暇な日は美味しいものを食べるに限る非番の日は、特に制限もなく自由にして良い。いろんなことを経験して好きなものを増やしていってほしい。
この本丸の刀剣男士たちは顕現して数日後に主からそう言われる。
好きなもの、そんなこと言われても何が好きかもわからない。分かる刀もいるだろうが、分からない刀も多い。
だから、そんな時は、
「なにすりゃいいんだ?」
豊前江はこたつ布団が取っ払われた机に頬杖をついたまま、ぽつりとつぶやいた。
情景は春の庭。暦は卯月。日はまだ昇って少し経ったばかり。
過ごしやすくまったりとした時が流れる日々である。
分かりやすく言うと、非番の日は暇なのである。
豊前江の声は寂しく消えた。なぜならこの部屋には暇を持て余している豊前江と、傍らで春の陽気に誘われてぐっすり昼寝をする南泉一文字しかいないからである。
規則正しく上下する南泉の腹を見るのもとっくの昔に飽きている。
そう思って、南泉の額におやつの個包装の大福を詰むのもさっき飽きたところである。
それでも起きない南泉はすげぇなと思いながら、豊前は机に突っ伏した。
「……何を、しているんだ?」
豊前江の頭から降ってきたのは、山姥切長義の声だった。
がばりと勢いを付けて頭を上げたら、障子を開けて立っている長義がいた。部屋の中を見て、呆れているような顔をしている。
「暇なんだよなぁ。なんかねぇか?」
「暇なら事務仕事を手伝ってくれ」
「そういうことじゃぁねーんだよなぁ」
長義の呆れた顔は続く。わざとらしくため息をついて、豊前江の正面に座った。
ちゃっかり手には温かそうな湯気が上がる湯呑を持っていた。
「俺たちの分は?」
「ないよ。いるとは思わなかったもの」
「えー」
「えー、じゃないだろう。そもそもここは猫殺しくんの部屋だし」
「いや、だったらせめて俺の分は持ってこいよにゃ」
「起きたのか?」
「起きたの?てっきり寝ていると思ったから必要ないかなって」
「心がない……」
「うるさいな、そんなに欲しかったら厨からもらってきなよ」
楽しそうにぎゃいぎゃいと言い合う二振りの声を聞き流しながら、豊前江は後ろへと寝転がった。
「痛っ!」
「いった……」
同時に大の字に脚を広げたものだから、騒ぐ二振りの太もも当たりを盛大に蹴った。
二振りの刺さる視線を無視してもう一度大きな声で独り言ちる。
「あぁ、暇だなぁ~~こういう時はなにすりゃいいんだ?」
南泉と長義は蹴られた部分をさする手を止め、顔を見合わせた。きょとんとしている長義を見て南泉は口角上げて、にんまりとした。
「そういう時は!出かける!にゃ!」
いままでゴロゴロしていたのがウソのように南泉はテキパキと動き出した。
主と近侍に何か連絡をして、どこからともなくサクッと洋服を調達してきた。
これを着ろとばかりに洋服を豊前江と長義に手渡した。
「……え、これ着るの?」
「それ以外にどうすんだよ」
「猫殺しくんが用意した服…か…」
「なーにが不満なんだよ!問題ねーだろ!!それに俺が見繕ったわけじゃねーよ!」
「着てくるっちゃ!!」
「ちなみに豊前江のは篭手切江が見繕った。途中で出会って渡されたんだよ。脇差はすごいにゃ……」
「俺のは?」
「お前のは、大般若が…。なんか面白そうだから俺がするって…」
「……よし、服を見繕ってこよう。すぐに戻る」
そう言って、部屋を出た長義がものの数分で戻ってきた。すでに着替えが済んでいる。
豊前江も南泉も着替えを終えていた。
お互いの姿を見て、三振ともなにやら悪だくみでも始めるような笑顔を溢れさせた。
「そんじゃぁ、行くとするか!」
「あぁ」
「おぉ!」
向かうは平成。季節は春。暦は四月。
やることといえば……
「暇だったら、美味いもんでも食いに行くにゃー!!!」
この本丸は、非番の時は、本丸での業務に迷惑をかけなければ、特に制限もなく自由にして良いのである。
だからこそ許される時間遡行。
