Day dream believer 朝露に葉が濡れ、空が白みかけた頃、近くの枝に留まり羽を休めていた小鳥が目を覚ました。
この辺りを棲み家としている小鳥は辺りをキョロキョロと見渡すと、小さな白い翼を広げて飛び立った。魔法舎の5階まで羽ばたいたかと思うと、微かに開いた窓に自身を滑り込ませた。
すーすーと規則的な寝息をたてているこの部屋の主人は、未だ起きる気配すらない。その耳元にそっと羽を降ろした小鳥は、嘴から軽快な音色を高らかに奏ではじめた。
「……っ」
部屋の主人は、微かに眉を顰め身を捩る。
「はぁ……お前さ、もう少し優しく起こしてやろうとは思わないの?」
毎日夜明けをを伝えに来る小さな友に悪態を吐きながらも、白くすらりと伸びた指先に乗せ、友のために開けていた隙間から解放してやる。
それは、なんでもない、いつもの朝だった。
*****
焼きたてパンの香ばしい匂い。チーズを包み込んだふわふわオムレツの鮮やかな黄色。採れたての寒がりコーンと濃厚なあったかエバーミルクを使ったスープから立ち込める湯気。
ネロ特製の朝食を囲み、楽しげに談笑する魔法使いたち。……と、人間の姿。
少し離れた席に座るオーエンは、そんな和やかな雰囲気に一瞥をくれる訳でもなく、朝食を用意した料理人に無理矢理作らせたトレスレチェスを黙々と口に運んでいた。まるで『そのような馴れ合いは不毛だ』とでも言いたいかのように、ただ後頭部を見せつけている。
「オーエンちゃん、機嫌悪い?」
「大丈夫そ?」
全く……毎度飽きもせず。なんで一々絡んでくるのかこの双子は。
トレスレチェスをつつくフォークを止めることなく、視線だけでそう訴える。
「あっ、見たぁ?睨んだよ今」
「見た見た。こわ〜い!」
こちらの不機嫌を愉しむかのような言動にさらに苛立ちを覚えたオーエンは、憎々しげに口を開いた。
「お前たちと遊んでやる気はないよ。あっちいって」
「そんなこと言ってオーエンちゃん、本当は皆んなに混ざりたいんじゃないの〜?」
「賢者ちゃんと仲良くなりたいんじゃろ?素直じゃないんだから〜」
……沈黙。
『そんな訳ないだろう!』と怒りを露わにするオーエンを想像していた双子だったが、予想外の空白に顔を見合わせる。
「……賢者?」
ぽつりと溢れた声に、孤独が滲む。
「賢者って、誰のこと?」
「なにを言っておる。この魔法舎におる賢者は1人しかおらんじゃろう」
訝しげな眼差しを向けるスノウ。ホワイトは主旨のつかめない問いに眉を顰めた。
「賢者は、賢者様は……ちがう。あいつは賢者様じゃない」
苦々しく吐き捨てると席から立ち上がり、瞬きをする間にその姿は消失していた。
一緒に居たいと言ったのに
忘れたくないと泣いたのに
……嘘つき
*****
畝る暗雲、四方八方と吹き荒ぶ強風。
この世なのかあの世なのか、地に足はついているのか、それとも反転した世界に蹲っているのか。この身がどの様な状況に置かれているのかもわからないまま、真木晶は祈っていた。魔法使いではない自分が行うそれに何の効力もないのは解っている。それでも、祈らずにはいられなかった。
この強大な力を前に散り散りになってしまった魔法使い達は無事でいるだろうか。どうか誰も傷ついていないよう。どうか誰も苦しい思いをしていないよう。己の身すら満足に守ることも儘ならないというのに、自身の事よりも大切な友人の身を案じて祈る手に力が入る。
『21人誰も欠ける事なく、この厄災を退けられますように』
