暇な日は美味しいものを食べるに限る〜閑話休題〜「……さて、」
色々な種類の焼き菓子や、大きなサイズの甘いドリンクを平らげてワイワイ世間話に花を咲かせていると、空になったカップを袋にいれたところの長義が凛とした声を上げた。
その一言で二振は話をピタリと止めて長義の方を向いた。
この声は何かを提案するときの声だ。戦で作成を伝えるとき、事務処理の対応をするとき、様々なところで聞いてきた。
「にゃんだよ」
「どうしたんだ?」
真剣な表情の長義。続く声を待つ二振。
「昼も八つ刻もすごく食べたと思うのだが、君たち、晩御飯ははいるのかな?」
「「余裕で入る!」にゃ!」
質問に声を揃えて即答した。
「そ、そう……」
「んなこと言って、お前も余裕で入るだろぉ?」
「まぁ……そうだけれども……」
刀剣男士は人の形を成しているけれど、規格外のことが多いらしい。
あれだけ食べてもまだまだ食べられるらしい。
豊前江はうーんと小首をかしげながら、呟く。
「でも、焼肉、腹いっぱい食いたいよな!」
確かに……。と南泉も続いた。
「腹ごなしでもするか!」
「お!いいにゃ!!」
「では、何をしようかな……」
視線を公園の広場に向けると、鬼ごっこをしている子どもたちがいた。
ここで子どもたちに混ざることは明らかに不審者なので出来ないが、体を思い切り動かすことはできるだろう。
皆そう思ったのか、揃って口を開こうとしたその時。
三振の持つ携帯端末が一斉に鳴り響いた。
滅多に鳴ることのない端末に驚きはしたが、すぐさま画面を確認する。
『時間遡行軍の気配を察知。周囲に注意して殲滅せよ。』
文字を読み終えた三振は、笑った。
「これは良い腹ごなしだな」
作戦はこうである。
まずは各々戦闘しやすい路地など人の少ない場所を探す。
周囲に不安を与えないよう、遡行軍を人のいない路地へ誘導し、撃破。そして殲滅という流れだ。
「ようは、鬼ごっこだな!」
「あぁ。腕がなる、にゃ!」
「そうだ、良いことを思いついた」
長義の口元が何やらいやらしく上がっている。こういう顔の時のこいつは碌なことを考えてないんだよな……と南泉は一抹の不安がよぎった。
「ただ殲滅するのも面白くない。おそらくは検非違使でもなければ特別強い遡行軍なわけでもないだろう。気配が弱い」
「だから?なんだよ、良いことってのは」
強くない遡行軍といえど、背中をぞわりと逆なでするような気配は少しずつ強くなってきている。そんな中で何を悠長なことを言っているのかと、南泉は周囲をチラチラと見ながら早口で問うた。
「勝負をしようじゃないか。俺たち三振で」
「勝負だぁ?」
勝負。と言っても簡単ルールである。
未だに含みのある笑みを浮かべる長義は続ける。
「誉を取った者が勝利。次回の遊びで好きなものを食べに行ける。もちろん支払いは他の二振」
長義の言葉に、南泉と豊前江もにやりと含みのある笑みを浮かべた。合意と見て良いのだろう。
「お前にしては面白いことを思いついたにゃぁ」
「遊びじゃねぇけど、こういう気合の入れ方も大事だよなぁ」
「異論はないようだね」
「あぁ!」
三振はその場からすっと立ち上がり、それぞれが別の方向へと向く。
「それでは、鬼ごっこの始まりだ!」
長義の合図で、三方へと走りだした。
走りだすと同時に、三振は端末を操作する。
それぞれの家紋が表示された画面が煌々と光り出した。その瞬間、周囲の桜がすべて散ってしまったのかと思うほどに花弁が乱舞し始めた。
舞い散る花弁を振り払うように、手を振りかざせば、各々の服装はたちまち戦衣装へと変化した。手には己自身ともいえる、日本刀。
戦闘準備はしっかりと整ったのだった。
「やぁ、加州。少し頼まれてほしいことがあるのが、いいかな?」
長義は走りながら、端末の向こうにいる近侍に相談事を始める。
