを考えていたら、いいよ、とまたいつものように甘い声がして、はっとした。
    「八十分の一、待ってる」
    「……ほんとに?」
    「ほんとほんと」
    「約束ですよ」
    「わかってるって」
    そんなに必死にならなくても、もうどこにも行ったりしないってば。その言葉に、思わず声を荒げそうになる。明日、まさに遠くに行くじゃないですか。逆ギレにも似たその怒りは、正当性何て一つも孕まずにただ彼を刺した。なんでこんなに怒っているんだろう。明日、彼はいなくなるんだから、もっと楽しい時間を過ごさなくちゃいけなかったはずなのに。分離した自意識が今更窘めてきたって、もう遅かった。傷つけてしまっただろうか。すみません、と焦って謝罪をしながら恐る恐るその顔を伺えば、ただただ困ったように彼は眉を下げている。何をそんな顔をすることがあるんだ。わからない。私は彼のことを結局、何一つわかっていない。
    「俺はさ、ずるいから」
    「……知ってます」
    「ごめんな」
    「私が欲しいのは謝罪じゃないことくらいわかってるでしょ」
    なに一つだってわからないんですよ、話してくれなきゃ。追及するように言葉を重ねても、それ以上は何も返ってこない。しばしの沈黙の後、小さな声で「話さなきゃわかってもらえないことくらい、俺も知ってる」とぼやく声が聞こえた。珍しく負の感情がにじんだ彼の声だった。
    「わかってほしくないから、話さないこともあるんだぜ、介山」
    その言葉のなんと残酷なことか。知っていても知らなくても、彼の酷さは変わりやしないのだ。ああ、腹が立つ。何も話してくれないあなたにも、何もわかっていない私にも。言葉が人類の意思疎通を促してきただなんて嘘だ。きっとこんなものないほうが良かった。そうすればややこしい感情のロジックも、伝わらないもどかしさも、全部全部存在しなかったのに。そんな煩わしさがあるから私たちは、いつだって言葉の中に沈んでいて、今みたいに息苦しい思いをするのだ。気まずげな顔でぼやっと突っ立っている彼は、今きっと必死に私に最適化しなおそうと頭を巡らせている。優しくて、私を甘やかす面白い年上の役。でも、そんなの別に私は欲しくない。おもむろに彼の腕をつかんで駆け出した。
    「あー、もう片瀬さん!」
    いつだって彼には正しい世界が見えている。私にはぼんやりとした輪郭にしか見えていない世界で、世の中のほとんどにはそれ以上に見えていない世界で、彼だけがはっきりとモノを見ている。だから他人の望む姿であることができるし、それに適応してしまう。いつだって同じ世界が見たかった。彼のことを探求して、彼のことを知って、その先にある何かを掴んで。
    (私はあなたの世界を共有したい。あなたを、一人にしたくない)
    意味の分からない私の挙動に片瀬さんは悲鳴をあげて抵抗をする。ざまあみろ。片瀬さんなんて動揺して、周囲を見る余裕なんてなくしてしまえばいいのだ。


    「いや勢いよく駆け出した割に息きれるの早いな」
    「……己の体力上限の低さを見くびってました」
    「今度ちゃんと見積もりなね」
    ぜえぜえとその場にしゃがみ込んで酸素を取り込まんとする私に、片瀬さんは半ば呆れながら背中を叩く。んで、どしたの急に。なんかあった。あやすように尋ねる彼は、依然私に腕を掴まれたままで困っているようだった。絶対離してやらん。ひそかにそう決意しながら絶え絶えな息を整える。
    「片瀬さんが、いつもいろいろ考えて、私に黙ったり、隠したりする、ので」
    「うん」
    「無茶苦茶なことして、余裕を奪えばいいかな、って思った、んですけど」
    「結果的にお前の余裕がなくなったわけね」
    あほだねー、とにやつくその顔に反論できるカードを私は持っていなかった。悔しいが私が阿呆なのは事実である。結局何も解決しなかったし、なんなら今こうして彼に甘やかされている始末。どうしようもない。リュックサックから持ってきたお茶を取り出そうとしたらそれすら先回られて、キャップを開けた状態のペットボトルを手渡された。用意周到すぎて怖いくらいである。
    「そんなに俺の本心が知りたいんだ」
    「本心っていうか……全部が」
    「ちょっと強欲過ぎない?」
