四月一日、昼下がり。「リカオに『好き』って言われてみてえ」
ヤスがカウンター越しに投げ掛けた言葉に、リカオの肩と獣耳と尻尾が同時に跳ねた。彼は一歩後退りして困ったように視線を彷徨わせるけれど、ほんのり赤くなった耳たぶを見るに、嫌がられてはいないらしい。
「……い、一体どうしたんだ、藪から棒に…です。」
咳払いの後に発せられた、いつもよりほんの少し上擦ったリカオの声。そこに滲む動揺が嬉しくて、思わず口の端が歪みかける。それを慌てて制しながら、本来の話題へと思考を戻す。
「今は言わねえようにしてるけど、俺は言ったことあるだろ。……でも、あんたからはまだ一回も言われてねえ」
「それは……。」
「いや、俺だって分かってんだ。あんたがなんで言えねえのか、ちゃんと分かってて言ってんだけど、でも! でも……今日、くらいなら。……冗談に出来っかなって」
「今日がエイプリルフール、だからか? …です。」
その言葉に頷き返して、そのまま言葉を続ける。
「冗談でも嘘でも良いから、一回言われてみてえって思っただけだ。別にあんたが嫌なら断ってくれても——、」
「なら、断る…です。」
リカオの眉がわずかに顰められたのを、ヤスは見逃さなかった。一瞬で張り付いた喉の奥から、できるだけ何でもない風を装いながら声を出す。
「あー……そ、うか。……うん、まあ、そう……だよな」
「ヤス、俺は——。」
「だせぇこと言って悪い! もう言わねえから、忘れてくれ。……えっと、俺、弁当の仕込みあるから」
「おい待てヤス! …です。」
無理矢理話を切り上げようとしたヤスの腕を、身を乗り出したリカオが掴んで引き止める。いっそ他の客でも来てくれればと願ったところで、元々客の少ない時間帯であることを思い出す。
「……んだよ、俺だってガキじゃねえんだ。分かり切ったことで今更駄々捏ねたりなんかしねえって」
掴まれた手首からリカオの指を剥がして、半歩後ろへ下がる。
鼻の奥がツンと痛むのを振り払うように首を振った。うまく笑えているかは分からないけれど、リカオの獣耳がしおしおと倒れていくから、きっと失敗しているのかもしれない。
「リカオが仕事第一なのは知ってるし、俺はそういうあんたを好きになった。だから付き合えなくても不満はねえ。あんたが俺のこと大事にしてくれてんのだってちゃんと知ってる。勝手に期待したのは俺だけど、あんたが言いたくなくて言えないことを無理強いしたいわけじゃねえんだ」
「ヤス……。」
「第一リカオはさ、冗談でもそういう事を嘘にするの、嫌いだろ」
「それは、まあ……そうなんだが、そうではなくて。」
「……?」
「お前は多分、勘違いをしている…です。」
「勘違い?」
首を傾げたヤスを見て、リカオが目を細める。彼はちらりと店先を見遣って、誰もいないことを確認すると、ちょいちょいとヤスを手招く。
「なんだよ……って、ぅ、ェぁ⁉︎」
カウンターに乗り出すようにして近づけば、彼もまた身を乗り出して、ヤスの方へと顔を寄せる。ヤスが小さな奇声を発して固まったのを、耳のすぐ横でリカオが笑う気配がした。
そのまま耳打ちされた言葉をヤスが理解するのは、もう何秒か先の話。
「……本当のことは、嘘には出来ないんだぞ…です。」