あらかた通話が終わったのか、端末をしまい込み振り向く。
いつの間にかそこは狭い路地。目の前は行き止まり。いわゆる袋小路というものだった。
目の前には数体の時間遡行軍。太刀に大太刀、短刀がいるのも見逃さなかった。
右腕を大きく回して、刀を鞘から抜き、敵に向けて構える。
「待たせたな。お前たちの死が来たぞ!」
目を爛々とさせ、遡行軍の目前へと突っ込んでいく。太刀も大太刀もその刃を振り上げて、長義に浴びせかけようとする。振り下ろしてはさらにもう一太刀、多勢に無勢など関係もなく、唯一の敵である刀剣男士を亡き者にするかの如く、その切っ先を向ける。
が、その先には何もなかった。
長義はちょろちょろと動き回り、遡行軍の太刀筋を器用にかわしていた。
目の前にいたはずの敵が、背後にいる。それに気づいた遡行軍はすぐさま振り向こうと体を捩った。
その瞬間。
「斬ってやる」
その端整な顔立ちにはあまりつり合っていないような、低く地を震わすような声が響いた。
長義は、遡行軍が身を翻す隙を見逃さず、大太刀の腹に深く一太刀。
その勢いのまま、太刀の腕を刎ねた。
背後で大太刀が、目の前で太刀の腕が塵芥と消えていく。
刀諸共吹っ飛ばした太刀は、もう丸腰である。
長義は、両手で刀を握り直し、力強く振り下ろした。
「ぶった斬る!」
太刀もその場で塵と化し、長義は鞘を左手で拾い上げた。
周囲をぐるりと見渡す。その目の熱はまだ覚めてはいないようである。
「さて、あとは短刀か…」
こそこそと隠れてはこちらを狙ってきていた短刀が、気付けば目の届く範囲にはいなかった。
くそっ、面倒だな。と吐き捨てて、長義はまた路地を走り出した。
豊前江は走っていた。
風を切るようにするすると障害物を避け小道を入り路地へと走り抜ける。背後には時間遡行軍が数体、豊前江を追ってきている。太刀と打刀の遡行軍だ。
しっかりと追っかけてきているのを目視して、豊前江は口元に笑みを浮かべた。そしてさらにその脚を速める。
まさに音速が如く。
時間遡行軍が豊前江を追って路地へと入ってきた。そこは袋小路で、目の前が行き止まりになっていた。
遡行軍は周囲をぐるりと見渡す。追い込んだはずの、やけに足の速い刀剣男士がそこにはいなかったからだ。誰もいない袋小路でうろうろとしていると、
「きさん、どこみよんかちゃ! こっちちゃ!」
遡行軍の真上から豊前江の声が降ってきた。
その声の主を探すため、春の青空を遡行軍が見上げた途端、真っ赤な瞳と視線がぶつかった。
頭のてっぺんから、真っ二つに切り裂いた。瞬時に塵と化す遡行軍。豊前江はブロック塀から飛び降りて、くるりと体を回転させて遡行軍に照準を合わせて殲滅。それと同時に見事に着地した。着地した後、すぐさま立ち上がり残った太刀の遡行軍へと切っ先を向けた。
その間刹那、気付けば豊前江の刃は太刀の首元を切りつけていた。
「音のほうが遅れてきこえたろ?」
豊前江の声と同時に遡行軍は塵と消えた。
塵の背に、刀をくるりと回して鞘に納めた。かちりと鍔と鯉口が鳴る。
風が吹いて、そこは何もなくって元の袋小路の路地に戻った。
「そいじゃぁ、次、行くか!」
走り出した豊前江。肩の布が地面と平行になりながら、ひらひらと揺れる。
豊前江が走り去った後の地面には、すでに散り落ちた花弁がその速さでふわりと舞った。
青空が少し陰り始め、西の空は橙色に染まっている。穏やかな空の色を背景に、激しい鍔迫り合いが繰り広げられていた。人通りもなく静かな路地裏に、けたたましく鳴り響いた。
これぞ戦闘の音、と感じているのかどうなのかはわからないが、南泉は目の前にいる短刀の遡行軍の刃を軽々と跳ねのける。
しかし、退けた短刀の後ろからさらに遡行軍が現れた。
「にゃっ!?」