その時、暗雲が一気に晶へ押し寄せる。賢者の祈りを、身体に宿す魂ごと消しとばしてしまえる程の力を乗せた黒。勢いに気圧されて、思わず目を瞑ってしまう。その瞬間、すぐ近くで金属がぶつかるような硬質が高らかに鳴り響いた。思いもよらぬ音に身を縮めると、今度は聞き慣れた、強さの中に優しさの混じった声が耳に入る。
「大丈夫か、賢者様!」
「……っ、カイン!!無事だったんですね!」
晶を守るように前に立った異なる双眸を持つ青年は、背中越しに肯定の笑みを浮かべる。だがその表情からは消耗と焦りが見て取れた。厄災との戦いで魔力をすり減らしたのだろう。そういえば、さっきも呪文を唱えていなかった。もう役に立つほどの魔法は使うことができないのかもしれない。
「大丈夫だ、必ず守る。あんたさえ生きていれば、負けじゃない。」
そう言って剣を構えなおす騎士の背に、思わず手を伸ばす。
「何を言ってるんですか!?私だけじゃ駄目です!みんなで……っ、みんなで帰れなきゃ、意味がないんです!」
悲痛な叫びと共ににじわりと滲む涙のせいで、視界が微かに歪む。
「すまない。それでも、俺たちはあんたを失うわけにはいかないんだ」
暗雲を睨みつけたまま言葉を紡ぐカインに、嫌な覚悟を感じた。失いたくないのに、願いを叶える術を持ち合わせていない。無力感に打ちひしがれる。
平衡感覚を狂わせるように吹き荒れていた風が、さらに勢力を増してカインと晶に襲いかかる。凄まじい風圧に気押されないよう力を込めて踏ん張るも、あまりの暴風に晶はよろめいた。その様子を背中越しに感じ取ったカインが、焦りの表情で背後に視線を向ける。
機会を待ち望んでいたそれは、この瞬間を見逃さなかった。
賢者のみならず、彼女を守ろうと立ち向かった勇敢で無謀な若い魔法使いもろとも黒に飲み込んでいく。しまった!と向き直ったところでもうなす術がない。
「クアーレ・モリト」
熱の感じられない、澄んだ声が響いた。
一瞬でそれを退けた北の魔法使いが面倒くさそうにひと睨みする。
「なにやってるの?」
「「オーエン!」」
安堵の表情を浮かべる2人に対し、鬱陶しいと言わんばかりに眉間に皺を寄せ舌打ちをくれてやる。
「どうでもいいけど早く来てくれる?大元をやらないと意味ないでしょ。お前が居ないとオズが使えない」
そう言って伸ばされたオーエンの手に自身の手を重ねようとして、ふと気づいた。いつも清潔を保たれている手袋に煤のような汚れがついている。よく見ると、衣服の至る所に汚れが付着していた。
白地にストライプのスーツと、白のマント。完全に着る人を選ぶ服を、オーエンは難なく着こなし愛用している。少しでもうっかりしようものならどこかに滲みや皺ができでもおかしくないこの服を、例え戦闘中であろうとも純白のまま保つのは、オーエンの強さの表れであり彼の矜持だ。
その矜持に、汚れがついている。
北の誇りよりも2人の命を優先し、探し出してくれたのだろう。それは、オーエン自身の意思なのか、それともスノウやホワイトにけしかけられての事なのか…。どちらにしても、彼の行動によって命を助けられた晶の視界は、じわりと霞んだ。
ぎゅっと目を瞑る。涙が溢れないように。泣いている場合ではないのだ。オズが使えないということは、オズの力がないと厳しい戦いを強いられているという事だろう。一刻も早く戻って、賢者としての責を果たさなければ。そう、彼の矜持に報いる為にも。
伸ばした手を掴み取り、前を見据える。彼女の目には強い覚悟が滲んでいた。
「連れて行ってください、オーエン!」
*****ここまで*****
途中も途中、こんなところで終わるなって感じなんですけど、すみませんここまでです。
少しずつ書き進めていけたらいいなと思っています。