聡狂【ぎゅってして】前略、起きたら聡実くんが小さくなっとりました。
「いやなんでなん」
「狂児がなんかしたんやろ」
「俺のことなんや思ってんですか〜」
「元やくざ、現僕のヒモ」
「んーーなんの狂いもなく正解!」
アホのやり取りをしながら、改めて目の前の人物について確認する。どこからどう見ても岡聡美、ただし、見た目は中学生。あ~懐かしいなぁ、ほんま天使や……いやそうやなくて。思わず伸ばしかけた手を慌てて引っ込め、俺はベッドに座り直す。聡実くんはブカブカの冬用パジャマの腕をまくりあげ、手のひらで自分の身体をあちこち触り、ふと上を向いた。
「あー……」
「ん?」
「んん……や、声が」
「声、こえ?」
「…………出るんやなぁ」
喉を片手で押え、深呼吸を何度かすると聡実くんが静かに歌い始めた。それは、俺は聞いたことがない歌だったけれど、歌っている彼の表情がどこか切なそうで苦しそうで、そして相反した歓びも内包しているように見えた。その歌声を浴びながら俺は久しぶりの彼の歌う姿を、目と耳に焼き付ける。
「ほんまに上手やなぁ、東京来てから初めて聞いたわ聡実くんの歌」
「まぁ、……もう歌うことないと思ってたし」
パチパチ、惜しみない拍手を送る俺を一瞥して聡実くんはうつむき膝をかかえた。いつもならここで抱き寄せてしまうけど、あの時なら単に子供に接するように触れるだけで済んだのに、いまの彼があの中学生と同じ姿であってもそれが出来ない。変わってしまった関係が、変なブレーキをかけてしまう。両手を開いては閉じて、俺はしばらく考え込む。
「早よ戻りたい。 この姿やと狂児がなんか遠いわ」
「エッ、あ〜……気のせいちゃう?」
「ほんならぎゅってしてください」
膝を抱えたまま上目遣いに強請る彼が、目に毒だ。これはわかってやっている、恐ろしい子だ。
「あかんわ、捕まる。 流石に五十のオッサンが中学生抱きしめたらアカン」
「親子にしか見えんから安心し」
「俺は聡実くんを産んだ覚えないんやけど……」
「アホですか」
ほら、と伸ばされた両手を掴もうかどうしようか。年を取ってすっかり丸くなってしまった俺の心は、まだ迷っている。目の前でひらひらと動く白い手のひら。その向こうにあの時の彼。吸い込まれそうな、それでいて意志の強い瞳。ああもう、あかん。
「参りました」
「あー、明日までに戻らんかったら困るな……水曜まで出張やのに」
「なんそれ、俺聞いてない」
「言うてへんから。 ええ子で留守番しといてください」
胡座をかいた膝に軽い身体を乗せ、薄い背中を抱きしめる。耳元で響く声は相変わらず高いが内容はしっかりと大人で、喋り方もあの頃とは違う。なんやこれ。倒錯的にもほどがある。目眩がする。
「匂いが甘い……」
「変態やな」
「やから抱っこしとおなかったんよぉ、聡実くんが悪いですぅ」
「狂児はええ子やから、僕がどないなっても無茶はせえへんもんな?」
俺の首に腕を回し、額同士をくっつけて意味有りげに笑う天使。いや、悪魔か?
「いけずや」
「あ、こうしたら戻るかも」
むにゅ。突然柔らかいものが唇に押し当てられた。俺は目を見開いて固まってしまうが、押し当てた本人は遠慮なく何度かそれを繰り返し、やれやれとため息をつく。
「まぁそう簡単にはいかんか」
「生殺しや、ひどい!」
「戻るためやから。 狂児はそのまんま我慢」
ステイと言いつけられた俺はその後あちこちを触られ色んなことをされたが、耐えて耐えて耐えきった。まぁヤクザの時にうけたアレコレに比べれば、聡実くんから与えられることなんて全てご褒美ではある。
ひとしきりやれることをやり切り、ぼふん、とベッドに大の字に寝転がり聡実くんはジタバタと両手を動かして叫んだ。
「何で戻らんの!」
「気ィすんだ?」
「もうあとはもっかい寝るしかないわ……寝よう」
「待って待って、今起きたばっかやで」
相変わらず思い切りは良いが、朝の八時過ぎに寝たとて、次に起きるのはどう頑張っても昼前だろう。それでもとに戻るとは到底思えない。
「だって服もないしどこも行かれへんわ。 寝るしかない」
「待ちなさいて。 とりあえず飯食べて、それかもっかい考えよ」
「考えるて……」
むぅと膨らまされた頬が薄ピンク色だ。本物の中学生の彼にはそういう興味は一切なかったのに、中身が今の彼だというだけで俺はまたぐらりと来てしまう。
「もっかい中学生からやり直しとか勘弁してほしいんやけど」
「ないない、まぁちょっと腹になんか入れて落ち着こ」
ぐしゃぐしゃと聡実くんの髪を掻き回して俺はベッドから下り台所に向かう。ほんまになんの神様のいたずらか。しっとりとした色気を身にまとい始めた今の、二十五の聡実くんに早く戻って欲しい。その色気をまとった中学生は、はっきり言って怖い以外の何者でもないのだ。俺には子供に手を出す趣味など一切ない。神様は信じとらんけど誓う。
かくして、その後もどうにか一線は越えぬように必死で俺は逃げ回り、大方の予想通り、夜に寝て翌朝起きれば全ては元通りになっていたが、今度は聡実くんが何やら不穏な言葉を口にし始めた。
「狂児も、僕と出会った頃の狂児に戻ったらええのに」
あの時の俺が、現在二十五歳の聡実くんの目にどう映るんか、……正直、それはちょっと興味はあるんよなぁ。神様、おったらどうにかしてくれん?無理?いやそこをどうにか頼むわァ