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    dentyuyade

    @dentyuyade

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    dentyuyade

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    矢野葵をはじめて書いたときのやつ。この頃と比べたら大分心を開いてくれてるんだと思います。

    初期設定「せんせ、お仕事くださーい」
    「珍しく帰ってきたと思ったらそれかい君は……」
    がらり、と大きく戸を揺らして入ってきた青年を見て坂井は大きく息をつく。一応真面目に話を聞かんと手にしていた本をぱたりと閉じれば、その隙に矢野はカウンター越しに顔を近づけては、うわー、センセ、また仕事中なのに原稿用紙広げてる、と細い指をレジ横のデスクで広げていた。勝手に見るな。ぱしりと軽く小突いてやれば、わざとらしく痛がる素振りを見せながらへらへらと笑ってみせる。つかみどころのないやつ。坂井はわかりそうでわからない彼の底を覗くのを諦めながら、矢野に椅子を渡して座るように促した。
    「今度は何して追い出されたんだい」
    「いやー、なんかわかんないんすけど、褒めたつもりだったのにぶん殴られて追い出されましたね」
    「怖いけれど一応なんて褒めたのか聞こうか」
    「君のすぐキレるとこ最高に意味わかんないね、って言いました」
    坂井は顔も見たことのない少女に心底同情した。矢野に悪意がないのは百も承知の上で、なんならその前提のせいでより一層不憫に思える話である。矢野は知的好奇心が服を着ているような男だということを、理解するのは簡単なようで難しい。彼にとって理解できない、や意味わかんない、は最上級の好意であり褒め言葉であるのに、それが彼の軽薄な態度とゆるい貞操観念でいまいち真実味を持たず、うまく伝わらないのだ。もっとも坂井はそれを知っていてなお矢野を可哀そうだとは思わない。全部自業自得である。
    「いやー、いい子だったんすけどねえ。酔ってもぶん殴ってこないし」
    「君のいい子のハードル低すぎないかい」
    「六割くらいでDV体質の子引くんで……」
    まあとにかく、そんなわけでまた家なくなったんで、しばらくお世話になります。そうぱちりと手を合わせて頼み込んでくる彼は、愛嬌だけは一人前である。仮にも自分をセンセイ、と慕ってくれている人間を邪険に扱いきれるほど鬼でもない坂井は、仕方なしにまた彼の面倒を見てしまうのだ。 

     

    矢野は坂井の大学の後輩にあたる男である。しかしながら、在学期間がほとんど被らなかったのもあって、彼のことを正しく認識したのは卒業してこの古書店を継いでからだ。優秀な学生ではあるもののあまりにも放蕩がひどく寮生活がままならない彼に、兼ねてより顧客であり大学でもつながりのあった教授が働き手として提示したのが、この店だった。ヒモ生活やらコミュニケーションに難があるといった悪い噂ばかり聞いていた坂井にとってあまり気乗りのする話ではなかったものの、恩のある相手からの紹介というのもあって無碍にもできず、仕方なしに同居まで許可する羽目になってしまったのは性根の甘さが故か。初めて会ったときに己の顔を見てぱっと花の咲いたような笑みを浮かべてきた姿を、坂井は未だに鮮明に思い出せてしまうのである。
    「あのっ、海木司センセっすよね!」
    俺、何個か作品読ませてもらってて、と。パーソナルスペースだとかを一瞬にして踏み越えて手を握ってこられて、拒める物書きなどいるのだろうか。己の名前のアナグラムで賞賛されるのはそう多いことではなかった坂井にとって、それは絶大な効力を持つことになってしまった。もっとも、あとで聞いた彼の海木司の作品が好きな理由が、あまりにもひどいものだったのは思い出したくない事実ではあるが。しかしそれを含んだとしても、彼の裏表のない良く言えば純粋な態度は気持ちがよく、坂井はなんだかんだ彼のことを嫌いになれず、一か月に一度帰ってくるかわからないような男を未だに雇用しては住まわせているのである。
    「うわっ、センセ、これいつ入荷したんすか!?」
    「ああ、それは……君がこの前出ていった二日後とかじゃなかったかな」
    「ひえー最高。隠しとこ」
    「商品を棚の後ろに隠すな」
    当たり前だが一般受けするものではない、未だに棚の隅で縮こまっている古い文献を目ざとく見つけては手に取って上機嫌になる。こういう研究や本に対して真剣なところがあるから憎みきれないんだよなあ、と己の情けなさにため息をつきつつ、矢野にきちんと働くように促した。はあい、とわかってるのかわかっていないのか曖昧な生返事がして、彼は何も言わなくなる。一応真面目ではあるのだ。
    (……彼が僕を気に入って言うことを聞いてくれているのは、僕のことがよくわからないからなんだと思うけれど)
    何がそんなに興味を引いているのかは正直よくわからなかった。坂井は、自分でもあまり認めたくはないがなんでもそれなりにできるが故の、重みのない人間である。だから、いくら文章を綴ったとてそれが他人の心を打つだけの効力を持たない。人並みではない経験をしたことはあるが、それだって、ほとんど日常に何の変化ももたらさなかった。坂井は無意識に首筋に触れる。一部分だけ色の違うそこと、年下の友人ができたことくらいしか、『それ』で得たものはないと思っていた。そういえば、数日後あの子が遊びに来ると言っていたけれど、こいつを紹介するのか。幼気な少年に紹介するにはいまいち不適切な目の前の男を見つめて、坂井は頭を抱えた。
    「……センセ、大丈夫っすか」
    「いや、別に大したことはないんだ」
    「えー、ならいいですけど」
    なんか面白いことあるんだったらちゃんと話してくださいよ。そう言って笑って矢野は坂井の背中を叩く。これからしばらく続く久しぶりのこの生活に、坂井は早くも気が遠くなりそうだった。
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    Replies from the creator

