「あれ? リカオちん?」
その声は、雨音を乗り越えしっかりとリカオの鼓膜を揺らした。音の方へ目を向ければ、コンビニの軒下に佇む見慣れた姿。
「ジャロップ……? どうした、寄り道か?…です。」
「そ! オレィ今日傘忘れちゃったからさ〜、雨宿りついでに買い物してたんだー♪」
急に降るんだもんびっくりしたじゃんねー、なんて言いながら、ジャロップは楽しそうに新品のビニール傘を広げる。
彼は当たり前のようにリカオの隣に並んで、リカオもまた当たり前のように歩く速度をすこし落とした。
「すぐ止むと思ったのに全然止まなくてさウケる〜」
「この時期の雨は予測がつきにくいからな…です。」
「あっ、そうだリカオちん」
「ん? なんだ…です。」
「アイスあげる! 今買ったやつ♪ はんぶんこしちゃおちゃお〜!」
ジャロップがコンビニの袋から出したのは、ポリエチレンのチューブに入ったチョコ&コーヒー味の定番アイス。傘を持ちながら器用に開封すると、容器ごとちぎってリカオに差し出してくる。
「あぁ、ありがとう……です。」
「へへ、おいしーね、リカオちん!」
街頭に照らされたその笑顔があまりにも嬉しそうだったから、リカオも釣られて笑った。
「あぁ。そうだな。」
とてん、ぽてん、とてん。
樋から滴る水滴が、トタンの屋根を打っている。
気付けばふたりは止みかけの雨空の下、何をするでもなく立ち止まっていた。
「あは、めっちゃリズミカルじゃんね! ジャッププ、ウケる」
「……ウケるかどうかはさておき。雨の日にしか聞けないのだと思えば中々良いものだな…です。」
「ワカル〜! 雨の日って〜、たのしいからオレィ好きだな」
「お前は基本的にいつでも楽しいミューモンだろう。」
「確かに! キャワイイ子ちゃんたちもお客さんも居るし、リカオちんたちも居るし、年中無休でたのしいかも! オレィ、め〜っちゃ幸せ者じゃんね?」
響き続けるトタンの雨音をBGMに、うれしいなあとジャロップはまた笑った。
とてん とてん ぽてん、とてん ぽてん とてん。
「……なんか、あの音聞いてたら踊りたくなってきた」
うずうずと尻尾を揺らしながら、ジャロップがそう呟いた。
「は?」
「リカオちんには分かんない? たのしくて、うれしくって、踊りたい〜!ってなるこの感じ!」
「否定はしないが雨音で踊ろうと考えたことはなかったな…です。」
「じゃあさほら、雨も止んだし、とりあえず踊ってから考えよー!」
「え、あっ、おい! 引っ張るな…です!」
街頭をスポットライト代わりにしてふたりは踊った。傘を放り出して、両の手を繋いで、ジャロップからレクチャーされながら。ぎこちなくても、ステップがめちゃくちゃでも、ジャロップはただひたすらにたのしいねと笑うだけだった。
しばらくしてリカオがギブアップすれば短い社交ダンスは終わりを告げ、踊り足りないからとジャロップのソロステージが始まる。
ハウスにはじまり、ヒップホップやジャズまで…本人曰く『ノリと勢い』で踊りこなす彼を、リカオは真っ直ぐに見て、時折手を叩いた。
やがてトタンを叩く音がなくなると、ふたりは再び寄り添って歩き出す。閉じた傘を片手に月明かりの下、手と手を繋いで。