突然現れた遡行軍が南泉へと向かってきた。それに気を取られ、退けたはずのもう一体の短刀が南泉の左腕に一太刀を浴びせた。南泉は、くそっと声を漏らしながら、体勢を立て直す。
目の前には遡行軍が二体。ゆらゆらと不気味に揺れている。
背後は何もない一本道。遠くで行き止まりの塀しかない。
南泉は口元に笑みを浮かべた。
右手の本体をしっかりと握りしめて、遡行軍に背を向けて、行き止まりの方向へと走り出す。起動力はどの打刀にも引けを取らない。短刀とは部が悪いだろうが、突発的な動きでは敵もそう容易く反応はできないだろう。
もちろん背後からは遡行軍が追いかけてくる気配をしっかりと感じ取っている。
走る速度をぐんぐん上げていく。もう間もなく塀である。ここに来てしまったら袋の鼠でしかない。
塀に近づいた時、南泉は飛び上がり、塀を蹴り上げて、宙へと舞った。まるで猫が高い場所から飛び降りて空中で一回転するように。己の体重など感じないように。くるりと弧を描くように高く飛び上がった。
あっという間に遡行軍の背後を取ってしまった。
しっかり握った刀を上から思い切り振りかぶる。
「まっぷたつだ、にゃー!」
南泉が背後に回ったことで背後に回れた短刀の遡行軍は、何もできないまま真っ二つになった。斬った刀身の左右でそれは塵と化す。ふわりと塵が舞い落ちる前に、南泉は踵を返してさらに後ろにいるもう一体の遡行軍の攻撃を防いだ。
再び鳴り響く金属音。戦うことはどんなことよりも刺激的なのかもしれない。南泉は高揚しているのが分かった。
弾き飛ばした遡行軍がこちら目掛けて突っ込んでくる。南泉はしっかりと目で追えている。何も問題はなかった。
切っ先はしっかりと向けている。あとは振り抜くだけである。
「ぶった斬る……にゃー!」
「ぶった斬ってやる!」
南泉はしっかりと最後の遡行軍を倒した。塵が消え去ると同時にその陰から現れたのは、山姥切長義であった。
遡行軍を倒すと同時に聞こえた声と、見えた切っ先。どう見ても長義のものであった。
「なんでお前がここにいるんだ!にゃ!!」
「あの短刀は俺の獲物だったからだ!追ってたんだよ!」
「オレが倒せたんだから、見てたらよかったんだにゃ!!」
「一撃食らったところを見てしまったからね。任せてられないと思っただけだよ!」
「はぁぁぁ!?こんなのケガのうちには入んねぇよ!」
夕方の空は更に色を変えていく。今度は二振りの言い争う声が響いた。
わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐ二人の間に、いつの間にか追いついていた豊前江が割って入る。
「敵は倒せたんだから、それでいいじゃねぇか!な!」
「「よくない!」にゃ!」
声を揃えて言う二人に豊前江は我慢することもなく声を上げて笑った。
その笑い声に喧嘩をする気も削がれたそうで、南泉と長義も言い争いを止めたのだった。
ひらりとどこからともなく桜の花弁が舞う。
誉桜である。
その花弁は長義の元で舞っているようだった。
「どうやら俺が誉のようだね」
これでもかとどや顔を見せる長義。
南泉と豊前江はとても悔しがった。口々に戦った相手が悪かっただの、こんなの偶然だのとこぼしている。
とはいえ、誉は誉。今回の勝負は長義の勝利となったのだった。
「さて、」
「なんだよ?」
「どうかしたか?」
長義は清々しさも見て取れるくらいの笑顔を浮かべている。
「十分に腹ごなしもできただろう?本題へと移ろうじゃないか」
「!!そうだにゃ!!」
「焼肉だ!!」
気付けば陽は落ちていた。辺りも暗くなっている。
三振りはそれぞれ端末をいじると、あっという間に戦衣装が解かれ先程まで着ていた洋服へと変わった。
三振りは足取り軽く、本日の最終目的地へと急いだのだった。