    大体全部知ってどうすんの。試すように、値踏みするように、そして咎めるように。静かな声で彼は聞いた。全部知った先に、何があるのかなんてわかんないじゃん。そんなに必死になって俺をこじ開けて、その中に何もなかったらどうすんの。握っている腕から早くなった脈を感じる。緊張しているのだろうか。わずかに震える声ととくとくと素早く動く血管から、彼の動揺を知った気がした。その顔を覗き見ようとすれば、足元だけ見てろ、と無理やり頭を下げられる。かたせさん。探るような私の声も無視して、とうとうと彼の口から本心のようなそれが漏らされていく。
    「俺、お前が思っている以上になんにもないんだよ。つまんないの。お前はあの夏俺を生かそうとしてくれて、俺もそれに答えたいけど、でもあのときお前が引き留めてくれた俺は多分、俺じゃない俺なんだよ」
    「片瀬さん」
    「今だってそうじゃん。こうやってどうしようもないことばっか言って、俺、お前の前では完璧でいたいのに、お前が、おまえがメッキを剥がそうとするから……!」
    他人に都合よくあろうとするのは彼の悪いところだ。別にそんなことをしなくたって彼は十分に魅力的な人なはずなのに、その仮面を剥いで他人と接することがないゆえにその事実に気づけない。そうやって歪なグッドコミュニケーションを続けてきて、突然限界がきて人間関係を捨てる。彼がいつも孤独な理由がよくわかってしまった。
    「……大学のことを話してくれなかったのは、私にそのメッキを剥がされるのが怖かったから、ですか」
    「……それも、ある。このまま一緒にいたらきっと、おまえは俺に飽きるから。だから、いったん距離を置いてリセットしようと思って」
    そのくらいしてでも俺はお前を手放したくなかったの。頭上から力なく笑う声がした。なんですかそれ。それがあなたが見つけた答えなんですか。私は別に、あなたに飽きたりしません。あなたに幻滅することも、捨てたりもしないのに。そんな言葉は多分信じてもらえないのだと思った。だって、それで心から信じてもらえるのならこんな話は初めから出ていないのだ。あの夏に交わした言葉ですべて、解決しているはずの話だった。あの時の彼の不安の理由が少しわかった気がした。
    『俺、ダメなんだよ。おかしくなっちゃった。お前と会うたび、楽しいの。苦痛を感じない、息ができてしまう』
    多分彼にとって私との時間は、文字通り楽しい時間だった。でも彼には見えてしまうのだ。存在するかもわからないその終わりが。今まで終わらせてきた他人との関わりが、ここぞとばかりに彼の首を絞める。そうやってまた息ができなくなって、自分で自分を苦しめて、彼は自ら破滅へと向かう。その暴走の末があの夏の日で、私からの逃避なのだ。信じてほしい。どんなあなたでも私は隣に立ちたいと思うことを、わかってほしい。でも言葉は、何の意味も持たないのなら。
    「人生の八十分の一。それだけ猶予をあげます」
    「……え、どしたん急に」
    「来年、私、片瀬さんの大学行きますから。そこまでするんだから信じてください。私はあなたから離れたりしません」
    「えっ……は!?」
    「大体あなたはいつだって私を馬鹿にしすぎなんですよ。別にいまさら何見たって引きませんよ。普段だってそこまであなたは完璧じゃないのに、何を驕ってるんですか」
    押さえられていた頭が彼の動揺から軽くなって、その拍子に顔を上げる。想像した通りの泣きっ面と理解ができないと言わんばかりのぽかんとした顔は、どう見たってメッキを纏っているようには思えなかった。片瀬さんは私に好かれているのを、自分がうまくやっているからだと思いたいようだが、実際はそうじゃないのだ。確かに私は彼の優しさも甘さも好きだけれど、それだけじゃない。そも、それだって彼が勘違いしているだけで、別に偽りじゃないのだ。もっと誇りに思っていいはずの、彼の一部なのだ。
    「いや、おまえ、そんな簡単に進路とか決めちゃだめだって!」
    「別にどこ行こうと一緒ですよ。やることは同じなんだし」
    「でもおまえ、そんなことされたら俺おまえの親に顔向けできないって……」
    「まあうちの親は放任主義なんで大丈夫じゃないですかね」
    ほら、グダグダ言ってないで、花見の続きしましょうよ。掴んでいた腕をしれっと手つなぎに変えて、私は彼の腕を引く。歩きながら幾度となく解かれそうになるそれを、解いてやるほど私は甘くも優しくもない。


    母親の手を離したのは、ただなんとなく、俺がいないほうがいいのかなと思ったからだ。単身赴任で遠くへ働きに出てしまった父のせいで、一人俺の面倒を見続ける羽目になってしまった母は、一人の時間が欲しいのだろうなと何となく察していた。今思えば正しかったのかもわからない、子供なりの無茶苦茶な気遣いだったのだと思う。このころから俺は他人の感情が正誤はともかくとして見えていて、そればかりを気にしていた。そうすれば相手は喜ぶし、俺は気に入られて傷つかずに済むから。