その時代のものを、自分たちの目で見て触れて感じることで、心も成長させることができる。かもしれない。
そう考えた主は、刀剣男士たちが比較的自由に動けるようにしてくれたのだった。
「さて、平成の世に着いたけれど」
「もう昼飯の時間だな」
端末で時間を確認すると、ディスプレイには「11:50」と表示されている。
南泉は、どうしても行きたい場所があった。昼食にはもってこいの場所なのである。
ただ、一つ懸念があった。山姥切長義である。絶対に反対されることが目に見えている。というか、彼があのようなものを食べる想像がつかない。だからこそ却下されるだろうという予想が容易く出来てしまう。しかしここは負けられない。負けられない戦いなのである。
「ち、ちなみに、何が食べたいとか、あるか?」
「焼肉が食いてぇ!」
「すたばというところに行きたいかな」
南泉は思考をフル回転させた。どうやって論破するべきか考えをこれでもかと巡らせる。
「焼肉は!晩飯にした方が良いにゃ!本丸でも昼飯に焼肉は出ないにゃ!?晩飯にいっぱい食べたらいいにゃ!」
「お、おう。南泉がそういうなら、いいぜ!」
「おぉぉ!!山姥切のはあれにゃ!すたばは昼飯と晩飯の間におやつで行くのが一番にゃ!甘いのもしょっぱいのもあるにゃ!ちょうどいいと思うぜ!!」
「あ、あぁ…そうだね?」
「お前らより顕現時期が早い俺が言うんにゃ!間違いない!にゃぁ!!」
「南泉が言うなら間違いねぇな!」
「ふーーん?」
南泉が顕現したあと少し時間が経ってから長義・豊前江が顕現した。その分、外出の経験は南泉が三振りの中で一番多い。
それを理由にごり押せば、どうにかなるのではないか、と心の中で南泉は祈った。
しかし、どうにもしどろもどろの南泉を案の定、長義は訝しんだ。
長義がそっと南泉の肩を叩く。南泉は長義の顔を見れない。
「なにを?隠しているのかな?いつも以上に語尾がにゃーにゃーと……。どうにも怪しいな」
「ヒェッ」
南泉の肩に置かれた手の力がどんどん強くなっていく。
「さぁ、話してもらおうか?」
「いだだだだだ!!!!話す!話すにゃぁぁぁぁ!!」
街中に響くほど叫ばされている南泉がとうとう観念した。手をぱっと離された肩をさすりながら、指を刺す。刺された方向に視線を送った。そこには1軒の店舗にのぼりが数基立っていた。
「てり〇まばーがー?」
豊前江と長義の声が揃う。ピンク色を基調とした布にポップな字体でそう書かれている。のぼりの下にはその名の正体であろう食べ物と思われる絵がでかでかと描かれていた。ふかふかしたものに、茶色いものと卵と思われるものが挟まっている。
「あれが食いたいんか?」
「そう!!にゃ!!前に来たときは時期がずれちまって、食べられなかったんだよ」
南泉の肩に顎を置き、もたれかかるような体勢で豊前江は尋ねた。
南泉はわくわくした表情を隠すことなく、肯定した。すでに体は店の方へ向いている。
ちらりと背後の長義の様子を窺った。
「……頼む、山姥切。すごく良い機会だったんだよぉ」
両手を合わせて、懇願のポーズをとって見せる。食べられなかったものが絶好のタイミングだったのである。食べられなかったとなったものが食べられるのである。そんな機会あと何度来ようか?いや来ない。
長義も南泉の必死さが伝わったのか、はいはいと二つ返事で南泉の手首を掴んだ。
「わかったよ。俺はすたばというところに行けたらそれでいいから。あとで連れてってくれるんだろう?だったら昼食はここでいいよ」
「山姥切~~!!」
途端に明るくなった南泉の表情を見て、二振は笑うしかなかった。
三振仲良く店内へと向かうのだった。
騒めく店内。にぎやかな声がそこら中から聞こえてくる。
カウンターには小柄な女性が三振りを笑顔で迎え入れてくれた。
「てりたまバーガーのセットでぇ、サイズをLサイズにして飲み物はコーラで。あと、チキンナゲットを1つください。ソースは季節限定のやつ」
