聡狂ハジメテ物語1「好きかどうかわからんのやけど、あんたに触れたい」
その真っ直ぐな言葉に一瞬、狂児の時が止まった。
ファミレス内で他愛もない話をしていたのだ。狂児の相変わらずの軽口に淡々と、ときに切り捨てる素っ気なさで返していた聡実が急に黙り込み視線を下に落とした。どしたん?と問うた狂児に、一度視界を上げてからまた目を伏せ、すぅ、と深呼吸してから、聡実は眼鏡の奥の目を少し緊張の色で潤ませてそう言い放ったのだ。
「……ええと、んー…………触れたいて、こういう意味で?」
ぽんぽん、とテーブル越しに軽く頭を撫でる狂児の手を振り払い、聡実は目の端を少し赤くして、だから、と言葉を繰り返す。
「触れたいんです」
「触れてるやんか。 あ、なに? 昔俺にくっついてたああいう感じ? なんや聡実くん、ホームシックか〜」
はぐらかされている。いつもと変わらずへらへらとよく回るその口を、どうにかして塞いでやりたかった。人が真剣に話をしているのにこの男はどこまで……という苛立ちが聡実の言葉をキツくする。
「子供の時みたいに、あんたがふざけてはぐらかしても、もうええですなんて言わへん。 わかってるやろ狂児のドアホ」
「お、言うやんか」
「いつまでも僕のこと、あの時と同じ子供やなんて思ってるん?」
「え〜……聡実くんはいつでも聡実くん、やろ?」
お互い、腹の探り合いをしている。兎角、狂児は肝心なことを隠す天才だ。己が相手に対して見せても良いものだけを、さもこれが俺のすべてですよという顔をして差し出すがしかしその奥には別のなにかを潜ませているのに、聡実には見せてくれない。いつもそうなのだ。決定的なことは言わないのに、遠回しに真綿で首を絞められるように、徐々に聡実は狂児への想いを拗らせていった。
埒が明かない。この男を捕まえるにはもう、強硬手段しかないと踏んで、聡実は立ち上がると狂児のとなりにドスン、と腰を落ち着けた。まるでカラオケボックスのあの時のように。
「今から家きてください」
「カラオケやないん」
「カラオケ行く理由、今はないやろ」
間近で見つめ合い、先に視線を逸したのは狂児のほうだった。ハァ〜とため息をついて天井を見上げると、ポツリとつぶやく。
「聡実くん、どこでそんな、口説き文句覚えたん」
「あんたの真似しただけです。 ほら、ええから来て」
「お、ややな〜強引……あ、待って。 オネーチャン会計頼むわ〜!」
腕を掴んでぐいと引くその手のひらは、狂児の記憶にあるよりも遥かに大きくなっていた。