    「……人生の八十分の一」
    たった一年、猶予をやるとあいつは言った。俺を追いかけて家を出て、大学まで来るつもりなのだろうか。そんなの現実的じゃない。一年間のうちに正気に戻るかもしれないし、介山の親にも止められるかもしれない。頭だっていいんだから、その気になればもっと上だって目指せるだろうに。俺がいるから、俺の側にいるためだけに、なんて。
    (……信じらんないけど、期待くらいするでしょ、こんなん)
    あの日と同じように桜の下を手を引かれて歩く。幾度となく解こうとした手は、そのたびに戻されて強い力でつなぎ留められてしまった。柔く、温い。その温度を手放すことが惜しいと思うくらいには、自分も彼に情を抱いてしまっている。明日からすぐに会える距離にいなくなることを、そら寂しく思ってしまうほどには。
    「ちゃんと待つよ。たった一年だから」
    だからお前も、ちゃんと迎えに来て。ぐっと祈るように手のひらに力を籠めれば、非力なそいつは不満げに「痛い」と口にした。
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    dentyuyade

    DONE性癖交換会で書いたやつ短編のやつです。割とお気に入り。
    星になる、海に還る輝く人工色、眠らない町。人々はただただそこで足音を鳴らす。唾液を飛ばす。下品に笑う。息を、止める。その中で自分はただ、誰かの呼吸を殺して、己の時間が止まるのを待っている。勝手なものだと、誰かが笑ったような気がした。腹の底がむかむかとして、思わず担いでいたそれの腕を、ずるりと落としてしまう。ごめん、と小さく呟いていた。醜いネオンの届かない路地裏の影を、誰かが一等濃くする。月の光を浴びたその瞳が、美しく光る。猫みたいでもあり蛇みたいでもあるその虹彩の中で、自分がただ一人つまらなさそうな顔をしていた。
    「まーた死体処理か趣味悪いな」
    「あー……ないけど、趣味では」
    「いや流石にわかっとるわ」
    「あ、そう?」
    歪む。彼の光の中にいる自分の顔が、強く歪んでいる。不気味だと思った。いつだって彼の中にいる自分はあんまりにも人間なのだ。普通の顔をしているのは、気色が悪い。おかしくあるべきなのだと思う。そうでなければ他人を屠って生きている理屈が通らない。小さく息をついて、目の前のその死体を担ぎなおす。手伝ってやろうか、と何でもないように語る彼に、おねがい、と頼む声は、どうしようもなく甘い。
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    dentyuyade

    DONE息抜きの短編。百合のつもりで書いたNL風味の何か。こういう関係が好きです。
    観覧車「観覧車、乗りませんか」
    「……なんで?」
    一つ下の後輩はさも当然のようにそんなことを提案した。園芸部として水やりに勤しんでいる最中のことだ。さっぱりとした小綺麗な顔を以てして、一瞬尤もらしく聞こえるのだから恐ろしいと思う。そこそこの付き合いがある自分ですらそうなのだから、他の人間ならもっとあっさり流されてしまうのかもしれない。問い返されたことが不服なのか、若干眉をひそめる仕草をしている。理由が必要なの、と尋ねられても、そうだろうとしか言えない。
    「っていうか、俺なのもおかしいやん。友達誘えや」
    「嫌なんですか」
    「いや別にそうでもないけど」
    「じゃあいいでしょう」
    やれやれと言わんばかりにため息をつかれる。それはこちらがすべき態度であってお前がするものではない、と言ってやりたかった。燦燦と日光が照っているのを黒々とした制服が吸収していくのを感じる。ついでに沈黙も集めているらしかった。静まり返った校庭に、鳥のさえずりと、人工的に降り注ぐ雨の音が響き渡る。のどかだ、と他人事みたく思った。少女は話が終わったと言わんばかりに、すでにこちらに興味をなくしてしゃがみこんでは花弁に触れている。春が来て咲いた菜の花は、触れられてくすぐったそうにその身をよじっていた。自分のものよりもずっと小づくりな掌が、黄色の中で白く映えている。
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