すらすらと注文する南泉の肘当たりを突いたのは長義だった。いつもの自信たっぷりの表情とは少し違う雰囲気だった。
「どしたぁ?」
「……何を頼めばいいか、わからないんだが」
「……んなもの、好きなもん頼めばいいんじゃねぇか?」
「好きな、もの……」
「あぁぁ……お前は初めて来るから、何が良いのかわんないのか。だったら…」
メニューを一巡してすぐに、南泉は長義の分の注文も伝えた。
チーズてりたまのセットである。サイドメニューをサラダに変えて飲み物はアイスティーを頼んだ。
長義には何を頼んで何がやってくるのかさっぱりわからなかったが、とりあえず昼食にはありつけるのだと多少安堵したようだった。表情は注文前よりも穏やかに見えた。
「豊前も、頼む…にゃぁ?」
「俺も南泉みたいにしてみてぇ!」
先輩風を吹かせて、豊前江の分も注文しようとしたが……。
南泉の言葉よりも先に、豊前江は南泉を隣をすり抜けてカウンターの前へと移動してきた。
カウンターに置かれているメニューや店員の背後に設置されているメニューをじっくりと見て、にっこりと店員に笑ってみせた。
店員以上のスマイル0円が光る。
「ははは!よくわっかんねぇ!なぁ、あんたはどれが良いと思う!?」
「はわわわわ」
篭手切江曰く直視すれば目が潰れるかもしれないほど眩しいの豊前江の笑顔に、店員は一瞬で頬を赤らめ…否、顔をこれでもかと真っ赤にさせて、しどろもどろにおすすめの商品を説明し始めた。
「季節限定のこちらのバーガーが…」
「それだと南泉たちと一緒になっちまうなぁ…これ以外で、あんたが美味いと思うやつを教えてくれ!俺はそれにするっちゃ!」
「はわわわわわ」
追い打ちをかけるような眩しすぎる豊前江の言葉と顔に、店員は倒れそうになるのを何とか堪え、己が美味しいとおもうバーガーとサイドメニュー・飲み物を声がひっくり返りながらも何とか伝えようとする。
カウンターに肘をついて、にこにこしたまま豊前江はその様子を眺めていた。
「だ、ダブルちーズバーがーのセットは、いかがでしょうか!?サイドめにゅーはポテトで、の、のみものはっ、こちらの炭酸飲料が!お、おすっおすすめです…!?」
「じゃぁ、それで!あ、俺もサイズでっかいので頼む!」
「か、かしこまりましたぁぁ!!」
「おう!」
「うわぁ…えぐい。新手の拷問?」
「すげぇにゃぁ…」
豊前江と店員の惨劇を、呆れたような憐れむような目で眺めていた。思わず言葉が漏れてしまったのは致し方ないだろう。そんな目の前の状況など気にもしないように、先に頼んだてりたまバーガーのセット2つ分が乗ったトレイが受け渡された。
豊前江が店員の心をこれでもかと奪ったあと、商品の乗ったトレイをまたしても笑顔で受け取り、店員がぶっ倒れそうになっていた。
その店舗は2階席が設けられていて、窓際の席を陣取った。
南泉は嬉々としてバーガーにかぶりついた。
「美っ味いにゃぁぁぁぁ」
口の中いっぱいにてりやきソースとマヨネーズが広がる。ちょっと甘くてしょっぱくて辛くはないけど和の甘辛さがたまらない。このバーガーのメインともいえるしっかり焼かれた卵とお肉は嫌いなヤツなどいないと思える美味しさだ。合間にシャキシャキのレタスが良いアクセントになっていて、どんどん食べ進めたくなる。いや、食べ進めている。
バーガーを頬張りつつ、合間にポテトをつまんで食べて、を繰り返す。
その様子が傍から見ても幸せそうに見えた。それくらい南泉は美味しそうに食べていた。
よっぽど食べたかったものなのだと伝わってくる。食べ始めてからずっとニコニコと豊前江のそれとは違う、明るくて人懐こそうな笑顔になっている。
本当に美味しそうに食べるな、と長義は隣のてりたまバーガーの虜になっている昔馴染みに目をやった。
口の端にソースが付いているが、気になどしていないようである。
長義まだ一口も食べていない。バーガーを手に乗せたまま止まっている。
……どうやって食べたらいいんだ?