    dentyuyade

    DONE性癖交換会で書いたやつ短編のやつです。割とお気に入り。
    星になる、海に還る輝く人工色、眠らない町。人々はただただそこで足音を鳴らす。唾液を飛ばす。下品に笑う。息を、止める。その中で自分はただ、誰かの呼吸を殺して、己の時間が止まるのを待っている。勝手なものだと、誰かが笑ったような気がした。腹の底がむかむかとして、思わず担いでいたそれの腕を、ずるりと落としてしまう。ごめん、と小さく呟いていた。醜いネオンの届かない路地裏の影を、誰かが一等濃くする。月の光を浴びたその瞳が、美しく光る。猫みたいでもあり蛇みたいでもあるその虹彩の中で、自分がただ一人つまらなさそうな顔をしていた。
    「まーた死体処理か趣味悪いな」
    「あー……ないけど、趣味では」
    「いや流石にわかっとるわ」
    「あ、そう?」
    歪む。彼の光の中にいる自分の顔が、強く歪んでいる。不気味だと思った。いつだって彼の中にいる自分はあんまりにも人間なのだ。普通の顔をしているのは、気色が悪い。おかしくあるべきなのだと思う。そうでなければ他人を屠って生きている理屈が通らない。小さく息をついて、目の前のその死体を担ぎなおす。手伝ってやろうか、と何でもないように語る彼に、おねがい、と頼む声は、どうしようもなく甘い。
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    dentyuyade

    DONE息抜きの短編。百合のつもりで書いたNL風味の何か。こういう関係が好きです。
    観覧車「観覧車、乗りませんか」
    「……なんで?」
    一つ下の後輩はさも当然のようにそんなことを提案した。園芸部として水やりに勤しんでいる最中のことだ。さっぱりとした小綺麗な顔を以てして、一瞬尤もらしく聞こえるのだから恐ろしいと思う。そこそこの付き合いがある自分ですらそうなのだから、他の人間ならもっとあっさり流されてしまうのかもしれない。問い返されたことが不服なのか、若干眉をひそめる仕草をしている。理由が必要なの、と尋ねられても、そうだろうとしか言えない。
    「っていうか、俺なのもおかしいやん。友達誘えや」
    「嫌なんですか」
    「いや別にそうでもないけど」
    「じゃあいいでしょう」
    やれやれと言わんばかりにため息をつかれる。それはこちらがすべき態度であってお前がするものではない、と言ってやりたかった。燦燦と日光が照っているのを黒々とした制服が吸収していくのを感じる。ついでに沈黙も集めているらしかった。静まり返った校庭に、鳥のさえずりと、人工的に降り注ぐ雨の音が響き渡る。のどかだ、と他人事みたく思った。少女は話が終わったと言わんばかりに、すでにこちらに興味をなくしてしゃがみこんでは花弁に触れている。春が来て咲いた菜の花は、触れられてくすぐったそうにその身をよじっていた。自分のものよりもずっと小づくりな掌が、黄色の中で白く映えている。
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