手のひらには包装紙に包まれたままのバーガー。
南泉を見ようと思っていたら、あっという間に食べだして、見る暇もなかった。南泉は包装紙を半分開けて手が汚れないようにしている。確かに、全部開いて食べると手が汚れてしまうだろう。
だったら?どうやって、南泉みたいに開けばいいんだ?と長義は手のひらのバーガーを眺めながら考えていた。
すると、横から手が伸びてきて、手のひらからバーガーをひょいと取り上げた。
「え!?ちょっと、南泉!?」
「こーやって、めくって、そんで、こう!……にゃ!」
「あぁっ!!なんで俺の分まで食べるんだ!?」
「一口だけだろ!!これは、注文してやった分と開けてやった分の手間賃にゃ~!チーズもうまっ!」
器用に包装紙を開けて、長義に手渡す前に大きく口を開けてチーズてりたまバーガーにかぶりついたのだった。
自分が食べたてりたまバーガーも美味しかったが、チーズてりたまも美味しかった。チーズの味が追加されて、南泉が食べたものよりもこってりしているような気がした。これはこれでまた食べたくなる味だった。
もぐもぐと一口分のチーズてりたまをしっかり味わいながら、長義にバーガーを手渡した。しっかりと一口分かじられた跡が付いていた。
「さては、君、どっちの味も食べてみたくて、俺のメニューをこれに決めたな!?」
「別にお前どれでも良さそうだったじゃねーか!」
「それはそうだが!それとこれとは違うだろう!気に食わないな!!」
「美味いのに変わりはねぇから、一回食ってみろって!!」
長義の手を掴んで、そのまま口元へとバーガーを近づける。無理やりだが、仕方なく口を開いて、長義も一口。
「‥‥‥!おいしい」
「だろ~~」
怒った顔は一瞬で、長義もあっという間にやわらかい表情へと変わっていった。そのままバーガーを黙々と食べ進めていく。
南泉はその様子を見ていたずらが成功したみたいな顔をした。
「なぁ、南泉。俺のもやってくれ。どうしたらいいんだ?」
「おう!いいぜぇ!」
「さんきゅーな!」
豊前江のダブルチーズバーガーの包装紙も器用に開いて、豊前に手渡した。
眩しい笑顔が南泉にも向けられる。眩しい…。思わずきゅっと両目を閉じた。
「これ、美味いな!!」
「だろ~~!!それも美味いよなぁ!!」
バーガー片手に、もう片手でドリンクを持ち、ただ食べているだけなのに、何かの撮影でもやっているかの如く。
それだけ豊前江が様になっている。
南泉を何度がまばたきをして、もう一度目の前の男士を見たが、そこにいるのは美味そうにセットで650円のバーガーを食べる豊前江。だがどうやってもただただ芸能人のようなオーラを放っているようにしか見えない。
周囲の視線が豊前江にくぎ付けなのが良い証拠である。
女子高生は頬を赤らめているし(さっき豊前江と目が合った)、隣の席のサラリーマンはメガネをかけ直して豊前江を見ている。
芸能人ではないんだにゃぁ。と思いながらも口にはせず、ちょっと冷めてふにゃふにゃしてしまったポテトを数本まとめて口に入れた。揚げたてのポテトも美味しいが、ふにゃふにゃのポテトもこれはこれで美味しいのである。
窓の外を見れば、満開の桜が、春の風に吹かれてどんどん散っている。桜の季節が終わる頃、この季節限定のバーガーも食べ納めの時期である。
良いタイミングで遊びにこれたと、南泉は桜吹雪を眺めながら、コーラを一気に飲み干した。